北杜夫は少年のころ少年なりに希少な蝶の熱心なコレクターだったが、戦争が激化すると鋳造される虫ピンが全く入って来なくなって、どんな珍しい蝶を捕まえても標本がつくれなくなる未来が見えていたので、空襲の時に骨身を削って集めた蝶の標本たちより虫ピンを抱えて逃げたという話があった。蝶たちは炎の中に消えてしまった。戦後経済が回復すると虫ピンなんていくらでも安く売られるようになったのだが、でもそんなことは戦火の中では想像もできなくて、自分の判断が悔やまれてならない、という話。
彼はこのエピソードを「どくとるマンボウ」のどこかに書いており、私はこのやるせなさが忘れられないですが、でもこれに類することは当時も当然世界中で起こっていたはずなんですよ 重慶でもロンドンでもどこでも
それを忘れないのがまあ、なんだろう、最低限の歴史への責任というやつなのではないでしょうか
彼はこのエピソードを「どくとるマンボウ」のどこかに書いており、私はこのやるせなさが忘れられないですが、でもこれに類することは当時も当然世界中で起こっていたはずなんですよ 重慶でもロンドンでもどこでも
それを忘れないのがまあ、なんだろう、最低限の歴史への責任というやつなのではないでしょうか