第289話 美雪母の後悔
―天田母視点―
どうしてこんなことになってしまったのだろう。やはり、私が美雪にプレッシャーを与え続けてしまったのだろうか。美雪は間違いなく英治君を好きだと思っていた。それは、私の願望を察して取っていた彼女の偽装のようなものだったのかもしれない。
でも、それなら……よりにもよってあの人と同じように浮気をして、英治君にえん罪まで押し付けて裏切るほどの憎悪があったとは思えない。少なくとも、英治君はそんなに酷いことをされるほどの行為をするとは思えない。
自分の娘とは思えないほどの憎悪感と失望感を抱いてしまっている。
たぶん、美雪は父親を求めていたのだと思う。彼女からすれば、実の父親は突然いなくなってしまったという形だったから、相当落ち込んでいた。それを埋めてくれたのは英治君で、年齢以上に優しく落ち着いた彼に、恋人ではなく父親を求めてしまったのかもしれない。
『もう君との結婚は続けられない』
そう突然告げられたあの日からすべての歯車が崩れていったのだろう。それでも、青野さんに支えてもらって、なんとか動いていた歯車はやはりもろくて、外からの刺激によって、一瞬で崩壊してしまった。
『美雪のことはどうするのよ』
私はあの人に詰め寄った。
『俺が直接言うよりも、君が説明してくれ。そのほうが、美雪を傷つけなくて済むだろ』
そう言って、あの人は姿を消した。あの日から、私たちは一度も会っていない。
そして、この決断はたぶん、よくなかったと思う。たしかに、幼い美雪を必要以上に傷つけなくて済んだけど、何かをゆがませてしまったと思う。いや、これも自分の言い訳だろうな。だって、美雪は私が育てたのだから。
青野さんは「美雪ちゃんが寂しくないようにいつでも遊びに来ていいのよ」と言ってくれていた。ご飯を食べさせてもらった時もある。お金はきちんと払っていたけど、それだけじゃ足りなかった。美雪に、この幸せが当たり前のものだと思わせてしまったのかもしれない。
大人になればなるほどわかる。英治君と出会えたこと、あの優しい家族に囲まれていたことは、奇跡のようなものだと。それを教えていたつもりだったけど、娘にはプレッシャーを与え続けることにしかならなかったのかもしれない。
あの幸せを味わってしまった後に、それ以上の幸せを見つけることなんて……
すでに、青野さん側から慰謝料の請求は届いている。弁護士に相談して、少しでも減額を求めることが当たり前だけど、私はすべてを払うと連絡済みだ。美雪のために貯めておいた進学費用を使えば払える額だから。
せめて、これが英治君のために使われたらいいなとすら思う。彼の心に途方もない傷をつけてしまった。それは、癒すことも難しい深い傷だ。小説の世界で才能を開花させているのは知っている。
美雪のせいで苦しめてしまったのだから、私がこんなことを思う資格はないのかもしれない。それでも、英治君にはもっと幸せになってほしいと祈ることしかできないことが歯がゆかった。
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