この赤澤経産大臣の会見を見ていて感じたのは、
日本人に「不足していても平常運転」という新しい常識を飲み込ませようとしているのではないか、ということです。
現場では物が入ってこない。
入荷未定の商品も出始めている。
それなのに「全体としては足りている」「普段通り生活を」と言う。
このズレが一番危ない。
本来、不足は不足として直視しなければならないのに、
全体論で薄めて「まだ大丈夫」という空気を先に作る。
そうやって国民の感覚を鈍らせていく。
日本人は我慢強いと言われますが、
裏を返せば、少しずつ悪化する状況に慣らされやすいということでもあります。
典型的なのが消費税です。
導入時や増税時には反発があっても時間が経てば「仕方ない」に変わっていく
不足や値上がりも同じように順応させられていく。
品薄にも、値上がりにも、そのうち「仕方ない」で順応させられていく。
そして事態がさらに悪化した時には、
今度は慌てて物資をかき集めた側が「対応した」「守った」と評価を回収する。
最初に危機を矮小化していた側が、最後には救世主の顔をする。
そんな茶番すら成立してしまう。
結局、放置されるのは構造的な脆弱性です。
供給の弱さも、備えの甘さも、政策の遅れも、そのまま。
国民だけが「これが今の普通なんだ」と慣らされていく。
この会見から伝わってきたのは、
問題を解決する意思より先に、
国民の認識を調整しようとする空気でした。
足りないものを足りていると言い換える政治は、問題解決ではなく認識操作に近い。
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