東京を拠点に活動する音楽家Kawara, Senが、昨年配信リリースした1stフルアルバム『Something Like a River Flowing into the Lake—No Exit?』をCDとLPでフィジカルリリースした。このアルバムは、Kawara, Senが作詞作曲、それにすべての演奏を手掛けた、パーソナルな手触りの作品である。今回リリースのCDおよびLPには、Kawara, Sen自身による4,000字超のセルフライナーノーツが収録。LPのジャケットでは、アートワークをほぼ原画の原寸に近いサイズで味わえる。この作品が持つ数多の背景や視点、そこに込められた気迫が、より濃密に、ダイレクトに、伝わってくるフィジカル作品になっている。
この作品の印象的なタイトルについて、Kawara, Sen自身は〈出口のない湖に流れ込む川の流れのようなもの〉と意訳している。このアルバムは、今生きている中で恐らく多くの人が、個人レベルであれ、社会レベルであれ、感じているであろう〈袋小路感〉を根底に捉えているとKawara, Senは語る。だが、その〈出口のなさ〉だけがこのアルバムを支配しているのかと言えば、そうでないことは作品を聴けばわかるだろう。リズミカルに躍動するギター、縦横無尽に打ち鳴らされるエレクトロニックビート……この詩的で力強い音楽はむしろ、どうしようもなく自分を縛り付ける袋小路感に反抗するために、激しく脈打つ命の音楽ではなかろうか。そこはかとなく漂う諦念は、もはや前提。その上で〈負けてたまるか!〉と、蠢く音楽――それがこの『Something Like a River Flowing into the Lake—No Exit?』ではなかろうか。
かつてceroもアルバムタイトルに引用したF・スコット・フィッツジェラルドのエッセイ「マイ・ロスト・シティー」にオマージュをささげたという楽曲“Lost City”に刻まれているのは、その手に怒りを握りしめて、漂白された世界を見つめる孤独な青年の姿。僕には、この青年はまだ明日を生きることを諦めていないように思える。
吉田拓郎のフォークソングをきっかけに始めたギター
――〈Kawara, Sen〉というアーティスト名は〈河原(カワラ)〉と〈川(セン)〉から来ているそうで、この度フィジカルリリースされた1stアルバム『Something Like a River Flowing into the Lake—No Exit?』のタイトルとのリンクも感じさせますが、川や湖といった水辺のモチーフは、Kawara, Senさんにとって重要なものですか?
「名前の成り立ちとしては、〈河原(カワラ)〉と〈川(セン)〉と合わせると人の名前のようにも聞こえるし、尚且つ、言葉の響きとしては〈変わりゃせん〉にも近くて、言葉遊びみたいなものも含めて決めました。
僕はもう東京に出てきて長いんですけど、地元は結構、田舎の方なんです。建物に囲まれているというよりは、田んぼと畑と山があって、ひたすら空が開けている、みたいな風景の中で育った。そういう景色が自分の原風景にはあるからか、東京に出てきたあとも多摩川沿いのような場所には安心感があるんです」
――ずっと変わらずに、田舎や郊外のような広い景色の場所から世界や物事を見ている感覚がありますか?
「どうでしょうね。もちろん、〈都会に染まっているな〉と感じる部分も、自分の中にはあるので(笑)」
――音楽はどのようにして始められたんですか?
「音楽はずっと好きで、ギターを始めたのは中学生の頃ですね。自分で曲を作り始めたのは高校生の頃です。当時あったDAWのフリーソフトを使って作ったのが最初です。ずっと音楽を聴いてきて、〈自分でも作りたい〉と思ったんですよね。今思い返して、聴きたい曲はどうかはさておき、ですけど(笑)」
――(笑)。曲作りを始めた頃は、どんな音楽に影響を受けていましたか?
「当時と今とでは影響を受けているものはだいぶ違うんですけど、僕が曲作りの最初に影響を受けたのは……と言うか、当時はほとんどそれしか聴いていなかったんですけど、スピッツなんです。ただ、ギターを始めたきっかけはフォークソングなんですよね。吉田拓郎さんがきっかけでギターを始めたんです」
――吉田拓郎さんきっかけでギターを始めるというのは、恐らく、クラスメイトがみんな聴いていたから、みたいな話ではないですよね。
「そうですね。親父が世代ではあるんですけど、親父に刷り込まれたわけでもなくて。『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』という、昭和ノスタルジーみたいなものがテーマになった映画があるんです。あの映画の終盤で、吉田拓郎さんの“今日までそして明日から”が流れる場面があって。それで聴いて、〈なんかいいな〉と感じたんです。そこから父親に〈吉田拓郎だよ〉と教えてもらい、CDを買ってもらって、〈ギターをジャカジャカしたい〉という欲求が芽生えたんです。
余談ですが、吉田拓郎さんについてはオリジナルアルバムではなく、『GOLDEN☆BEST よしだたくろう ひきがたり』というベストアルバムがきっかけになっています。ほんとに、たまたまそれだったという感じです。これは弾き語りの音源を基本として収録しているものでして、それもあってアコースティックギターで自分でも伴奏をやりたいと思うきっかけになったと思います」
――その〈「オトナ帝国の逆襲」の終盤に流れる吉田拓郎〉というイメージとか、そこに在る雰囲気って、今のKawara, Senさんが作る音楽にも入り込んでいるものですか?
「いや、ないことはないでしょうけど、そんなにない気はします(笑)。その頃のことが今の自分が作る作品の構成要素としてどのくらい含まれているのかは、自分でもあまりわかっていないんですよね。ただ、今回のアルバムをリリースしてから、自分の昔のことを思い出すようになっていて。
ひとつ、子ども時代の音楽関連エピソードで思い出したことがあるんですけど、小学校の頃、音楽の先生が有志の児童を集めて作った合唱団で合唱をする、ということがあって。それがすごく楽しかったんですよね。あのときの歌の和音感やコーラスの入り方は、今の自分の作品のコーラスの入れ方に影響を与えているなと思いました」

長岡亮介のユニークなギタープレイからの影響
――出発点は吉田拓郎さんだったとして、今のKawara, Senさんに影響を与えているギタリストと言うと、どなたが思い浮かびますか?
「それはハッキリしていて、自分のギターの弾き方が大きく変わったきっかけは、長岡亮介さんですね。ペトロールズはもちろん、東京事変や星野源さんのサポートなど、いろんなところでギターを弾いていらっしゃると思うんですけど、長岡さんのギターの弾き方を知ったことは、自分にとってはかなり衝撃的なことでした。それまでの自分のギターの弾き方とは、弾き方というか、ノリ方というかが、まったく違ったんですよね。長岡さんってかなりユニークな弾き方をされるので、真似しようと思っても難しいんですけど、それでも自分にとってはすごく新鮮だったんです」
――現在、Kawara, Senさんの作品は大部分をおひとりで作られていると思うんですけど、バンド活動をされていた時期はありますか?
「いや、バンド活動はしたことがないんです。ずっと、ひとりでやっていますね。バンドが嫌いと言うわけではないんですけどね(笑)。ただ、これまでの時点ではそういう形にはならなかった、という感じで」
〈すべてが変わる〉なんて信じられない袋小路感
――今後もいろんな可能性がありますね。今回、昨年配信リリースされた1stフルアルバム『Something Like a River Flowing into the Lake—No Exit?』がフィジカルリリースされました。今作は2020年~2024年頃に作られていた楽曲が集まったアルバムということですが、アルバムをあらかじめ想定しながら曲作りをされていたんですか? それとも、できてきた曲たちを後から見渡してみたら、この形でパッケージして、このタイトルを付けるのが相応しかった、という感じですか?
「完全に後者ですね。アルバムを作るために曲を集めたというよりは、1曲1曲、曲を作っていて、それを後から俯瞰してみたときに、テーマが見えてきたという感じです」
――Kawara, Senさんご自身で書かれたライナーノーツによれば、タイトル『Something Like a River Flowing into the Lake—No Exit?』を意訳すると〈出口のない湖に流れ込む川の流れのようなもの〉になる、ということで。この言葉はどのようにして出てきたものですか?
「自分が日頃、自分自身や世界に対して感じていることが言葉になったんだと思います。本当にこのタイトルの通りなんですよね。袋小路感、というか。例えばですけど、〈どこか遠いところに行けばすべてが新しくなる〉とか、〈何かをすれば、そっくりすべてが生まれ変わる〉とか、そういうことがまったく信じられなくて、〈ああ、この範囲内で動いていくんだな〉と感じている……そんな袋小路感。それは、何かひとつのことに対して感じているわけではなくて、生きていると事あるごとに感じることなんですけど」
――その感覚はわかります。僕も、極めて個人的なことを考えたときでも、周りや社会を見渡したときでも、そういうことを感じることはあります。
「そうですよね。そういうことが、アルバムの中の1曲ごとに具体的な対象があるわけではないんですけど、抽象度が高い状態で表現されていればいいなと思っていました」

田舎の景色に響くギターと都会的な電子音楽
――セルフライナーノーツの中では、Kawara, Senさんご自身で1曲ずつ解説されていますけど、その中に出てくる固有名詞などを拾いながら、それがKawara, Senさんにどのようなインスピレーションを与えたのかを伺いたいです。まず、村上春樹という名前が何か所か出てきますよね。恐らく今回のアルバムが表現しているものと、村上春樹作品が表現するものの間にあるリンクをKawara, Senさんが感じられている、ということだと思うんですけど、いかがですか?
「村上春樹さんの小説は結構読んでいるので、影響も強いとは思いますね。『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』に出てくる、〈世界の終り〉。……音楽で〈世界の終り〉って言うと、別のものが連想されそうですけど(笑)」
――確かに(笑)。
「あの小説に出てくる、壁に囲まれた世界みたいなもの。それは、このアルバムのイメージに近いものはあると思います」
――では、“Baggage Claim”の解説で〈間奏では、アシッドベースと909系のリズムパターンから、哀愁のギターソロへと展開していく〉と書かれていますが、たとえばアシッドハウス的な音楽というのは、Kawara, Senさんの影響源にあるものですか? というのも、今回のアルバムには確かに、どこにも行けない袋小路感や、多摩川沿いの景色のような、牧歌的でありながらも、どこか切なさの宿る空気感が捉えられていると思うんですけど、その根底には猛烈なパッションとか、ひとりの人間の内側から沸き上がる力強さを感じる部分があって。それが、初期のアシッドハウスが持つような猥雑な生命力に繋がっているんじゃないか?と感じたんです。
「アシッドハウスと言われて、具体的な例が思い浮かばないくらいに詳しいわけではないんですけど、ただ、いわゆる電子音楽はすごく好きで、日頃聴くことは多いです。そこからの影響を自分が作る音楽に入れ込もうとしている部分はありますね。
自分が触れてきた音楽って、小学校の合唱に始まり、フォークソングやバンド音楽を聴いてきて、いろんな音楽を聴くようになったあとも、まず中心にあったのはバンドサウンドなんです。ただ、そのあと徐々に電子音楽も好きになっていって。でも、だからと言って〈ギターを捨てて電子音楽をやろう〉ということではなく、自分が〈いいな〉と思ってきたものを、ジャンル云々ではなく、自分なりの形で集積できていたらいいな、と思っています。
で、こじつけるようですけど、自分の原風景にある、空が開けたような田舎の景色……それは決して綺麗なだけのものではなく、荒涼とした景色でもあるんですけど、そういう景色って、歪ませたギターをバーンと弾くのが合うと思うんです。それに対して、電子音楽は都会的な感覚がある。それが、どちらか一方だけというわけではなく、混在しているのが自分の音楽なのかなと思います」
――電子音楽という範疇で、好きなミュージシャンはいますか?
「名前を挙げるとなると難しいですけど、有名どころで言うと、フローティング・ポインツ、アンダーワールド……他にも、いろいろいます。アシッドハウスに分類されるのかわからないですが、電気グルーヴ、ダフト・パンクも好きでよく聴きます。こちらも有名ですよね」
孤独な袋小路でも魂を燃やし、ポジティブなエネルギーを届ける
――では、セルフライナーで“Lost City”のオマージュ元として書かれているF・スコット・フィッツジェラルドの「マイ・ロスト・シティー」は、Kawara, Senさんにとってどのようなインスピレーションをもたらした作品ですか?
「フィッツジェラルドの『マイ・ロスト・シティー』は好きな作品だし、このアルバムの世界観と通じ合うものがあると思います。それこそ袋小路感というか、〈もう変わらないんだ〉という感覚が近いと思う。そもそもフィッツジェラルドを読もうと思ったのも村上春樹さんが翻訳されていたり、いろんな場所で名前を挙げていたからなんです。
で、この作品は小説ではなくエッセイなんですけど、すごく好きな場面があって。主人公がタクシーに乗りながら、〈自分はこれ以上、幸せになれっこないんだ〉と声にならない声で叫ぶ場面。その場面が、僕はすごく好きなんです。あと、これは自分だけのイメージなんですけど、その場面がたしかNHKの『映像の世紀』で引用されているのを見た記憶があって、それも自分の印象として残っている気がします」
――Kawara, Senさんは、何故そんなに袋小路感や〈もう変わらない〉という感覚、あるいは出口のない感覚に引き付けられ、それを表現しようとするのだと思いますか?
「袋小路感そのものには、希望がないと思うんです。でも、だからと言って〈はい、もう何をやっても意味ないですよ〉と、冷めていたくはないというか。袋小路なら袋小路なりに、自分は燃えていたい。それに、自分の音楽を聴いた人が、ちょっとでも燃えてくれたら嬉しい。そういう気持ちがあるんだと思います」
――こうしてアルバムを作り上げられて、Kawara, Senさん自身、袋小路の中で燃えている状態を残すことができた感覚はありますか?
「そうですね、〈作品を出す〉って大変だなとやってみて思いましたし(笑)。その大変なことをやるのは、燃えていないとできないですよね。〈どうでもいいや〉と投げ捨てていたら、こんな面倒くさいことはできないです」
――この音楽を通して、聴き手とコミュニケーションを取っていきたいという思いも強いですか?
「もちろん作ったからには、ひとりでも多くの人に聴いてもらえたら嬉しい。それに、あまり単純化して言いたくはないですけど、敢えて単純化して言えば、今、この袋小路感に共感して聴いてくれる人がいればすごく嬉しいです。袋小路とは言わずとも、孤独感みたいなものを感じている人。どちらかと言うと、部屋で、ひとりで音楽を聴いているような人の、その時間に寄り添えたらいいなと思っています。
孤独と言っても、家族がいる・いないとか、友達がいる・いないとか、そういう話ではなくて。みんなそれぞれ抱えているかもしれない孤独に寄り添いたい。もちろん〈袋小路だし、みんなで孤独に生きようぜ〉と言いたいわけではないんですけどね(笑)。
1曲目“Ever Since June”の歌詞で〈孤独に生きると決めたのは〉とは歌いつつ、人は、孤独じゃ生きられないですから。逆説的ではありますけど、このアルバムの孤独が、誰かがポジティブなエネルギーになるきっかけになれば嬉しいです」

ゴッホの絵画に通じるイメージ
――しかしお話を聞いていても感じますが、Kawara, Senさんは音楽に限らず様々な分野からインスピレーションを受けて作品作りをされていますね。
「〈音楽から影響を受けて音楽を作る〉というよりは、いろんな種類の作品から影響を受けていますね。本を読むのも好きだし、美術展に行くのも好きだし。そういうものから総合的に影響を受けていると思います」
――今日名前が挙がったものの他で、今回のアルバムと関連する存在として思い浮かぶものはありますか?
「そうですね……いろいろある気がしますが、美術で言えば、あまりにも有名ですけど、例えばゴッホ。ゴッホは、共通点を見出しやすいかもしれないです。あの人の人生もかなり袋小路感があると思うし、彼が過ごしていた南フランスや晩年のオーヴェル=シュル=オワーズの村の景色なんかも、通じるものはあると思いますね。オーヴェルでの有名な作品には『カラスのいる麦畑』などがあります。“Bound For ___”の歌詞の〈遠い景色をみたくらいでは、新しく生まれ変わることなんてできないのだ、ということを。〉とかは、こういうものにも通じるかもしれません」
――思えば、今作のジャケットにはゴッホ感がありますね。
「ちょっとうねうねした感じはあるかもしれないですね(笑)。そういうふうにオーダーしたわけではないんですけど、今回のジャケットは中野美涼さんという方に描いていただいたんです。中野さんの作品にも、静かなエネルギーというか、力強さがあると思います。
あと、先行配信したシングルのジャケットには日本画家のノウアズサさんの作品を使わせていただきました。画像だけだと伝わりにくい部分もあるので実物を見てほしいと思いますが、おふたりの作品とも素晴らしいなと思っています」
RELEASE INFORMATION
リリース日:2026年1月28日(水)
■CD
品番:COLAC-1001
価格:2,200円(税込)
■LP
品番:COLAL-1001
価格:5,940円(税込)
Streaming / Download Link:https://friendship.lnk.to/slarlitlne_kawara-sen
TRACKLIST
CD
1. Ever Since June
2. Tokyo 312 (2025 mix)
3. Baggage Claim
4. Cream Soda (2025 mix)
5. Acacia
6. Izayoi
7. Bound For ___
8. Kind of a Long Season
9. Someday on a Sunny Day (2025 mix)
10. Lost City (2025 mix)
LP
A面
1. Ever Since June
2. Baggage Claim
3. Izayoi
4. Tokyo 312 (2025 mix)
5. Lost City (2025 mix)
B面
1. Acacia
2. Cream Soda (2025 mix)
3. Bound For ___
4. Kind of a Long Season
5. Someday on a Sunny Day (2025 mix)
PROFILE: Kawara, Sen
東京を拠点に活動する音楽家。作詞・作曲・編曲から演奏・録音までを一人で行うセルフレコーディングスタイルで、ギター・歌に加えてMIDIプログラミングを操りながら、アコースティックとエレクトロニックを行き来する独自のサウンドを構築。文学的な歌詞と浮遊感あるグルーヴが交差する音世界は、聴き手に懐かしさと新しさを同時に呼び起こす。名前の由来は〈河原(カワラ)〉〈川(セン)〉、そして〈変わりゃせん(=変わらない)〉にかけた言葉遊びにある。
■リンク一覧
Official Website:https://kawarasen.com/
X:@cola1000_jpn
Instagram:@kawara_sen
