高額療養費の負担上限、引き上げ抑制を 「破滅的医療支出」避けよ 立教大教授 安藤道人
2026年度予算案が衆院を通過した。予算案には、医療費の自己負担に上限を設ける「高額療養費制度」の新たな見直し案が盛り込まれている。参院で始まった審議を注視したい。
振り返れば2025年3月、当時の石破茂首相は当初の見直し案をいったん凍結すると表明し、同年度予算案は再修正された。その後、患者代表の委員を含む専門委員会で議論し2025年末、厚生労働省が新たな案をまとめた。
新見直し案には「二つの顔」がある。自己負担の月額上限を最大38%引き上げるという「負担増」の顔と、年間上限の創設など「負担減」の顔だ。
全体としては負担増の色合いが強い。政府推計では、医療費を2450億円抑制し、うち1070億円は自己負担増に伴う受診控えによるとされる。政府は資料や国会答弁で負担減を強調するが、推計には負担増や受診控えが織り込まれている。
背景には、全ての所得区分で月額上限を引き上げるという新見直し案の設計がある。筆者の試算では、月額上限に年3~8回程度到達する患者は、特に大きな負担増に直面する。現在の月額上限ですら既に高く、患者は切実な悲鳴を上げている。新見直し案ではさらに負担が重くなる。
多数回該当(月額上限に年に3回達すると上限が軽減される仕組み)の負担額を据え置き、その約12カ月分を年間上限としたことは評価できる。しかし、恩恵を受けられるのは自己負担が上限に達する月数が1年の過半を占めるような、一部の長期療養患者に限定される見込みだ。
筆者の試算では、新見直し案の月額上限は患者の支払い能力(所得から税・保険料や食費・住宅費などを差し引いた額)に対して35~96%に達し、家計への衝撃は大きい。また年間上限レベルの自己負担でも、低所得層では支払い能力の44~65%に達する。長期治療によって所得が低下すれば、この割合はさらに高くなる。世界保健機関(WHO)が定義する「破滅的医療支出」レベルを超える人も増えるだろう。
高額な医療費負担に直面する患者が増える中、高額療養費制度による支援はむしろ強化する方が望ましい。新見直し案の「二つの顔」の再調整が必要で、月額上限の引き上げ幅の抑制は喫緊の課題である。年間上限については今回の案よりも引き下げることを政策課題とすべきだ。
医療財政を心配する声もある。しかし見直しによる保険料軽減効果は、厚労省の試算では加入者1人当たりで月額約120円に過ぎない。医療の高度化により高額療養費の利用者が増えるとしても、国民医療費全体に占める割合は低く、その少数の人々の自己負担を引き上げても医療費抑制効果は小さいからだ。
逆に言えば、税・保険料をこの領域に少し多く再分配すれば、高い医療費支払いに苦しむ患者の負担軽減を実現できる。税・保険料拠出における支払い能力に応じた負担(応能負担)を強化し、高額医療を受ける際の自己負担を抑えれば、病気の際の私費負担は減り、備えのための貯蓄や民間保険も少額で済む。
高市政権が掲げる「責任ある積極財政」では、このような路線転換こそを進めるべきだ。
(新聞用に2026年3月16日配信)