元来私はアイドルなどという職業の人種は苦手なのだがね。
アイドル槍と小説家弓の話です。
槍視点なので(?)槍が弓ガチ勢です。
やりゆみ……?初めは名前も全然出てこないし、なんだこれ?みたいな文です、すみません……。後の方に行くにつれてボーナスステージがあるかも……?なんだそれ?そもそもびぃえるとかよくわかってなくて書いてる(←)。とにかく誰おまフワフワ人格ですみません……。
クー・フーリン〔ポップスター〕とエミヤ〔ライター〕の他にクー・フーリン〔ライター〕とかスカサハ〔コンポーザー〕とかアンリマユ〔ぺインター〕とか出てきます。
表紙の絵はほんとはランサーがバトルしようぜ!みたいなポーズになっちゃった。後日元絵上げます。→ピク助指描きFate雑多 | illust/71935645
BGMは如月アテンションです。←
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休日に家に遊び行って、「よく来たな」なんて言われながら出迎えられてなんだか意味もなく照れくさくなって、なんとなく首の後ろに手をやりながら示されたスリッパを履いて、まっすぐリビングへ、聞いていた通り、思っていた通り、埃一つない廊下を抜け、扉を潜りソファへと丁寧に案内される。初めてのお宅訪問なんて、こんなもんか、いや、それにしても、家に上がらせてくれるとは、いや、そういうのなんも気にしてないのかもな、そっちの可能性もあるよな、いや、ソーイウのってどういうのだよ、ソッチってどっちだよ。
なんてやり取りをした後は、茶を出そうとキッチンに消えたそいつが、再び現れるのをそわそわと待っていただけなんだが、まさかそんなことを言われるとは。
「アイドルにも休日はあるのか。」
「え」
こいつが言ったアイドルとは、えー、まあ、オレのことである。
ほんとは自分で自分のことアイドルっていうのはなんか変な気がするっていうか。まあ職業きかれたらアイドルかタレントって答えるが。別に地下アイドルとかではなく普通に地上波生放送とかでテレビ出演したり雑誌インタビューされたりいろいろしてるから。名誉なことだとは思っている、それは間違いないし、胸を張って言える。
とにかくオレのことである。うん。
で、なにこれオレは責められてんの?
テーブルに置かれた紅茶の湯気は、オレを責めるためにゆらゆら揺れてんのか?
「まあ週休二日相当の休みは……ニホンコクセキですので……」
「んー」
じょーしきてきなろーきのおはなしを並べ立ててみるも、そいつは特に表情を変えることはなかった。
「いや、総理大臣は、休日は総理大臣ではないのか?」
「え?」
え、なに、政治の話?オレを働きっぱなしにさせるために政治を変えようってこと?
「アイドルの休日というのは、ネットなどブログのネタになるような場所に行って写真を撮るのが仕事ではないのかと思って、」
「うんそれ休日なのに仕事って言っちゃってるな。」
あー、でもそう思われてるモンかぁ……。
「べっつに、ネタっつったって、こうしてお前のウチに上がらせてもらってるのだって、『今日友達んち行った、掃除めっちゃキレイだった!』とかでいーじゃん。あ、お前の個人情報が洩れるような投稿はしねーから、どうか信用してくれよ……?」
「そこは信用しているとも。だからそんな子犬みたいな顔をするな。でもそうか、それでいいのか。いや、君の場合は、か。人気アイドルは何を投稿しようと、何か素晴らしい投稿に思われるのかもな。」
子犬みたいな顔って、そんな顔してたのかよ、ばりばり人類の顔のつもりだったんだけどな。まあ確かに、ヘタなことやって、もうこいつの家に上がるどころか、関係をすっぱり切られるなんて、シャレになんないからな、想像して不安になって気落ちした表情になっても仕方ない、実際にそうなったら、子犬どころじゃねーぞ。しかし、信用してくれてんのな。きけて良かった。すっげーよかった。それにしても。
「フォロワーさんの期待するようなオレでいようみたいなのは、そんなに考えたことねえな。元気とかを分けてやりてぇっていうのは、常にあるけど。」
それでこの仕事やってるわけだけど。
「フォロワーさん……って、君をフォローしている人たちは正しく君のファンだろうに。」
「ええ、ああ、うん」
オレのファン、って言い方もオレはあんまり、だ。
「でもアイドル、なんて、みんなを元気付ける、応援団、みたいなものだろ?世間じゃファン、なんていって、シンパみたいな表現してるけど、オレが、オレらが、みんなのファンなんだよ。」
だから元気付けたい。
それを黙ってきいていたそいつは、ゆっくりと瞬き、同時に頷いた。
「君はちやほやされるのが特別好き、という感じではないからな。君のその考え方は、大変好ましいよ。」
最後の言葉を言うと、さっとティーカップを掬い上げ、口に運んだ。それは照れ隠しなのかなあ、そうだったらかわいいなあ。どちらにしろ、言ってくれた言葉は大変うれしい。逆に子犬になってしまう。逆って何だ?
倣ってオレも紅茶を飲む。淹れられた時から、いい香りがずっとしていたんだ。
熱が喉を通り過ぎてから、オレは言った。
「だからさ、『今日友達がすげえ美味い紅茶出してくれた。香りもいいし、あったかいもん飲んで、ほっとした。ほっとできるいっときは大事だと思った。』って、投稿すればいいんだと思う。」
オレの言葉に、そいつはまた静かに瞬き、オレの言葉を噛みしめるように精錬された表情を称えると、得心したと微笑んだ。
「やはり私は、私が君のファンであることをどうしようもなく自覚するよ。それも年中無休、二十四時間。」
「そういうこと言っちゃうんだよなー。」
正に先に言ったもん勝ち、である。
オレはいそいそと呼び鈴を鳴らし、二回目の訪問を試みる。再度の約束を取り付けられたことに、もちろん浮かれて浮足立っている。この玄関までどうやってきたっけ?飛んできたのかもな。
「やあ、二度目も迷わずこれたな。」
「おうさ!いつでも飛んでこれるぜ。」
いつでもはさすがに図々しいことを言ったかな。気持ちのまま口に出したことを後から気にするも、相手は気にしていないようで、笑って迎え入れてくれる。よかった。
この家は最寄駅から少し歩く。商店街に程近い住宅街に紛れ、少し重々しい雰囲気の家屋が忽然と現れる。それまでの、似たような店、道、家を抜ける道中は、確かに覚えやすくはない。
オレは前回同様用意されたスリッパに履き替え、靴を揃えて隅に寄せる。前来た時ももちろんやったが、こんだけきれいだと脱ぎ散らかしてこいつの大事にしている空間を脅かすのではないかとはらはらする。というかオレの存在がそもそも刺激的な気がする、まあそれはお互い様なのだけれども。
二度目のオレはもうまっすぐソファへ向かう。それを見やったあいつも、その一瞥だけくれるとまっすぐキッチンへ向かう。あの時の紅茶も美味かったが、同じものだろうか、こだわりがあるのだろうか、それとも気分とかで変えているのだろうか。一つを知ると、もっと知りたくなる。それは本のページを捲ることに似ていた。
そもそもこいつは作家なのだ。作家本人が本のようだという例えは、なかなか的を射ているのではなかろうか?
前回とは違う香りに促されるように、オレは邂逅の記憶に思いを馳せた。
オレはアイドルなんていう、どちらかといえば体力勝負のような職に就いているが、割かし読書が好きだ。
似合わないと言うどころか想像もつかないとまで言われ、挙句の果てには、知的アイドル(笑)だなんて揶揄われることもあるが、好きなもんは好きだ、似合う似合わないじゃねえ、とか言うと、アイドルなのに、なんて更に揶揄われるが、そういうのも違えだろ、って。
そんなこんなでオレが読書家なのは結構有名で、とあるドッキリみたいな企画で、出演者であるオレに知らせのないまま、オレの大大大好きな作家が突然ゲストで現れた。それがこいつってわけ。
出会いは秋口だった。読書の秋なんて、ピッタリじゃないかと思うが、たとえ秋じゃなくても、よかった。出会いがいつだって、オレはそれを素晴らしいものだと断言する、自信がある。
今でこそ、こいつあいつそいつ呼ばわりだが、その当時はそうと理解したとたん感動で涙さえ出てきた。マネージャーがすっ飛んでくるほどの事態だった。あいつが慌ててハンカチなんて差し出してくるもんだから、余計に。オレはマネージャーの方のハンカチをありがたく迷わず借りた。ステゴロ女のくせにそういうとこちゃんとしてんだな、なんて揶揄う余裕もなかった。アイロン掛けて返そうとしたら燃やした。悪かったと思っている。買い直して返した。
人気アイドルなんだから会いたい人に会えるだろうってのは間違いだ。なんたって畑違いだからな。アイドルだからって銀行の金庫に出入りさせてくれるはずはない。
だからこそ、その場では動揺しまくりだったオレも、みすみすチャンスは逃したくねえ。終わった後はそいつの元にすっ飛んでって、謝り倒して思いの丈をぶちまけてあわよくば今後とも仲良くしてください、なんつって。もうとにかく必死だった。それくらいは余裕であいつの本が好きだった。
でもそいつはオレの話を冷静に聞き終えると、「君が私の著書を好いてくれていることはわかった。」でも、「私という著者を好きになる必要はない。」と答えると、「ありがとう。」と最後に言い残し、踵を返した。
オレははっとした。普段はオレがその立場なのに、すっかりお熱になっていた。それが下がっていくのがわかった。
オレは後を追った。不躾に腕を掴んだ。強引に振り向かせた。
「すまなかった。ごめんなさい。でも仲良くなりたいんだ。」
さっきと同じ一方的な言葉。だけどとても短くて、陳腐な台詞だった。言った後、こんなこと、この作家のことを知っている人間なら、思惑は多々あれ、大抵の人間が思うようなことであると思い、再びはっとした。はっきり言えば、ファンと度を超えて親密になろうとする著名人は、いない。
「仲良くなりたい?私と?」
しかしその作家先生は、純粋に不可解を示す、そんな素っ頓狂なことを言う。きょとんとした顔は、文字に向き合い文字で語る人には見えない。意外な一面だった。やはり、会えてよかった。
しかしその幼く見える表情は、途端にこちらを嘲るようなものに変わった。
ファンを蔑ろにするような人間だというのだろうか?
それでもオレがこの人の本を好きなのは変わりない。いけ好かない野郎なら、著書だけ愛して、著者のことは忘れちまえばいい、本人が言ったとおりに。
「君のような著名人が、私と?有名であるということは、大変なものだな。私のような物書きにも、愛される努力を惜しまないのかね。筋違いどころか、畑違いだろうに、ご苦労なことだ。それにしても、随分笑えない冗談を言うものだ、逆に笑えてくるよ。」
そうして少し身構えていたオレは、別の意味でまんまと嘲われたのだ。
この人が自分の言葉を、文字にせず言葉に出したら、こうなんのか。
「でもあんた、オレが駆け出しだったらだったで、おべっか使う相手を間違えてるだのなんだの言うんじゃねえか?ま、確かに媚は売ってるけどな?」
「……」
お、作家にも、オレの言葉って効くのな。それともこれは、日頃の読書、引いてはこの作家先生のおかげなんじゃねえか?
その相手がこの人だっていうのには、やっぱりこの上のない喜びを感じる。
だがやっぱそう上手くはいかないよなあ。
「まったく、今日会ったのが初めてだというのに、そうも知ったような口を利かれるのも初めてだよ。」
「オレはそんだけあんたの本を読んでるってこった。あんたはさっき、著書と著者は別物のようなことを言ったが、そんでもやっぱ、間違いなくあんたの一部だよ。それをオレは何度も読んでんだ、そんでそれを好きになったんだ。あんたの一部を既に好きになってるオレは、もう初めてじゃないさ。」
オレの言葉をきくと、その人は嘲るような、挑むような顔から、途端に弱ったような顔になった。
「あんたアイドルとか、あんま好きじゃなさそうだもんな。なんかきゃあきゃあした感じの。」
「そういうわけでは……、いや、そこまで想像通りでは、逆につまらないだろう?」
「何言ってんだ。ほんとに全部想像通りなのか、しっかり確かめてやる、全部だ。」
だから、
「仲良くしてください。」
オレは勢いよく頭を下げて殊勝な態勢をとったにもかかわらず、右手だけは図々しくまっすぐに伸ばした。
息をつく間が一息分だけあった後、指先に、ほんの少し温かい感触がした、違う、オレの手が冷たいんだ。
固くて大きな手が、その立派さとは相反して、恐る恐るオレの手を上下に揺すった。こどもみたいな握手だった。ほんとに軽いものだったが、今でも、相手の指紋の感触まで鮮明に思い出せるようだ。この後心配して探していたマネージャーが、またもおろおろしていたのも、芋蔓式に思い出せる。
「今度はアイドルを題材にした話でも書いてみようか、勿論、協力してくれるな?」
「やめてください。」
過程がどうあれ、オレがこの男の著書を読むことになるのは必須ではある。
後にオレは、武芸の達人だがパトロンと馬が合わないせいで離れて暮らしアルバイトで食い繋ぎ夜はテントで寝る生活を送る、という男の小説を読むことになる。なんでこうなったんだ?
「だいぶ慣れたか。」
テーブルを挟んだ向かいのソファで、穏やかな顔で水を向ける家主が啜るのは、自身が淹れたご自慢の茶だ。
湯気がけぶる紅茶は、勿論オレにも振る舞われていて、この時期は温かさが体に染み入るようだが、それは、オレはこいつの淹れ方が上手いから余計になんじゃないかと睨んでいる。
「ああ。商店街の本屋の位置も、いくつか覚えたしな。」
何ならこの家から職場に通うのも吝かではない、という言葉は飲み込んだ。まだ泊まったこともないし。
「なんだ、散策しているのか。」
「ん。お前さんがここで暮らしてるんだなーって思うとな。」
だから今度お泊りがしたい、という言葉も飲み込んだ。まだ、まだだ。
「そうだな、無意識の内に、話のモデルにしているものも、あるかもしれん。」
「あ、うん、そういうネタ探しって楽しみも、あるよな……」
オレが距離を縮めたいこの相手は、オレの数々の愛読書その全ての作者を務める、小説家だ。
「しかしほどほどにしておけよ、君は体が資本なのだから、いろいろな意味で。」
意味深に言われた、オレの職業はというと、歌って踊れるアイドルである。
「それにしても君は本当に熱心な読書家なんだな。」
「オレだってなんでも読むわけじゃねえ、エッセイとかはなんーか苦手なんだよな、日記みたいなんとか。そういや、あんたそういう本は、なかったよな?」
オレはもっぱらフィクションしか読まないが、こいつの情報には、けっこう何でもアンテナ張ってるつもりだが。
「エッセイものは私も書くのには少々手こずるだろうが……、広告なんかのキャッチフレーズやボディコピーなんかはやったことがあるな、ああ、番組のサブタイトルも、頼まれて考えたことがあったか。」
「えっ、なにそれ、そんなんコピーライトでお前の名前載ってた?」
「いや、広告などは名前は載らないよ。サブタイはほんとに少し手伝っただけだし。お金は頂いたがね。」
そうか、オレの気付かないところでも、こいつの仕事があるのか。ひょっとしたら知らない間に、案外その活躍に囲まれて生活してたりしてな。今でもこいつの物語にどっぷりはまり込んじまってるっていうのにな。
けど、色々やってんだな。
「へえー。……じゃあさ、詩とかは?」
「多少。」
「……それは詩集とかにはなんねえの?」
「知り合いの墨絵師の絵に添えるための短い言葉を考えるだけだから、その人の画集、という形になるな。」
「そうか。」
その画集気になるな……。しかもメインではないとはいえ、今既に携わっているということは、今後こいつ名義の詩集が出る可能性があるということだ、要チェックだな……。
オレがその仕事ぶりの多様さに思いを馳せていると、いつの間にか、一つのファスナー付きのファイルが、テーブルに置かれていた。
「ただその人はいつも唐突だから、普段からこうしてネタ帳のようなものを付ける習慣ができていてね。好きに見てくれて構わない。」
「いいのかっ」
オレは目の前のものに強制的に思考が切り替わり、飛びつかんばかりの勢いで前のめりに尋ねると、オレの期待に添えたことが嬉しいとばかりに笑みを見せ、穏やかな所作で促した。
ファイルの中はノートやメモ帳、紙の切れ端、チラシの裏紙が乱雑に入っていた。所々、黒い染みが出来ていた、件の墨絵師のものかもしれない……今のオレと同じようにこれを見せられて一緒に吟味したりしているのかもしれない……羨ましい……。
「お、これなんか、けっこう長い詩形じゃねえの?」
言ったとおりの短い文章がばらばらにメモ書きされている感じだったが、それは一枚の紙に記されたそれぞれの文章が、けれど一連の塊として存在しているように見えた。
「そうだな。」
やはり作者は肯定した。
しかし意外な言葉を続けた。
「よければ貰ってやってくれんか。」
「ふえっ?」
作家様の世に出てすらいない内容のしかも直筆をっ?
「君は私の書いた詩に興味を持ってくれていたように思ったのだが、どうだろう?」
小首を傾げて再度宣う。
「そっ、そりゃお前さんがいいならっ!お伺いを立てたいのはこちらの方だ!」
オレが声をひっくり返らせながらそう言えば、男は安心したように頷いた。
「あの、貰っといて更に、なんだが、よかったらこいつを入れる袋かなんかも頂けんか?」
「証拠物件か何かか。」
真顔でそう切り返した家主は、ソファから立ち上がると、近くの引き出しを開けると、茶封筒を一つ取り出した。
「これでいいかね?」
色気がない。が。
「勿論だ。有り難い。」
が。
「まあなんだ、私からのファンレターだ、とても雑で悪いがね。」
「いやっ?凄く嬉しい!」
まさか、だ。
こいつは物書きだが、だからこそ、こいつからの貴重な文章を貰うのは、これが初めてだ。こいつは嘘ではないんだろうが自分のことをオレのファンだと呼ぶ、しかしそれで何かそれっぽいものを貰ったりしたかというと、そんなことはなかった、客人として茶を出されはするものの、実はこの家にそんなに長居はしていないし。これが、初めてだ。
「今度はオレが何か、手土産持ってこなくちゃな。」
「君のグッズかね?」
揶揄うなよ!けど、今貰ったものの内容を考えると、そういう感じになるのか……?
「オレ、お前と何かを贈り合ったりしたりする仲に、もっとなりてえ。」
要は、そういうことなんだが。
すると、仲良くなりたい、と最初に言った時に返されたような顔を、またも見せた。
「……それでは、楽しみにしていることとしようか。」
困惑した表情だったが、存外その目は柔らかかった。だもんだから、オレもこいつにファンレターでもしたためてみようか、書いてもネットに上げたりするだけで本人に送ったことはない。それどころか、ついこの間本人に興奮した勢いを体全体で表しながら、直接口でぶちまけたばかりだ。
ならばそのあとの、こいつを傍で感じながら好きになった気持ちを書いてみようか。それはファンレターか、はたまた。
「お前、らぶれたーにハートのシールとか貼ってあったら嬉しい?」
「は?」
今日は帰りに文具屋に寄ろう。惜しいが本屋はまた今度だ、今度。香とか焚いてみるか?
なんか、そういう内容じゃなくて、一緒にあれがしたいこれがしたい、みたいな内容の手紙になりそうだな。
「よぉ師匠、今度のランサーの歌は、オレに歌詞頼んでくれねーのな?」
「キャスターか。ああ、それならランサーが持って来た。」
「は?アイツが?書いたのか?」
「いや、それは違うな。あやつとは言葉の使い回しがまるで違う。」
「どういうことだよ?」
「さてな。だが、あやつ本人が手渡してきたのは間違いない。」
「へー、人気作曲家のあんたに曲作らせられるほどのモンだって、よほど自信があったんだな?」
「見るか。」
「どれ……。……へえ、字はアイツだが、確かにアイツが書きそうにはないわな、書き写したのか?なのに、アイツらしい歌になってんじゃねーか……。こいつぁおもしれえ。」
「だがまあ、自信あり気だったというよりは、浮かれていただけのように見えたがな。」
「あ?」
「まあよかろう。お前も別にランサー専属でもなければ、この一曲分の仕事がなくなったからといって、食っていけないほどの実力ではあるまい。」
「まあそうだが……」
「そうだな、」
「書いたやつが気になるよなぁ!」
「……そう言えば、またあやつ、自分がお熱の作家の話をしていったぞ、しかも長々と。まあ、息災で何よりだ。」
「はは、その話し出すと師匠すら黙らすもんなアイツ。確かその作家は、アーチャー、とか言ったっけ?」
形のいい褐色肌の耳の中から、イヤフォンが抜かれる。たった五分程度のその間、オレには五時間にも感じられたが、それを見てようやく固唾を飲みこんだ。すっかり寒くなったここへの道のりで冷えた体も、温かい家屋と人間に迎え入れられて、幾分も温められたはずだが、今はそれが体感できていない。
「来て早々イヤフォンを差し出してきたから何かと思えば、こういうわけか、ふむ。」
「お、怒ってるか?」
「いや、私から君に貰ってほしいと言ったものだ。受け取った君がどうしようと君の勝手だ。しかし、君はそんなに商売根性のある人間だったかと思ってね?」
「いや別に金儲け目的じゃねえよっ?」
確かにこれを世に出せたらとオレは思う。あれを貰ったオレのすっげえ嬉しい気持ちで、また誰かを喜ばせられたらと思う。直筆はオレのモンだけど。
「しかし、自分が生み出したものが、こうして新たな形を得て帰ってくるのは随分面白いな。」
本人は面白がっているようだが、周りからは気難しい顔にしか見えないだろう。
「その言葉が聞けて良かった!お前がオレだけに寄越してくれた言葉を、勝手に別の奴に渡したのは悪かった、驚かせたい気持ちがあった、すまない。けど曲を作ったのは信頼できる人間だし、収録もその人にやってもらったから、今は多くには知られていない。お前の詩を、オレが、歌ってみたかったんだ。」
聞き届けたそいつは、顔を綻ばせた。
「これも君が私としたい、やりたい事リストの一つなのかな?」
「う、まあ、一緒に仕事してみたかったのは確かだ。」
やりたい事リストというのは、オレがこいつに渡した手紙の内容から称されたものだ。あれもやりたいこれもやりたい。
「では、構わんよ。」
「嬉しいぜ!あ、ちゃんとお支払いはシマス!」
「いや、元々君に無償で差し上げたものだ。仕事料は受け取らない。」
「しかしなあ!」
「ふむ。では、」
驚いた。
「貸し一つ。で、どうかね?」
急に方目を瞑って、悪戯めいた表情をするものだから。心臓止まるかと思った。
貸しを作るというのはこちらが不利なことを請け負うようだが、これはなんだかくすぐったいような感じがするだけで、嫌じゃねえ。全然嫌じゃねえ。
「ああ、それでいい。」
オレは深呼吸をしてから、そう答えた。
作家様は満足そうに頷いた。
「新曲発表が楽しみだ。」
オレもだ。オレはしっかりと頷いた。
「しかし、あんなものがよくもまあ形になったもんだ。」
作家様はまたいつものようにご謙遜なさる。
「師匠……名のある作曲家に、黙って曲作らせるだけのもんはあるぜ。」
「それは光栄だな。」
こうして柔らかい表情を見せてくれる頻度が、最近増えたと思う。
小説家という、在宅ワークのこいつの邪魔をしないように、会うのは月に数度でそれも長居はしない、と今は決めているオレの、努力の賜物ではなかろうか?
「だろ?」
嬉しくなって返事をする。それだけじゃない、こいつに光栄だと言わせた女流作曲家は、オレや一部のオレの身内が師匠と称する人間で、いつもオレの歌を担当してくれている。オレがこいつの詩にぜひ曲をつけてほしいと思った人間だ。それをこいつ本人も認めてくれたようで、大満足だ。
普段歌詞の方を頼んでるのは身内で、妙な芸名を使っている、ブロードキャストから取っているらしい。いろんな人間相手に文字を放っているということなら、こいつと共通するものがあるかもしれない。ペンネームも放つような名前だしな。
「他人事のようだが君もだぞ?」
「ん?」
「君のようなアイドル様に歌ってもらえるとは、とても光栄だと、そう言っている。」
またすっかり無表情に近い顔になってしまった。呆れられている。
「そいつは、光栄だと思われることが、光栄だな!」
今度は苦笑いだが、硬い表情ではないので、よしとしよう。
それも含めて嬉しい。
いろんな表情を、こいつが見せてくれるようになったのか、それとも、オレがわかるようになってきたのか、いずれにせよ、この先も楽しみだ。
いれたての紅茶の香り。いつものそれとは別に、今日はクッキー付きだ。しかも手作り。
「私の仕事なんて、君が気にすることではないだろう、君の方が忙しいだろうに。」
「いや、前も言ったけど、休みの時間がきっちり決まってるオレと、あんたは違うだろう?」
「在宅なんて、年中休日みたいなもんだ。」
それは違うだろ。
けど、長い時間を過ごしたい、というオレの望みを今日は叶えてくれるつもりらしい。そのためのおやつまで用意してくれている。それに、こいつのことだ、事前にオレが予約さえすれば、きっちり調整して見せるだろう。今はそんなに仕事の掛け持ちが多いわけじゃなさそうだしな。
オレが渡した手紙をきっかけに、こいつもオレと色々なことを共にしてくれようとしている。
「私は、君がしっかりと休みが取れているのなら、それでいいよ。」
「おう、上手い茶と、あんたがいれば、バッチシだぜ。それに今日は、手料理もあるじゃねーか!」
オレの言い分に、そいつは少し納得いかなげに「そんなに凝ったものではないぞ。」なんて言う。アイシングクッキーが凝ってないなんて、嘘だろ?
運ばれてきた盛り皿に、見た目も楽しめる茶菓子が用意された。
「大したものではないが、召し上がってくれ。」
「おう!いただきます!」
オレがカラフルなそれに手を伸ばしたところで、玄関の開く気配。
「たでえーまあー!なー、オレ、腹減ってんだけどおー、なんかないー?」
突然の来訪者は帰宅した小学生みたいな言葉を掛けている。
「えっ?」
オレが聞かされていなかったことからお察しだが、家主も予想外の客人らしい。今まで見たこともないような慌てた、けれどどうすることもできないというような顔をしている。ちょっとむっとしてみる。
そうこうしているうちに、オレたちのいる部屋の扉が外側から開かれる。
「なになにオキャクサーン?こんちわあー。」
玄関のオレの靴で分かったのだろう、そう声を上げながら現れたのは、本当に少年のような顔を見せる青年で、それとは他に驚かされたのが、防寒着の上からでも、全身を覆い尽くしている様子のわかる入れ墨だった。
「コンニチワ。」
偏見とかはないが、圧倒される。
しかし、呑気に挨拶を交わしている場合じゃないみたいだ。家主が怒涛の如く狼狽えている。字面だけだと、怒ってんのか驚いてんのかわかんない感じだが、正にそうなのだから、器用なもんだと妙に感心する。
「アンリマユ!」
あんりまゆ?
「おおー、たでえまあー。」
「事前に連絡しろとあれほど!」
「なー、腹減ってんだってばー、なんかあんだろ、なんか?」
「あんたの分の食事を用意するためにもだなあっ?」
「お、クッキーじゃんっ?」
「聞いてくれよ!」
口達者な小説家様が、全く歯が立っていない状況だ。気にした様子のない入れ墨男は、着々と襟巻や上着を脱いでゆく。それをすかさず受け取っては順調にハンガーにかけてゆく相手がいるものだから、何も言えないというか、言うつもりもないが、これはさすがに呆気にとられる。
そしてさっと部屋を出て水の音をさせたと思えば、また戻ってきた。
更にさっき正にオレが指を伸ばそうとしていたそれに、代わりに、指先にまで掘られた文様が伸びる。
「んん!美味い!」
あーあ、先越されちまった。
全然噛み合っていないような会話でも、目の前の二人はしっかりとお互いを意識していたし、何より入れ墨男の美味い、の言葉に、クッキーの作り手が満更でもなさそうな顔をしつつ、それを表に出さないように必死になっているのが、また。
とてつもなく悔しい。
「ん?あれ?」
幼い仕草でもぐもぐとクッキーを咀嚼する男は、漸くこちらにまともに目を向けた。
「ランサーじゃね?アイドルのっ!」
頬に食べかすを付けたまま驚く様は、まったく様にならない。
「今日はオフなんだがな」
「へえ~、休日のアイドルかあ~、なんか新鮮!」
小説家様と同じようなことを、まったく違うテンションで宣ってくれる。
「いい加減、客人に失礼を働くのはよせっ!」
その小説家は、今まで聞いたこともないような声の声量で叫んでいる。
「まあ兎に角紹介してやればー?」
「はっ!」
暫くぶりにようやっと目が合った。戯れにウインクを飛ばしてみる。
少し顔を赤くした後、態とらしく咳払いをした。カワイイヤツメ。
「すまない、その……父だ……。」
「えっ!」
オレはソファに沈めていた身を驚きで起こした。
年齢がわかりにくい容姿をしているから何とでもいえるかもしれないが、それにしても立派に働いている大人の息子がいるようには、とても見えない。
「私は養子なので、年の差は、」
「あ、そうなのか」
いやそれでも。
「それでも、私よりは二十近く上……なんだよな?」
言いつつ父親に確認するような視線を送るのは何故だ。
「んんー?まあそんな感じかなあ」
そして本人も曖昧な返答をするのは何故なんだ。
「まあ、いいや。アンリマユさん?改めて、ご存知の通りオレはランサー、本名はクー・フーリン。息子さんとは仲良くさせてもらってマス。」
「アンリマユでいい。おう、仲良くしてやってくれ。」
息子さんは複雑そうな、絶妙な顔をなさって立ちすくんでいらっしゃる。
「へへっ、ゲーノージンが友達かー、いーなあー」
入れ墨男改め、友人の父親、アンリマユは無邪気にそう言った。
それを言ったらあんたの息子も小説家だろうに。
「いや、あんたも絵師だろう……」
その息子が意外なことを言った。
「へえ、絵描きの父親と、物書きの息子か。いいな、なんか。」
「ひひひっ。オレもそう思う。あんがとさん。オレは墨絵やってんだ、普段はアトリエみたいなところに引き籠ってる。あ、体の入れ墨は自分でやったんじゃないぜえ?」
固いところのある息子とは、確かにいい組み合わせなのかもしれない。……ん?待てよ、絵師……?
「ひょっとして、絵に付ける詩を、息子に書かせてる……?」
絵描きが、お、という顔をする。物書きに目を向けると、頷いた。へえ、そういうことか。
「ん、さてはアンリマユってえのもペンネームだな?」
「んんー?まあ、そんなとこかなあ」
まった煮え切らない返事が返ってきた。
息子に顔を向けると、首を振られた。養子とはいえ息子でさえ実態を知らないらしい。むしろ不安そうな困惑した表情をしている。どうなってんだこの親父?
それでも仲は悪くないというか、むしろお互い信頼している様子が、よく見て取れる。
「なあ、なんで『ランサー』ってんだ?理由とかあんの?」
絵描きのために茶を淹れに行った物書き以外で、でソファに腰掛ける。テーブルのクッキーがファンシーすぎて浮いている。繊細なそれを囲む男二人が問題である。
「あー、『フリーランス』から取ってて、頑張る人を自由に精一杯応援したい、みたいな気持ちで。まあでも事務所に所属はしてるんだけど……。」
オレの言葉を黙ってきいた後、何度か軽く頷きながら。
「オレはいいと思うぜ。何より、あんたに合ってる気がするよ。」
「そいつぁ、どーも。」
照れくささと、敵意の類が感じられないことに安心した気持ちを、何とかしたくて一先ず冷め気味の茶を啜る。まだまだ美味い。
「じゃあ、あいつのペンネームの由来は知ってる?」
「オレが知ってるのは、『的を射る』という言葉が好きだから、という理由だが。」
小説家アーチャーのファンとしては、その名前の理由は気になるところだったから。
「お、ならこれは知らない感じか?」
何やら勿体付けられている。父親特権か。
「あいつ学生の頃、弓道やっててな。それも一枚噛んでると、オレは思うぜ?」
そうだったのか。
「本人は剣道に憧れがあったみたいだが、どうも適性がなくてなあ。」
父親は笑って話してくれた。
「でも、弓兵の名を愛用しているあたり、楽しんでたんじゃないかね。」
少年のような所作の男だが、穏やかに話す姿は、一人の男を立派に育て上げた男として、様になっていた。
「やめないか。私の話なんぞ、退屈させるだけだろう。」
「オレは楽しい。」
息子が親父を窘めながら茶を差し出す。即答する父親に対し、オレは目が合った息子に笑いかけるだけで何も言わなかった。
別に止められてたわけじゃねーが、オレも漸く落ち着いてクッキーを食えるってもんだ。「美味え……。」なにこれちょーうまい。っていうか匂いからして既に美味かった。作り手は、オレの言葉に嬉しそうに顔を綻ばせてくれた。オレも嬉しい。
三人揃って腰を落ち着ける。
「ところであんたこそ、芸能界に仲良くしてもらっている女性がいるみたいじゃないか。」
「いやアイツは芸能人じゃなくてマネージ……ええ、この話しなきゃだめえー?」
どうやら息子は倍返しで反撃する気満々らしい。仲がよろしいこって。
「ランサー、」
親子と挨拶を交わし、二人に見送られ玄関を出たところで、急いで来たのだろう、小説家の姿があった。
その手にあるのは、きっと家を出る言い訳に使ったのだろう、エコバッグが握り締められていた。
オレは思わず笑みが浮かぶ。今どんなにだらしのない顔を引っ提げていることだろう。
立ち止まったオレにそいつが追いついてから、一応変装用のつもりの、前に突き出た鍔付きニット帽のその下、冬に差し掛かかっても悪目立ちしない程度の色付き眼鏡を、少し下げる。
「その……、今日はすまなかった。父が……いい人なんだが……」
普段からは考えられないくらいしどろもどろである。
オレはニッと口を引き上げた。
「んなこたぁわかってるっつーの!面白えーヒトじゃん。あの人もわかってると思うぜ?そら、親子水入らずだろ?飯の材料も、ほんとはそんな慌てて買いに行くほどじゃねえんだろ?戻んな。」
存分に甘やかすつもりで言ったのだが、予想外にむっとした顔をされた。なんだ?なんか気に障るようなこと言った覚えはねえんだが?
オレがわかっていないとわかるや、ゆっくりと話し始めた。
「君は、いつも私の仕事を気遣ってくれる。だから、最初に会う約束をした時、私が通いやすい場所を尋ねてきたな。」
「うん?オレはお前の仕事がずっと好きだからな。お前が仕事しやすい環境を、脅かしたくはなかったんだよ。」
「大袈裟だな。まあいい。その時私は、この家に来るように伝えた。」
「ああ。まさか、自宅で小説書くのが仕事の、そのお前さんの最も繊細な場所に案内されるとは、思わなかったぜ。」
「やはりな、妙に驚いた顔をしていたからな君は。……私は、君が周りを気にしなくても寛げる環境を提案したつもりだ。」
「ええ、変装して普通にしてりゃ、意外と気付かれないもんだぜ?」
「私が気が気じゃないせいで、それはもう目立つことだろうよ。」
「お、おお。」
なんだか懐かしい話を掘り出して、気持ちを打ち明けてくれんのは嬉しいが、一体何なんだ?こいつが思ってたよりオレに気を遣ってくれてるってのはわかった。だがそれにうんざりしてるってわけでもねえだろう。話が見えねえ。
「だ、だからっ」
「お、おお?」
「君が私に気を遣いながら、落ち着いて会えるようにしてくれているように、私だって君と会える時間を大切にしている!」
勢い勇んで、眉間の皺をしわくちゃにしながら、作家様は宣った。
お得意の語彙力とよく回るお頭で、いくらでも言葉はあるはずなのに、必死になって紡ぐ台詞がさっきからコレである。
態とそういう言い方を構成しているわけではないと、一目瞭然の頬を赤に染め、回りくどいったらありゃしない作者のあとがきは、こんなにもかわいい。
ああ、やっぱり、この人の紡ぐ文字を、いつまでも追っていたい。
「……」
「……あの、」
オレが何も言わねえから不安なんだろう、文字にして数行の間も待てないほど、素直に気持ちを吐露することに臆病な頬を、両手で包み込む。ずっとポケットに入れっぱなしだった手は、冷えた頬より暖かい。そろそろ、手袋とマフラーを引っ張り出さなければ、オレじゃなくてこいつに巻いたっていいんだ。
「でも今日は冷えるから、ここでこれ以上はだめだ。」
「けどっ」
「ほんとに買い物行くんだったら、もっと厚着してから行け。とにかく一旦戻れ。」
作家が怯んだ。あと一息か。
「なあ、今日くれたクッキー、すっげえ美味かったよ。それに見た目も綺麗だった。なあお前すげえよ。料理上手なのか?今度別のも食ってみたいと思う。ますます好きにさせてくれんのな。すごいよ。」
甘えるように言うと、作家様は、一度ゆっくりと目を閉じ、開けた時には、いくらかしゃきっとしていた。
「次の約束は、私から取り付けるとしよう。君のやりたい事リストも、最低でも五項目はレ点が付くと思え。」
どうやら悔しさを滲ませながら、何やら意気込んで、そんな生意気なことを言いなさる。嬉しいこと言ってくれるじゃねえか。こちらも思わず挑発的な顔になる。
が、その後、手から離れていくも、まだ名残惜しそうだ。……その頭、ちっと空っぽにしてやるか。
「いたっ」
オレはその神経質なお頭にデコピンを噛ましてやった。
そしてそのまま指をまっすぐ伸ばして、背筋も伸ばして、いかにもアイドルらしいポーズをとる。
「その言葉、確かに貰い受けたぞ、」
オマケとばかりに片目を瞑る。
額を抑えたまま目を丸くした作家殿は、数秒の後に噴き出すと、声を上げて破顔した。それを見届けたオレはようやくポーズを解く。よしよし、笑うと体あったかくなるんだぞー。
オレたちは笑い合ったまま別れの挨拶を交わす。
「楽しみに待っているからな。」
「ああ、首を洗って待っていろ。」
「そうかよ。あ、でも、今日の夜の連絡はオレからするから、お前は好きな時に読めよ、ちゃんと親父さんと仲良くな。」
「わかったわかった。」
木枯らしの中の帰路は妙に浮足立って、新曲に付く振り付けをてきとーにしたような感じに体を揺らしながら、見られたら振付師が額から光線を発射する勢いで教鞭を振り回しそうだと思いながら、月明かりを舞台にした。
なあ、お前の家に通うのも、中に入れてくれるのも大好きだ。けどほんとはこの道をお前と歩いてみたい。
オレが見たままのお前の世界もいいが、お前の目に移った世界を見てみたい。お前はどんなものに視線を向ける?星のない空の、それでも彼方を見るか?電灯の虫の群れから逸れ、コンクリートに落ちた翅の還る場所を探すか?路地の隙間から這い上がる花の、無残に踏み躙られた様を愛でるか?なあ、何を見てもオレはお前のことしか考えられないよサッカサマ。
そんなオレの寂しい家路も、あいつは寄り添ってくれようとしている。オレが綴った文字を、丁寧に、指でなぞる様に。ならオレはあいつがくれた言葉を歌おう、一字一句、全力で。
そんなことを考えながら公共交通機関を乗り継ぎ、乗り換え、ずんずん進むと、ほんとはそうそう寂しいことなんてない。なによりこの先、もっとお前といろんなことをやるんだからな。どんな反応をするのか考えを巡らすだけでも飽きないし、答え合わせが楽しみで仕方ない。
今日お前は、そのことを改めて実感させてくれた。だから今夜は、いつもより少しだけ長い文面を送ることになりそうだ。
親愛なるアーチャー先生、
――お前は首どころか、心臓を洗って待っていろ!
少し前の話。
「なー、お前またそのアイドルさん睨みつけてんのー?」
「……」
「ちょっとー、我が息子よー?」
「見ないならテレビを点けっぱなしにするのはよせと、いつも言っているだろう。」
「うんうん。で?『チャーハンのルー風味』くんだっけ?」
「……『ランサーのクー・フーリン』。」
「おー。……そんなに『アイドル』なんてチャラ付いた役に入れられてるのが勿体なく感じてんなら、お前の物語に入れ込んで暴れさせてやればいーじゃん?」
「奴なぞ、武芸の達人だがパトロンと馬が合わないせいで離れて暮らしアルバイトで食い繋ぎ夜はテントで寝る生活を送るような主人公にしか、成らんさ。」
「おー、ま、発表なり発売なりされたら、また教えてくれや。」
後日改めて、作家先生がファンレターをくれた。曰く、「やはりあれでは正しく手紙とは言えないだろう。」とのこと。オレも人のことは言えないようなもんだったんだが、取り敢えず手紙は嬉しいから、貰えるもんなら奪ってでも貰う。
手紙の内容は、こうだ。
見ず知らずの人相手でも精一杯声援を送る、立派な職に就く君へ。私はエミヤ。弓兵を名乗るしがない物書きだ。この手紙は、私なんぞよりもはるかに忙しい身でありながらも、私の著書に目を通してくれている青年へ送る。その青年は、まるでその職に就くために生まれ落ちたかのごとく恵まれた数多の才を持ち、しかし同時にそれに反し、そんな役割に落ち着くような器ではないようにも感じる人だ。そんな彼は、なんの気まぐれかはたまた天変地異か、私のような引き籠りの塒に通ってくれている。だが、それもやはり、彼のような人がそんな下らない気まぐれを起こすなどありえないとも思うのだから、不思議なものであり、また、厄介なことだ。どんな人でも虜にしてしまうような彼だからこそ、自分も惹かれたのは当然のようであり、しかし、そんな役に収まっているような男ではないのに、本人たっての希望でそう成っているという事実から目を背けたいような気になる。なったりもしたものだ。私も変わったものだ。元来私はアイドルなどという職業の人種は苦手なのだがね。