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【Web再録】飛行機雲の向こうに/Novel by 咲之丞

【Web再録】飛行機雲の向こうに

11,973 character(s)23 mins

槍弓DKパロアンソロジー『君とかさねるサニーデイズ』に寄稿させて頂いたものです。
留学生の槍と弓のお話。
少し早いですが掲載許可を頂いたので再録させていただきます。
主催のからすさん並びにお手に取ってくださった方、どうもありがとうございました!

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「絶対惚れさせてみせるから、お前の一ヶ月オレにくれ!」
「惚れさせるためというならば無駄になると思うが」
これで最後にしよう、そう思っていたランサーの告白はかつてないほどばっさりと切り捨てられた。



「昼、食べないのか」
数時間前に決死の告白をあっけなく断った人間とは思えないほどいつもと変わらぬ様子でアーチャーは話しかける。いっそ昼飯を抜いてやろうかとも思ったが、食べ盛り育ち盛りの上に胃袋もつかまれてしまっている体は素直だった。見慣れた弁当の包みを見るだけで腹がぎゅるぎゅると訴える。
「…食う」
ランチタイムにはこうしてアーチャーの作った弁当をつつくのがいつの間にか習慣になっていた。この弁当を食べられるのも残り少しかと思うと名残惜しく、自然と箸を進める手はゆっくりになる。それでもアーチャーが食べ終わるずいぶん前には空になっているのだが。
「なあ、なんで付き合ってくれねーの」
「だって君、もうすぐ帰るだろう」



ランサー─クー・フーリン・L・アルスター─は交換留学生。期限は高校一年生の夏から高校二年生の夏までの一年間で、今は七月上旬。あと一月と少しもすれば帰らなくてはいけなかった。
ランサーがアーチャーを好きになったのはアーチャー曰くほぼ雛の刷り込みと同じらしい。留学生としてやって来たものの、ほとんど日本語ができなかったランサーを助けてくれたのはアーチャーだった。お互い訛りのキツい英語を使いながら日本語を教えてもらい、学校や国のことについて教えてもらい、何かと世話を焼かれているうちに隣にアーチャーがいるのは当たり前に。母国での経験からして分かる、これは恋だ。そう確信したランサーは気付いたその日のうちにアーチャーに告白した。
「アーチャー!付き合ってくれ!」
「いいぞ」
即答に喜べば次の瞬間どこに行くんだ?と聞かれて肩を落とした。まさか今時そんな勘違いがあるだろうか。結局その日は学校近くのショッピングモールに行ってたこ焼きデートをした。楽しかった。
日を改めてアーチャーのことを恋愛感情の意味を持って好いている、お付き合いというものをしてほしいと伝えると普通に断られた。理由を聞くと、
「女子に睨まれるだろう」と。
「んでだよ」
「そも、君に日本語を何としてでも習得しろと言ったのは私以外とのコミュニケーションに問題があったからだ」
「知ってる。それがどうした」
「君に対する告白を私を通してしてくるんだぞ」
「あー…」
流石にそれは不誠実だのなんだのとぶつぶつ言っているが本人が英語で言えばいいことではなかろうか。そういえば一度クラスの女子がどうこうといわれたことがあったな、と思い返してあれが原因で語学教室が厳しくなったのかと思い至る。…まあつまり、周りの目がなければ付き合っても構わないということではなかろうか。
「お前の特別になりてえんだけどなあ」
「それならもう特別だろう、アーチャーと呼んでくるのは君だけだぞ」
「そうだけどさあ」
アーチャーの本名はエミヤシロウというのだが、出会った当初クー・フーリン・L・アルスターにはどうも発音できない名前であった。えみゃあだのんみゃあだのしゅろうだのどうにも人間らしく呼べないので、代わりにと教えてもらったのがアーチャーというあだ名だった。それにあわせてミドルネームをもじったランサーという名でアーチャーには呼ばせている。なるほどその点においてはたった二人だけの特別だろう。ランサーとしてはちゃんと本名で呼べるようになった方が嬉しいのだけれども。
「なんかこう…二人だけの思い出っつーの?がほしい」
「思い出という時点で終わりが見えているな。却下」
これだけつれないことを言っておきながら放課後誘えば付き合ってくれるのだからあきらめがつかないのだ。罪な男め、将来絶対刺されるぞ。その言葉はさすがに胸にしまっておいたけれど。
その後も事あるごとにアタックをかけ続けてはのらりくらりと躱される日々が続いた。こいつオレのこと本当は好きなんじゃ、と思うこともしばしば。国に帰るにあたって心残りはアーチャーのことだけ。それなのに。


「無駄って言い方はねえだろ…脈なしってことかよ…」
「いや、既に好いているのに惚れさせるも何もないだろう」
「はあ⁉」
「君のことは好ましく思っているが?」
いつからだとかてめえやっぱり好きなんじゃねえかとか聞きたいことはたくさんあったがまず問いたださなければならないことは一つ。
「じゃあなんでお付き合いはダメなんだよ!」
「さっきも言ったと思うが、」
いかにも呆れていますといった目は好きな人間に向けてくるものだとは思えない。
「君、あと少しで国に帰るだろう?たった一月と少しで別れなければいけないことが分かっているのに付き合うのか?その程度の気持ちなら別に付き合うことに固執しなくてもいいと思うが」
「それ、寂しくなるからいやだってことでいいか?」
口ごもるのは答えだと捉えていいだろうか。
「オレ、高校卒業したら日本に来る。一ヶ月お試し期間で付き合って、その間好きでいてくれたら戻ってきた時にちゃんと付き合う。どう?」
「……」
「お前の為に戻ってくるって自惚れてくれていいぜ」



「貴様の言った一ヶ月とは八月いっぱいのことか」
返事は明日でいい、と確かに別れ際に言った。だが次の日の朝一番、玄関で待ち構えておいて第一声がこれとはどういうことか。ひどく鋭い眼光で睨みつけてくるし、隈はひどいし。あれ、オレ告白の返事されてるのか?とランサーが気付いたのはたっぷり五秒悩んでから。
「そのつもりだけど…」
それでも夏休み全てアーチャーを独占できるとは思っていない。夏休みの宿題やら他の用事やらも勘定に入れたら実質二週間もあれば十分、と考えていたのだが。
「では一か月半に延長してもらおう。課題を終わらせなければいけないからな」
「それって」
「交渉成立だ、ランサー」
しかたない。という風に首を振るけれど、ほんのり赤くなった耳が照れ隠しのそれだということはこの一年観察して察しがついている。
「コレカラヨロシクオ願イシマス…?」
恋人ができるなんて初めてのことではないのに、とっさに出した手も口も、完全にぎこちなかった。学生寮の目の前で握手してお互い照れている男子高校生。完全に怪しい。



「付き合うのは構わないが、恋人らしいこととは何だろうか」
「なんだそれ。哲学?」
とりあえず今日から、ということで妥結したその日の昼、菓子パンをかじりながらアーチャーが言う。初めて弁当を作り忘れる程度には悩み動揺していたらしい。思案顔のランサーの口には二個目の焼きそばパンが吸い込まれていった。
「デートしたりとか、くだらないことで連絡とったりとか、キスしたりとか…?」
うち二つはクリアしているなと聞きつつ心のメモ帳にチェックマークを入れる。条件を聞く限りあとはキスをすれば恋人達成なのだが、そう持ち掛けるには情緒が無さすぎることはさすがに分かった。いくら朴念仁と揶揄されるアーチャーであっても。
「では勉強会デートをしよう、ランサー」
期末テストまではあと一週間。元よりアーチャーは準備していたし、留学生であるランサーが勉強していないはずもないのだが、ちょうどいい口実ではあった。
「それ、前にオレの部屋でやってるやつ?デートなのか?」
「デートと言えばデートになるだろう」
納得いかない顔をしているが最初にその言い分を持ち出したのはランサーだ。いつぞやの放課後、買い食いに付き合って帰ったのをこれってデートだよな!とはしゃいでいたのはそう遠い記憶ではない。デートと言われてから放課後二人で出かける度にこれはデートなのか…?と戸惑っていたのはアーチャーだけの秘密だが。
「じゃあ今度の勉強会デートお前んちでやらねえ?行ったことないから行ってみたい」
おとーさんとおかーさんによろしく、と言われて両親が近々帰る予定はなかったはずだ、と思いながら頷いた。



「お邪魔しまーす」
「いらっしゃい」
アーチャーに駅で拾われてのこのこついていくこと十五分。住宅街の中ほどにあるそこそこ立派な家に通された。ちなみに先程応えたのはアーチャーの声だ。
「家の人は?」
「今日はいない」
ふうん、と適当に返事をしておく。
アーチャーに限って今日はマミィがいないの…という展開ではないだろうな、ということは薄っすら察しがついていたしそういう野暮を聞くものではないとはアーチャーの教えだった。



「昼にするか」
腹時計は正直だ。普段と同じように黙々と手を動かしていると静寂に大きな音が響く。午前の授業が終わるきっちり十二時半。ちなみにアーチャーの家に訪れてから二時間半。ここに来るまで一切恋人らしいこと、それどころか勉強に関係ない会話の一つもなかった。マジか。
「ランサー、メニューのリクエストはあるか」
それを聞いてもう一度腹がぐううと鳴る。色気を二の次にするのはアーチャーだけではないらしい。
「んー、なんか麺類!」


「「ごちそうさまでした」」
麺類や鍋は一品だけでも済むのがいい、と思っていたのだがアーチャーにとっては違うようだ。トマトソースのパスタに加えておしゃれなサラダややたら長い名前の惣菜が出てきて、思わぬほど御馳走になってしまった。家で人に食べてもらうのは久しぶりだ、と笑うアーチャーに何か込み入った事情があるのかと一瞬身構えたが、アーチャー以外の家族は仕事の関係で海外を飛び回っているのだという。寂しくないのかと聞けば帰る家を守りたくて自分から残ったようなものだから、と言われた・
ああ、困った。ランサーとしては日本に戻れない間アーチャーに会いに来てもらえばいいかくらいに考えていたのに、そんなことを言われては到底呼び寄せることなどできやしない。
「二年も待てるか…?」
自分は待てると断言できるが、アーチャーに関しては分からない。この男は相応にモテるのだ。
”好ましい”だなんてふわふわした気持ちではいつ揺らぐか分からない。お試し期間がお試し期間のまま終わり戻ってきたら他の人間に盗られているというのが容易に想像がつく。お試し期間のうちに何としても気持ちを固めてもらわなければ。
「あー、なんかオレがやれることある?」



「教えることがもうない…」
一年足らずで日本語を習得してしまったことからも分かるように、ランサーは地頭がいい。以前から勉強会をしていても聞いてくるのは言語での引っかかりばかりであったがいよいよそれもなくなりつつある。
「まあこれで胸張って帰れるわなー」
ぱりぱりと菓子を食べながらランサーはペンを放る。
「なあ、勉強会デートの『デート』のとこしたいんだけど」
冷蔵庫のコーラ飲みたいんだけど、と全く同じトーンで言われて一瞬思考が停止した。恋人らしいことしてなくねえ?とランサーが言う。恋人らしいこと、恋人らしいこととは。
「恋人らしいこととは…?」
しまった、そのまま口に出ていたとアーチャーは口を抑える。ランサーも特に決めていなかったようでうーんと呻っている。二人でうんうん呻っているとランサーがつとに手を握ってきた。そのまま指を絡めてにまにまと笑っている。二十秒程そうしていると妙に気恥しくなってきて、思わず手を振り払った。手に汗がにじんでいるような気がする。あーあ、と残念そうに言うランサーの顔はまだ脂下がっていて。
「なあ、夏祭りあるだろ。手ぇ繋いで行こうな」
「…」
「手握ったくらいで照れるなよ、もっとすごいことするんだから」
そんなオヤジ臭いことをいうものだからノートを投げつけてやった。



さて勉強会の甲斐もあって二人ともテストは余裕でパスできた。あとはもう心置きなく夏休みを楽しむだけ…と言いたいところなのだが。
「しばらくデートはお預けだぞ」
「なんでだよ!」
「宿題があるからな」
そのために期間を延長したのを忘れてしまったかね、と言われては黙る他ない。デートと言っても放課後図書館に行ったり勉強したりするばかりで遊びに行っているのではないのでランサーとしては不満が残る。手を繋ぐのには馴染んできたがまだキスの一つもしていないのだ。それもお預けとあっては…。
「いや待て、デートお預けってことは宿題終わるまで会えないってことじゃねえだろうな」
「察しが良くて助かるよ」
「ふざけんな」
それだけは絶対に許容できないと噛みつくがアーチャーも頑なに譲らない。気付けば学校だというのに胸倉を掴んでいた。しまった、と気が付いたのはクラスメイトに止められた時で、アーチャーはランサーの長く垂れた青色を掴みランサーは拳を構えていたところだった。お互い普通に怪我をこさえてしまったので何もありませんでしたと言い逃れもできず、バラバラに説教を受けて帰され、夏休み初日は最悪の気分で迎える羽目になった。
二日ほどおいて、先に折れたのはランサーの方。アーチャーとしてはもっと早くに折れると思っていたので意外といえば意外か。メッセージアプリから送られてきた、しょんぼりとした様子の犬のスタンプを親指で撫でる。悔しいかな、ここ数日課題をこなす合間に何度も携帯を確認してしまうくらいには絆されていた。
「時間を無駄にしおってからに」
貴重な二日を浪費したんだぞ、とはランサーに向けた言葉であったか、それとも。
余談ではあるが、結局課題は一緒にやることになった。



課題を終えて夏休み本番、ランサーはアーチャーの家にそれなりの荷物を抱えて転がり込んでいた。できるだけ長く一緒にいたい、というのを振り切れずに一週間だけ家に泊まるのを許可したのはアーチャー。寮の方では旅行として処理しているらしい。
「はよ、あーちゃあ」
見事な青をぐちゃぐちゃとかき回しながらランサーが起き出してくる。昨日は初めてのお泊りということで夜更かししすぎてしまった。短針はいつも起きるときよりも四分の一周分進んでいる。
「おはようランサー、顔を洗ってこい」
「んー」
通り過ぎざまに頬に柔らかい感触を感じてバッと振り返る。ランサーはまだ寝ぼけているが、もしかしなくても今頬にキスされたのではなかろうか。極めて自然に。意識した途端、キスされたところを中心に顔がみるみる熱くなる。…以前言っていた『もっとすごいこと』がキスだけでないのはアーチャーにも分かる。唇でないところへのキスだけでもこんなにすごいのに、その先があるのか。全く嫌だと思わなかったこと、こんなにもドキドキしているということ、存外自分がランサーに惚れ込んでしまっていると意識せざるを得なかった。


「キス、したいんだけど」
お泊り三日目。今日は家でひたすらゲームをやって映画を見て、という予定だったのだが、朝一番にランサーがそう宣言してきた。用意していた映画のパッケージを落とさなかったのをほめてほしい。いつもランサーは切り出しが突然に過ぎる。
「きす」
「そう」
こういうのは普通ムードを整えて自然に持っていくものではなかろうか。アーチャーに経験がないからわからないだけで世間一般ではキスをします!と堂々と宣言して行うものなのか。たった数日前なんの前触れもなく頬にキスされたことを思い出してまた顔が熱くなった。
「だめ?」
「だ、だめじゃない…」
顔がぐっと近づいたかと思うと、顎を掴んで唇をふにふに触られる。これは目を閉じた方がいいのだろうか。視線も手もどこにやったらいいのかわからずにうろうろと彷徨わせているとランサーが噴き出す。
「しないのか」
「してほしい?」
何なんだ、本当に。しばらく睨みつけていると手を離された。ランサーは手から映画のパッケージをもいで、今はしないけど今日中にするからドキドキしといてと言うとテレビに向かう。ソファに座ったはいいものの映画の流れが全く頭に入ってこない。一度見たことのある映画でよかった。
映画の終盤に差し掛かっても特にランサーに変わった様子は見られない。今日中にするとは言ったけれど映画の最中にするとは一言も言ってないのだ、きっともう少し機を見てから…。そう思って体の力を抜く。瞬間、腕を引いて肩を掴まれた。
唇が触れ合うまでに十分時間はあったが瞼を下すことに思考を割けず、睫毛まで濃い青色なんだなとかこの肌のきめ細かさはどういうことだとか考えているうちに口同士がぶつかる。ぼんやりと口を開いたままだったので少し歯が当たって、下唇を軽く噛まれた。ランサーの高い鼻が自分の鼻の横をくすぐって離れていく。
「…感想は?」
「今のがキスか…」
思っていたよりも呆気なかった。でも悪くない。
「もっかいしていい?」
「ン」
今度はお互いちゃんと目を閉じてキスした、はずだ。



初めてキスしてから四日、ランサーがアーチャーの家にいる間、何かにつけてはキスをした。アーチャーの知的好奇心がおかしな方向に働いたのか、恥じらいは見せるものの簡単に口づけに応じる。流石に外でもしようとしたらはたかれたが。キスが好きなのかと揶揄うと、きょとんとした顔で
「だってもう夏休みが終わったらしないだろう」
と言われた。まあ、確かに当面…数年は出来なくなるのでその通りではあるのだけれど。
健全な青少年、それも思春期真っ盛りの高校生が好きな子としたいことなんてキス止まりのはずがないのだが、その先への進め方が分からないでいる。ランサーの今までの経験を踏まえてもファーストキスからたった数日で身体を繋げるというのは性急に過ぎるのだけれど、アーチャーの言うように夏が終わったらしばらく会えないのだ。それまでに関係を進めておきたいと考えるのは至極真っ当なことではなかろうか。そこまで考えたところでアーチャーから昼食の準備ができたと声がかかる。頼りっぱなしではいけないと思いつつも、アーチャーに振舞うことができるような料理の腕は持ち合わせていなかった。具体的に言うと、今日の昼飯の素麺を作ろうとして止められた程度の調理レベルである。
「寮に戻ったら帰るまでずっとそっちなのか」
「んー、そのつもり」
思いがけずアーチャーの夏休みを完全に独占できる形になったので他の同級生との約束は入れていない。寂しい奴だと笑うなら笑え、わが青春に一片の悔いなしだ。
本国に戻るときにも空港までの送迎はあるものの同行者がいるわけではないのでギリギリまで寮で過ごす。この一週間を除いて外泊届や旅行届も申請してないことであるし。アーチャーと遠出する予定があるわけではないので事足りるだろう。
「その、夏祭りの日はうちに泊まっていかないか」
「夏祭りって学校近くの花火上がるアレか?」
花火が上がるならば夜遅くなるだろうし、なるほどどちらかの家に泊まるのもいいかもしれない。
「でもそれならお前が寮に来た方がよくないか。学校近いんだし」
「ああいや、浴衣を貸してやろうと思ってな」
せっかく日本に来たのだから着ておくのも乙なものだろう?着付けなら私ができるしな。そう言ってアーチャーは素麺を啜る。確かに祭りと名のつくものはいくつか参加したことがあるが夏祭りは一度もない。まして、浴衣を着たことなどあるはずもなく。これは帰ったら自慢できるぞ、と思いながら頼むわと返事をした。


アーチャーが言っていた夏祭りはこの辺りで一番大きい祭りで、神輿や山車こそ出ないものの盆踊りの櫓が立っていたり屋台が多く並んでいたりと遊ぶには事欠かない。きっとランサーも楽しめることだろう。そういった期待も込めて、帯をきゅっと結び腰を叩く。
「そら、できたぞ」
ランサーに貸した浴衣はシンプルな紺色の縦縞しじら。自分の背が高くてよかった、と心の底から思う。義父のサイズの浴衣ではどう見ても着丈が足りなかったのだ。
「おおー…すげえな、クールジャパン」
「着崩れるからあまり激しく動くなよ」
生返事をしながら袖を邪魔そうにしている辺り、たすき掛けにしてやればよかったかと思うが初めての浴衣ならばスタンダードに着こなした方がいいだろう。アーチャーの着ている浴衣は白を基調とした麻の葉で、本当はこちらをランサーに着せようと思っていたのを押し付けられた。ランサーの白い肌に白い生地は眩しすぎると今ならわかるので結果としては良かったわけだが。
ランサーの首に小遣いを詰めたがま口を提げてやる。あまりにもひどい人込みだと財布をいちいち取り出すよりもこちらの方が早い。しかし本当によく似合っている。色彩をうまく調節すれば到底西洋人には見えまい。
「君、本当は日本人なんじゃないか」
「どこをどうとったらそうなるんだよ」
まあ、浴衣の上からでも誤魔化せない手足の長さとずば抜けて優れた容姿は日本人のそれとははるかにかけ離れているのだが。その長い手を包む袖をぶんぶんと振り回してランサーがはしゃぐ。
「お揃いだな!」
「浴衣という点ならこれから行く場所では半数以上の人間がお揃いだぞ」
「べつにいいじゃねえか、お揃いってーと特別な感じするだろ」


まだ明るいうちにいろいろ食べたい、というランサーの提案により二人の両手は既に食べ物で埋め尽くされていた。高校生の財力と侮るなかれ、バイトによりそこそこ貯められていた資金とランサーの持ち前の愛嬌で確実に食べすぎだと言える量が確保できている。
「いや、買いすぎたわ」
神社の境内の階段に腰を下ろしながらランサーが言う。温かいものから先に片づけてしまった方がいいだろうと焼きそばのパックを開き、膝に乗せた。
「お前も食うだろ」
「ああ」
アーチャーが言うには祭りの醍醐味と言えばソース味の食べ物なのだとか。その言葉通り二人が買ったものの中には焼きそばの他たこやき、お好み焼き、焼うどん等ソース味のものが控えている。リンゴ飴や綿あめ、チョコバナナももちろん買ったが花火までにたどり着けるかどうか。
「アーチャー、口についてる」
「ん、どこだ」
一生懸命口の周りを擦る様子が愛おしい。本当は何もついてないのに。
「ここかな」
汚れをとるふりで顎を掴んで、軽く唇を舐める。しょっぱ、と笑うと騙されたことに気付いたアーチャーが肩をばしばしと叩いてきた。割と本気で痛い。
「いいじゃねえか、誰も見てないんだから」
「そういうことではない!」
しばらくされるがままにしていると、諦めたのか手が下ろされる。膝の上のたこ焼きの安否が気になっていたのでちょうどよかった。
「アーチャー?」
「…早く食べよう、花火が始まる」
気付けば辺りは大分薄暗くなり始めていた。アーチャーにここは穴場なんだと言われた通り、始まる時間が迫っているのに人の気配は他にない。リンゴ飴をかじる音と割り箸が擦れる音だけが聞こえて、静寂に慣らされた耳では花火が打ちあがった瞬間鼓膜が死にそうだと思った。
「なあアーチャー、オレ知ってる。花火の音に隠して好きって言うやつあるだろ」
「それは好意を隠している前提であって聞こえる状態で言ったら台無しだということも知っておくといいぞ」
「聞こえなかったら意味無いだろ」
イカ焼きを食べ終えてしまえば残るのは溶けた氷がしゃらしゃらとなる炭酸飲料だけ。ごみを袋に詰めていると、花火大会が始まるという旨のアナウンスが流れる。今年日本で最後に見る花火だなと思った。
ひゅる、と最初の一発目が空に昇る。大輪が開く瞬間、
「ランサー、好きだぞ」
「え?」
横を見るとしまったという顔でアーチャーが口を抑えている。暗がりでもその顔が赤くなっていると分かるのは花火のせいだけではないだろう。花火の音でかき消されるはずだったそれは一切その意図を叶えずランサーの耳に届いた。
「アーチャー!オレも好き!ていうか好きって言ってくれたの二回目じゃね!?」
「ええいはしゃぐな寄るな鬱陶しい!花火が見えないだろう!」
君が振るから期待に応えてやろうと思ったのに、と憤慨しているがこれは完全にアーチャーが悪い。なるほど、花火の音で声が消えないくらい離れている場所ならば人も滅多に寄りつかない穴場だろう。花火を見ろと無理やり首をねじって座り直させられる。さっきまで間に置いていた戦利品がないおかげで、肩が触れるのを咎めるものはなかった。アーチャーの瞳は色素が薄いから花火の色がきれいに映る。一番大きな花火にはしゃぐ銀色がこちらを向くまで、ずっと瞳越しに花火を見ていた。


「帰ろうぜ。これならお前の家からでも花火見れるだろ」
いよいよクライマックスだ、とランサーの顔を見るなり手を掴んで立たされた。もう片方の手に荷物を掴んでずかずかと歩き出す。しかも手は掴んだまま。
「ら、ランサー!手を…」
「みんな上見てるから大丈夫だって」
そう言って振り向いた紅い瞳は悪戯を思いついた時の色を湛えている。次第に早くなる歩調に合わせようと小走りになり、家にたどり着く頃にはお互い息を切らせていた。ぜえぜえと呼吸を整えながら縁側に横たわる。
「はぁっ、何が、したかったんだ、君は……」
「はー、キス、したく、なって」
外でしなかったぞ、ほめて、と言わんばかりの顔で覗き込まれて、背後にぶんぶんと揺れるしっぽが見える。仰向けのまま手を伸ばしてグッボーイ、と頭をかき混ぜてやるとがぶがぶと唇をかまれた。強く唇が押し付けられたあと、撫でるような甘い動きで触れられる。くすぐったくて少し口を開いて息を吐いた。舌が口の中に入ってきて上顎をなぞられる。未知の感覚に肩を震わせると、ランサーが離れる。いつの間にか花火は終わっていた。数時間前に感じたような静寂。
「…部屋の中で続きしていい?」
返事の代わりに、鼻先をかじってやった。



強烈な日差しと蝉時雨と熱さに耐えかねて目を開ける。
(おー、眼福眼福)
アーチャーは昨夜の着乱れた浴衣を腹にかけて裸で横たわっていた。褐色の肌に浮いた水滴が何とも艶めかしいが、それによって起きたときの不快指数が跳ね上がるのは体験済みであるので軽くぬぐってやる。晒された喉仏に夜のことを思い出してごくりと唾をのんだ。
男同士でも体を繋げる術があることは知っているが、こうして性的な接触を許してくれただけでも僥倖だろう。残りの短い期間でそれ以上を強請って嫌われるようなことがあっては本末転倒だ。あとに残す楽しみが多くてもいい。
「あー…なんか朝飯…」
性欲と睡眠欲を満たしたら次は分かっているだろう、と腹の虫が急かす。アーチャーの方に浴衣をかけなおして立ち上がる。コーンフレークに牛乳をかけるくらいの調理は許されるはずだ。



「で、結局君は戻ってくるのか?」
夏休みも残り三日。荷造りを手伝ってもらおうとアーチャーを寮に呼び出し、肝心の荷造りをほっぽって二人してだらだらと過ごしている。
「んー、お前、この一ヶ月楽しかった?」
質問に質問で返されたことに腹が立ったのか、アーチャーが眉間に皺を寄せる。それでもちゃんと楽しかった、と答えるのはこいつの美点だろう。
「じゃあ戻ってくるわ」
「そんなあっさり…」
「もともと卒業したらこっち来るつもりだったしな。お互いに好きだ、一緒にいて楽しかった、それだけじゃ次につなげるには足りねえか?」
アーチャーが言わんとすることは分からないでもない。再会までにお互いの気が変わらないかとか、将来のこととか、周りのこととか。きっと考えなければいけないことはたくさんある。
「考えなきゃならんことは数年後のオレたちに任せておこうぜ」
自分たちはまだ若い。少しのモラトリアムの延長くらいきっと笑って許してもらえる。思い悩むには青春は短すぎるのだ。
「ところで、それ聞いてくるってことは恋人として正式採用でいいってことだよな?」
「残念ながら今のところ却下する理由がないものでね」
アーチャー本人が気付いてないであろう盛大な殺し文句にしばらく悶えて、荷造りはもう少し遅くなることになった。



「じゃ、ちょっくら行ってくるわ」
そこそこ大きい荷物を抱えて、まるでコンビニに行ってくるような口調でランサーは宣う。
「連絡しろよ!オレからもするから必ず返せ」
「ああ」
「浮気すんなよ」
「君こそ」
くだらない応酬のせいでいまだにいなくなるのだという実感が湧かない。また明日すぐ会えるような心地さえする。
「あー、最後にキスしていい?」
「ダメだ」
外だもんなあ、とあからさまにがっかりするランサーの肩を掴んで、自分の唇をランサーのそれに押し当てる。何が起こったのかわかっていない様子で呆けているのを笑って、入場ゲートに向かって背中を押した。
「おま、次会ったらもっといい男になってるからな!覚悟しとけよ!」
「せいぜい期待しておくよ。またな、ランサー」
遠ざかる背中に呟いた、惜しむ言葉は聞こえなくていい。どうせ数時間のフライトの後にすぐ連絡が入るに決まっているのだから。携帯を開いてランサーのアカウントを呼び出す。
「は」
いつの間にかランサーの名前の後ろにハートマークがつけられていて、一人で笑い転げる羽目に陥った。





「絶対幸せにして見せるから、お前のこれからオレにくれ!」
開口一番、久しぶりの挨拶もなしにいつぞやの告白を思わせる言葉をランサーが言う。
「既に大分幸せだから無駄にならないといいが」

Comments

  • わんわんお
    September 6, 2024
  • まるまるまるま
    May 29, 2023
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