第287話 娘と父親の思い出話

―愛視点―


 一躍、時の人となってしまったセンパイは、それから忙しそうだった。

 キッチン青野もテレビに取り扱われたりしていて、お客さんも増えている。彼はほとんど取材には答えないようにしている。高校生だからというのがやはり強い免罪符になっているし、マスコミもさすがに無理はできないようだ。


 受賞の時に数回、コメントを発表して、あとは落ち着くまで待っているみたいだけど、その姿勢が余計にミステリアスさや好感度が高くなるみたいで盛り上がりの余韻が長く続いている。


「センパイ、忙しくなっちゃったな」

 私は日曜日にお父さんと朝食を食べながらそうぼやいた。

 今日の朝食は、干しエビと紫蘇を混ぜ込んで作った焼きおにぎりだ。エビと紫蘇の旨味のおかげで醤油は少なめでいいし隠し味のごま油が上品な感じに仕上げてくれる。忙しいはずなのに、センパイのお母さんやお兄さんは新しいレシピをいろいろと考えてくれて本当にありがたい。


 これが当たり前じゃないと自分に言い聞かせながら、好意をしっかりと受け取っている。


 忙しいはずの彼も、私との時間を積極的に取ろうとしてくれる。朝と帰りはずっと一緒にいてくれるし、夕食も定期的にご一緒している。


「このままだと、あの人気若手作家が熱愛とか言われちゃうかも」と心配していたら、お父さんは「大丈夫だよ。一般人である高校生の愛のことを取り上げようものなら、それこそコンプライアンス違反で袋叩きに合うし……そんなことになったら、私の方に連絡が入るだろう」なんて笑っていた。


 言葉は濁していたが、その後どうなるかは娘である自分はよくわかっているから、苦笑するだけだ。


「でも、やっぱり注目を浴びちゃうからなかなか外に出ていけないんだよね。落ち着くまではショッピングとかは厳しいなぁ」

 映画館とかならいけるかもしれないけど、映画を見た後でゆっくり遊んだりカフェに行ったりすることが難しくなってしまうのはなんだか残念だな。


「なら、ホームシアターでも本宅から持ってこようか。明日は東京で用事があるから向こうに泊まるつもりだし。実際、私も仕事の時以外は、このマンションで過ごしているし、週末にそれで私とも一緒に映画を見られるだろう?」

 お父さんは、少しだけ苦笑していた。娘が彼氏と家デートをすることを許容するというシチュエーションがどこか恥ずかしかったのだろう。


「いいの?」

 念のためためらいがちに確認すると、お父さんは「いいよ」と笑う。


「映画のコレクションも好きに使うといい。まあ、今では配信サービスもあるし、二人は映画好きだから、お互いにおすすめも紹介し合えば1日中だって楽しめるだろう?」

 そっちじゃないんだけどな。でも、お父さんはわかっていてそう言う風に言っていると思うと、なんだか嬉しいな。


「ねぇ、お父さんとお母さんも映画好きだったから、デートでたくさん見たでしょ」

 ちょっと、親の話を聞くのは気恥ずかしかった。お父さんも先ほどよりも苦笑の度合いを深めていた。


「娘にそんなことを話すのは恥ずかしいが……ああ、行ったよ」

 

「初デートは何を見たの?」

 二人の性格からすれば映画を見に行くのが初デートだと決めつけていることに、お父さんは嬉しそうに笑っていた。


「グッドウィルハンティングだったかな」


「荒んだ男の人が実は数学の天才でっていう映画だよね」


「そうだね。心に傷を抱えた心理学者とともに成長していく人間ドラマ。名作だったけど、誘った側としては真面目過ぎたかなとちょっと心配だった」


「お母さんの反応は?」

 お父さんは少しだけ懐かしさを感じながら目を細めて、私の思っていた通りの反応だったと説明してくれた。


「私よりも感動していたよ」

 私たちはそれを聞いて笑いあった。お父さんの言葉には、「だから、恋人になろうと思ったんだ」というニュアンスを感じて、娘として少し気まずくも幸せな気持ちになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る