「これね、無理なんですよ」 中日・岡林勇希、右手を見るたび思い出す記憶… 野手キャプテンの始まりは記録に残らないド根性
◇記者コラム「Free Talking」 右手の薬指と小指をくっつけようと、いくら頑張ってもくっつかない。必ず数ミリの隙間ができてしまう。「これね、無理なんですよ。生活を含めて支障はないですけどね」。グーパーを繰り返してからやってみても、できないものはできない。中日の岡林には、この右手を見る度に思い起こす感情がある。 【写真】テーピングがされた岡林の右手 2022年だった。開幕5日前にアクシデントは起きた。ロッテとのオープン戦(バンテリンドームナゴヤ)。二塁へ滑り込んだ際に右手をベースに突いた。「あっ、やばい」。そう思った時には遅かった。「薬指と小指が曲がっちゃいけない方向に曲がっていた。そんなはずないでしょって。めちゃくちゃ焦った」 反射的に、その2本の指を左手でつかんで引っ張った。「ほんと、とっさ。そうしたら元に戻って。グーパーもできるし、良かった良かったと思っていた。隠せるなら隠したかったし」 だから、駆けつけた首脳陣やトレーナーに言っている。「かすり傷です」。そんなわけがない。しかし、ようやく手にしかけた開幕スタメンを離したくない。そのまま交代し、病院へ。検査の結果、剝離骨折と靱帯(じんたい)損傷。治療を終えるとスマートフォンが鳴った。その年に就任した立浪和義監督からだった。 「どうや? 無理やろ。しっかり治せよ」。素直に「はい」なんて言えないし、言うつもりもなかった。「大丈夫です、全然いけます」。翌日から右手の指2本は器具で固定し、テーピングでグルグル巻き。痛み止めを飲みながら、何とかメニューをこなした。 「せっかくここまでやってきて、こんなけがで逃すわけにはいかない。僕はドラフト5位。上位指名でプロに入ったわけではない。プロに入ったら横一線と言う人もいるけど、自分はチャンスの回数が違うと思っていて。だから、チャンスが来たら絶対に逃せないという気持ちだった。ほんと、もうそれだけだった」 そして迎えた巨人との開幕戦(東京ドーム)。「2番・右翼」で先発すると3回の2打席目に右前打を放つなど3安打猛打賞。その後の快進撃は、ここから始まった。 そして2026年の開幕前日。マツダには「緊張する」と話す岡林がいた。怖いものなしだからこそ成し遂げられたことがある。そして、怖さを知ったからこそ切り開ける領域がある。あれから4年。左胸には「C」マーク。始まりはトラッキングデータにも、記録にも残らない「ド根性」だった。握り締めた右手が、それを教えてくれる。(プロ野球担当・土屋善文)
中日スポーツ