同志社国際高校の沖縄研修旅行のはじまりを調べてみたら、初期から偏りがあったことがみえてきた
同志社国際高校の沖縄研修旅行で痛ましい事故が起こったのは2026年3月16日のことである。女子高校生と船長が死亡、その他高校生14名負傷という海難事故である。
学校側、運航業者ともに安全管理がグダグダ、そして事後対応もグダグダ、そして、恐らく糺すべきところはおそらくすくなくない。
にもかかわらず、「運航業者」や「平和学習」を妙にかばおうとする人たちまで登場する。
更にマスメディアは一日二日は報道したものの、腰砕けになったように報道が少なくなってきている。
ふつうなら「修学旅行」であるのに、なぜ「研修旅行」とながついているのか?という疑問もある。
いろいろ整理すべきところは山ほどあるが、ここは、原点に返って「どういう行事だったのか?」を少し掘り返してみたい。
同志社国際高校の沖縄研修旅行の成り立ちを追う
発生源は?
発生源は、同志社国際高校開校時から宗教科の教員をやっていた、小池基信牧師である。
その関与だけなら各種検索からもつかめた。下記の記事に書いている。
もうちょっと詳しい情報があれば…と探してみたら、自伝的なものであろう本は見つかったので購入して読んでみた。
『地震・雷・火事・オヤジーモッちゃんの半世紀 小池基信 神戸学生青年センター 1998』
神戸学生青年センターというのは、キリスト教プロテスタント系の社会教育組織であるらしい。
小池牧師は在職当時、同志社国際高校の教員ヒエラルキートップに君臨する教員だったようだという話もかなり前に卒業した方のポストで出てきている。
30年ほど前の卒業生です。TLにこの小池先生の似顔絵が見えた瞬間6年分のアレやコレや嫌な記憶がフラッシュバックして今寝込みたい気分です。小池先生は学校のヒエラルキーの頂点に実質いた牧師。もうあそこは廃校して欲しい、ほんまに
— ぶー (@bubu1130) March 29, 2026
ミッションスクールであるので宗教家が強いことはあるだろうが…
宗教科の小池牧師の「心情」からはじまった「研修旅行」
一期生が2年生になるタイミングで「修学旅行」にどこに行くか、生徒のアンケートで、最終候補が「マニラ」「沖縄」になり、やはり生徒による最終投票で、沖縄に決定。
で、そうなってしまってから、当時の学年主任だった宗教科の小池基信氏は「これはえらいことになった」と思ったそうな。
小池基信氏は”自身の心情として”「単なる観光で自分は沖縄に行けない」ので、一計を案じ、「平和学習」と位置づけることにした。 そこから、伝手を頼ってプランや事前学習などをくみたてていったようだ。
つまり小池氏の「心情」先にありきである。
小池氏が頼った伝手
小池氏が頼った伝手だが二つほど記述があった。
まず、高里鈴代氏。
沖縄キリスト教大学を出て沖縄の西原教会に属しているのだが、当時は早稲田法支援(東京)に勤めていらした模様。1989年~は那覇市議を15年やっておられる。
西原教会は「不屈」の船長の金井氏が牧師をしていた佐敷教会に結構近い。
フラワーデモ沖縄でも活躍されている、フェミニストでもある。
もう一人が、彫刻家の金城実氏。
小池氏は金城氏に、戦跡めぐりのコースを組めないか相談した模様、金城氏もさっそくそれに応じ、さらにバスの中での講師の手配もしてくれたようである。
研修旅行に、金城氏のアトリエ訪問のコースがあるのはこういった縁からだろう。
金城実氏は、沖縄戦や、三里塚闘争などをテーマにした彫刻をつくることで有名な方であるが、もう一つ忘れちゃいけないのがこの「オガリ像」 。
今は読谷村の金城氏のアトリエ野外スペースに移設されているが、元は大阪の住吉区のビルの壁面にあった。部落解放同盟の依頼で1977年に制作されたもの。
主さ3トンもあるこの彫刻は「市民交流センターすみよし北」の建物の解体で取り外された。その後、寄付を募って2018年に沖縄の読谷村の金城氏のアトリエに移設されたのだそう。
ザックリまとめると、小池牧師の「お気持ち」から、「平和学習中心の研修旅行」に舵を切り。 初期の段階から、キリスト教フェミニズム反戦・平和運動や、部落解放・人権運動との連帯によってつくりこまれてきたといったところだろう。
元々小池牧師は牧師家庭で育った牧師二世であり、父親は賀川豊彦との接点もあったらしく、一時自宅である牧師館に賀川がいた時期もあったらしい(死線を越えての執筆時期らしい)ので、明治学院大とのつながりもあった可能性も高い。
また、小池牧師自身、かなり社会運動好きな牧師であり、同志社国際高校に移る前にいた、神戸の学生青年センター時期から、生協運動、部落差別問題、在日コリアン差別問題、沖縄基地反対などの幅広い活動もしていたようだ。
平和学習の考え方は「加害者としての平和学習」を重要視するスタンスである。
開始当初は「総合的な学習の時間」というのは高校課程にありませんでした。 このため「総合的な事前学習」部分については、宗教科が主として担当していた模様だが、国語科もかなり熱心であった模様。
同時に国語科が事前学習に加わり、日高六郎の「体験を伝える」谷川健一の「沖縄の危機と神々」などを学習しているが、国語科の先生方が主体的に取り組んでいるのはうれしいことである。コース別の一つに御嶽信仰の場に行くのがあるが、国語の教師が同行する。このほか学年全体で、映画「かんから三線」「戦場の童」「げっとうの花」などを鑑賞している。
まあ、国語科も「読ませる」素材を教科書以外に追加することで、比較的自由が利く教科である。
平良修牧師のこと
興味深い情報がでてきた。 初期の現地研修プログラムで、平良修牧師という、沖縄の牧師さんが講話をやっていたようだ。
この方は、「佐敷教会」の牧師さんだった方のようで、今回の転覆事故で亡くなった金井牧師の前任者ですね。
この方は米軍統治下での最後の第五代高等弁務官の就任の式典に際して牧師として祝福の祈りをささげるよう米軍に依頼された場で、として反米・反軍的な祈りをやって、本土の反軍・反差別運動のキリスト者たちを勇気づけたといわれるが、後に下記のようなことも言っている。
「復帰すべき国だったのか?」
いったい何なんでしょう?よくわからない世界だ。
「ちょっとした失敗」の中身はパワハラだった
さて、沖縄研修旅行仕掛け人の小池基信氏に話を戻すと、結構なハラスメント気質…という気がするエピソードが書いてある。 タイトルが「ちょっとした失敗」なのだが…
聖書科の授業中に別の科目の教科書を見ている女子生徒がいた(いわゆる「内職」である)ので、その教科書でその子を叩き「教室を出た」とある。
後から別の生徒がきて「鼻血だしてます、女子には手加減してください」と申し入れしてきたので、「なんで叩かれたかわかってるか」と瞬発的に反応しつつも、叩いたことは悪かったと謝ったようだが…
1980年台以降の話である。
まずは、こんなに切れやすい体罰教師がいたのか…と、ちょっとびっくりする。
騒いだわけでもなさそうな授業中の内職で、鼻血が出るほど叩くって、いったいどんな叩き方したんだ?
そして教室を出て…という、典型的な不機嫌ハラスメントの上に、やりすぎを認識してからの「なんで叩かれたかわかってるのか?」というゴリ押しまでくっついている。
これは「教師の演技」というタイプの「怒って見せる」といった手合いのモノではなく、単に切れているだけのような気がする。
まあ、聖書科の小池先生は「まじめであること」に厳しく、瞬発的に切れたり、反射的に畳伏せてしまうので、生徒にとっては「機嫌の落差が多くて付き合いにくい」先生だったのかもしれない。
事前学習の内容
となると、研修旅行の事前学習でいったいどんな押し付けやってたんかい?ということが気になってくるのだが、ちゃんと書いてあった。
沖縄・韓国などを被侵略者、日本を侵略者と位置付ける徹底した進歩史観である。
◆事前学習
総合的な事前学習は聖書科で引き受けることになったが、それは比較的地自由の利く教科だからである。総合テーマを「平和を作りだす人」とし、新訳聖書のマタイによる福音書五章九節をテキストとした。
修学旅行後につくる文集タイトルが「平和を作りだす人」なのも、ここに起因するのだろう。
二学期は「秀吉の朝鮮出兵から日中15年戦争までの日本のアジア侵略史」と題して琉球王国侵略もこの線上に位置づける」一応日本史の教科書は参考にするが、詳しい記述はほとんどないのである。幸い関係資料があるのでそれを利用しながら積み重ねていった。
島津の琉球侵略については、琉球王国の説明を先にして話を進めていく。しかも秀吉の朝鮮出兵のとき、秀吉は琉球に派兵を要請したが拒否され、さらに食料の供出を要請し断わられている。
日清・日露戦争も朝鮮支配を巡る戦争で、1910年の「韓国併合」に至るわけである。
いやはや、なんとも、素晴らしい日本悪者論にまみれた歴史観である。
イエズス会など、キリスト教勢力による「アジア侵略」「日本侵略」は、完全スルーされている。
まあ、キリスト教的には豊臣秀吉というのは、キリスト教禁教令を出した弾圧者という位置づけなのだろうが、非常に一面的である。
生徒たちは日本が過去の歴史のなかで朝鮮・中国にひどい仕打ちをしてきたことを知り、真実の歴史を学んだ驚きは隠せないようだ。
二つのことを強調している。「侵略される側と侵略する側」秀吉は出世物語の代表でまた英雄であるが、李舜臣は日本軍を撃退した悪者である。しかし韓国では英雄として銅像になっている。満州のハルピン駅頭で安重根に暗殺された伊藤博文は日本では偉大なる政治家、お札の顔にもなった人物、しかし朝鮮では、侵略者の親玉でそ、それを殺した安青年は英雄なのである。マゼランは偉大な探検家であり英雄であるが、彼を殺したフィリピンのラプラプは残虐な土人である。しかしフィリピンの人達にとってはラプラプは侵略者を殺した英雄なのである。どちらの側に立って歴史を見るか、歴史の視点の大切さを教える。
ここで「侵略される側=弱い側に立つ」というのが教えたいことなのだろうが、見事なまでの自虐史観であり、寄り添う側に立つことでの優越思想だろう。
長年、牧師である小池氏にとっては、「弱い側の立場にたつ」ということが基本なのだろうが、明治期の国際情勢というのはそんなに生易しいものではない。
日本は、大砲をもってきた欧米に「開国」を迫られた側であり、日中戦争どころか日清・日露戦争以前に欧米キリスト教諸国によるアジア諸国の植民地化が進んでいた状態である。
そして朝鮮半島の李氏朝鮮は中国の冊封体制下の属国として生き延びてきた状態であり、アヘン戦争以降の清国の弱体化に伴って、情勢が不安定になり、20世紀初頭は共産主義の台頭とともにさらに不安定さを増していた。
その辺りをスルーして日本を「侵略者」とだけ位置付けるのは、それこそが「偏向」である。
人間はたまに引っ越すこともあるが「地面は引っ越せない」ということを忘れてしまっているのだろうか?
世界中どこにでも行く「宣教者」というのは、国家概念を持ちにくいのかもしれない。
続きを読んでいこう
いくら私が沖縄を語っても所詮大和人であると思ったので、仲本牧師の紹介で造形家の金城実氏を招き講演してもらうことになり、もう17回目となった。彼は沖縄の離島の出身で京都外語を七年かかって卒業し、コザ騒動のとき沖縄の問題に主体的に関わるようになり、西宮の定時制高校で英語を教えながら沖縄と本土を結ぶ運動を、造形を通して行い活動されている。
学校には日刊の「沖縄タイムス」が図書館に入っており、生徒はいつでも自由に読めるようになっている。
仲本牧師…というのは、任所や差別問題への関心から仲本幸哉牧師のことではないかと思われる。この方もかなり活動的な同志社出身の牧師さんだ「11.22 在日韓国人留学生・青年不当逮捕事件(1976年、在日韓国人の留学生が韓国だスパイ容疑で逮捕された事件)」などでも奔走されていたようだ。住道一粒教会(大阪)や神戸雲南教会の牧師をされているた方である。
金城実氏は、既に書いたが、部落解放同盟と組んで「被差別者」としての闘いをしてきた人物である。
「沖縄」を「差別されてきた土地」と位置づけ「沖縄県民」を「被差別者」と捉えることによって「解放への闘い」に駆り立てる立場の人である。
金城氏の巨大レリーフの制作依頼主である解放同盟大阪府連は、矢田事件で教員の拉致をしていたりもする
そして、この動きは1974年の八鹿高校事件(兵庫県)にもつながるし、大阪の悪名高い「地元集中受験」へもつながっている。
長年神戸にいて、小池氏がこの問題を知らぬはずはない。
金城氏の代表作は間違いなく「解放へのオガリ像」であるだろう。
金城氏に協力を求めるということの意味を認識しないまま、小池氏が沖縄研修旅行のためだけに金城氏を引っ張り出した…ということはほとんどあり得ない話である。
金城氏は一時期大阪の部落地域に住んでいたらしいが、沖縄の浜比嘉島出身の金城氏が、大阪の江戸時代以前に起因する部落問題と、江戸時代の大和川付け替えや淀川の河川改修に絡む大阪の部落問題と大和川下流域の都市スラム問題の「ズレ」を知っていたかはかなり怪しいと思う。ついでに言うなら兵庫県の部落問題と大阪のそれはかなり違う。
冬休みに宿題を出す。沖縄に関する10の項目をグループで調べレポートする。沖縄の歴史(琉球王朝成立から沖縄戦まで)、国内唯一の戦場となった沖縄戦(米軍の上陸と宣教)(住民の犠牲、集団自決、学徒隊など)、米軍の占領と政策、復帰運動と復帰、復帰後の諸問題、沖縄の文化・生活(言語、音楽、民芸、宗教墓、産業)などである。
1980年台当時の情報環境では、高校生たちは、教師の提示した資料を調べるくらしかできないだろうし、どうも「小池先生」はかなり気難しいようだ。
同志社国際高校は京都府南部に位置する。
解放教育の影響下にあった大阪北摂の「地元集中受験」を逃れて入学した生徒もいたかもしれない。
勘のいい生徒は差別問題についての違和感は感じたかもしれない。
教員の持ってくる「歴史観」「差別観」に沿ったレポートを作るしかないとすれば、気の毒な話である。
現地の濃厚学習
現地での学習も、徹底した「平和教育」であったようだだろう。
移動中のバス車内ではバスガイドではなく、南風原ガイドの会にたのんで沖縄戦の講話を聞いある。てから、壕(ガマ)などの戦争史跡へ。 摩文仁の丘では、小池氏が対比させたい碑文を三か所ほどピックアップして見に行っていたようだ。
この本に出てきた、その他の沖縄現地の協力者をあげておこう。
読谷村 山内徳信村長 (後に社民党から国会議員、政界引退)
金城重明氏(沖縄キリスト教短大教授 故人)
宮城喜久子氏(ひめゆり学徒隊の生存者 故人)
かなり党派性は社民党寄りに偏っているように思う。
修学旅行だけは沖縄固定でつまらない?
いやあ、これはちょっと生徒にとってはつまらない旅行でしょ…と思ったら、案の定こんな声が
教員が「政治的に正しいことを学ばせた」という満足感に浸るのが修学旅行ではないはずである。
成り立ちから「政治思想臭」がバリバリ
沖縄研修旅行は開始時点からプロテスタント社会派と、連帯する社会運動家集団の政治思想が大きく影響していたといえるだろう。
私立のミッションスクールとはいえ、一条校という枠組みからはかなり逸脱していたのではないだろうか?
同志社国際高校の学校安全意識
今回の転覆事故以前にも
今回の転覆事故にも、同志社国際高校は課外活動での事故死があったようだ。
どうやら、前世紀に最低二件はあったようである。
サッカー部合宿
アメフト部合宿
そのうちアメフト部の方は、小池氏が顧問をしていて同行していた時のようだであり前述の小池氏の著書に記述がある。
ちなみに、2018年にはアメフト部での体罰事件が起こっている。
同志社国際高校は「差別」に関してはとても意識が高いようであるが、安全管理意識については「不十分」であった可能性がある。
自主自立の校風が裏目に?
同志社といえば「自主自立を重んじ」という印象を持つ人は少なくないだろう。
だが、未成年を預かる一条校のという場において、学校や教職員の自主性を重んじすぎると、そのしわ寄せは子どもたちに降りかかる。
どうも本体の「学校法人 同志社」自体も、系列校に丸投げしている感が否めない。
同志社⇒系列校への丸投げ
系列校管理職⇒教員に丸投げ
といったカタチによって、ガバナンスがガバガバになっていたのではないだろうか?
職員の自治とガバナンス
意欲の高い教員が多ければ丸投げ体制でもある程度学校は動く。
しかし意欲が高い教員の「暴走」は止めにくい。
今回の事件をうけた保護者会に参加された別の学年の保護者さんが学校側のガバナンスについての質問をしていたようだ。
似たようなガバナンスの崩壊は、教組の勢力の強い公立学校でも起こる。
管理職が機能しない、教委が機能しないという、いじめ重大事態でしばしばみられる問題は「職員室の自治」の行き過ぎによって起こることは少なくない。
未成年を預かる一条校におけるガバナンスの維持をどうするかという問題である。
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