絶頂、転落、そして異動。
前編「編集者のフリをして生きてきた」
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◆
「であるからして、編集者とはこのようにすれば良い感じなのである!」
あれから10年後。千代田区、とある出版社の登壇会場。私は「会長賞」受賞の登壇スピーチで、成功の秘訣を全社員に向けてニヤついた表情で語っていた。
「Congratulations!」
「Congratulations!」
受賞会場には役員他、ダークスーツに身を包んだ幹部達がずらりと揃い私に拍手を贈っている。かつて門を潜った丸川という老舗出版社は、度重なる合併と膨張の果て「MARUKAWA」という社名に変更されていた。2000人の社員と100を超える編集部。更には、群馬の荒野に「サクラ・ファクトリー」という名の、印刷所か秘密基地か判別のつかない謎の巨大建造物を建築する、制御不能なハイブリッド・モンスターへと変貌を遂げていたのである。
今この瞬間、2000人の社員に生配信されるカメラの向こう側で、誰かが悔し涙を流している姿を想像するだけで、体の芯から熱いものがこみ上げてくる。
(天才編集者であるこの私に万雷の拍手を贈れ、それが必要だ)
あの崖っぷちの日々から10年。私はスムーピー文庫編集部で奇跡的に生き残り続けていた。醜くあがいていただけなのに、いつのまにやらレーベルの象徴的存在となっている。今、編集部で私に逆らえる者は誰もいない。鳴り止まない拍手を背に表彰状とトロフィーを手に取ると、かみしめるかのように壇上から階段を一段一段ゆっくりと下る。
(あぁ、人に褒められるって気持ちいい)
これこそがヘブンだ。金も出世も興味がない。私はただ人から「凄いですね」と言われたい。富士山級だったプライドはエベレスト級となり、私は編集者としての生を満喫していた。
◆
式はつつがなく終わると、私は某ホテルのパーティー会場に移動した。
するとパーティー会場で後輩達が私に話しかけに来るではないか。
「先輩、スピーチ超かっこよかったっす! マジ半端ないっす!」
「私も夏川さんみたいに熱い気持ちで本を作る編集者になりたいです」
新入社員達が私にかけより声をかけてくる。
「……編集者っていうのはね、1冊の本にキャッチーさをこめられるかどうかなんですよ」
少し溜めてから、視線を斜め上45度に固定し、王族のような慈悲深い微笑みを浮かべる。これが「八合目の住人」である私に許された、下界とのコミュニケーションだ。
「ヒットには再現性がある。君たちが『才能』と呼んでいるものは、私から言わせれば単なる変数の集合体に過ぎない」
嘘だ。
私に限って言えば本当は、ほぼ運だと思っている。だが、そんなことを言えば私はただの「運が良いおじさん」に成り下がる。それは死よりも耐えがたい屈辱だ。だから私は、今日も謎の理論を、さも高尚な真理であるかのように振りかざす。
「なるほど、勉強になります!」
後輩達がメモを取る。そのペン先が奏でるカリカリという音は、私の肥大化した自意識にとって最高の鎮魂歌だ。業界に入って10年、世の中に才能豊かな素晴らしい編集者がごまんといることは見てきた。志高く、作家と共に歩む本物の編集者たちを。だが、私は違う。私は「FAKE(偽物)」だ。10年前から一歩も動いていない。
ただ「それっぽい顔」をして、奇跡的にヒット作という名の宝物を手に入れたペテン師。作家達が命を削って作った作品に、私は何度も何度も救われてきた。だが、私にはとりたて何の力もない。しかし、バレなきゃそれは「真実」なのだ。私はウイスキーを片手に、お得意の自慢話を自信たっぷりに言ってやるとワッと新米編集者達は湧き上がる。
とろけるような快感に身を委ねている私の携帯に一通の通知が届く。
(うげっ……!)
連絡の送り先はライトノベル出版局のY局長。何を考えているか分からない。いや、正確には「私のパニックを、最高級のワインのようにテイスティングして楽しんでいる」男だ。ニヤニヤと笑みを浮かべながら、全てを見透かしてるかのような底知れなさを局長という権力の衣で包んだ怪物。
【会長賞受賞おめでとう。スピーチとっても良かったよ! ところで明日、時間ある? 16時局長室に来てね】
この「時間ある?」を額面通り受け取ってはいけない。これは「絶対来いよ」ということである。この誘い方はまた無茶振りが振ってくる可能性は否めない。
(いや、でも流石にこの受賞後のタイミングだし普通に褒めてくれるだけなのかも……?)
淡い期待と一抹の不安を胸に、私は喧噪沸き立つパーティー会場を後にした。
◆
翌日。
局長室……ではなく、会社近くの古びた薄暗い喫茶店に呼び出された私は緊張の面持ちでY局長と相対していた。
「突然だけどさ、夏川さん。先週カキコム炎上したよね。アレどう思う?」
Y局長が言っているカキコムとはMARUKAWAが運営している小説投稿サービスのとこだ。
先週……ということだからアレか。
AI作品がランキング1位をとって読者や作家界隈で騒ぎになっていたな。私は局長に差し出されたホットコーヒーをぐびりと呑みながら震える声で回答した。
「カキコムではAI作品がランキング1位を取って、それのありやなしやで大議論になってましたね。どう思うですか? いやぁ。どうでしょうね……」
「夏川さんに聞きたいんだけどさ。出版社はAIを使ったクリエイターさんを排除すべきなの? それとも、共生すべきなの?」
排除すべきか共生すべきか。0か1か。なんだその禅問答みたいな質問は。
怒りには理由がある。悲しみにも理由がある。
その議論はSNSで散々目にしていたが、見ないようにしてきた話題だ。
この問題について、考えてみる。
多分、作家達が怒っているのはAIが上手いからじゃない。努力してきた時間が、見えなくなるから。作品が出きるまでずっと書き続けてきた時間が、ボタン一つと同列に並べられることへの怒りと悲しみ。私はエセだが腐っても編集者だ。作家達が物語を生み出すために差し出している時間と葛藤、苦しみは骨の髄まで理解している。
「は、排除すべきじゃないですか! だって楽に創作してたら何か駄目な気がしますし、著作権が混ざった可能性もある表現を使うのってズルいっていうか…!」
「ん~? でもさ、僕が編集者やってたときに担当した漫画家さんは手塚治虫先生や石ノ森章太郎先生の画風を学んでたよ。それも駄目ってこと?」
なるほど。先人から学ぶのはこの業界で脈々とやってきたことだ。それは確かに。
「……じゃあOKです! 新しい時代の到来ですから!」
「え~でも、ランキングにAI作品が上がってきて読者も作家さんも悲しんでるじゃん。それを君はゴリ押しすべきだって言うの?」
(……こいつマジうぜぇ)
排除か共生か。0か1かは一概には言えない。だからこそ、どの出版社もこの話題は貝のように口を閉ざしているではないか。誰にも解けない難題、私如きに解決の道筋が立てられる筈もない。
「で、では局長は、どのようにお考えなのでしょう……?」
私は不快な気分を胸の奥にしまいカギをかけ、揉み手をしながらそう切り返した。権力者に逆らってはいけない。なぜなら、私のエデンはこの人の管理下に置かれているからである。
「ん~。どっちも正しさがあるんだけど、ちょっと今の状態だと雑なんだよね」
今の状態が雑……? この人は昔からはっきりと物を言わない。いつもこうやって婉曲的に意思を伝えてくる。
「でさ、こういう時って誰かが線を引かないといけない」
(線?)
「夏川さん、君にそれをやってもらおうかな。この問題に対応してよ。スムーピー文庫編集部は異動ね」
「!?」
絶句した。それだけは絶対嫌だ。異動だけは受け入れる訳にはいかない。私は10年かけて築いた黄金の城を守るために脳をフル回転させ抵抗を試みた。
「……この問題を? 私が、ですか? いやちょっと待ってください!! 私は編集者としての『勘』を大事にするタイプでして……」
「夏川さん、『カキコムを立ち上げたのは俺だ!』って豪語してたじゃん。テクノロジーに詳しい君が適任だよ」
それも嘘だ。
カキコムの立ち上げメンバーであったことは事実だが雑用しかしていない。
立ち上げメンバーが全員退社したことを良いことに、手柄を全て自分のものに変換してフカしたことが裏目に出たかッ……!
「お願いです! 私以外の人にしましょう! あ、閃いた。あいつが良いですよ。NF文庫の佐藤さん。あの人、こないだAIでエッチな写真生成してましたし!!」
私は局長から放たれた無慈悲な一撃に対応するため、高潔なる精神を込めた『黄金の回転』エネルギーの弾丸で応射した。……佐藤さん。君がエッチな画像を生成していたのは「事実」だ。私はその「真実」を、ただ回転させたにすぎない。
佐藤さん、ありがとう。
本当に……本当に……それしか言う言葉が見つからない。
「もう人事委員に提出しちゃったんだよ。まぁ君、最近ちょっとダレ気味でつまらなくなってたし、また0から仕事はじめるのも良い時期なんじゃない?」
「局長!!! それは絶対駄目です!! 私、テクノロジーとか全くわからないです。それにもう若くないし、そういう今時の話題は今の感覚を知っている若者に!!!」
「あ、通知来た。異動、正式に受理されたみたい。じゃあ来期からよろしくね。勤務地も変わるから荷物まとめといて。ここのコーヒー代は僕のおごりってことで」
そういうと店の領収書を手にしたY局長は手早く支払いをすませ、カランと店のドアの音をならして風のように去って行った。
◆
翌月。
私のスムーピー文庫異動という電撃的な辞令はMARUKAWAで瞬く間に知れ渡った。(NF文庫の佐藤さんも何故か私に怒っているらしい。なんとも理不尽な話だ)背中を丸くし10年分の荷物を段ボールにまとめていると後輩が私に話しかけてくる。
「先輩! スムーピー文庫異動するってマジですか!? 先輩が担当していた作品も引き継いじゃうんですかね……」
心配している様に見えて、その口元が一瞬ニヤついたことを私は見逃さなかった。ようするに私の影響力が下がったと読んで、この会話で力関係を測っているのだろう。
「まぁね。でも真の失敗とは開拓の心を忘れ、困難に挑戦する事に無縁のところにいる者たちことだ。私はまた一人の挑戦者に戻ることにするよ」
「お、おう! なんか、かっけーっす!」
……よし勝った。
どこかで聞いたことのある台詞のような気もするが問題ない。勝てばよかろうなのだ。私は後輩の背中を見て勝利を確信し、そそくさと机の上の荷物をまとめるとその場をクールに去った。
結局のところ、私は明日から自分が何をすればいいのかさえ、本当は分かっていない。スニーカーを履き替えるように、簡単に自分をアップデートできるほど、私は器用な人間ではないのだ。
私が失ったものは3つ。
太鼓持ちをしてくれる後輩達。
勝者として扱ってくれていた人達。
人々からの関心。
それは私にとってこの世界の全てと言っていい。
私は築き上げた1から0に戻ることをずっと恐れていた。ここだけの話だが、私自身は何の才能もないハリボテのような男である。今の実績と作品を剥がされてしまえば、もう私の周囲に人が集まることはない。普段の行いもあってか、人望のなさは自覚するところである。荷物整理を終え、ふと落ち着くとあまりの心細さに私は暗い気持ちになっていた。
【君、最近ちょっとダレ気味でつまらなくなってたし】
Y局長の言った何気ない一言がリフレインする。彼とはもう随分と長い付き合いだ。いつもサディスティックに私を追い詰める人だが、私のことを「つまらない」と言ったことはこれまで一度もない。私が巻き起こす奇想天外な作戦やトラブルをいつも面白がり、イジり倒し、でも最終的には必ず守ってくれていた。
(俺、つまらない男になっていたのか?)
そういえば、いつからか目の色を変えて何かに取り組むことは少なくなっていたような気もする。自尊心は相変わらずだが、何か必死に歯を食いしばって取り組むことはなくなってきた。世の中を驚かせてやろうと、血気盛んに朝まで徹夜することはなくなっていた。人とぶつかりながらでも、それをやり通そうと意地を見せることはなくなっていた。
それは大人になったということだろうか。
それとも、年を取ったからだろうか。
でも0から1に向かう時、私はもっと醜くのたうち回っていた。
また、知らない誰かと何かをする。そのことについて考えてみた。
知り合いは誰一人いないところからスタートだ。
でも、私はそもそも全く知らない所からここに来て、何かをはじめてきた。
作家達は、何一つわかっていない私と仕事をしてくれた。「売れる本を作ろう!」と声をかけたら、そのゴールに向かって一緒に走ってくれた。
よくもまあ、わけのわからない作戦と謎アドバイスを繰り返す私を信じてくれたものである。
であるなら、人間というのは案外「これをやりたい」と言えば、それに相応しい人間が集まってくるものなのかもしれない。それなら……
◆
~現在~
「LLMのパラメータを調整して、RAGでの参照精度を……」
「埋め込みベクトル(Embedding)の次元数が……」
「これを発表したら作家さんと読者はどう思いますか? 当社のレピュテーションリスクを鑑みると!!」
目の前にはMARUKAWAの会議室に集められたAIに詳しい社内外のスーパーエンジニアたち。そして、出版文化の歴史を知り抜く歴戦の賢者達が超次元の議論を交わしている。
「困ってるんだ、助けてくれ!(局長に消される!)」
あの日、突如として降りてきた局長のミッションに翻弄され、そうむせび泣いていたら、いつの間にやらとてつもない人材が集まってきていた。結局、物事の本質はそれくらい単純な力学で動いている。正論を並べるより、一滴の涙と、一筋の絶叫。それだけで、向き合うべき人間たちは集まってくる。
世界は、声を上げる者を見捨てない。あるいは、面白がってその沼に飛び込んでくる。私は会議室で白熱する議論を横目に「なるほどね」と深々と頷きながら、デキる編集者っぽい顔をして座っていた。
はっきり言って、この賢者たちが話している高次元のロジックを、私は何一つ理解していない。だが、死んでも舐められるわけにはいかない。なぜなら、私は絶望的にプライドが高い男だからだ。この奇妙な均衡の上に、次の新たな戦場は築かれようとしていた。
私は知っている。ハッタリと虚勢だけでも意外と人生は何とかなるということを。
私は知っている。これから必ず痛い目を見ることを。
私は知っている。それでも醜くあがいていれば、どこかに辿り着けるということを。
「夏川さんは、この問題どう思いますか?」
全員の視線が集まり冷や汗が出る。しかし、私は微笑を崩さずこう言った。
「君たちの指摘は正しい。だが、天才編集者であるこの俺に言わせれば、そんな議論は無意味だ」
「「「……!?」」」
10年前と、何も変わっていない。
私は相変わらず空っぽで、勢いだけでこの業界を闊歩している。
だが、面白いじゃないか。
「なぜなら、キャッチーさが足りない」
「……? 定義は何ですか? どのパラメータを動かせば……」
「定義? そんなものはない」
一瞬、間を置く。
どこかでニヤニヤ笑ってる、あの得体の知れない男の顔を思い浮かべた。
もう、つまらなくなったとは言わせない。
「俺がキャッチーだ。それだけが、この世界の真理だ」
0と1の間を行き来しろ、何度でも
※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体名は実在のものとは関係ありません。


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