「票にならない」が一変したいま。〜参院選と外国人政策
明日は、参議院選挙の投票日です。
すでに期日前投票を済ませた方も、初めて投票に行った方もいるかもしれません。
これまで「票にならない」として、長らく議論の外に置かれてきた外国人政策が、都議選・参院選を通して突如「選挙の争点」として浮上してきました。正直、そのことに違和感を覚えながらも、“違和感”などと言っている場合ではないと思い、今これを書いています。
社会に閉塞感が漂い、経済が停滞しているとき、人は誰かのせいにしたくなります。
物価は上がるのに、賃金は上がらない。将来に希望が持てない。真面目に働いているのに生活が苦しい。
そんなとき、「あの人たちのせいだ」と、誰かに矛先を向けたくなる感情は、誰にでも大なり小なりあるものです。
そして、その“漠然とした不安”を、政治や選挙が利用することがあります。
内政に課題が山積しているとき、「外国人」や「他国」を“問題”に仕立て、不満の矛先をそらし、支持を集めようとする。
そんな構図は、決して日本に限った話ではありません。
アメリカでも、ヨーロッパでも、選挙のたびに「外国人」「移民」に関する言説が誇張され、限られた一部の事例が繰り返し強調される光景が、何度も繰り返されてきました。
今の日本でも、同じような兆しが見え隠れしています。
「高齢者ばかり優遇されている」
「子どもがいない世代には冷たい」
「貧困層は税金も払ってないのに得をしている」
そんなふうに、ある属性の人々を「敵」に仕立てて票を集める手法は、その反対側にいる人の支持を失うリスクと天秤にかけられます。
でも、もともと選挙権を持たない「外国人」なら、ターゲットにしても票には響かない。
そんな空気が、じわじわと社会に広がってきてはいないでしょうか。
でも、忘れちゃならないことがある。
・かつて朝鮮や台湾を植民地支配し、その人々を「日本人」として扱い、戦後には一方的に国籍を奪ったのは誰だったのか。
・バブル期以降の人手不足に対応するため、日系ブラジル人やペルー人などに新たな在留資格を認めて呼び寄せたのは誰だったのか。
・外国人労働者の受け入れを建前上否定しながら、実際には労働力として必要としてきたのは誰だったのか。
・「国際貢献」とうたいながら、実際には人手不足の現場を担ってもらうために技能実習制度を利用してきたのは誰だったのか。
・優秀な人材にきて欲しくて、「留学生30万人計画」や「高度人材ポイント制度」をつくったのは誰だったのか。
・外国人に来てほしいと制度を整備しながら、一緒に暮らすための基盤整備を怠ってきたのは誰だったのか。
・外貨を稼ぎ、地域経済を潤すために観光立国を掲げ、インバウンドを推進してきたのは誰だったのか。
すべて、私たち自身です。
そして、日本に、訪問する・働く・暮らす魅力があると思ってきてくれる人たちがいたということでもあります。
その時代、「私」はまだ生きていなかったかもしれないけれど、それでも、民主主義のなかで、私たちの国が決めたこと、つまり国民が、その時代その時代に判断してきたことです。
ということは、今の、明後日の「私たち」の判断もまた、未来の「私たち」に影響を与えます。まだ生まれていない世代にさえも。
いまの日本には、外国にルーツを持ちながら、この国で生まれ育った人たちもいます。
外国人は、欧米諸国と比べると圧倒的に少なく、日本の人口の3%。
その3%のせいで「社会が傾いている」「日本人が脅かされている」といった言説を、97%の“日本人”に向けて発信することに、どれほどの建設的な意味があるでしょうか。
「規制か、共生か」
そんな単純な二項対立に落とし込み、「我々は規制の側です!」と声高に訴えることの先に、持続可能な社会はあるのでしょうか。そんな単純は話ではないはずです。
「移民政策」が不在のまま、場当たり的に受け入れてきたこれまでのやり方に問題があったなら、正面から制度を見直せばいい。
産業界の労働力需要に対して、自治体の統合施策が追いついていないことを認識しているなら、あらかじめ計画を立てればいい。
言葉の壁があるなら、日本語教育の義務化を検討すればいい。
自治体に負担が集中するなら、権限と財源の見直しだって必要です。
社会の将来像を描きつつ、現実と制度のギャップを埋めていくこと。それが、政治の本来の役割のはずです。不安を煽ることではなく。
いろんなところで、すでに「共に生きる」ための実践が続けられてきました。
共に学ぶ、共に働く。
社会で活躍してる人も、定着している人もいる。
自治体、地域住民、学校のクラスメイト、家族や親戚…時間をかけてそうした日常に根ざした関係性まで、政治や選挙都合で壊していいはずがありません。
さて、話は戻ります。
いま「選挙活動」という名のもとで、「外国人」や「特定の国」を名指しして不安を煽る手法が目立っています。
同じ地域で暮らしながら、見た目ではわからない“誰か”が、朝の通学路で、通勤電車で、隣の人のスマホの画面で、差別やヘイトの言葉を目にしています。
自分のルーツが知られることを怖いと思いながら暮らす子どもや若者たちもいます。
感情的で過激な言葉ほど、ネット上では拡散されやすい。
だからこそ、社会の不安がどこか特定の集団に向きそうなときこそ、冷静に。データやファクト、事実に基づいた対話を重ねる。想像力をもって、“見えない声”に耳を傾ける。
政策として実現してくれると信じられる人や政党に託す。その姿勢こそが、いま、私たちに問われているのではないでしょうか。
選挙で一票を託すことのできる人たちこそ、その一票を持たない人たちの声に、想像力をもって耳を傾ける責任があります。No という意思表明もYESという信託も、その1票の積み重ねです。
今日と明日、自分の選挙区の候補者を見てみてくださいぜひ!
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コメント
2大事なメッセージ、ありがとうございます。
アフリカにおける一夫多妻をどう思いますか。現状多くのアフリカ人が日本定住のために本国に妻子がいることを隠して国際重婚し、多くの日本人女性が犠牲になっていることをどう思いますか。「ナイジェリア人 重婚」などで調べるとすぐに出てきますよ。