「セックスワーカーの人権」の陰で免責されるのは誰か 非犯罪化政策とロビイングの構造

この記事でわかること:

  • アムネスティの非犯罪化方針が、どのような経緯で形成されたか

  • 方針の根拠を提供した団体に、何が起きていたか

  • 協議のプロセスから、誰の声が排除されたか

  • 批判がどのような言葉でつぶされてきたか

私は性売買から抜け出したあと、自分の経験をネット上で語るようになった。すると間もなく、セックスワーク論者や性売買業者と思われる人物から誹謗中傷と脅迫が届いた。この記事を書くのは、そうした圧力に屈しないためでもある。


「人権」という看板の裏に何があるのか

死刑廃止、拷問禁止、表現の自由──アムネスティ・インターナショナルといえば、世界中で人権侵害に立ち向かってきた著名な組織だ。

2016年、アムネスティは「セックスワーカーの人権を擁護する方針」を正式に発表し、性売買の全面的な非犯罪化(※1)を各国政府に求めた。この方針に対しては、世界中の女性の権利団体やサバイバー(性売買経験者)から強い反発が上がった。しかし日本では、アムネスティの権威がそのまま論拠として使われることが多い。

本稿は2016年のアムネスティ・インターナショナルのセックスワーク方針に関する批評であり、アムネスティの他分野における活動の評価を含まない。


方針はどう作られたか

ロビイングを仕掛けたのは、性売買業者だった

まず、この政策の出発点を確認したい。

ダグラス・フォックスはイングランド北東部を拠点とする、英国最大規模のエスコートエージェンシー(売春あっせん業)「クリストニー・コンパニオンズ」の共同経営者だ。彼は同時に、アムネスティUK・ニューカッスル支部の会員でもあった。

2008年、性売買の全面非犯罪化を求める動議がアムネスティUKの年次総会に提案された。フォックスはその動議を提出したグループのメンバーだった。この動議そのものは否決されたが、「政策見直しの検討を行う」という決議は可決された。フォックス自身が残した文書には、その戦略が露骨に記されている。「彼らを執拗に追い、味方につけなければならない。アムネスティ支部にもっと多くのセックスワーカーが加入し、内部からロビイングすることも悪くない」。

この活動から7年後、アムネスティは全面非犯罪化を支持する方針を国際的に採択した。採択後、フォックスは「これはまさに私が望んでいたものだ。非常に喜んでいる」と公言した。

アムネスティUKはこれに対し、「フォックスは数年前からメンバーではなく、方針草案への関与はゼロだ」と否定している。

しかしこの否定には、重大な抜け穴がある。

2014年1月30日に開かれた北アイルランド議会・司法委員会の公式議事録が残っている。議員のウェルズ氏がアムネスティUKの代表テガート氏に対して行った質疑はこうだ。「ダグラス・フォックスはイングランド北東部最大の売春組織を運営していた。彼はアムネスティの北東支部の会員であり、2008年のAGMでその動議に関わった。それは正しいか」。テガート氏の回答:「動議を提案したのはニューカッスル・グループです。フォックスはその動議を提出したグループのメンバーでした」。

つまりアムネスティの代表者自身が、公式の議会の場でフォックスの関与を部分的に認めているのだ。「草案文書への直接関与はゼロ」という否定は、「2008年のロビイングが政策見直しの扉を開けた」という事実経緯を否定するものではない。

さらに同じ議事録には別の問題が記録されている。ウェルズ氏が事前にアムネスティUKの別の担当者にフォックスのことを問い合わせたところ、当初「知らない」と回答し、のちにGoogle検索して修正したという。英国最大規模の性売買業者が同組織の支部会員として動議を提案した、という事実を、組織が把握していなかったとは考えにくい。

主要な推進団体NSWPとは何者か

アムネスティがその方針の根拠として参照した団体が、NSWP(セックスワーク・プロジェクト国際ネットワーク)だ。スコットランド・エジンバラに本部を持つこの組織は、性売買の非犯罪化を求める国際的なロビイング活動の中心に位置してきた。

NSWPは、UNAIDSやWHO(世界保健機関)において「売春(prostitution)」という言葉を「セックスワーク(sex work)」という言葉に置き換えることに主導的な役割を果たしたと自ら主張している。これは単なる言葉の言い換えではない。「売春」には搾取・強制・暴力といった文脈が付随するが、「セックスワーク」という語はそれを「労働」として中立的に描き直す。この言語の置き換えによって、業者も買春者も「セックスワーク」の関係者として、売春させられている女性と同じテーブルに座ることができるようになる。

しかしNSWPをめぐっては、見過ごせない事実がある。NSWPの元副会長アレハンドラ・ヒル(メキシコ)は、約200人の女性を人身売買した罪でメキシコシティの裁判所に有罪判決を受け、禁固15年の刑を言い渡された。彼女はまた、UNAIDSの「HIV・セックスワーク諮問グループ」の共同議長も務めていた人物だ。アムネスティが「信頼できる根拠」として依拠した調査・提言の一端を、まさに人身売買業者が担っていた。

日本との接点

日本においては、SWASH(Sex Work And Sexual Health)という団体がある。1999年に設立された、"セックスワーカー"の健康と安全を目的とする団体だ。

SWASHはAPNSW(アジア太平洋セックスワーカーネットワーク)の正式加盟団体であり、APNSWはNSWPの地域ネットワークとして位置づけられる。2015年、NSWPがアムネスティの非犯罪化方針を支持するChange.org署名を主導した際、その署名団体リストにSWASHの名前が記載されている。

前代表の要友紀子は2021年から2025年にかけてAPNSWとNSWPの双方で運営委員を兼任し、2024年1月にSWASH代表をげいまきまきに交代した。また、2022年6月より立憲民主党和歌山県連副代表を務め、2025年9月に副幹事長に就任。2026年1月に離党し、中道改革連合に入党。現在、衆議院和歌山1区総支部長を務める。

資金はどこから来たのか

政策形成の背後にある資金の流れを見ると、さらに踏み込んだ問いが浮かぶ。

ジョージ・ソロスが設立したオープン・ソサイエティ財団(OSF)は、アムネスティ・インターナショナルとヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)の両方に資金を提供している。この両組織は、ともに性売買の全面非犯罪化を支持する立場を表明した。そしてOSFはNSWPにも資金提供をしていた。

つまり、性産業の非犯罪化を推進するロビイング団体(NSWP)と、その立場を採択した人権組織(アムネスティ・HRW)が、同じ財団から資金を受けていたという構造が存在する。これが「陰謀」だと言いたいのではない。資金の流れと政策の方向性が一致していると指摘することは、正当な批判的検討の範囲内だ。

なおOSFからアムネスティへの拠出は、同年のアムネスティ総収入のおよそ2%程度であり、資金関係が直接の決定要因だとは言い切れない。しかしそれは、利害関係の存在そのものを無効にするものではない。


誰のための方針か

「非犯罪化」は何を守るか

アムネスティの方針が「非犯罪化」として具体的に求めているものを確認しよう。方針と同時に公開された調査要約文書には、こう明記されている。

「客引き、場所の借用、売春宿の経営、売春による稼ぎへの依存など、セックスワークの売買や組織化に関わる法律や規則を廃止すべき」
(原文:"bans on buying sex or solicitation, promotion of prostitution, brothel-keeping and living off sex work earnings")

https://www.amnesty.org/en/wp-content/uploads/2021/05/POL4040612016ENGLISH.pdf

これが意味するのは、性を売る側の女性を刑事罰から守るだけでなく、ポン引き、売春宿の経営者、そして買春者の行為を犯罪から外すことを、各国政府に求めているということだ。

アムネスティは「ポン引きを保護するためではない」と言明している。しかし文書は、「搾取・強制・人身売買に関わる法律は維持せよ」としつつも、「客引き」「場所の借用」「売春宿の経営」という、まさに性売買業者の日常的な営業行為を非犯罪化するよう求めている。言葉で何を言うかではなく、法的に何が守られるかで評価すれば、この方針が最終的に利益をもたらす側は明らかだ。

この方針への反対署名には、世界30カ国以上から600を超える国際的・国内的な女性の権利団体が名を連ねた。署名を集めたCATW(女性への人身売買に反対する連合)はこう述べた。「アムネスティは搾取された側ではなく、搾取する側に立つ枠組みを採用した」

排除されたのは、誰の声か

アムネスティは「2年以上にわたる協議を経た」と強調する。しかし北アイルランド議会議事録には、こう記録されている。証言に立った支援団体の代表は、性売買被害者のためにアムネスティの最高幹部への面会を求めたが、返答はなかったと述べた。書簡を送ったが、それへの返答もなかったと。

あるジャーナリストが入手したアムネスティUK内部の会合メモ(※4)は、国際事務局が協議プロセスの開始前から全面非犯罪化を支持する結論を固めていた疑いを示唆している。もしそうであれば、長期にわたる「協議」は、結論を正当化するための手続きに過ぎなかった。

協議に参加したとされる「セックスワーカー団体」も、精査が必要だ。NSWPが「セックスワーカー」の定義に業者を含めていることはすでに述べた。業者も「セックスワーカー」として協議に参加できる構造では、実際に性を売らされている女性の声と、業者の声は区別されない。

対案はなぜ退けられたか

アムネスティが明確に否定しているのが、いわゆる北欧モデル(※2)だ。

北欧モデルの核心は「売る側を罰せず、買う側を罰する」というシンプルな非対称性にある。アムネスティはこのモデルを「セックスワーカーにとってリスクがある」として退けているが、その根拠の多くはNSWPなど性産業側の団体が生産した調査に依拠している。北欧モデルをめぐるエビデンスの評価はそれ自体が大きな論点であり、本稿では深く立ち入らない。ここで指摘したいのは一点だ。アムネスティが北欧モデルを否定するために参照した根拠の出所が、性産業の非犯罪化によって直接利益を得る立場の団体であるという事実は、その根拠を額面通りに受け取る前に知っておく価値がある。

なお、アムネスティ・スウェーデンはアムネスティ国際本部のこの方針に反対し、北欧モデルへの支持を改めて表明している。同じ組織の中ですら意見が分かれていたことは、この方針が「人権の普遍的な結論」ではないことを示している。


批判はどうつぶされるのか

レッテルは何をしているのか

廃絶派(※3)の議論や調査が実質的な反論なしに退けられるとき、使われる語がある。「セックスワーク差別」「SWERF(セックスワーカー排除的ラディカルフェミニスト)」「性嫌悪」「宗教保守と同じ」「陰謀論」。

これらのレッテルに共通する機能は、議論の内容ではなく発言者の属性や動機を攻撃することで、論点そのものを無効化することだ。これは論理学で「人身攻撃(ad hominem)」と呼ばれる誤りの一種で、「あなたが言っているから間違いだ」という形の議論は、何も証明しない。

「セックスワーク差別」というレッテルは巧妙だ。性売買に関わる個々の女性を侮辱することと、性産業の構造的問題を指摘することは、まったく別の行為だ。だが私が受け取った言葉は、この二つを混同することで機能していた。私が構造を語るたびに、それは私個人への侮辱として返ってきた。前者は確かに批判されるべきだが、後者を「差別」と呼ぶことは、構造への批判を個人への攻撃と偽装することに等しい。

「性嫌悪」というレッテルは、さらに的外れだ。廃絶派が問題にしているのは「性行為」ではなく、「金銭と権力の非対称性を伴う性的同意の売買」という経済的・構造的な関係だ。

「宗教保守と同じことを言っている」という批判は、論理学で「連座の誤謬」と呼ばれる形の議論だ。ある主張が、自分の嫌いな集団とたまたま一致するからといって、その主張が誤りになるわけではない。廃絶派が性売買廃絶を求めるのは、道徳的禁欲からではなく、性売買を暴力・人権侵害として捉えるからだ。

「陰謀論」と呼ぶことで何が起きるか

ロビイングの構造を指摘する議論が「陰謀論」と呼ばれることがある。しかし本稿で示してきたのは、陰謀論ではなく、公開された事実の連鎖だ。性売買業者ダグラス・フォックスが2008年にアムネスティ支部でロビイングを行い、自らその戦略を文書に残した。NSWPの元副会長は人身売買罪で有罪判決を受けた。北アイルランド議会の公式議事録にフォックスの関与が記録されている。アムネスティの協議プロセスからサバイバー団体が排除されたと複数の証言がある。いずれも、公開された一次資料(議会議事録、当事者の公言、有罪判決の記録)に基づく。「陰謀論」とは、証拠なく権力者の意図を決めつける議論を指す。証拠を示しながら利害関係を問う議論は、その対義語だ。

「陰謀論」というレッテルが効果的に機能するのは、個別の事実に反論するよりも、レッテルを貼る方が遥かに簡単だからだ。しかし、そこで思考が止まるなら、事実から目を背けることになる。

「当事者の声」はなぜ選別されるのか

「当事者の声を聞け」という主張は、それ自体は正しい。問題は、誰の声が「当事者の声」として採用され、誰の声が排除されるかだ。

性産業擁護側が「当事者の声」として提示するのは、現在進行形で性売買に肯定的な立場を取る人々だ。一方、脱出を望む女性、廃絶を求めるサバイバー、性売買の経験を批判的に語る当事者の声は、しばしば次のような言い方で切り捨てられる。「彼女たちは"セックスワーカー"の代表ではない、一部の否定的な経験者に過ぎない」「本当に"セックスワーク"を選んでいる人の声をかき消している」「廃絶派のイデオロギーに取り込まれている」「声を聞くべきは、今まさに現場にいる当事者だ(すでに辞めた人ではない)」。

最後の言い方は、特に日本の議論で近年使われるようになったレトリックだ。一見もっともらしく聞こえるが、その論理を追うと奇妙な結論に行き着く。現在進行形で性売買に関わっている人の声だけが有効であり、脱出したサバイバーの声は「現役ではない」という理由で政策論から排除される。つまり、性売買をやめた瞬間に発言権を失う。これは「当事者の声を聞く」という原則の正反対だ。最も切実に制度の変化を必要としている人たち──今まさに抜け出したいと思っている女性や、すでに抜け出した女性──の声が、「当事者性がない」として議論の外に置かれる。

私自身がその経験をした。性売買からの脱出後に自分の経験を語ると、「あなたがうまく立ち回れなかっただけ」「被害を強調してスティグマを植え付けるな」「どこかの支援団体に利用されている」という言葉が届いた。性売買を批判する当事者の声を封じようとする圧力は、抽象的な話ではなく現実に存在する。そしてその圧力は、「当事者の声を聞け」という言葉の陰から来ることがある。


最後に

アムネスティの"セックスワーク"政策は、性売買業者によるロビイングを出発点とし、人身売買業者を幹部に持つ団体の調査を根拠とし、性産業の全面非犯罪化を推進する財団と資金的なつながりを持つ組織と連携しながら形成された。協議のプロセスからはサバイバー団体が排除され、異を唱えた内部会員が組織の規則によって処分されたことも、研究者によって記録されている。

この方針が「人権」の名のもとに守ろうとしているものの実質は、性を売らされている女性の安全ではなく、性産業が法的制約なく機能するための環境だ。

こうした指摘に対して、「セックスワーク差別」「性嫌悪」「宗教保守」「陰謀論」というレッテルで答えることは、議論の内容に正面から向き合うことを避けているだけだ。

当事者の声を本当に重視するなら、その声を封じようとするあらゆる力──暴力によるものも、言語によるものも──が批判の対象にならなければならない。


注釈

※1 非犯罪化と合法化の違い 「合法化」とは、性売買を国家が公式に認め、規制する制度を設けること(例:登録制の売春宿の公認)。「非犯罪化」とは、性売買に関わる行為を刑事罰の対象から外すこと。アムネスティが求めているのは後者だが、買春者・業者の行為も刑事罰の対象から外すという点で、売春させられている女性だけを非犯罪化する北欧モデルとは根本的に異なる。

※2 北欧モデル スウェーデンが1999年に導入し、その後ノルウェー・アイスランド・フランス・カナダなどが採用した法制度の枠組み。性を売ることを犯罪としない一方で、性を買うことを犯罪とする。売春させられている女性を罰さず、需要側(買春者)と業者に責任を問うという考え方に基づく。

※3 廃絶派(アボリショニスト) 性売買そのものの廃絶を目指す立場の総称。売春させられた女性個人を罰することには反対し、買春者・業者・人身売買業者への法的責任追及と、当事者女性への出口支援を中心に据える。宗教的保守主義とは動機・根拠ともに異なり、フェミニズム(女性の権利運動)の伝統の中に位置づけられる。

※4 アムネスティUK内部文書 ジュリー・ビンデル(Julie Bindel)記者が入手し報告したアムネスティUK内部の会合メモ。ビンデルはフェミニスト系ジャーナリストとして知られ、その主張そのものへの評価は読者によって分かれる。しかし、ここで参照しているのは彼女の意見ではなく、彼女が入手・報告した文書の存在であり、両者は区別して扱う必要がある。関連報道:Feminist Current 掲載記事 https://www.feministcurrent.com/2015/08/17/how-to-manufacture-consent-in-the-sex-trade-debate/

※5 引用の翻訳について 本稿中のアムネスティ方針およびCATW声明からの引用はいずれも筆者訳。原文は一次情報源リスト掲載の各URLを参照。


一次情報源リスト

本稿で言及した事実の根拠となる主要な一次資料を以下に記す。

議会・公式記録

アムネスティ・インターナショナルの公式文書

NSWPに関する資料

ダグラス・フォックスのロビイングに関する資料

資金の流れに関する学術的調査

アムネスティ内部の反対と協議プロセスの問題

廃絶派への反論に対する批判的分析

CATW(女性への人身売買に反対する連合)公開書簡・声明

アムネスティ・スウェーデンの反対表明に関する資料

SWASHおよびAPNSW・NSWPとの接続に関する資料


断崖みさき

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