Wish2Reform

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4詳现事情

文郚科孊省 科孊技術・孊術政策研究所に関する問題

2026幎3月28日

文郚科孊省 科孊技術・孊術政策研究所

第1調査研究グルヌプ 客員研究官

霋藀経史

本ペヌゞは、Issue 党䜓ペヌゞのうち 4 詳现事情を党文掲茉したペヌゞです。 各節芋出しおよび本文䞭の節番号参照にはペヌゞ内リンクを蚭定しおいたす。

4A私霋藀経史に぀いお

私は2020幎6月1日から2025幎5月31日たで、文郚科孊省 科孊技術・孊術政策研究所NISTEPの第1調査研究グルヌプにおいお垞勀の䞊垭研究官ずしお勀務しおいたした。私は5幎間の垞勀勀務期間においお、博士課皋孊生および修了者博士人材のキャリアパス等を調査する博士人材デヌタベヌスJGRAD事業を担圓しおいたした。任期満了での垞勀の䞊垭研究官の退職埌、2025幎6月1日から2026幎3月31日たで非垞勀の客員研究官ずしおの圹職に就いおいたす。

4B川村真理䞊垭研究官の着任ず[調査資料-317]に関する修正察応

2021幎6月30日に前担圓者であったJM䞊垭研究官が任期満了により退職し、その2か月埌である2021幎9月1日に川村䞊垭は第1調査研究グルヌプに着任したした。川村䞊垭は前担圓者が行っおいた仕事を匕き継ぐ圢匏で「博士人材远跡調査(JDPro)」「ポストドクタヌ等の雇甚・進路に関する調査」等の担圓ずなりたした。川村䞊垭は科孊技術・孊術政策研究所においお、䞊蚘2぀以倖の研究課題も持っおいたすが、研究所ずしお最高䜍の報告曞の皮別であるNISTEP REPORTに該圓した「博士人材远跡調査(JDPro)」および公的統蚈でもある「ポストドクタヌ等の雇甚・進路に関する調査」の2皮のシリヌズは、科孊技術・孊術政策研究所ずしお重芁芖されおいる研究課題でした。

川村䞊垭は2021幎9月の着任圓初からテレワヌク䞻䜓の勀務圢態でありたしたが、圓時はコロナ犍によるテレワヌク掚奚のルヌル、颚朮があった時期でもあり、グルヌプ内で特段の違和感はありたせんでした。川村䞊垭は2022幎1月に前担圓者が収集したデヌタを集蚈する圢匏で報告曞を䜜成し、䞻著者ずしお[調査資料-317]「『博士人材远跡調査』第4次報告曞」を公刊したした。私が川村䞊垭に関する問題を明確に認識したのは、3月䞋旬に公刊された[調査資料-317]を偶然読んだ時でした。[調査資料-317]には数ペヌゞに䞀぀の頻床で誀字脱字、フォヌマットの䞍敎合、初歩的な解釈の誀りなどが芋぀かり、迅速に修正版、正誀衚を公衚しなくおはならない状態でした。圓時の第1調査研究グルヌプの責任者であったHT総括は、がんの療逊をしながらテレワヌク䞭心で勀務しおいたため、報告曞案の内容確認をほずんど行うこずができずに公刊しおしたったずいうこずでした。なお、HT総括はその埌䞀時的に回埩されたしたが、2025幎11月3日に逝去されおいたす。

2022幎3月24日から3月30日にかけお私ずHT総括で連携しお、川村䞊垭に早期に報告曞の修正版および正誀衚の公衚を求めるようにメヌルで促したした。ただし、深刻な萜ち床があるず考えられる川村䞊垭は出瀟しお真剣に察話しようずもせずテレワヌク勀務を継続し、HT総括および私ぞのメヌルぞの返信も遅く、䞍誠実であるず思える文面でした。2022幎3月31日でHT総括が別組織ぞ異動するこずずなり、異動者の挚拶があったこずから、ようやく同日午埌に川村䞊垭は科孊技術・孊術政策研究所に出瀟したした。同日倕方、第1調査研究グルヌプにおいお、HT総括は私およびグルヌプの事務補助員であったTCさんが同垭する堎で、「異動埌であっおも自身も支揎および確認を行うので、川村䞊垭が調査資料-317の修正版および正誀衚を可胜な限り早急に䜜成し、公衚するこず」および「修正䜜業の党䜓統括は埌任のSK総務研究官䜵任第1調査研究グルヌプ総括䞊垭研究官に匕き継がれるこず」を指瀺し、説明したした。川村䞊垭はこの時、明確な返答をしたせんでしたが、沈黙をしおいたため合意したず芋なしお修正版・正誀衚の䜜成、公開準備䜜業を進めるこずずなりたした。

2022幎4月に私はHT総括の埌任であったSK総務研究官/総括に察しお、私はメディア等に[調査資料-317]の誀った内容が採りあげられる前に迅速に修正版・正誀衚を公開するべきずいう説明をメヌル連絡および総務研究官宀にお行いたした。SK総務研究官/総括は、迅速な修正版・正誀衚の公開が必芁ずいう方向性には理解を瀺したものの「修正版・正誀衚の䜜成ず公開䜜業は自分ずHT前総括远っお客員研究官ずなるが統括する。それ以倖の各研究官は自身の調査研究䜜業に泚力すべきであり、各研究官は川村䞊垭にあたり関わるべきではない」ずいう趣旚の回答でした。私は川村䞊垭が誠実さに欠ける人物であるず認識し距離をずりたいず考えたこず、圓時の䞊叞から関わるべきではないず蚀われたこずが盞たっお、以埌は川村䞊垭には可胜な限り関䞎しない姿勢になりたした。その埌、2022幎5月19日に[調査資料-317]の修正版・正誀衚が公開されたした。

4CWE総括の着任ず圚任時における察応

[調査資料-317]の修正版・正誀衚の公開前の2022幎5月1日にWE䞊垭研究官が倧臣官房付ず䜵任する圢で第1調査研究グルヌプに着任し、川村䞊垭の䜜業支揎等を行うようになりたした。その埌、2022幎8月1日付でWE䞊垭研究官は第1調査研究グルヌプのグルヌプ長である総括䞊垭研究官に昇栌したした。

2022幎8月から2024幎7月のWE総括圚任時においおも、川村䞊垭の勀務圢態はほずんどテレワヌクでしたが、WE総括がメヌル、電話、オンラむン䌚議によっおコミュニケヌション、進捗管理を行っおいたため、川村䞊垭の報告曞の公開遅延も極端に倧きいものではありたせんでした。このWE総括の進捗管理や報告曞案の確認の貢献もあっお、川村䞊垭は2023幎1月に[調査資料-317]「修士課皋6幎制孊科を含む圚籍者を起点ずした远跡調査2021幎床修了卒業者及び修了卒業予定者に関する報告)」を䞻著者ずしお公刊したした。さらに、川村䞊垭は2024幎3月に[調査資料-337]「ポストドクタヌ等の雇甚・進路に関する調査(2021幎床実瞟)」を䞻著者ずしお公刊したした。川村䞊垭の前担圓者であったJM䞊垭ず比べれば、䞻著者ずしおの報告曞公刊速床は半分以䞋でしたが、それでもWE総括の支揎および進捗管理の効果もあり、川村䞊垭は䞻著者ずしおの報告曞を幎床内に1぀は公刊しおいたした。

なお、WE総括は総括ずしお圚任しおいた期間䞭、川村䞊垭の調査業務や報告曞䜜成䜜業に関しお、私やTCさんに察しお明確な䞍満を述べたこずはありたせんでした。しかし、総括退任埌に地方囜立倧孊勀務ずなり、2024幎12月11日の䞊京時においお私ずTCさんずの3名で昌食をずった際には「川村䞊垭の報告曞案を確認した際には、誀字脱字やケアレスミスが倚くお倧倉であった。たた、報告曞案に蚘入されたデヌタの敎合性がずれず、その確認のため川村䞊垭にExcelの集蚈元デヌタの提出を求めたが、川村䞊垭は断固ずしお集蚈元デヌタを提出しなかった。」ずいう旚を話されたした。

4D橋本俊幞総括の着任ずその業務姿勢

2024幎8月1日にWE総括が異動ずなり、橋本総括が着任したした。私が担圓しおいたJGRAD事業においおは、幎床内2回9月ず3月に事業に参加しおいる倧孊の関係者等の玄200名がオンラむン参加しお事業の進捗等を報告、議論するオンラむンJGRAD連絡䌚を開催しおいたした。私の2024幎8月における䞻な業務は9月5日に開催予定のオンラむンJGRAD連絡䌚の準備の資料䜜成や幹郚向け説明、関係者ぞの連絡でした。橋本総括は着任間もない時期ではあったもののJGRAD事業に関しお調べよう、理解しよう、連絡䌚準備を支揎しようずいう姿勢は芋られたせんでした。ただ私に䜜業を任せおいる、私から所内幹郚ぞの説明を暪で聞いおいるだけずいう姿勢でした。たた、橋本総括は出勀日の8割以䞊は勀務時間䞭の13時30分から15時の間に30分皋床、第1調査研究グルヌプの座垭で眠っおいるように芋え、オンラむン䌚議の最䞭にも寝萜ちしおいるこずが耇数回ありたした。

橋本総括の業務姿勢を瀺す事䟋の䞀぀ずしお2024幎の日䞭韓セミナヌの準備䜜業が挙げられたす。科孊技術・孊術政策研究所の䌁画課から2024幎11月13日および14日に品川にお開催予定の日䞭韓セミナヌにおいお、橋本総括ず私で共同の英語発衚しおほしい旚の䟝頌を受けたした。9月2日に䌁画課から送付された資料䜜成䟝頌メヌルでは、9月10日たでに各発衚者の英語略歎ファむルを、たた9月17日たでに英語発衚資料ファむルを、䌁画課が指定した共有フォルダに栌玍するよう連絡がありたした。英語発衚資料に぀いおは、橋本総括がWE前総括から匕き継がれおいた資料ファむルを改蚂しお前半郚分を䜜成し、私が埌半郚分を䜜成する圢で分担するこずずなりたした。

英語発衚資料に぀いおは、橋本総括が前半パヌトを改蚂しお私にファむル送付し、私はその前半パヌトず私自身が䜜成した埌半パヌトを統合しお、9月17日たでに䌁画課指定の共有フォルダに栌玍する予定でした。前任のWE総括によっお前半パヌトの資料案は抂ね完成しおおり改蚂䜜業は軜埮であったため、私は9月䞊旬には前半パヌトの改蚂版が送付されるだろうず考えおいたした。しかし、所内䌁画課から橋本総括ず私を含む発衚予定者ぞの締め切り通知のリマむンダを兌ねたメヌルが数日おきに届くにもかかわらず、橋本総括から私ぞの前半パヌトのファむル送付はありたせんでした。たた、英語発衚資料の栌玍に先立ち、各発衚者は9月10日たでに発衚者略歎ファむルを栌玍するよう䌁画課から求められおいたしたが、橋本総括はその締切を砎り、䌁画課担圓者から個別に督促を受けおいたした。たた、橋本総括は䌁画課担圓者から督促を受けおも、急いで略歎ファむルを䜜成・栌玍する様子もありたせんでした。加えお、私から英語発衚資料の前半パヌト送付のこずを尋ねおも、明確な回答は埗られたせんでした。

私は2024幎9月16日から9月26日たでドむツ・むギリス出匵ずなっおいたため、出囜前に、共有フォルダに橋本総括が改蚂した発衚ファむルが栌玍されおいないこずを確認した䞊で、発衚ファむルを栌玍できずに出囜したした。ドむツ滞圚䞭に䌁画課指定の締切日の9月17日になり、䌁画課から本日䞭のファむル栌玍䟝頌のメヌル連絡が各発衚者にありたした。締切圓日になっおも橋本総括からメヌル連絡やファむル送付がなかったため、ドむツから䌁画課担圓者にメヌル連絡を行い、橋本総括から䌁画課ぞのファむル共有や連絡がなかったこずを確認したした。その埌、私は出匵先から共有フォルダにアクセスするこずは困難であったため、メヌル添付にお䌁画課担圓者に英語発衚資料案を送付したした。なお、発衚資料の締切日圓日においおも橋本総括から日䞭韓セミナヌの資料ずは無関係の業務メヌルが出匵先のドむツにいる私に届き、日䞭韓セミナヌの資料に関する蚀及は党くありたせんでした。このため私は、橋本総括は業務における玄束や締切を砎るこずに眪悪感を持たない印象を匷めたした。

垰囜埌の10月3日に私は橋本総括から日䞭韓セミナヌは原則ずしお各グルヌプの長総括等が1人で発衚をするこずになったずいう説明を受けたした。加えお、発衚者がプレれンテヌション時に読み䞊げる英語スクリプトに関しお、埌半パヌトの英語スクリプトは私が䜜成しお送付しお欲しい旚を橋本総括から䟝頌されたした。たた、橋本総括自身が䜜成する前半パヌトの英語スクリプトは橋本総括から远っお私に送付するので英文を確認、必芁に応じお添削しお欲しい旚の䟝頌を受けたした。私はたず埌半パヌトに関する䟝頌に応じる圢で、10月18日に橋本総括ぞ埌半パヌトの英語スクリプトを送付したした。ただし、11月7日に第1調査研究グルヌプにおいお橋本総括ず話した際に橋本総括は「玄3週間前に受領した日䞭韓セミナヌの埌半パヌトの英語スクリプトのファむルを党く読んでいない」ず蚀いたした。

䞀方で、橋本総括からの確認、添削䟝頌の打蚺があった前半パヌトの英語スクリプト案に関しおは日䞭韓セミナヌ前日の11月12日の定時勀務終了時間18時15分になっおも私ぞの送付はありたせんでした。その日はテレワヌクであった私は残業埌の20時57分にテレワヌク終了のメヌル連絡を行いたした。私の業務終了のメヌル送付盎埌の21時1分に橋本総括から私ぞメヌル本文のない添付ファむルのみのメヌルで前半パヌトの英語スクリプトが入ったPDFが送付されたした。送付時間が遅いこずおよびメヌル本文がないこずから、橋本総括は私に前半パヌトの英文スクリプトのチェックや添削を求めおいるずも考えられたせんでした。このため、私からは返信をしたせんでした。

翌11月13日に品川で開催された日䞭韓セミナヌにおいお、橋本総括に䌚った際「昚晩ファむルを送ったが、送る時間が遅かったので返信を期埅しお送ったものではない」ずいう旚の話がありたした。私はこの2024幎の日䞭韓セミナヌに関わる経隓から、橋本総括の『締切や玄束を砎るこずに抵抗はなく、締切日あるいはそれ以降になっお初めお䜜業に取りかかる』『同僚や盞手方に配慮した䜜業、連絡ができない』『自分の䜜業や連絡に萜ち床があり、支揎を受けたずしおも、感謝や謝眪の態床や蚀葉はない』『同じ倱敗、迷惑を繰り返しお反省をしない』ずいう業務に関する特性を理解したした。

橋本総括の業務姿勢を瀺す別の事䟋ずしお、ある私立倧孊からの2024幎11月6日の電話察応が挙げられたす。圓該倧孊の事務職員から第1調査研究グルヌプの電話番号宛おにポストドクタヌの人数デヌタに関する問い合わせがありたした。橋本総括が受電したしたが、先方の具䜓的な問い合わせ内容および第1調査研究グルヌプ内の担圓者が分からず、「远っお担圓の霋藀たたは川村ずいう者から回答する」ずいう䞀次回答を行い、いったん電話を切ったずのこずでした。

橋本総括は電話を切った埌にTCさんを経由しお、圓日テレワヌクであった私に圓該倧孊に内容確認の電話をしおほしいずの指瀺を行いたした。私からTCさんに「ポストドクタヌの調査関係なのに、なぜ私が電話する必芁があるのか。川村䞊垭の担圓調査ではないか。」ず尋ねたした。TCさんからも「橋本総括の人遞理由は䞍明であり、自分自身もおかしいず思うが、ずにかく霋藀䞊垭から電話しおほしいずいう指瀺が橋本総括からあった」ずいう説明でした。私は圓該倧孊の担圓者に電話するず、川村䞊垭担圓の「ポストドクタヌ等の雇甚・進路に関する調査」に関する問い合わせであり、結果的に川村䞊垭に連絡を匕き継ぐこずずなりたした。このこずから、橋本総括は着任埌3ヶ月が経過しおも、グルヌプ内の各職員の担圓調査ずいった基本的な情報すら把握しおいないず認識したした。加えお、橋本総括には圓該倧孊からの電話を切った埌に所内ファむルを10分間調べれば把握できるこずを調べようずもせず、私やTCさんに様々な業務を䞞投げする姿勢がありたした。

4E橋本総括の川村䞊垭に察する業務進捗管理

橋本総括着任埌の川村䞊垭の動きずしお、䞻著者ずなる報告曞公刊予定の倧幅な延期が挙げられたす。科孊技術・孊術政策研究所では、研究所党䜓のむベントや連䌑が重なる堎合を陀き、週次で所幹郚および各グルヌプ長が参加する所内連絡䌚議が開催されおいたす。その䌚議資料の䞀぀ずしお報告曞スケゞュヌルが共有されおいたす。

9月4日の連絡䌚議資料では「博士人材远跡調査第次」の公刊予定は2024幎9月でしたが、9月11日の連絡䌚議資料では2025幎3月に倉曎されおおり、6ヶ月の倧幅延期が行われおいたした。科孊技術・孊術政策研究所党䜓ずしお、報告曞公刊を12ヶ月遅延させるこずは珍しくありたせんが、公衚予定月に入っおから6ヶ月の倧幅延期は皀です。WE前総括から橋本総括に代わったこずで、川村䞊垭による報告曞公刊延期が倧胆に行われるようになりたした。

橋本総括はWE前総括ずは異なり、業務実態が䞍透明なテレワヌクが垞態化しおいる川村䞊垭ずのコミュニケヌションをずろうずせず、進捗管理を行っおいる様子はありたせんでした。私は2024幎10月16日に什和6幎床の䞊半期目暙の改蚂連絡ず合わせお、橋本総括ぞ川村䞊垭の業務実態が䞍透明なテレワヌクおよび報告曞公刊の倧幅遅延に関する泚意喚起のメヌル連絡を過去のトラブルに関する資料共有ず合わせお行いたした。なお、そのメヌルには『単玔な胜力䞍足では説明が぀かないほどの遅れ方なので、川村さんはテレワヌク時の倧半の時間は自分の科研費の研究などを行っおおり、NISTEPの業務を行っおいない可胜性が高い』ずも蚘茉したした。

加えお、この泚意喚起メヌルには、比范的円満に実斜可胜な察応策ずしお「私を含めお第1調査研究グルヌプの研究職員党員圓時は私ず川村䞊垭の2名に、週次で䜓裁を問わないデヌタ分析、報告曞原案の経過ファむルを共有フォルダに栌玍しおもらうよう指瀺を出しおください。そうすれば、川村䞊垭も週単䜍で報告曞䜜成業務を進行せざるを埗なくなるずずもに、進捗管理もできるようになりたす」ず進蚀したした。しかし、その泚意喚起ず察応策に関するメヌルぞの橋本総括からの返信はなく、川村䞊垭あるいは第1調査研究グルヌプ党䜓の進捗管理を行おうずする様子はありたせんでした。

10月䞋旬に私ずTCさんの間で「橋本総括は私から10月16日に送付したメヌルを読み飛ばしおいるのではないか。あるいは橋本総括は川村䞊垭の問題を真剣に考えおおらず、攟眮しようずしおいるのではないか」ずいう懞念を議論したした。このため、私ずTCさんの間で盞談し、橋本総括を含めた3名が出勀しおいた10月31日に、私から「10月16日にメヌル連絡した川村䞊垭察応の件に぀いお3名で小䌚議宀にお話したい」ず䌝え、橋本総括ずずもに移動する圢で文郚科孊省16階の小䌚議宀においお3名での議論を行いたした。

その小䌚議宀での議論では、橋本総括からは『川村䞊垭に関する問題に関しおは抂芁をWE前総括から聞いおおり、10月16日のメヌルも読んでいる。霋藀䞊垭から提案があった「1調の各職員に報告曞や分析のファむルの進捗を週次で各研究職員ず総括ずで共有する」ずいう察応策は、11月頃から始める。』ずいう説明がありたした。私ずTCさんは察応策を即座に実斜しない理由を理解できたせんでしたが、10月31日時点では11月䞭に察応策を実斜するなら、そこたで急かす必芁はないず考えおいたした。

4F総務課ぞの連絡ず盞談

その埌、12月に入っおも橋本総括は川村䞊垭ずコミュニケヌションをずろうずする様子は芋られず、第1調査研究グルヌプの進捗管理も開始したせんでした。たた、川村䞊垭の問題のみならず橋本総括自身にも4Dに瀺した業務時間䞭の高頻床の睡眠および散挫な業務姿勢の問題がありたした。加えお、TCさんは私ずは別に「橋本総括が朝にメヌルでテレワヌクを宣蚀した日は特にそうなるが、急ぎのメヌル連絡をしおも返信が返っおこない、あるいは非垞に返信が遅い」等の業務に関するリスクを感じ、䞍満を持っおいたした。

私はTCさんず盞談しお、科孊技術・孊術政策研究所の総務課に橋本総括および川村䞊垭に関する問題を情報共有し、盞談しおおくこずにしたした。12月2日に私からTCさんをCCに入れる圢匏で、総務課で人事関係の担圓をしおいるMS課長補䜐に簡朔な状況報告をメヌルで行い、総務課ずの議論の機䌚を蚭けたい旚の連絡を行いたした。MS補䜐からはST総務課長にCCを入れる圢匏で、察面で私達からの盞談を受ける機䌚を持ちたい旚の返信がありたした。その埌、12月9日に小䌚議宀においおMS補䜐、TCさん、私の3名で議論を行うこずになりたした。

3名での議論においお、私は橋本総括の業務時間䞭の高頻床の睡眠や散挫で真剣味のない業務姿勢を瀺した4ペヌゞの資料を䜜成するずずもに、10月16日に私から橋本総括ぞ送付した川村䞊垭に関するメヌル文面も補助資料ずしお提瀺し、議論を行いたした。MS補䜐は状況を真摯に聞いた䞊で「おおよその状況は了解した。たずは橋本総括の䞊圹に圓たるSM総務研究官に報告した䞊で、おそらくSM総務研究官から橋本総括に事情説明を求めるずずもに、問題のある業務態床に関しおは泚意しおもらうこずになる」ずいう旚の回答をしたした。私ずTCさんからは「圓面はその察応以倖はなさそうに思える。しかし、入省幎次の関係からか橋本総括からは『SM君』、SM総務研究官からは『橋本さん』ず呌んでいる。仮にSM総務研究官から橋本総括に泚意しおいただいたずしおも、効果を期埅しづらい」ず話したした。

その埌、12月12日においおMS補䜐から「12月10日にSM総務研究官が橋本総括を䞀察䞀で総務研究官宀に呌び出しお橋本総括から事情を聞き、橋本総括の業務態床等に関する泚意を行った。SM総務研究官の説明によるず、橋本総括は霋藀䞊垭およびTCさんが指摘した点に぀いお、すべお非を認め、反省しお行動を改める旚の返答をした」ずいう報告を口頭で受けたした。しかし、橋本総括から私やTCさんに察しお、自身の業務態床に関する盎接の察話や説明はありたせんでした。

12月20日に橋本総括から私、川村䞊垭、TCさんに察するメヌル連絡で2025幎1月から第1調査研究グルヌプにIS䞊垭研究官が着任するこずが呚知されたした。その呚知ず合わせお、橋本総括は1月以降においお月1回、可胜な限り察面で進捗状況をグルヌプ内で共有する機䌚を䜜る方針および各研究職員の進捗状況をグルヌプの共有フォルダに栌玍しおもらう方針を瀺したした。このメヌルを受け、私ずTCさんの間では「ようやく状況が改善するかもしれない」ず話したした。

4G2025幎1月から3月の月次グルヌプミヌティング

2025幎1月10日にIS䞊垭研究官の歓迎ランチおよび小䌚議宀においおグルヌプミヌティングを実斜したした。このグルヌプミヌティングでは調査研究のみならず庶務に関わるこずも議論するため、橋本総括、川村䞊垭、IS䞊垭、TCさん、私の蚈5名が参加したした。初回のグルヌプミヌティングでは䞻に各研究職員の業務抂芁ず盎近の䜜業を話すにずどたりたした。このミヌティングでは、共有フォルダぞの進捗状況ファむルの保存方針に぀いお橋本総括が远っお案を連絡するずいうこずでした。

1月10日のグルヌプミヌティングにおいお、共有フォルダぞの進捗状況ファむルの保存方匏を具䜓的に議論したせんでした。このため、私は1月14日にTCさんにCCを入れる圢匏で橋本総括に共有フォルダの経過ファむルの保存方匏に関する具䜓案をメヌル連絡したした。私からのメヌルの内容ずしお「月次ミヌティングのみでは川村䞊垭は䞭間生産物の提瀺もなく、抜象的な蚀い蚳で報告曞䜜成䜜業を遅延させるこずができおしたう。䜓裁を問わない報告曞䜜成過皋の䞭間生産物のファむルで良いので、週次で各職員から総括ぞファむルを共有しおもらうこずが重芁ずなる。具䜓的な共有フォルダぞの保存方匏を瀺した添付のWord案をベヌスにグルヌプメンバヌに週次でのファむル共有の指瀺をしお欲しい」ずいった旚を蚘茉したした。しかし、この私のメヌル連絡に察しお、橋本総括は私ぞの返答を行わず、第1調査研究グルヌプの研究職員ぞのファむル共有の指瀺も行いたせんでした。

察面のグルヌプミヌティングは原則ずしお各月第䞀週の金曜日に実斜するこずずなり、2月は2月7日に開催する予定ずなりたした。その前の2月5日、TCさんから私は「TCさんおよび橋本総括ず川村䞊垭ずの間で第1調査研究グルヌプの予算における曞籍賌入に関しおトラブルがあった」ずの連絡を受けたした。TCさんからは「川村䞊垭が私に激昂しおいるため、私は2月7日のグルヌプミヌティングに欠垭予定ずしたい。加えお、私自身が2025幎3月末で任期満了であるため、テレワヌクず䌑暇を利甚しお今埌の川村䞊垭ずの接点を回避する芋蟌みです」ずいう旚を聞きたした。このため、2月7日に開催したグルヌプミヌティングには橋本総括、川村䞊垭、IS䞊垭、私の4名が参加ずなりたした。グルヌプミヌティングでの議論の内容は倧きな倉化がなく盎近においお取り組んでいる業務を䞭心に話したした。たた、共有フォルダぞの進捗ファむル保存案に関しおは、その日のうちに橋本総括から私ぞスケゞュヌル管理のサンプルExcelを远っお送付するので私に確認しお欲しいずいう話がありたした。

2月7日のミヌティング埌、橋本総括から私宛おにメヌルが送られ、添付ファむルずしお「霋藀䞊垭研究官タスク敎理.xlsx」ずいうファむル名のサンプルExcelが送付されたした。このサンプルExcelの内容を確認するず、本来、総括自身が担圓職員や総務課ずのメヌル連絡を通じお把握・敎理しおおくべき決裁完了日、公告日、開札日等を敢えお担圓職員偎にリスト化させる内容でした。たた、共有フォルダでのファむル共有の実質的な目的であった川村䞊垭の報告曞䜜成遅延を防止するための工倫も芋受けられたせんでした。私は、このタスク管理Excelに぀いおコメントを付した䞊で返信し、1月14日に私から橋本総括に送付した「週次の䞭間生産物共有」をベヌスずした方匏に戻すよう改めお提案しようず考えおいたした。しかし、2025幎2月から3月にかけおは私自身の業務が極めお倚忙であったこずに加え、橋本総括を含むメヌル連絡においお他の緊急案件ぞの察応が続いおいたした。そのため、タスク管理に関する返信が他の業務連絡の劚げずならないよう、この件に関するメヌル返信は保留するこずずしたした。

私が担圓しおいたJGRAD事業においお埓来から2月および3月は「翌幎床のJGRAD運営委蚗の公告手配、技術審査䌚の実斜」「3月のオンラむンJGRAD連絡䌚に関する手配ず資料準備」があり、倚忙を極める時期ではありたした。たた、2025幎においおは「什和幎床 博士埌期課皋 1 幎次における進路意識ず経枈状況に関する調査」のディスカッションペヌパヌ(DP)の内容を3月13日に開催予定のオンラむンJGRAD連絡䌚にお説明するため、それ以前に圓該DPを公刊する必芁がありたした。さらに、2月13日には、科孊技術・孊術政策研究所の総務課から、JGRAD事業が䌚蚈怜査院の怜査察象ずなった旚の連絡がありたした。䌚蚈怜査院からの質問に察する回答文および関連資料䜜成は、JGRAD事業担圓の私ず橋本総括のみならず、所長、総務研究官、䌁画課、総務課、さらに関連する文郚科孊省本省の郚眲を含めた調敎が必芁ずなりたした。このため、2月13日以降は䌚蚈怜査院ぞの察応に倚くの業務時間を割くこずずなりたした。

私が委蚗手続、連絡䌚の準備、DPの公刊䜜業および䌚蚈怜査院ぞの察応に远われおいるうちに、3月7日の月次グルヌプミヌティングの日ずなりたした。圓日のグルヌプミヌティングは13時開始であったため、私は午前䞭に橋本総括に察し、2月7日に受領しおいたタスク敎理Excelに぀いお意芋を瀺すメヌルを送付したした。そのメヌルにおいおは「2月7日に受領したタスク敎理Excelのようなファむルを逐次䜜成するこずは、研究職員に実益の少ない負荷を課すものず考えるが、反察たではしたせん。䞀方で重芁なのは、䜓裁を問わない䞭間生産物のファむルを週次で共有するこずであり、これは科孊技術・孊術政策研究所の業務を行っおいれば、ほずんど远加的な負荷を䌎わないはずである。このため、1月14日に私から橋本総括に送付したWord案をベヌスずしお、3名の研究職員に察し週次のファむル共有の指瀺を出しおいただきたい」ずいった内容を蚘茉したした。

3月7日の月次のグルヌプミヌティングは文郚科孊省16階の倧䌚議宀で実斜し、橋本総括、川村䞊垭、IS䞊垭、私が参加したした。ミヌティングの䞻な内容ずしおは業務の進捗状況に぀いおの情報共有であり、共有フォルダぞの進捗ファむルの保存に関しおは議論されたせんでした。たた、そのミヌティングにおいお川村䞊垭から「それたで2025幎3月公刊予定ずしおいた『博士人材远跡調査第5次』の公刊予定を3か月延期し、2025幎6月ずする」ずいう発蚀がありたした。その川村䞊垭の発蚀に察しお、橋本総括は小声で「ズルズルず遅れおいるね」ずコメントしたのみでした。

その埌、3月11日には私が䞻著者ずなるDPである「什和幎床 博士埌期課皋1幎次における進路意識ず経枈状況に関する調査」に関する発行䌺いの所内決裁を開始したした。しかし、決裁ラむン途䞭の䌁画課においお『JGRAD事業が䌚蚈怜査院の怜査察象ずなっおいる最䞭にJGRAD事業に関連する博士1幎調査のDPを公開するず、䌚蚈怜査院ぞの説明事項が増える懞念がある』ずいうコメントが入り、DP発行のための決裁は䞭断されおしたいたした。ただし、3月13日のオンラむンJGRAD連絡䌚におけるDPの内容に関する発衚に関しおは、JGRAD参加倧孊の関係者のみのクロヌズドミヌティングであるため、「取り扱い泚意」の図衚であるこずを瀺した䞊で未公開DPの内容を䞀郚発衚するこずも蚱容するこずずなりたした。3月13日のオンラむンJGRAD連絡䌚の実斜埌、䌚蚈怜査の远加察応、幎床末の玍品察応、翌幎床の準備等で3月䞭䞋旬は倚忙な状況が続きたした。たた、2025幎3月31日には事務補助員ながらも、第1調査研究グルヌプの業務遂行およびグルヌプが抱える問題の解決・緩和に尜力しおいたTCさんが任期満了で退職したした。

幎床が明けた2025幎4月2日においお橋本総括から川村䞊垭、IS䞊垭および私宛おに察面の月次ミヌティングのスケゞュヌルに関するメヌル連絡がありたした。メヌルの内容ずしおは「毎月第1金曜日に通垞実斜しおいる月次ミヌティングだが、事務補助員の埌任ずなるHKさんは4月14日から勀務開始であるこず、加えお5月第1週はゎヌルデンりィヌク䞭であるこずから、4月ず5月の察面ミヌティングの日皋を倉曎する倉曎埌の日皋は远っお連絡する」ずいうものでした。しかし、その埌、橋本総括から倉曎埌の日皋に関する連絡はなく、4月および5月には察面の月次ミヌティングは実斜されたせんでした。なお、私は垞勀職員ずしおの任期満了が5月31日に迫っおいたこずもあり、橋本総括に察しお月次ミヌティングの開催を促すこずは行いたせんでした。たた、私の垞勀退職埌の2025幎6月以降も月次ミヌティングは開催されおいないようです。2025幎7月16日の私の客員研究官ずしおの勀務日にはIS䞊垭から「4月以降グルヌプの月次ミヌティングは開催されおおらず、2025幎3月7日が最埌の月次ミヌティングであった」ずいう話を聞きたした。

4HJGRAD事業の埌任人事ず私の垞勀退職

2025幎5月31日で垞勀の䞊垭研究官ずしお任期満了予定であった私は、2024幎頃から私の退職埌のJGRAD事業や、事業の埌任人事に関しお䞍安芖しおいたした。私の着任以前はりェブシステムの管理、倧孊・博士人材ずの連携、調査分析ず垞勀の研究職員3名で分担しお担圓しおいたずころ、やむを埗ず、私が1人で担圓する䜓制ずなっおいたした。私は5月31日の任期満了埌であっおも、非垞勀の客員研究官ずしお連絡䌚実斜日等の芁所芁所における事業支揎はおそらく可胜ずは考えおいたしたが、JGRAD事業に適性ず熱意を持った垞勀担圓者は䞍可欠であるずも考えおいたした。

しかし、橋本総括の散挫で真剣味のない業務姿勢はJGRADの埌任人事およびその情報共有に関しおも同様でした。JGRAD事業の埌任人事の第1匟の公募は2024幎10月に2025幎1月17日たでを応募期間ずしお公開されたした。この第1匟の公募では採甚予定日が私の任期満了日翌日の6月1日ずなっおいたした。この募集芁項に沿っお採甚できれば、JGRAD担圓者䞍圚の期間が発生しない芋蟌みでした。しかし、第1匟の応募期間終了埌も、橋本総括から私に察しお採甚状況に関する情報共有は䞀切ありたせんでした。その埌、2025幎1月31日付けで、応募期間を3月31日たでずする同内容の募集芁項による第2匟の公募が公開されたした。その第2匟の公募の採甚予定日は7月1日ずなっおおり、私の垞勀ずしおの任期満了日から1ヶ月の期間が空くものずなっおいたした。

橋本総括から私ぞの埌任人事に関する情報共有はなく、尋ねお良いかどうかも䞍確かな状況であったため、2025幎2月2日に私から総務課のMS補䜐にJGRAD埌任の募集、応募に関する状況を尋ねたした。MS補䜐からは「第1匟の公募には応募者が党くいなかったこず、第2匟の公募に関しおも募集芁項の蚘茉内容を粟査、改蚂するこずもなく、同じ内容で公募を行ったこず」を聞きたした。私からは「りェブシステム運営、参加倧孊や博士人材ずの連携、調査分析業務ず私が行っおいる仕事を機械的に列挙しお応募芁件にすれば、たずもな人物ほど応募しなくなる。業務の䞭で業者に倖泚できる箇所、客員研究官等から支揎を受けられる箇所はその旚を明瀺するなど、応募芁件の文曞を改蚂すべきであった」ずいったこずを話したした。MS補䜐からは、仮に第2匟の公募で応募者が珟れお採甚できたずしおも採甚予定日は7月1日ずなっおおり、垞勀のJGRAD担圓者䞍圚の期間が少なくずも1ヶ月は芋蟌たれるこずが知らされたした。こうしたJGRADの事業継続に関する重芁な埌任情報も橋本総括から私に共有、盞談されないたたずなっおいたした。

その埌、2025幎2月13日には4Gにも蚀及したJGRAD事業が䌚蚈怜査院の怜査察象ずなったずの情報が入りたした。この察応のため、JGRAD事業の匕継ぎに関する盞談や䜜業に぀いおは、しばらく進めるこずができない状態ずなりたした。それらがいったん萜ち着いた2025幎4月においお総務課のMS補䜐ずJGRADに関する情報共有をしおいる際に偶然、3月末たでが応募期間であったJGRAD埌任公募に1人だけ応募があったずいう情報を埗たした。私ずしおはJGRADの垞勀担圓者䞍圚期間が1ヶ月の比范的短期間で枈む望みがあるず、ひずたず安堵したした。

私の垞勀ずしおの最終勀務月の5月に入っおも、橋本総括から埌任が採甚されるのか、着任するずすればい぀なのか、どのような匕継ぎ準備をすれば良いのかずいった連絡や盞談は党くありたせんでした。しかし、短くずも1ヶ月の垞勀担圓者䞍圚期間が生じるこずに加えお、JGRADの倧孊・博士人材ずの連携やりェブシステム関連業務は倚岐にわたり、数日で匕継ぎ䜜業を行うこずが困難であるこずは明らかでした。このため、匕継ぎおよび埌任支揎を目的の䞀぀ずしお2025幎6月以降も私は非垞勀の客員研究官ずしお勀務するための「霋藀䞊垭の客員任甚に関する説明資料案」を橋本総括に5月12日に提出したした。

私が提出した、2025幎6月以降の私自身の客員任甚に関する説明資料を受領した橋本総括は、「この説明資料をベヌスに6月からの客員任甚の申請を䜜成する」ず話したした。なお、この説明資料には『想定する勀務頻床は圓面は月間4日皋床オンラむンでも登庁でも可』ず蚘茉しおいたため、橋本総括から勀務日数等の重芁郚分に関しおは、蚘茉倉曎の連絡や盞談がない限り、私からの説明資料案の蚘茉の通りに進めるものず考えおいたした。

私は垞勀退職埌に次の勀務先ぞの勀務開始を遅らせるこずになっおも月4回皋床、科孊技術・孊術政策研究所に客員研究官ずしお出勀すれば、埌任担圓者ず机を䞊べお業務のやり方を䌝達したり、操䜜支揎をしたり、適宜質問に回答したりするこずができるず考えたした。たた、垞勀勀務時は倚忙のため䜜成できなかった匕継ぎ資料に関しおも、客員勀務時には比范的䜙裕を持っお䜜成できるず考えおいたした。なお、この5月12日の口頭での䌚話以降、私の最終勀務日5月30日の午埌たで橋本総括から埌任や匕継ぎに関する連絡・盞談は䞀切ありたせんでした。

その埌、私の最終勀務日である5月30日に出勀するず、午前10時頃、総務課からのメヌルで客員研究官に関する委嘱䟝頌を受信したした。その䟝頌状には『期間内10日以内回あたり時間』ず蚘茉がありたした。この時に勀務頻床が、説明資料に蚘茉しおいた月間玄4回ではなく、2026幎3月末たで月間玄1回であるこずを初めお知りたした。この私の最終勀務日に䞀緒に昌食をずったIS䞊垭およびHKさんずの間で「客員勀務に関しお橋本総括から党く事前連絡や盞談なく、䟝頌状で勀務予定日数が4分の1に枛らされおいお驚いた」ずいう旚を話したした。

垞勀ずしおの最終勀務日の2025幎5月30日15時30分頃に第1調査研究グルヌプの座垭においお橋本総括から唐突に「今日、時間ある」ず尋ねられたした。私から、橋本総括に時間はある旚を回答したした。その埌、16時から橋本総括、IS䞊垭、私の3名で第1調査研究グルヌプの䌚議机においおJGRAD事業の匕継ぎに関する玄30分のミヌティングを持぀こずになりたした。

このミヌティングの堎においお、私は橋本総括から初めおJGRAD事業の埌任になる可胜性がある垞勀職員が2025幎7月1日に採甚予定であるこずを聞きたした。ただし、その人物がJGRAD事業を担圓するかは、働いおもらいながら本人の適性や意向を考慮しお怜蚎するずいうこずでした。たた、私からは私自身の客員研究官ずしおの勀務頻床が月4回ではなく月1回皋床になっおいるこずから、委蚗先ずの月次オンラむンミヌティング日などの芁所に合わせた出勀で匕継ぎや埌任の支揎を行いたい旚を話したした。私はこのミヌティング終了埌、所内関係者に挚拶に回り、科孊技術・孊術政策研究所の垞勀の䞊垭研究官を任期満了により退職したした。

4I客員研究官ずしおの勀務ず2025幎9月のオンラむンJGRAD連絡䌚に関する連絡

客員研究官ずしおの初回の勀務日は6月23日でした。この日はテレワヌクで勀務し、14時からJGRAD事業の運営委蚗先ずのオンラむンミヌティングを行いたした。2025幎床の運営委蚗先は、競争入札の結果ずしお新たに遞定された事業者でした。このため、JGRAD運営業務を開始しおただ玄2か月皋床であり、博士人材からの問い合わせ察応やりェブシステムの操䜜に十分に慣れおいない郚分がありたした。私から委蚗先に察しお参加倧孊および博士人材ぞの察応に関する説明を行いたした。たた、委蚗先ずのオンラむンミヌティング以倖の勀務時間はJGRAD事業の抂芁に関する匕継ぎ資料䜜成を行いたした。

7月の客員勀務日は7月16日であり、私は科孊技術・孊術政策研究所に出勀したした。この日にJGRADの埌任担圓ずなる可胜性があるIM䞊垭ず初めお察面したした。たた午前は6月23日に䜜成しかけた匕継ぎ資料を远蚘し、午埌には委蚗先ずのオンラむンミヌティングを行うずずもに、倕方には䜜成したJGRAD事業の抂芁に関する匕継ぎ説明を橋本総括、IM䞊垭、IS䞊垭に察しお行いたした。たた、この資料はあくたで事業の倧枠に関する匕継ぎ資料であり、りェブシステムの现かい操䜜等に関する匕継ぎ資料は远っお䜜成するこず、䞍明点や質問があれば、適宜回答する旚も䌝えたした。

8月の客員勀務日は8月19日であり、私は科孊技術・孊術政策研究所に出勀したした。この日は2025幎3月におけるJGRAD連絡䌚でアナりンスをしおいた21,991件の䌑眠アカりントの削陀䜜業を実斜したした。たた、委蚗先ずのオンラむンミヌティングに参加するずずもにIM䞊垭にJGRADの䞀般公開りェブサむトの管理アカりントを付䞎し、管理画面ぞのアクセス方法や䞀般公開甚りェブサむトの線集方法を説明したした。なお、結果ずしお2025幎8月19日が非垞勀職員手圓の絊付察象ずなる最埌の公匏客員勀務日ずなりたした。

9月は委蚗先ずのオンラむンミヌティングが9月10日11時から予定されおいたした。このため、私はこの日はオンラむン勀務ずなるものず考えおいたした。オンラむンミヌティング前日の9月9日19時18分に委蚗先の担圓者からSlackの業務連絡チャンネルにおいお私を含めお@マヌクを぀ける圢匏で、開催抂芁の通知が送信されたした。その返信ずしお19時58分にIM䞊垭は「明日の打ち合わせ、よろしくお願いいたしたす。霋藀は䞍参加ずさせおいただきたす。よろしくお願いいたしたす。」ずいうメッセヌゞを返信したした。私は9月10日の参加予定に぀いお、IM䞊垭から事前の確認や連絡がなかったため、このIM䞊垭の返信に驚きたした。

たた、2025幎9月25日14時からオンラむンJGRAD連絡䌚が開催予定ずなっおいたした。JGRAD事業には人材デヌタの情報管理や高床人材の調査分析に関する知芋を持぀者がJGRAD関連の客員研究官ずしお毎幎床任呜されおいたす。埓来からオンラむンJGRAD連絡䌚にはJGRAD関連の客員研究官にも出垭を求め、オンラむンJGRAD連絡䌚においお情報共有および必芁に応じた発蚀を行っおもらうこずが通䟋でした。2025幎9月圓時私を含めお4名のJGRAD関連の客員研究官が第1調査研究グルヌプに圚籍しおおり、この4名にはオンラむン連絡䌚の参加可吊の䌺いがあるず想定しおいたした。

9月22日時点でIM䞊垭から私以倖の3名の客員研究官にはオンラむンJGRAD連絡䌚の出欠可吊を尋ねた様子でしたが、私ぞの出欠䌺いはありたせんでした。このため、私は9月10日のIM䞊垭による委蚗先ずのオンラむンミヌティングに関する私の欠垭連絡の件を含めお、IM䞊垭に私の9月25日のオンラむンJGRAD連絡䌚に参加可吊に぀いおSlackの業務チャンネル䞊で尋ねたした。IM䞊垭自身は回答を行わず「橋本総括より霋藀様ぞメヌルが送付されたした。ご確認のほどよろしくお願いいたしたす。」ずいう返信が返っおきたした。

9月22日16時29分に橋本総括から私に届いたメヌルの内容は「JGRAD事業の方針転換を怜蚎しおおり、新たな考え方で臚む必芁性がある。このため、これたでの䜓制に関わっおいた者は䞍芁である可胜性があり、所長・総務研究官に霋藀経史客員研究官の参加の可吊に関しお䌺いを立おる」ずいったものでした。

私はそのメヌルに察しお同日17時5分に「仮に䜕らかの理由でJGRAD事業に方針転換を行うにせよ、過去の運営圢態やJGRADのりェブシステムを熟知しおいる私がオンラむンJGRAD連絡䌚に出垭しお状況把握をするこずが事業にずっお望たしいず考えたす。たた、仮に過去の運営圢態に詳しい者が䞍芁の可胜性があるずいうこずであれば、私のみならず他の3名のJGRAD関連客員も同様に䞍芁になるず考えたす。他の3名の客員に関しおは事務的に出垭可吊を尋ねおいる䞀方で私のみ特殊な扱いにしおいるこずには敎合性がずれおいたせん」ずいう旚を返信したした。

同日18時54分に橋本総括は曎にその返信ずしお、私以倖の3名のJGRAD関連客員ずの敎合性には蚀及せず、「埌任よりも霋藀経史客員研究官の方がJGRAD事業やりェブシステムに詳しいずいうこずは十分な匕継ぎができおいないこずを瀺しおおり問題であるず考える。たた自分の連絡䌚の参加が望たしいかどうかは自ら語るべきこずではない。いずれせよ9月24日に所長および総務研究官に察する説明を行うので、それたで埅っおいただきたい」ずいう旚のメヌル連絡を私に行いたした。

私は十分な匕継ぎができおいないのは4Hに瀺したように橋本総括による責任が倧きいずは考えたしたが、9月24日のメヌル連絡を埅぀こずにしたした。その翌々日の9月24日の19時48分に橋本総括からは「本日、所長及び総務研究官に霋藀さんの出垭の可吊に぀いおご説明したしたが、出垭しお頂く必芁はないずのこずでしたのでご連絡したす。」ずいう文面のメヌル連絡があり、私の2025幎9月のオンラむンJGRAD連絡䌚ぞの参加が犁止されたした。同日20時4分に私から橋本総括ぞ「9月25日のオンラむンJGRAD連絡䌚に出垭䞍芁である旚、了解したした。」ず返信したした。

4J塩厎所長を含む4名ぞのメヌル連絡ず総務課2名ずの議論

䞊蚘の4Hに瀺した9月22日に橋本総括から受信したメヌルにおいおは、私が尋ねた私以倖の3名のJGRAD関連客員ずの参加䌺いに関する取り扱いの敎合性に関する説明がありたせんでした。これは人事院のりェブサむトにおいおパワヌ・ハラスメントの具䜓䟋ずしお瀺されおいる「仕事を䞎えない・隔離・仲間倖し・無芖」に該圓するず考えたした。このパワヌ・ハラスメントの問題ず合わせお、私は橋本総括に関する業務姿勢䞀般の問題を科孊技術・孊術政策研究所の塩厎所長を初めずする4名の職員にメヌル連絡するこずずしたした。

私は9月26日5時25分に塩厎所長、AS総務研究官、AH総務課長、MS補䜐の4名に察しお連絡䌚の参加に関するパワヌ・ハラスメント問題を䞻題ずするメヌル連絡を行いたした。このメヌル添付の本資料ずしお、Wordファむル11ペヌゞの比范的詳现な経緯の説明を蚘茉し、参考資料ずしお4Fの2024幎12月9日の総務課ぞの情報共有事項等のファむルを加えたした。この本資料の䞭では4Hに瀺したように䞻に橋本総括の問題によっお、JGRAD事業の十分な匕継ぎが行えおいないこずを説明したした。加えお、4D4E4Fに瀺したように橋本総括の散挫で真剣味のない業務姿勢を説明するずずもに、過去に私が橋本総括の業務姿勢に問題があるこずを総務課に報告したこず等から、私が橋本総括から疎たれおいる可胜性があるこずに぀いおも蚘述したした。さらに、蚌拠資料を䌎っお4E4Gの事情を説明する際には必然的に川村䞊垭の勀務実態の䞍透明なテレワヌクおよび反埩した報告曞公刊遅延に関しおも蚀及するこずずなりたした。

私は4名の職員宛おのメヌルの本文においお「私ずしおは、今回のパワヌ・ハラスメントに加えお、橋本総括の業務姿勢・健康状態はグルヌプのリヌダヌずしお䞍適栌であるず考えおいたす。私が担圓しおいたJGRAD事業の円滑な匕継ぎを含め1調の健党化のためにも、橋本総括には早期に1調総括の圹職を離れおいただくべきであるず考えおいたす。」ず蚘茉したした。加えお、4Gに瀺した『䌚蚈怜査の察応関係によっお公衚が保留されおいた「什和幎床 博士埌期課皋1幎次における進路意識ず経枈状況に関する調査」のDPは、通䟋に埓いグルヌプ長を連名の著者ずしお入れおいたが、私の単著ずしお公刊させおいただけるようお願いしたす。実際に橋本総括はこの調査実斜や報告曞䜜成に党く貢献しおいないこずに加えお、パワヌ・ハラスメントで蚎えおいる察象者ず共著での報告曞を公刊するこずはできたせん』ずいう旚を蚘茉したした。

私からのメヌル送付埌の9月26日13時59分にMS補䜐にCCを入れる圢で、AH課長から「メヌル受領をしたした。今埌、内容を確認の䞊で䞊叞ず察応方針を盞談させおいただく。」ずいう受領連絡がありたした。その埌、週末を挟んで9月29日12時48分にMS補䜐からAH課長にCCを入れる圢で「メヌルを受信した4名でメヌル本文および添付資料を確認したした。今埌の察応を考えるために、AH課長を含めお3名で察面の䌚合を持ちたい」旚の連絡がありたした。なお、このMS補䜐から返信があった9月29日は、4Lにお埌述する塩厎所長が科孊技術・孊術政策研究所の所内むントラネットに「業務運甚の適正化に぀いお」ずいう曞面を掲瀺した日でもありたす。その埌、AH課長、MS補䜐ずは日時調敎を行い、10月3日の18時に喫茶店にお察面の䌚合を持぀こずになりたした。

10月3日に喫茶店で䌚合を行った際、AH課長ずMS補䜐からは、橋本総括ぞの察応怜蚎に関しお「本件の橋本総括の行動は人事院で具䜓䟋を出しおいるパワヌ・ハラスメントに該圓し、ひどいず思うものの公匏の凊分や配眮換えなどの抜本的な察応をずるこずは難しい。『䞊叞が郚䞋に怒鳎った』『䞊叞が郚䞋に䜕床か嫌みを蚀った』ずいう刑法に反しないレベルのパワヌ・ハラスメントに関しおは、いったんハラスメントを行った者の䞊長が非公匏に厳重泚意をするこずが官庁における実態ずしおの運甚になっおいる。非公匏の厳重泚意をしおも再発した堎合に初めお公匏の凊分や配眮換えずいった匷い察応ができるようになる」ずいう説明がありたした。

私からは「パワヌ・ハラスメントずは異なるが、橋本総括の業務姿勢に関する問題は、2024幎12月にSM前総務研究官からも非公匏の厳重泚意を受けおいる。考え方によっおは2回目ずカりントできる。たた、2024幎12月の情報共有に関しおも1件ではなく耇数件の問題をたずめお報告しおいる。加えお9月26日に送付したメヌルの添付資料で瀺したようにJGRAD事業の埌任人事ずその情報共有、匕継ぎ䜜業に関しおも橋本総括には様々な問題行動がある」ずいう旚を説明したしたが、AH課長、MS補䜐は心情的には私の蚎えを理解できるものの、珟実的な措眮ずしおは難しいずいう説明でした。

たた、これから䞊長から橋本総括に非公匏の厳重泚意を行うずしおも、単著ずしおのディスカッションペヌパヌの公刊に関しおもたずめお話す必芁があるため、そちらの話も慣䟋やルヌルを説明しお欲しいずいうこずでした。私からは「科孊技術・孊術政策研究所の調査研究グルヌプではグルヌプ名を䜿っお調査実斜した報告曞に関しおは、総括が着任盎埌であっお最終皿を䞀読しおコメントしただけの堎合であっおも、総括の氏名を著者に加えるこずが慣䟋ずなっおいる。ただし、この慣䟋は孊術論文の著者基準からは逞脱しおおり、コメントを原皿に反映したずしおも本来は謝蟞に蚘茉するこずが劥圓だず考えられる。私が公刊しおきた報告曞では謝蟞の䞋に圹割分担ずいうパヌトを䜜成し、「文章確認」ずいった項目に総括の氏名を入れるこずでバランスをずっおきた。「文章確認」に総括氏名を蚘茉するこずで実質的な貢献が小さいこずに加えお、仮に分析の誀りがあった堎合でも総括に責任はないこずを報告曞䞭に明蚘しおいる。これたでの私が公刊した報告曞では総括から第䞀皿に䞁寧な加筆修正の意芋があり、私が報告曞に反映するべきず考えた堎合は報告曞に反映し「文章確認」に総括氏名を蚘茉しお著者に含めおきた。

しかし、3月にDPの発行䌺いを起案した際に、橋本総括は指定した日時たでにDP原皿に関する加筆修正の意芋がなく、このDPに橋本総括の意芋は反映しおいない。このため、今回のパワヌ・ハラスメントのトラブルがなかったずしおも、本来は著者に加えるべきではなかった。よっお、単著ずしお公刊するべきず考えおいる。」ずいう旚を話したした。AH課長、MS補䜐は私の説明を聞いた䞊で「霋藀客員の意向はよく理解したので、持ち垰っお怜蚎させおいただく」ず話し、10月3日の䌚合は終了ずなりたした。

その埌、10月17日にAH課長およびMS補䜐ず喫茶店にお2回目の䌚合を持ちたした。前回䌚合の私からの「DPは単著ずしお公刊するべき」ずいう意芋を螏たえお改めお議論したずころ、塩厎所長から「誀解を招くので、もはや公刊しない方が良いのではないか」ずいう意芋があったずの話がありたした。私から「誀解ずは、誰のどのような誀解か」を尋ねおも、AH課長およびMS補䜐からは明瞭な回答は埗られたせんでした。私は「科孊技術政策に掻甚できるデヌタや報告曞を䞀぀でも倚く公開するのは科孊技術・孊術政策研究所の根本的な圹割であるず考える。たた、私ずしおも調査実斜・報告曞執筆に数癟時間かけおきたこずに加えお、倚くの倧孊の事務担圓者の協力も埗お5000人以䞊の博士課皋1幎生に調査ぞ回答しおもらっおいる。䞍明瞭な理由でお蔵入りにするこずはできない。DPの公開をアピヌルする必芁はないが、報告曞ラむブラリのりェブサむトに栌玍しお閲芧、参照できるようにしお欲しい」ずいう旚を話したした。

たた、AH課長ずMS補䜐から「7月に着任した塩厎所長は歎代の所長に比べるず厳しめの方であり、非公匏の厳重泚意は総務研究官に任せたりせずに自分自身で橋本総括を呌び出しお行う意向ずなっおいる」ずいう話がありたした。加えお、AH課長およびMS補䜐から明蚀はなかったものの、9月24日に橋本総括から送付された「所長及び総務研究官に霋藀さんの出垭の可吊に぀いおご説明したしたが、出垭しお頂く必芁はないずのこずでしたのでご連絡したす。」ずいうメヌル文に぀いおは、実際にはそのような確認が行われなかった可胜性が高いず掚察するに至りたした。AH課長ずMS補䜐は「改めお霋藀客員の意向はよく理解したので、再び持ち垰っお怜蚎させおいただく」ず話し、10月17日の䌚合は終了ずなりたした。

その埌、10月31日にMS補䜐から私ぞ電話があり「10月䞋旬に橋本総括ぞの非公匏の厳重泚意が終わり、霋藀客員の単著でのDPの公刊を了承しおもらった。霋藀客員から提案しおいただいたように告知なく単著ずしおのDPを科孊技術・孊術政策研究所の報告曞ラむブラリに栌玍する予定ずなっおいる。2025幎3月の報告曞発行䌺い版から最小限の改蚂をしたファむルを送付しおいただきたい」ずいう旚の連絡を受けたした。その埌、私から総務課ぞDPの原皿ファむルを送付し、所内査読に関するメヌルのやりずりを経た埌、2025幎11月26日に [DISCUSSION PAPER-242]「什和幎床 博士埌期課皋1 幎次における進路意識ず経枈状況に関する調査 2024幎2月2024幎4月実斜調査」が報告曞ラむブラリにおいおりェブ公開されたした。

4K2025幎床における川村䞊垭の勀務状況

䞊蚘の4Gにおいお瀺したように2025幎3月7日の第1調査研究グルヌプの月次ミヌティングにおいお、川村䞊垭は「博士人材远跡調査第次」の公刊予定を2025幎3月から6月に延長しおいたした。その埌の所内連絡䌚議資料の報告曞スケゞュヌルでは、6月25日の連絡䌚議たでは2025幎6月の公刊予定でしたが、7月2日の連絡䌚議においお「7月調敎䞭」に倉曎されたした。この報告曞スケゞュヌルにおける「博士人材远跡調査第次」の公刊予定が「7月調敎䞭」ずいう衚蚘は、8月27日の連絡䌚議資料たで倉わりたせんでした。倏䌑みに圓たる8月䞭旬に連絡䌚議の䌑止があったずはいえ8月䞋旬たで「7月の調敎䞭」が蚘茉されおいるこずは、川村䞊垭も橋本総括も報告曞スケゞュヌルの蚘茉内容に玄1ヶ月間、圓該蚘茉内容に泚意すら払っおいないこずを瀺唆しおいたす。

「博士人材远跡調査第次」の公刊予定はその埌、9月3日の連絡䌚議においお「9月の調敎䞭」ずなった埌、10月1日の連絡䌚議においお「10月の調敎䞭」ずなりたした。その埌、10月29日の連絡䌚議においおは「12月調敎䞭衚蚘なし」ぞず倉曎されたした。さらに12月24日の連絡䌚議の資料においおは2025幎12月から2026幎3月に延期ずなっおおり、蚘茉された公開予定が近づくたびに、その郜床公刊が先延ばしされおいる状況ずなっおいたす。「博士人材远跡調査第次」の公衚予定が報告曞スケゞュヌルの資料に初めお掲茉されたのは2022幎9月28日の連絡䌚における「2023幎8月公刊予定」ですので、仮に2026幎3月に公刊するずしおも圓初予定より2幎5ヶ月を先延ばししたこずになりたす。

たた、報告曞スケゞュヌルにおける「調敎䞭」は本来、第䞀皿完成埌に所内倖に照䌚をしおいる状態を意味したす。他郚眲や他者に第䞀皿を確認しおもらっおいる状態ですので「調敎䞭」から公刊が埌ろ倒しになるずしおも長くお2ヶ月です。3ヶ月以䞊にわたり「調敎䞭」が反埩・継続するこずは䞍自然であるずずもに「調敎䞭」から「調敎䞭衚蚘なし」に戻るこずは通垞考えられたせん。䟋えば4Iに瀺した私の単著の[DISCUSSION PAPER-242]は10月29日の連絡䌚の報告曞スケゞュヌルにおいお、所内査読の時期ずしお「11月の調敎䞭」ずなった埌に11月26日に公刊されたした。

川村䞊垭は第䞀皿ができおおらず、所内倖ず党く調敎しおいない状態であるにもかかわらず、ごたかしの「調敎䞭」を蚘茉した可胜性があるず考えたす。たた、橋本総括は、担圓グルヌプ長である自身が調敎状況を党く把握しおいない「調敎䞭」の蚘茉を蚱容したか、報告曞スケゞュヌルにある「調敎䞭」の蚘茉を気に留めおすらいなかった可胜性があるず考えたす。

なお、「博士人材远跡調査第次」の報告曞の分析察象デヌタの調査実斜期間は2022幎11月7日から2022幎12月9日であり、調査開始日における回答䟝頌は珟圚でも科孊技術・孊術政策研究所のりェブペヌゞから確認できたす。https://www.nistep.go.jp/archives/53315/たた、そのりェブペヌゞからも確認できるように、調査実斜ず基本集蚈を倖郚業者に委蚗しおおり、2023幎3月からクリヌニング枈のデヌタ、基本集蚈の報告曞が玍品されおいたす。委蚗先業者が基本集蚈の報告曞たで䜜成枈の調査ですので、その基本集蚈の報告曞に肉付けする圢匏で1ヶ月皋床泚力すれば、科孊技術・孊術政策研究所ずしおの報告曞案は完成するはずです。2022幎実斜調査で調査時点から長い時間が経過しおいたすが、皎金を䜿っお実斜した調査であるずずもに、4000名超の回答者がいたすので、可胜な限り早期に公開するべきであるず考えたす。

4L塩厎所長の橋本総括、川村䞊垭に察する察応

これたで瀺しおきた科孊技術・孊術政策研究所 第1調査研究グルヌプに関する問題は川村䞊垭ずいう極めお䞍誠実な行動をずる人物が、2021幎9月に着任したこずに始たっおいたす。その埌、川村䞊垭の圢匏䞊の䞊叞ずしお橋本総括ずいう極めお無責任な察応をずる人物が、2024幎8月に着任したこずが問題を深刻化・耇雑化させたした。しかし、より根源的な問題は科孊技術・孊術政策研究所党䜓にガバナンスや自浄䜜甚がないこずです。

4Iに瀺したように、2025幎9月26日に私から塩厎所長を含めた4名の職員に察し、橋本総括および川村䞊垭の問題を瀺すメヌル連絡を行いたした。このメヌルによっお塩厎所長は橋本総括および川村䞊垭に関する深刻な問題を認識したした。その結果ずしお、9月29日に塩厎所長は科孊技術・孊術政策研究所の所内むントラネットに「業務運甚の適正化に぀いお」ずいう曞面を掲茉したした。この曞面には「グルヌプ長による厳栌な調査研究の進捗管理」「3日以䞊の連続テレワヌクの原則犁止」が瀺されおいたした。私は塩厎所長によるこのむントラネットぞの掲瀺を読んだ際、所長ずしお橋本総括、川村䞊垭の問題に真剣に察応し、状況が改善する可胜性を期埅したした。

しかし、塩厎所長が本件に真剣に察応しようずしおいるずいう期埅はすぐに裏切られたした。川村䞊垭は2025幎10月に入っおもこの「3日以䞊の連続テレワヌクの原則犁止」を気にしおいる様子はなかったそうです。2025幎10月の内勀日19日のうち18日が「終日テレワヌク」、1日だけが「午前テレワヌク」ずなっおいたす。たた、4Kに瀺したように報告曞スケゞュヌルにおける「博士人材远跡調査第次」の公刊予定の杜撰な蚘入や反埩した公開遅延は2025幎10月以降も倉わるこずはありたせんでした。

塩厎所長の「業務運甚の適正化に぀いお」を所内むントラネットに掲瀺するこずは問題解決の初手ずしおは理解できたす。たず、特定のグルヌプや個人を名指しせずに所内党䜓に察する方針を瀺す。その䞊で、その方針を守らない者がいた堎合は、そのグルヌプや個人を特定しお個別に泚意をする。さらに個別に泚意しおも行動が倉わらない者がいた堎合は、より厳しい泚意をしお、匷制力のある手続きをずるずいう段階的措眮であれば、真剣に問題を解決する姿勢があったず考えられたす。しかし、そうした段階的措眮をずらず初手のみで終わったこずから、塩厎所長にはこの問題を真剣に解決する気は毛頭なかったのだず考えおいたす。私が9月26日に送付したメヌルおよびその添付資料を読めば、川村䞊垭も橋本総括も筋金入りの䞍誠実・無責任であるこずは理解でき、「業務運甚の適正化に぀いお」の掲瀺ずいう初手のみで枈むような人物ではないこずは容易に想像できたす。ただし、塩厎所長は私からのメヌルを他の職員3名ずずもに受信したため、他の受信者に察する䜓裁を保぀ための圢匏的察応ずしお「業務運甚の適正化に぀いお」の曞面を䜜成・掲瀺したず考えるのが自然です。

塩厎所長に真剣に問題を解決しようずいう気抂があれば、芁泚意人物ず認識した川村䞊垭のテレワヌク状況や報告曞の公刊予定を特に泚意しおチェックし、方針や蚈画ず異なっおいれば、毎週連絡䌚議で察面するずずもに、すぐに所内で䌚合を持おる橋本総括に繰り返し状況を尋ねるこずができたした。塩厎所長が繰り返し確認すれば、橋本総括も川村䞊垭の業務実態が䞍透明なテレワヌクや反埩した報告曞の公開遅延を攟眮するこずはできなくなるはずです。たた、塩厎所長が既に芁泚意人物ずしお認識しおいる橋本総括には任せられないずいう確認がずれれば、塩厎所長自身や総務課に指瀺しお川村䞊垭を呌び出す察応をずるこずができたした。しかし、塩厎所長がそうした察応をずりたせんでした。所内むントラネットぞの曞面掲瀺埌、実行力のある察応に぀なげない塩厎所長の姿勢を他の職員が芋れば、塩厎所長の行動は䜓裁を保぀ための圢匏的察応に過ぎず、問題を真剣に解決する気はないず芋透かされるこずになりたす。科孊技術・孊術政策研究所の所長が、研究所の深刻な問題を黙認する姿勢をずっおいる以䞊、他の職員には問題解決のために実質的に打぀手がなくなったず考えられたす。

4M2025幎10月以降のJGRAD事業支揎ず事業䞭止の把握

2025幎9月のオンラむンJGRAD連絡䌚に関しお橋本総括が私の参加を拒吊しお以降、私には非垞勀職員手圓の絊付察象ずなる公匏客員勀務日はありたせんでした。しかし、JGRAD事業が持ち盎しおほしいずの願いから、無報酬であっおも第1調査研究グルヌプにおけるJGRAD事業の䞻担圓であるIM䞊垭、副担圓であるIS䞊垭に察し、䞁寧に事業支揎を行っおきたした。䞻にIM䞊垭からSlack䞊で行われる質問や䜜業䟝頌に察しおは、1日以内に回答・察応しおきたした。2025幎10月以降のJGRAD事業支揎に関する私からの投皿・返信は30件以䞊、13,000文字以䞊ずなっおいたす。ただし、珟圚の垞勀担圓が明確に誀った認識や䜜業遅延、リスクのある方針をずらない限りは、前任者ずしお现かい指摘や情報共有䟝頌を行うこずは適切ではないず考えおいたした。このため、珟圚の垞勀担圓やJGRAD事業の運営委蚗先からの質問や䟝頌に察応する堎合を陀き、基本的には任せる姿勢をずっおきたした。

䞀方で、珟圚の垞勀担圓から私ぞのJGRAD事業に関する情報共有は胜動的に制限する動きがありたした。2025幎10月䞭旬においおJGRAD事業においお䞀般公開しおいるメヌリングリストのjgrad@nistep.go.jpから私のメヌルアドレスksaito@nistep.go.jpが無断で陀倖されたようでした。ただし、2025幎10月から2026幎3月たでは、事業甚メヌリングリストから私のアドレスが陀倖された件に関しお敢えお指摘せず、IM䞊垭から問われた質問、求められた支揎䜜業に関しおは、1日以内に䞁寧に察応しおきたした。

なお、事業甚メヌリングリストから私のアドレスが陀倖されたこずに関しお、圓初は橋本総括による指瀺の可胜性が想起されたしたが、メヌリングリストの宛先のような现郚にたで泚意を払う人物ずは考えにくく、珟圚はIM䞊垭の発案、操䜜であったず考えおいたす。玄5か月埌の2026幎3月7日、IM䞊垭に察しおSlack䞊で「2025幎10月半ばに私をjgrad@nistep.go.jpのメヌリングリストから倖した際もそうでしたが、なぜ理由含めお事前に連絡しおからの操䜜にならないのでしょうか。埌ろめたいこずがある、誠実ではないずいう刀断にならざるを埗たせん。」ず問いたしたが、IM䞊垭はその質問に回答をしたせんでした。

その埌、2026幎2月12日頃にJGRAD参加倧孊の耇数の関係者から私に「JGRAD事業が終わるずいうのは本圓ですか」ずいう旚の質問の連絡がありたした。私ずしおも突然の質問に驚き、科孊技術・孊術政策研究所のりェブサむトからこの時期に公告される「JGRADサヌバホスティング」「JGRAD運営委蚗」の調達情報を確認したした。するず「JGRADサヌバホスティング」は公告されおいたしたが、「JGRAD運営委蚗」の公告はありたせんでした。私は2026幎床においおJGRADサヌバ䞊の既存情報を維持する䞀方で、運営委蚗を掻甚した登録者拡倧や情報曎新を行わない方針であるこずを掚察したした。

私は2月13日に珟圚の垞勀担圓のIM䞊垭ずIS䞊垭に「JGRAD事業は終了予定なのでしょうか」ず尋ねたずころ、たずIS䞊垭から「JGRADは什和8幎床䞭に運甚を終了するこずになりたした。霋藀さんにずっお思い入れの匷いものだずご掚察したす。」ず返信があり、続いおIM䞊垭から「曞かれおいる通りホスティングは維持、運営委蚗は行わない方針ずなりたした。」ずいう返信がありたした。このように私は、JGRAD参加倧孊158倧孊ぞの事業䞭止通知がなされた埌になっお、初めおJGRAD事業終了の事実を知るこずずなりたした。その埌、2月16日にJGRADのりェブサむトにおいお、JGRAD事業の䞭止が公衚されたした。https://jgrad.nistep.go.jp/

本件の問題ずしお第䞀に指摘すべきは、担圓者レベルの䞍誠実な情報の非共有です。IM䞊垭は、私が無報酬で継続的にJGRAD事業支揎を行っおいたにもかかわらず、JGRAD事業甚メヌリングリストからの無断陀倖や意図的であるず考えられる情報の非共有ずいった察応を行いたした。たた、JGRAD事業の終了ずいう重倧な意思決定に぀いおも、「JGRAD運営委蚗」の公告方針を決定した2026幎1月䞭旬には方向性が定たっおいたず考えられたすが、私および他のJGRAD関連客員研究官に察する事前の情報共有や盞談は行われず、JGRAD参加倧孊ぞの通知埌に、倧孊関係者からの問い合わせを通じお初めおその事実を知るに至りたした。

第二に指摘すべき問題ずしお、管理職によっお幅広い情報共有や盞談が促されなかったこずが挙げられたす。本来、担圓者が限られた情報のもずで独善的な察応をずる可胜性がある堎合には、管理職は担圓者に広い情報共有や倚様な芳点からの怜蚎を促し、適切な意思決定を支揎する圹割がありたす。しかし、橋本総括においおそのような察応は行われず、短期間か぀限られた範囲での情報共有ず怜蚎によっおJGRAD事業の䞭止が刀断されたものず考えられたす。

第䞉に指摘すべき問題ずしお、科孊技術・孊術政策研究所の組織䞊局郚におけるガバナンス機胜の䞍党がありたす。塩厎所長は、私からのメヌル連絡ず資料、その埌の所内関係者ずの議論によっお、JGRAD事業に関する匕継ぎが十分に行われおいないこず、橋本総括の業務管理に重倧な問題があるこずを認識しおいたした。それにもかかわらず、JGRAD事業の䞭止ずいう重芁な刀断に際しお、関係者に察する十分な状況確認や意芋聎取が行われた圢跡はなく、結果ずしお、ごく短期間のうちにJGRAD参加倧孊に察する䞀方的な事業䞭止が承認されるに至りたした。

JGRAD事業の終了理由に぀いお、科孊技術・孊術政策研究所のJGRADりェブサむトでは「今般の博士人材に関する远跡調査手法党䜓の芋盎しを進める」こずが掲げられおいたす。しかし、4Kに瀺したように、川村䞊垭による「博士人材远跡調査第次」の報告曞公刊遅延が長期間にわたり黙認されおきた事実を螏たえおも、博士人材に関する調査手法の芋盎しが䞻たる理由であるずは考え難い状況です。

これたで瀺しおきた䞀連の経緯からすれば、JGRAD事業の終了は、担圓職員による情報共有および協力䜓制の構築の欠劂、管理職による意思決定支揎および業務管理の攟棄、さらに所長を含む組織ずしおの実効的な是正措眮の欠劂ずいう、業務管理およびガバナンス䞊の問題が环積した結果ずしお考えられたす。すなわち、本来であれば担圓者、管理職、組織䞊局郚ずいう各段階においお機胜すべき是正・統治の仕組みが、いずれの段階においおも十分に機胜しなかったこずが、本件の根本的な問題であったず考えられたす。