可愛い方?綺麗な方?どっちがお好みどっちが危険?
小ネタが降って湧いたので再び渚カルです。
渚カル連載シリーズとは違う軸というか、あの二人がくっついたあとみたいな感じで、デート編です。
カル渚にも見えるというかリバっぽいですが、書いてる人の心意気はあくまで渚カル。
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「いい加減に! 納得! いかないです!」
ばぁん!と机を乱暴に叩いて、渚は大声を張り上げた。旧校舎の傷みかけた古い机は、それだけでぎしぎしと揺れて渚に同調するように文句を言った。
「ええ~なぁにが?」
「なんで毎回デートする度僕は女装しなきゃいけないの!?」
わかっているくせに白々しく笑うカルマに、渚の声は更に響く。放課後の誰もいない教室だからこそ口に出せるその内容は、まだ誰にも知られていない秘密の関係だ。
「だーって男同士で腕組んで歩いてたら後ろ指さされるよ?」
「たまには! カルマ君が! 女装しても! いいと思います!!」
「え、170越えの可愛くない女もどき連れて歩いて渚君楽しいの?」
「カルマ君ならOK!」
いい笑顔で言い切った渚に、カルマが若干引く。
「うわ即答だし。無理無理、俺がやっても男ってわかるって」
「そんなことない、絶対可愛いよ! きっとモデルみたいな綺麗系美少女になるよ!」
「えー冗談は身長だけにしなよ渚君」
渚のコンプレックスをダイレクトに刺激しつつ笑うカルマの口元も、少しだけ引きつっている。しかし渚も今回は頑固だった。
「いーや、今回こそはもう絶対言いくるめられないよ!」
カルマの軽口に流されず――それでも苛立ちで少々青筋が立っていたが――渚はずいと主張する。
身長を引き合いに出しても揺れなかった渚に、カルマも今回は逃げられそうにないなと息を吐いた。
「・・・・・・・・・・・・わかった。今回だけ、俺も女子の服着る」
そこで「ただし!」とカルマは強い口調で続けた。
「渚君も着ること! いつも通りに!」
斜め上な条件づけに、渚の眉がハの字になる。
「ええ~それ意味あるの」
「あるある。もし俺の女装がバレバレだったら、俺だけ着替えていつも通りの感じで行くためにね」
「それ要らない心配だよ~」
「俺は俺の女装クオリティを信じる渚君の頭が心配だよ」
そんなこんなのデートの約束を取り付けた三日後、(渚だけ)待ちに待った日曜日。
渚はいつもの駅の改札前で待っていた。厳しい躾を受け基本的に五分前行動の渚と、慈善的素行不良者のレッテルを持つカルマなので、待つのはいつも渚の役だ。けれど、好きな人が来るのを今か今かとどきどきわくわく待つこの時間は、彼にとって苦どころか楽しい時間ですらある。
約束の時刻を少し過ぎ、そろそろかなと思っていると、渚の耳に聞き覚えのある声が響いた。
「あ、いたいた渚くーん」
その声に応じて、渚は振り向いた。
が。
カルマが見つからない。見つからないのだ。渚は動揺した。見えるのは、自分の名を呼ぶ知らない美少女であって、カルマではない。いや、知っている美少年には少し似ていて、つまり。
「カっ・・・・・・ルマ、くん!?」
「他の誰に見えんのさ」
くすくす笑うカルマに、渚は心底本気で「知らないどっかの読者モデルでもやってる美少女」と言った。するとカルマは冗談ととったらしく、更に楽しげに笑った。
今のカルマは、赤い髪に映える白の花柄レースのカチューシャをして、無い胸を誤魔化す厚手でだぼついた白いサマーセーター、その上にいつもの黒いカーディガンを着ている。下は細い脚をチラ見せする長めでスリットの入ったオフホワイトとスカイブルーのボーダーのスカート。そして靴は編み込みの紐の先にぼんぼんのついた可愛いショートブーツを履いていた。
どこからどう見ても、誰に見せても自慢できるだろう、完璧な美しい女の子である。
「うわっ・・・・・・予想以上」
カルマに届かない小さな声で、渚はぼそりとつぶやいた。どこかから甘い匂いまでして、くらりと眩暈までする。
「どう俺、可愛い?」
にこーっと笑いながらカルマがスカートの端をつまむ。その顔が否定を待っていることくらい渚は察せられたが、真顔で「うん、超可愛い。」と頷くしかなかった。だって本当の本当に可愛いのだ。
けれどその返事はカルマには不服だったらしく、ぷうと頬を膨らませるなんて余計可愛い仕草を見せる。
「渚君、目ぇどーなってんの? 大丈夫? 眼科行く?」
「いやカルマくんこそもう少し自覚持とう?」
「自覚も何も・・・・・・あーそういや目ぇ腐ってるといえば俺ここに来るまでに二回ナンパされたんだけどなんなの? 女装男子引っかけるのが流行ってんの?」
「だから今の君見て男だと思う奴ひとりもいないから」
渚は現状のカルマの可愛さについて懇々と説明したが、ひとつもわかってもらえず、その内にふたりを囲んで何組かの男たちがこちらを見ていることに気付いた。
それはそうだ、女装しても新鮮味がないと言われる可愛い系の小柄な渚と、端正な顔立ちにすらりと高い背、ほっそりした手足の綺麗系のカルマがふたり並んで、傍目にはきゃっきゃと戯れているのだから。
「と、とにかく移動しよう、カルマ君」
「うん。で、渚君的には俺はこのままでいいの~?一応男物の服も持ってきてるけど」
「いいような、でも他の男に見られるのは腹立つような、でもやっぱり勿体ないような・・・・・・うぅん・・・・・・」
「渚くーん戻ってきてー」
ぶつぶつ言いながら歩く渚の眼前でカルマが手をひらひらさせても、渚の葛藤が終わることはなかった。
駅構内を出て少し歩いたところにあるコンビニエンスストア前で、ふと渚は立ち止まった。
「ごめん、ちょっとコンビニ寄っていい?」
「ん、オッケー」
「でさ、カルマ君にはちょっと外で待っててほしいんだけど」
「へ? なんで?」
「なんでも!」
いつになく渚が言い張るので、物事についてあまり拘れないカルマは首を傾げつつ頷いた。
「・・・・・・ま、いいけど」
「すぐ戻るから!」
「ごゆっくり~」
待たせることを申し訳ないと思っているらしい渚へ軽いジョークを送り、ひらひらとカルマは手を振った。
程なくして、本当にすぐ渚は自動ドアから出てきた。買ったものはバッグに詰め込んだらしく、それらしきビニール袋も何もない。
「何買ったの?」
「秘密」
「・・・・・・秘密兵器なの?」
「んー、そんなとこ」
へへっと男の子っぽく笑った渚に、カルマはより一層首を傾げたが、やはり追求するまでには至らなかった。
そして再び歩き出すこと、約三分後。
「ねえ、お嬢ちゃんたちふたりだけ? 俺たちと遊ばない?」
「いい店知ってんだ~君ら可愛いから特別におにいさん奢っちゃうよ!」
ふたりは早速、二人組のナンパ男に捕まっていた。
そりゃあそうだ。ひとりですら二回も遭ったとカルマが言っていたのだから、そこに違う要素の可愛いコが並べば、威力は更に数倍である。
「いえ、僕らはちょっと・・・・・・その・・・・・・」
いつもは渚が女装してもカルマが彼氏役をやっていたので、カップルに絡んでくる――しかもカルマは外見スペックだって高い――男はいなかったのだが。今は女装男子ふたりなので、はたから見れば女の子同士二人のお出かけにしか見えないのである。
どうしたものかと渚がまごついていると、隣から高いアルトが響いた。
「ごめんねー、俺たちこれから女子限定のケーキ食べ放題行くんだぁ。だから男の人はダメなのー。でもお兄さんたち格好いいからぁ、メルアド貰ってくれる~?」
カルマは元より男にしては高めの声を更に高くして裏声を作り、一人称こそ変えていないがまるで女のような仕草と口調でそう言った。
渚が驚いている内に、カルマは小さな手持ち鞄の中から生徒手帳を取り出すと、その自由帳部分にさらさらとメルアドを書きつけてそのページを破り、にっこりと知らない人間が見れば愛らしい笑顔でそれを渡してしまった。
「ちょ、カルマく・・・・・・」
「じゃあ、俺ら急いでるからまたね、お兄さんたち!」
そしてカルマはそう言うと、渚の手首をつかんで早足に駆け出した。
「っはあ、カルマ君、さっきのメルアドっ・・・・・・」
「ふぅ、あーアレ? 全部嘘っぱち書いただけだよ、っかし踵高い靴って走りにくいなー」
ふたりは大通り沿いに角を曲がり、男たちが見えなくなった位置で立ち止まると、渚は荒い息を整え、カルマは靴擦れしそうなヒールを履き直し確かめた。
あっさりと言ったカルマの策に、渚はぱちぱちと瞬きをした。
「やだっつったってシツコイっしょー、ああいう馬鹿は。僕たち男なんですよーってネタバレすんのも面白そうだなって思ったけど、あそこじゃ人目が多すぎてこっちまでリスキーだし」
「な、なるほど・・・・・・さすがカルマ君」
素直に褒めれば、カルマはチェシャ猫みたいな顔で笑った。
それから面倒そうに溜息を吐くと、メンズよりひらひらする女物の服をつまんで眉根を寄せた。
「けどまー予定外だな~、なに、マジで俺もそんなに女子の服似合ってんの?」
「うん、速攻お持ち帰りしたいレベル」
「やだ渚ちゃんたら肉食系!」
からからと笑ってカルマは誤魔化したが、渚は割と本気で言っていた。カルマもそれはわかっている。
外を歩くときはともかく、本来どちらが“彼女役”かくらい。
「まあでもこの手結構有効だからさ、渚君も覚えとくといいよ」
それでもあくまでカルマも渚も本質は男であって、ナンパされたって嬉しくないのである。
その後も怒涛のナンパラッシュは続いた。カルマの生徒手帳の自由欄が無くなり、渚の分まで使って、それまでついに切れて足りなくなったとき、男は現れたのだった。
「私、こういう者なんだけど、」
小奇麗にしている、けれど鋭いカルマの目にはどこか胡散臭く思える男は、いっそ妙なほど清々しい笑顔で名刺を差し出した。
「芸能・・・・・・プロダクション?」
渚が渡された名刺の一部分を読み上げると、男は仰々しい身振りで言った。
「そう、私スカウト担当なんだけど、いやーしかしふたりとも本当に可愛いね!」
「いや、はあ、どうも・・・・・・」
渚が対応に困って、こういうときはすぐに助けてくれるカルマがだんまりなのを訝しみ目線を送ると、カルマは何やらスマホを弄っていた。口元は笑んだまま、けれど真剣な目つきで。
けれどそれもほんの数秒のことで、カルマはピンクの手提げかばんのポケットにスマホを突っ込むと、すぐに話の輪に入ってきた。
「えー、うそぉ、スカウトだって渚君!」
「う、うん、そうだねカルマ君・・・・・・」
「でもおじさん、本物~? なんかの詐欺とかじゃないの??」
大胆にぶっ込んで来るやり方は、カルマらしい。カルマはそれに対する相手の表情の僅かな変化まで隅々観察しつつ、表向きはきゃらきゃら笑っている。
「心外だなあ、本物だよ! なんなら、近くにうちのスタジオがあるから、見に来たらいいよ。ああ、それがいいそうしよう。ね!」
「えー、でも俺たちまだ中学生なんですよぉ、だから親とかにも話してみないと・・・・・・」
「それも、スタジオの規模とか見た方がご両親に話しやすいだろう? だから一度、まず見てみるだけでも!」
言いながら、男は強引にぐいぐいふたりの肩を押してくる。カルマの肩に男の手が触れて、渚がかっとなりかけたとき、それを黙らせるかのようにカルマは渚にアイコンタクトを送って、またチェシャ猫のように口端をつり上げた。
「どうだい、ここがうちのスタジオだよ」
「んー、狭いし、なんか思ったのと違うなぁ」
「そりゃ、スタジオだって大小あるさ。たまたまあそこから一番近いのがここだったんだよ」
そこには最低限の機材と、端に来客用か幾つかのパイプ椅子と小さなローテーブルがあって、中央にはソファベッドのようなものが置かれていた。
「おっ、すごい上玉連れてきたな!」
「だろ?」
すると端の方からもうふたりほど中年の男がやってきて、それとなく片方の男がカルマたちとドアをつなぐ対角線の間に入ったことを、カルマは見逃さなかった。最初の男もまだふたりの肩から手を離していない。
「――――なぁんかさー、おじさんら、フツーの芸能プロダクションって感じしないんだけどぉ?」
カルマがそれとなく切り込めば、男たちは互いに目配せをした。それから、一番年長でボスらしい男が、「お嬢ちゃんは勘がいいねぇ」と言って、いやらしく笑った。
「まあまあ、難しいことはないからさあ」
「気持ちよくなるだけだよー」
「おじさんたちに任せてくれれば、ね」
最初の男が、ぐぐい、と無理矢理に渚たちの肩をソファベッドに向けて押しやったところで、カルマが唐突に甲高く笑った。
「馬っ鹿じゃね、まだわかんねーの? あんたら目ぇダイジョブ? 眼科行った方がよくない?」
「は、何を言って、」
「俺も渚君も男だってんだよ!」
ばさぁ、と自ら二人分いっぺんにスカートめくりを披露し、カルマは笑う。
「あーそれからさあ、あんたがスカウトもどき始めた最初から今までの音声、ずっと録音してあるから。ああついでに録音した端から家のパソコンにデータ転送してるから、スマホ壊しても無駄だよ」
最初は鞄の中に入っていた、スカウト男と出会って何か操作をしてからこっち外側のポケットへ移されたスマホをひらひらと見せびらかして、カルマは男たちの退路を塞いだ。ぐ、と男らが息を詰める。
「どーする? この音源、買う? それともお巡りさん連れてきた方がいい?」
「・・・・・・このっ、調子に乗、があッ!!」
「馬鹿だね、手ぇあげたら罪状が増えるだけなのに」
スカウト男が渚から手を離してカルマに殴りかかったが、その拳が届くよりもカルマの細い脚が男の急所を蹴り上げる方が早かった。
股間を抑えてもんどりうっている男に構わず、扉とカルマたちの間を塞いでいた男が、またも襲い掛かってきた。しかし、喧嘩慣れしたカルマに言わせれば、無駄が多すぎ、隙もありすぎ、裏稼業をやるには落第点としか言えなかった。大振りのパンチを躱して、するりと身を滑らし、今度は膝でもって再び急所を捉える。それで二丁上がり、だった。
「動くな!! てめっ、くそっ、もうひとりがどうなってもいいのか!?」
「!? 渚君!!」
二人片づけたところで、いつの間にか隣にいたはずの渚が、ボスらしき男にソファベッドの向こうまで連れられていた。カルマは舌打ちをする。
「っカルマ君、後ろ!」
そしてできた隙に、先の男が何とか立ち上がって、カルマを羽交い絞めにした。
「っくそ、手加減してやんなきゃ良かったなっ・・・・・・離せ!」
「よくもやってくれたな・・・・・・慰謝料分しっかり働いてもらうぞ、レンズの前でな!」
これだけ可愛らしければ、これはこれでそっちの層に十分受けるだろう、とカルマに向けて暗く笑った男だったが、しかし男の動きは目を上げてボスを見た時点でピタリと止まった。
「――――僕のカルマ君に、よくも汚い手で触ってくれたね?」
最年長の男の首筋に大きなカッターナイフの刃を当てて、渚はどこまでも冷たい目をしていた。
「ひいいっ、た、助け・・・・・・!」
「まずはカルマ君から手を退けてもらおうか」
「ぐっ・・・・・・」
「お、おい、言う通りにしろっ・・・・・・!」
一瞬迷ったスカウト男だったが、ボスの情けない声に促されて不承不承カルマから離れる。
「大丈夫? カルマ君?」
「俺はへーき。それより渚君こそ、久しぶりにぷっつんしちゃってるけど、大丈夫?」
「僕はカルマ君が無事なら大丈夫だよ」
カルマに向けてにっこり笑った渚には、慈愛すら見えるようで、男の頸動脈にいまだカッターの刃を突きつけている人物と同じとはおよそ思えない。その差異にこそ、男たちはここに来て心底竦みあがった。
「わ、悪かった、悪かった、頼む、見逃してくれぇっ・・・・・・」
「もう何もしないからっ・・・・・・」
「・・・・・・だって。どうする、カルマ君?」
泣きそうな面で許しを請う男らに、渚は断罪も何もかもをカルマに託した。
するとカルマは花が咲きそうなほどの笑顔でもって、言った。
「いっぺん地獄に落としとこっか☆」
その日、街の片隅の小さなスタジオから、男たちのすすり泣く悲鳴が聞こえたとか聞こえなかったとか・・・・・・。
すったもんだの後、気付けば陽が落ちかけた夕暮れ時になり、ふたりは帰途をゆっくり歩いていた。
「はー、大波乱だったねぇ・・・・・・」
「そーだねー。でも俺は結構楽しかったよ!」
「うん、それは僕も」
「え? 珍しいね、渚君が揉め事肯定するなんて」
「だって、やぁっとカルマ君の彼氏らしいことできたから」
にこっと笑って、渚は恥ずかしげに言った。
「あー、そういや渚君格好良かったよ! カルマ君を離せ~!って」
「なんか違う気がするけど・・・・・・でも、まあいっか」
「けど渚君、あの刃渡りは銃刀法違反だよ多分」
「だって頑丈そうなカッター、コンビニにあの大きさしかなかったんだもん」
「ああ、それで行き道にコンビニ行ったの・・・・・・」
「うん、この格好のカルマ君連れてたら絶対何かあるだろうなー!と思って。備えあれば憂いなし、ってね」
「俺の非常用持ち出し袋も役に立ったしね!」
「・・・・・・カルマ君いつならアレ持ってないで行動してんのさ・・・・・・」
「さーてねぇ」
散々だった一日なのに、渚と居れば、カルマと居れば、ひたすら楽しい一日に変わる。ころころと笑い声を夕焼けに馴染ませながら、ふたりの波乱のデートは幕を閉じる。
そして想像以上に似合ってしまったカルマの女装が今後採用になるかどうかは、また別の話である。