「76年前はリーグ優勝&日本一に」ロッテのルーキー毛利海大が開幕白星…母はかつて西武系列勤務「実はライオンズの試合経過アナウンスも」快挙の舞台裏
プロ初ヒットを献上「ちょっと悔しい」
大学時代の女房役は「頼もしい存在だった」という。 「リードも強気というか、インコースをガンガン続けたりとか……」 結果的に小島にプロ初ヒットを献上した。試合には勝利したものの「彼の記録に自分の名前が刻まれたのはちょっと悔しい」と苦笑した。 新人を開幕戦に大抜擢するサブロー監督の采配は見事に的中した。2月の都城キャンプから腕を思い切り振るピッチングをする若者に「投げっぷりがいい」と惚れ込んでいた。また、どの球種でもストライクを取れるスタイルもプロ向きだと考えた。 その読みが確信に変わったのは2月17日、ジャイアンツとの練習試合だ。3番手として登板し、わずか1イニングだったが打者3人を7球で仕留めると建山義紀投手コーディネーターに指示を出した。 「ローテーション投手としての準備をさせて欲しい」
開幕投手抜擢の舞台裏
そこから先発調整となり、開幕まで1週間を切った3月21日、開幕投手に指名した。 「練習後に監督室に来て」 バンテリンドームでの中日とのオープン戦前。ロッカールームで椅子に座っていた毛利は、相原勝幸マネージャーから声を掛けられた。前日20日、先発で4回3分の1を投げて4失点。「二軍落ちを言い渡されるかもしれないと思い覚悟した」と毛利は明かす。 監督室のドアをノックし部屋に入るとそこには投手部門の首脳陣が揃い踏みしていた。ただ事ではない空気を感じ取った。 サブロー監督がこう切り出した。 「開幕はオマエで行くから」 ローテーションとしては開幕と同じ金曜日に投げてきた。だから、もしかしてという思いが心の片隅にあったのは事実だ。しかし、オープン戦最後の登板で打たれた。期待に応えたとはいえないなかで、「存分に楽しんでこい」とサブロー監督から背中を強く押された。
「開き直って、割り切って……」
「鳥肌が立ちました」 毛利は開幕投手に指名された想いをそう口にした。そしてこう誓っていた。 「開き直って、割り切って、自分の力を出すだけ」 投手陣では、新戦力のアンドレ・ジャクソン投手が故障するなどアクシデントが発生するなかで異例となるルーキーの開幕投手抜擢。サブロー監督はその狙いをこう明かす。 「球団で新人が開幕投手を務めるのは76年ぶり。面白いなと思った。どうせやるなら、面白いことをしたい。それに彼はアマチュアの時から何度となく大舞台で投げている。そしてプロに入って、いつかは開幕投手を務めるくらいの投手になる。ならば1年目に経験をさせるのもありかなと。きっと今後の糧にもなる。成長につながる。これ以上のプレッシャーを経験することもないはず。それを最初に経験できるのは大きい」 昨年まで開幕投手を務めていた小島和哉投手からも「プロ初登板は開幕でなくても緊張する。ならば開幕戦でいきなり最高の緊張感を味わうのはいいのではないか」と声を掛けられた。
新人左腕が快挙の前回は日本一に…
5回を終えて2-0とリードし、球数はちょうど70球。ベンチに戻りサブロー監督から交代を告げられた毛利は、「まだ、いけます」と返した。 指揮官からは笑顔で「プロ野球の1年は長い。今日はもうここまでにしておこう」となだめられた。「本当は一杯一杯の部分はあったけど、まだ行くと思わず口から出てしまった」と毛利は振り返る。 同じく新人投手で左腕の榎原好投手が開幕投手を務め勝利した1950年、球団はリーグ優勝し日本一となった。当時のルーキーは16勝を挙げ獅子奮迅の活躍をした。新生マリーンズもルーキー左腕の好投とともに新シーズンへ、幸先の良い船出を果たした。
(「プロ野球PRESS」梶原紀章(千葉ロッテ広報) = 文)
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