善行
名前:ライト 年齢:16歳
力:
火魔法:9999 水魔法:9999
雷魔法:9999 風魔法:9999
氷魔法:9999 土魔法:9999
木魔法:9999 光魔法:9999
力の魔法:9999 聖魔法:999999
魔の魔法:9999
……
「力200……と」
外に出て、僕はすぐにステータスを変更した。
真っ先に下げるのは力だ。200……これで元の数値の2倍くらいだっただろうか。代わりに魔法を上げて対処すれば、突発的な事故は起こらないはず。
丈夫さは雑にMAXで、素早さは適当に9999。
「そういえばこれ返してなかったな」
持っていたペンは冒険者ギルドの備品であり、僕のものではない。怒られるかもと一瞬考えて、すぐにどうでもいい気分になる。ペンをへし折ってその辺に投げ捨てる。
大通りを歩くと町はいつも通りだった。時に笑顔で、時に不機嫌に言葉を交わす人々。目の端に並ぶ食べ物屋台を通り過ぎ、僕は無目的にただ町を歩く。
「天使って何ができるのかな……帰ったら食べ物は用意されてるだろうか……」
というか今思えばあいつを帰して新しいのを呼んだ方が良かったな。一人しか呼べない天使をあの女にしてしまったのは悔やまれる。ちゃんと働き口を探して金を作っていれば良いのだが。
「なあおい、聞いたか? ノウィン村の事件!」
空っぽの胃液がぐっとかき混ぜられる。屋台の席から聞こえる男達の会話。
「なんでも、村の
興奮したような話しぶり。おそらくギルドあたりでニュースの貼り紙を見たのだろう。もう一方の男は驚いたようなピンと来ていないような顔で適当な相槌を打っていた。
勇者━━村の少女、ステラはそう呼ばれていた。村の周囲にはびこるダンジョンの掃討。本来なら村に置かれた冒険者ギルドが担うはずのそれを、彼女が一手に引き受けていたからだ。
彼女は
「へーえ。すげえけど、ギルドはその間なにしてたんだ?」
「それがよ、そもそもノウィンは貧しくてギルドを機能させるほどの金が無かったんだと!」
「ふーん。じゃあさあ」
聞き役の男が少し考えてから、言葉を紡ぐ。
「その勇者が死んだとなれば……そのノウィンって村は一体
山脈を挟んだ町の住人がいだく無垢な疑問。彼らの会話を置き去りにして、僕は再び町を歩き始めた。
「どうなるかって……そんなの……」
人里近くのダンジョンは常に掃討され続けていなくてはならない。ダンジョンは魔物を生み、外にあふれた魔物は自らを核にまたダンジョンを作る。そのサイクルを阻止できなかった時、人里は殺戮の波に飲まれてしまうだろう。
数ヵ月間はまだ大丈夫だ。だがいずれはぐれ魔物が周囲にダンジョンを作り、そこで限界まで増えた魔物が外に溢れ出す。そうなれば、それは誰が片付けるのか。ギルドを機能させる金も、来訪する冒険者も無い村に一体何が……。
「あ、あの! あなた、ライトさんですよね!」
考えているところに突然弾むような声で呼びかけられる。
振り向くと、そこには背の低い……10歳程度の女の子がいた。こちらの顔をちらちら見ては、興奮したような嬉しそうな様子で落ち着きがない。
「やっぱりライトさんだ! やったあ! また会う事ができるなんて!」
「え……誰?」
本気で覚えが無くて聞き返してしまう。だって、僕が子供と知り合うような機会はほぼ存在しない。冒険者は基本15歳以上の成人のものだし、関わる人間も大体大人である。
「先日グリフォンから助けていただいた者です! 冒険者ギルドでライトさんの事を教えてもらって探していたんです!」
「ああ……」
思い出した。グリフォンでステータス改変を知った時、そういえば逃げ遅れた母娘を助けていたっけ。うかつな判断でつい助けてしまっただけなのだから、感謝なんていいのだが。
「あの時、グリフォンの攻撃を防いだライトさん、ほんとにかっこよかったです! あの、だから今からお礼としてレストランでごちそうさせてください!」
「い、いや、そんな事しなくても……」
と、断ろうとしたところで「ごちそう」のワードに反応したのかお腹が盛大に音を立ててしまう。気まずく黙ってしまう中、女の子は嬉しそうにぱっと顔を輝かせた。
「お腹空いてるんですね! 遠慮しないでください、お母さんにお金もらってきたんです! ほらほら!」
ぐいぐいこちらの手を引っ張る女の子に何も言えなくなる。……ただ、まあ考えてみれば渡りに船とも言えるのだろうか。正直お腹が空き過ぎてなんだかよくわからなくなってきたし、とりあえず素直に好意を受け取っても良いのかもしれない。
「ここ美味しいらしいんですよ! たくさん食べてくださいね!」
レストランのテラス席に運ばれてきた料理を、言われるまでもなく勢い任せに食べ始める。スパゲッティ、ハンバーグ、他色々。子供じみた注文だが、冒険やってるような奴は大体そういうメニューが大好きである。
「ほんとなら自分でお金を払うんだけどね。たまたまお金が無かったんだ、いつもはあるんだけどさ」
「はい! わかります!」
こちらのつまらない言い訳を全て笑って受け入れてくれる女の子。ちょっとハンバーグの味がわからなくなってきた。黙ってたいらげてしまおう。
「ライトさん、あらためてこの前は本当にありがとうございました! お母さんと毎日ライトさんの事を話してるんですよ!」
「そんな事しなくていいから……」
光景を想像して気まずい気持ちが加速する。お母さんは飽き飽きしているのではないだろうか。
「ライトさんってユニークスキルの他にはどんな事ができるんですか! 知りたいです!」
「え? ああ、剣が使えるのと、あと火の魔法かな。ほら、こんな風に指に火を灯したりも」
「わあ、ほんとだすごすぎ! 剣も魔法もなんて嘘みたい!」
適当に魔法を使う僕を女の子は大袈裟にほめたたえる。
「うちのお父さんも昔ちょっと訓練してた事あるらしいんですけど、ライトさんに比べて全然でした! ライトさんみたいな何でもできる人はほんとうに尊敬します!」
「そ、そうか」
確かに僕は何でもできる。剣も、火も、風も、回復も。どんな魔法も使えるしどんな魔物も倒せるし、どんな訓練をした人間も追いつけないだろう。
「それで、あのお、ライトさん今日いそがしいですか? よかったらこれから私と町を歩いてほしくて……凄い冒険者のライトさんに迷惑かもですけど……」
もじもじと顔を赤らめながら、上目遣いに期待の視線を向けてくる。今日まで色々と頭の中で想像を膨らませてきたのだろう、口にする言葉にはよどみというものが感じられない。
さっきから喉が詰まりそうだ。きっと素敵な物語の始まりを想像してきたのだろう。笑い合って過ごせると思ってきたのだろう。
「なあ、僕は君が思うほど上等な人間じゃないよ」
単刀直入に事実を述べる。彼女の前にいるのはただの愚かなはぐれものでしかなく、期待するほどの価値なんて無いのだ。
「そんな事ありません! ライトさんは私の命を助けてくれました! 今までそんな人いませんでした!」
「いや、それはたまたまで……」
熱弁する彼女に食べながら口ごもる。確かにそれも一つの事実ではあるので、具体的な何かを言いづらい。
「ねえ、どうしたらライトさんみたいに立派な行動ができるようになれるんですか! ほんとに凄いです! わたし、いつも悩んで間違えてばかりなんです!」
そんな事言われてもわからない。どうすればいいんだよ。間違い切った僕はこれから何をしていけばいいっていうんだ。こんな人間が一体何を……
「わたし、いつかライトさんみたいな
ボキリと何かが折れる音がする。口内に混ざる不快な感触。舌を転がしてその異物を外へ押し出すと、硬質な音を立てて皿の上でフォークの頭が跳ね返った。
「ライトさん……?」
様子の変わった僕に気付いたのか、声のトーンをひそめる女の子。あるいは丈夫過ぎる僕の歯に困惑しているのか。
「なんでそんな明るい態度でいられるんだよ」
柄だけのフォークを皿に置き、僕は熱の無い声で言う。
「君はあの時
唇が勝手に動く。一切の柔らかさを忘れたように。
「そ、そうですね! でもライトさんが助けてくれたからこうして……」
「なんでそんなに呑気に人の善性を信じていられるんだ」
遮るように声を被せる。
「あの日君を助けたのは、ただ僕にその力があったというだけの事しか示さない。力は人間性じゃない」
言葉が加速する。あの日からずっと溜まり続けていた濁り。
「僕がヒーローだとどうして思う。裏で何をしているかなんて誰もわからないんだ。人を殺すようなどうしようもないクズだったらどうする」
「ら、ライトさんは
その言葉に体中の血が逆流し沸騰する。現実を逆撫でする彼女の言い分。越える一線。
「
女の子は目を見開いて絶句した。信じられないような顔で目の前の恩人を見る。
「力があれば誰にでも惚れるのか!? 助けてもらえばカスのクズだって輝いて見えるのか!? 僕の知らない僕に好意を向けるのはやめろ! そんな奴は存在しないんだよ!!」
もう何もかも止まらなかった。僕の中でのたうち回る激しい感情、出口を求めてさまよい続けていた全ての汚いものが、わずかな切れ込みによってここぞとばかりに目の前に吐き出されていった。
気付けば平和なカフェテラスは静まり返っていた。息切れするように立ち尽くす僕。小さな少女はもう笑顔を浮かべない。
女の子はぼろぼろと涙をこぼしていた。あまりの状況に耐えきれず、ただ嗚咽を繰り返す事しかできない。当たり前の光景だった。彼女は小さい。こんな事を受け止められるようにできていない。
「もうわかっただろ」
僕はその一言だけをその場に残し歩き去った。遠くなる女の子の泣き声。体の中も外も全て気持ち悪く、胸の奥がいつまでもどろどろに重かった。他の何も聞かないように音を立てて石畳を踏み、下を向く視線がその足を追う。
「ライトさん」
声をかけられてびくりとする。振り向いた先にはギルド制服の女性……険しい顔のフィリアさんがいた。
「フィリアさん……なんですか」
「村からの手紙です。あなた、昨日受け取らなかったでしょ」
そう言って訃報と書かれた封筒を渡してくる。おそらく仕事の合間に町中で僕を探していたのだろう。
「ライトさん、あなたは最低です」
まっすぐの目つきでそう告げられる。反論の余地もない。誰が見ても明らかに彼女の言葉は正しかった。
「そんな最低なやつと話さない方が良いです」
僕は諦めるように笑った。責める彼女にまともに取り合おうとしない、そのままの最低の自分として地の底に沈もうとする顔。
彼女は目つきを鋭くさせ、勢いよく片手を振り上げた。平手を向ける姿勢。頬をぶたれる感触を思い浮かべながら、僕はなすがままに下を向いた。
……だが次に襲ってきた感触は平手打ちではなかった。一瞬黙ってこちらを見つめる彼女の気配を感じた後、突然強く包み込むような温かい感覚が身体に伝わったのだ。
「え? なっ」
しっかりと僕を
「な、なにを」
困惑する僕に返ってくる言葉はない。ただ温かさだけが伝わる。彼女は厳しい表情のまま、ただ強く僕の事を抱きしめていた。
「やめ、やめろ」
声が震える。目の奥が熱くなる。こんな僕なんかに似つかわしくない、むやみに近い他者との距離。
「やめろ! やめろ! やめろおおおおお!」
僕はフィリアさんの腕を振り払って、走り出した。これ以上そのままでいられないという気持ちだけに突き動かされ、僕の脚はがむしゃらにそこではない何処かを求めて動き続けていた。
「気持ち悪いんだよお前ら全部! 全部!」
目まぐるしく町の光景を通り過ぎる。目に映る誰も彼もから遠ざかる。だが僕は気付いていた、もはやそんな事では何も無くなってくれはしないのだと。
目頭を力任せに潰しながら、町の何も無い隙間をただ闇雲にたどっていった。
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