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Conversation

ワシントンで、別の経済公使から紹介されました。 夫が財務大臣に就任してから、玉木林太郎さんも国際局長へとジャンプアップし、なにかにつけて相談しているようで、いちばん近くにいた印象があります。 帰国後、予算委員会での審議の2日目の夜、自民党から慶應病院に入院するように促され、テレビのテロップで「財務大臣更迭」を知らされました。 「病室ではテレビを見ないでね」と、 高校生だった息子が、TSUTAYAで夫が大好きな映画をたくさん借りて来ました。 数ヶ月後、会見を見たのか恐る恐る尋ねると、 「見た、信じられなかった…」 そのときの夫の顔を忘れることができません。 わたしは、その後、何度も「記者会見」を見ましたが、ろれつがまわっていない夫の両脇には、篠原尚之財務官と白川日銀総裁が、何も言わず、表情をひとつ変えずに座っていたこと、テーブルにはワインが置かれていたことは、極めて不自然に思いましたし、今でも不思議でなりません。 玉木林太郎さんは、その後、財務官に昇格し、夫の死後は、 OECD事務次長へと異例の出世をして行きます。 夫に玉木林太郎さんを紹介した方もその後、民主党政権で外務事務次官に昇格しましたが、自民党に政権が戻ると、安倍総理から事実上の更迭、僅か9ヶ月で退任することになります。 安倍総理は、何かを知っていたのかも知れません。 〜〜〜〜 「自分は、アメリカから殺される」 「こどもたちを頼む」 夫が繰り返し、わたしにそう話すようになったのは、亡くなる10年ほど前からだったと、思います。