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山本浩二やまもとこうじ
旧名・別名 山本浩司
元プロ野球選手・監督 解説者

レジェンドの目撃者「ミスター赤ヘル 山本浩二」(2022)
ゲスト

山本浩二

インタビュー

 

 今までNHKに出演した中でも思い入れのある番組の一つだね。昔一緒にやっていた人たちとか、いろいろな人が証言してくれて、まあ悪口はないだろうなと思って聞いていました。スタジオでは、司会の土屋(礼央)さんのしゃべりがうまいしすごくしゃべりやすかったのを覚えています。番組の中で、大学卒業後の進路について、親から「広島に入団するか、サラリーマンになるか」の2択だと言われていたという話が出てきたけれど、まあそれはあとから言えること。もちろん、広島の生まれだから地元のチームでやりたいっていうのはありましたけど、本当に野球が好きで、できればプロに行きたい。とにかく野球一辺倒でしたね。でも、いざプロに入ってみると、野球ができるうれしさというよりも、こんなにきついのかと。毎年キャンプから始まって、勝ち負けがあって。次の年も当然あるわけで、来年も頑張りたいと思えばまたキャンプから練習して、何年もその繰り返し。もちろん優勝してうれしかったし、苦しさの中に達成した時の喜びというのは毎年それぞれあるんだけど、引退するまで楽なことはなかったし、年々苦しくなっていくんだもん。勝てば勝ったで、タイトル取れば取ったで、相手にマークされるようになって、それ以上に練習しなければいけなくて。だから、引退した時はもう練習しなくていいのかと正直ほっとしたし。それほどプロって大変だし、決して楽しくやれるわけではないんですよね。

人物録_山本浩二さん_レジェンドの目撃者_1
腰を痛めてから内角の打ち方がわかってきたと話す山本浩二さん。大先輩の山内一弘さんの打ち方を実際にバットを持って説明

 

 プロに入った時はインコースが苦手で、山内さん(山内一弘さん)とかに話を聞きに行っていたね。その時は理解できていなかったけど、腰を痛めたり故障したりしたときに当時の話を思い出してスイングしてみて「ああ、この打ち方だ」って徐々に分かっていったんだよね。試合の中ではほかにもいろいろな打ち方があって、その中のただインコースの打ち方で毎回打てるわけじゃないんだけど、だんだん体が覚えていって自信がついてきて、プレーの幅が広がっていく。ほかにも、自分の中で毎年ノルマを決めて、それをがむしゃらにこなしていっていました。チームの練習とは別に、例えばシーズン中は毎日寝る前に腹筋をいろいろな方法で100回ずつやるとか。毎日、毎年、同じことを繰り返してその積み重ねなんだけど、知らないうちに技術面でうまくなったり、精神面で視野が広がって周りが見えるようになったり。そうすると、年齢とともに落ち着きが出てきて、それがプレーにもプラスになっていくんですよね。

人物録_山本浩二さん_レジェンドの目撃者_2
水谷実雄さんが「30歳になっても、30歳を過ぎても、山本は強いんよ」と証言

 

 番組では、洞察力がすごかったという証言もあったけども、なぜそう言われるようになったのかを振り返ると、入団した当初、先輩から「相手の仕草やクセを見るのが大事」と言われて、ノートに対戦したピッチャー一人一人のデータを書くようになったんです。打席に立って常に相手の仕草を見てクセを盗もうとしながら、この1球を打つにはどうすればいいのかを考える。そうしていくうちに、徐々に洞察力もそうだし、集中力もついていったんじゃないかなと思います。もちろんクセを盗みやすいピッチャーもいるんだけど、だんだん警戒されると相手もごまかして分からなくなっていく。でも、毎日継続して集中して観察していると、必ず何か気づきがあるのよ。オフの間も、東京に出てきていろいろなチームの選手と話をしていると、大体その人の性格が分かってくるので、それも試合で活用していました。例えば、星野(星野仙一さん)がピッチャーの時は、何度もインコースに投げてきて当たりそうになったこともあるけど、性格をよく知っているから絶対に当ててこないと思っていれば、体が開かなくなって自分のスイングができる。もし当ててくるかもしれないな、痛そうだなと思っていると、体が開いてまず結果はよくならない。こうしたいろいろなことをトータルして「この1打席にかける、この1球で勝負する」っていうことをやってきました。3つストライクがあるうち、1球でも打ち返すぞというのをずっと信条にしてやってきたから。もちろん三振もするし、フォアボールもあるんだけど、そういう気持ちは常にもっていました。

人物録_山本浩二さん_レジェンドの目撃者_3

 

 そうやって自分の中でいろいろな工夫をしてシーズンを過ごしていく中で、チームが球団創設26年目で初めて優勝した年は、これまでのシーズンと全く雰囲気が違ったね。それまでは5月まで調子がいいんだけど、そのあとから下り坂で、優勝の「ゆ」の字もなかったの。でも、この年は6月、7月になっても上位にいて、最初はまさかという感じ。だんだんゲーム数が少なくなってきて、ひょっとしたらという感覚になっていくわけ。そうすると、勝つためにどうすべきかっていうのをそれぞれが考えるようになっていって、それがプレッシャーになって「誰か打ってくれ」って気持ちが芽生えてくる。ついに初優勝した時っていうのは、プロ野球生活18年の中でも一番うれしい瞬間だったね。子どもの時からカープファンで、スタンドから試合を見ていたけれど、誰も優勝の味を知らなかったわけやから。それがついに優勝できた時はとてつもない嬉しさがこみあげてきましたよね。

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山本さんの話を熱心に聞くMCの土屋礼央さん

 

 一度、優勝すると「またみんなで優勝したい」って気持ちが強くなっていく。それまでは、衣笠(衣笠祥雄さん)を含めて選手同士がライバルで負けたくないというのがあったんだけども、優勝するとみんながこの「優勝の味」っていう感激を忘れられなくなる。もう一回優勝したいと思うと、それぞれが自分の役割を理解できるようになって、じゃあ何をすべきなのかっていうのが分かってくるんだよね。だから、同じライバルでも勝つための言い合いをしたり、腹を割って話をしたりできるようになりました。そうすると、徐々に人間的にも精神的にも成長していって、心の余裕ができて技術面をより追求するようになっていく。それほど優勝っていうのは大きなものなんだよね。今シーズン(2025年)の大リーグのワールドシリーズもそうだけど、ドジャースの山本(山本由伸投手)があれだけ連投したのはそれだけ勝ちたい思いがあるからやるのであって、そうすると勝った時の喜びも倍増するんですよね。

山本浩二やまもとこうじ
旧名・別名 山本浩司
元プロ野球選手・監督 解説者

1946年生まれ、広島県出身。法政大から68年ドラフト1位で広島に入団。広島一筋18年、「ミスター赤ヘル」の愛称でチームの中心選手として活躍。ホームラン王4回、打点王3回、セ・リーグ最優秀選手2回など、多くのタイトルを獲得。現役引退後は、2回にわたり通算10年間、広島の監督を務め、91年にはリーグ優勝に導いた。2008年の北京オリンピックでは、星野仙一監督のもと日本代表の守備走塁コーチを、13年のWBCでは監督を務めた。NHKでは『サンデースポーツスペシャル』でキャスターを担ったほか、『レジェンドの目撃者』、『プロ野球誕生90年 白球プレーバック!あなたが選ぶ名場面』、『鶴瓶の家族に乾杯』などに出演。

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