「それでですね、チヨノオーさんがなめこをミキサーで────」
「……うん?」
冷たい風が頬を切る冬の公園。
散歩の最中、笑顔で話を続けていた彼女の言葉と歩みは突然ぴたりと止まる。
透き通るような水色の髪、儚げな光を湛える紫の瞳、清楚を絵に描いたような雰囲気。
担当ウマ娘のメジロアルダンは、俺の隣で何処かへと視線を奪われていた。
「……?」
俺は不思議に思いながら、横からアルダンの顔を覗き見る。
その表情は追憶を思わせながらも少しだけ切なげで、どこか羨ましそうにも見えた。
彼女の視線の先には、ベンチに腰かける一組の母子。
母親は甘える我が子を膝の上に座らせて、優しげに微笑みかけている。
よくある幸せな家族の一幕。
どうしてアルダンは、この光景を見て、あんな表情をするのだろうか。
それが心のに引っかかって、気づいたら俺は口を開いていた。
「何か、気になるの?」
「……っ!」
俺が声をかけると、アルダンの両耳がびくんと立ち上がる。
我に返った彼女は慌てながら振り向いて、申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「す、すいません、トレーナーさんが隣にいるのに余所見だなんて……!」
「いや、それは気にしてないけど」
「…………それにあまり見ていてはあのご家族にも失礼ですね、参りましょう」
「あ、ああ」
最後にちらりとベンチを見やり、頬を微かに赤らめながらアルダンは歩き出した。
俺も彼女の歩調に併せて隣に並ぶのだが、やはり先程の光景が頭から離れない。
聞くべきか、聞かぬべきか。
頭の中の天秤がゆらゆらと揺れる矢先、彼女は困ったような表情でこちらを向いた。
「その、ですね……あの子のしていた行為が……ちょっと気になってしまいまして」
「あの子が、していた?」
先刻の光景を思い出す。
膝の上に座っていた、小さな子。
しかし、ただただ甘えていただけで特別なことはしていなかったように思えた。
いや、この場合は前提の行為そのものが“特別なこと”にあたるのかもしれない。
つまり────。
「……膝の上に乗る、って行為が気になったのか?」
「……っ」
俺がそう言うと、アルダンは真っ赤な頬を両手で隠しながらコクコクと頷いた。
◇
「……トレーナーさんは、誰かのお膝の上に座ったことはありますか?」
「両親の膝の上に乗ってる写真は見たことがある、くらいかな」
記憶を探りながら、アルダンの問いかけに答える。
さっき見かけた子どもくらいの頃の話で、記録には残ってても記憶には残っていなかった。
ただ写真を見た時に、何だか幸せそうだなと思ったことは覚えている。
「私は、ないらしくて」
「……そうなの?」
「膝の上に乗りたがらない子、だったそうですよ」
「へえ」
「……子どもながらに遠慮していたんじゃないか、なんてお母様は話していました」
困ったように、そして少し寂しげにアルダンは語った。
幼い頃の彼女は病弱で、家族に迷惑をかけていると感じていたのかもしれない。
勿論、彼女の御両親達がそんな風に感じるはずがない、と今はわかっているのだろうけど。
「だから、今になってどのような感じなのかと、気になってしまって」
はにかんだ笑みを浮かべるアルダン。
……恐らくは、本当に気になってしまっただけ、というところなのだろう。
だったら、あまり深刻に考え過ぎるのも違うかもしれない。
そう考えた俺は、あえて冗談めかした言葉を紡いだ。
「じゃあ、俺の膝の上で試してみる? なーんて」
「……いっ、いいんですか!?」
────刹那、アルダンの両目が大きく見開き、ぐいっと顔を近づけて来た。
双眸には、確かに煌めく期待の色。
その美しい瞳に心を引き込まれて、俺は思わず言葉を失ってしまう。
それを困惑と受け止めたのか、彼女はわたわたとした様子で顔を赤く染め始めた。
「……あっ、そ、そうですよね、冗談ですよね、私ったら、つい」
指を揉みながら俯いてしまうアルダン。
彼女の尻尾と耳は残念そうに垂れていて、その心の内を表しているかのようだった。
担当ウマ娘の期待を、裏切る。
それはトレーナーとして、絶対にやってはいけないこと。
ならば────冗談を覚悟へと変えるだけだ。
「冗談、なんかじゃない」
「えっ?」
「アルダンが望むのなら、俺の膝なんていくらでも貸すよ」
「……!」
「……どうする?」
アルダンは両手で口を抑えながら、尻尾と耳をぴょんと反応させる。
しばらくの間、彼女は視線を迷うようにぐるぐると彷徨わせ、そして。
「……っ」
遠慮がちに、アルダンはこくりと頷いてみせた。
◇
「……お邪魔します」
「……ああ、どうぞ」
お互いに言葉の少ない道中を経て、トレーナー寮の自室へと辿り着く。
さすがに外でやるのはどうかと考えて、家まで連れて来ることにしたのだ。
沈黙が場を支配したまま、隣り合わせでソファーへと腰掛ける。
「……」
「……」
頬を染め、緊張した面持ちのアルダン。
しかしその視線は時折、ちらちらとこちらへと向けられていた。
大人びている彼女のどこか子どもらしい様子が微笑ましくて、俺の緊張は逆に緩んでしまう。
「アルダン」
声をかけると、アルダンの身体がびくっと跳ねる。
またもや俯いてしまう彼女へ、俺は追い打ちをかけるように声をかけた。
「膝の上、乗らないの?」
「……本当に、宜しいのでしょうか?」
「もちろん」
「……」
無言のまま少しずつ、アルダンは距離と詰め始めた。
ちくたくと時計の針の音だけが響いていく中、やがてちょんと肩先が触れ合う。
そして、彼女は熱っぽく潤んだ上目遣いで俺をじっと見つめて来た。
「トレーナー、さん」
期待しながらも、どこか不安そうな表情。
けれど胸の内に秘めた衝動は抑え込めず、尻尾や耳はぴょこぴょこと動き続けていた。
俺はぽんぽんと脚を軽く叩きながら、彼女の耳元へとそっと囁きかける。
「ほら、おいで」
「……っ」
ぴくぴくと、アルダンの耳が震える。
そして、彼女は大きく深呼吸をしてから、ゆっくりと腰を持ち上げて。
「失礼、致します……!」
意を決したように、アルダンはぴょんと俺の脚の上へと腰を落とした。
刹那────両脚が、ふっくらとした肉感と暖かな温もりに包み込まれる。
「……ッ!?」
「あの、重くは、ないでしょうか?」
「重くは、ないん、だけど……!」
重くはない。
重くはないのだが、はち切れんばかりに広がる尻には確かなボリュームがあった。
包み込むように柔らかな尻と、ハリのある太腿のコントラスト。
艶めかしく伝わる体温と、鼻腔をくすぐる甘く華やかな香りが、先刻までの余裕を全て吹き飛ばす。
ドクンドクンと、心臓が爆音を鳴らし始めてしまうのだった。
「…………少し、座る位置を調整しますね?」
アルダンはぽそりとそう呟くと、すりすりと身体をすり寄せながら位置を微調整し始めた。
動く度に肉厚な尻や太腿が形を変えて、与える感触に変化をもたらし、理性を甘く逆撫でしていく。
そして動揺する俺に対して、彼女は徐々にリラックスするよう表情を緩めていた。
「トレーナーさんの体温や息遣いが間近で感じられて、とても落ち着いて安心します」
「そ、そっか」
「……膝の上に乗りたがる子どもの気持ちが、少しわかってしまいますね」
「キッ、キミの理解の一助になれたのなら、良かったよ」
「あの、ですね、せっかくなのでもう一つ、甘えても良いでしょうか?」
「……どうぞ」
「…………後ろから、ぎゅうっと、私を抱き締めていただけませんか?」
ぽすんと体重を預けながら、アルダンは小さな声でお願いを告げる。
その表情はとろんと蕩けていながらも純粋で、信頼することしか知らない子どものよう。
未だに心臓はうるさいままだったが、その信頼を裏切る手段を、俺は一切持ち合わせていなかった。
何も言わないまま、するりと彼女の細い腰へと腕を回して、ぎゅっと抱き締めてあげる。
「……あっ、ん」
びくっと一瞬だけアルダンは身体を固くするものの、すぐに融けたように弛緩した。
かかる重みがずっしりと増して行き、香りにはほんのりと汗の匂いが混ざるようになる。
やがて、彼女は顔を横に向けながら俺の胸元へと置くと────ぴたりと、耳を心臓の辺りへくっつけた。
「……!」
「ふふ……トレーナーさんの心臓……ドキドキしてらっしゃいますね?」
「……アルダンみたいに魅力的な子と密着してたら、誰だってそうなるよ」
「……そうですか、少し、右手を貸していただけますか?」
「いいけど……?」
意図を掴み損ねながら、俺は左腕でアルダンの身体を支えて右手を差し出す。
すると、柔らかくて暖かな彼女の両手がそっと触れて来て。
「……えい♪」
「な……っ!?」
そのままアルダンは、自らの胸元へ俺の手をきゅっと寄せた。
マシュマロのようにふわふわとした膨らみの、右手が包み込まれる。
そのあまりに幸せな感触に神経が甘く痺れて行き、思考がショートを引き起こしてしまう。
しかし、そんな最中でも────俺は右手には、トクントクンと鳴り響く鼓動が伝わっていた。
「私も、こんなにドキドキしておりますよ」
「ア、アルダン……!」
「貴方みたいな魅力的な方と、触れ合っているのですから」
アルダンはそう囁きながら目を細めて、悪戯っぽい笑みを浮かべるのであった。
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