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過剰供給要注意(槍弓・キャス弓)/Novel by ちなみ

過剰供給要注意(槍弓・キャス弓)

24,578 character(s)49 mins

槍弓・キャス弓で術と槍が独占欲丸出しで、槍と術はいつも牽制しあって弓に誰が近づこうともガルガルするような話。
リクうれしかったです。ありがとうございました!

短編いろいろ・02に「14.槍弓とセタンタ」追加しました→【novel/10451896

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 アーチャーがキッチンで材料を確認し、何を作ろうかと思案していると、背中からキャスターに抱きつかれた。ビク、と身体が小さく跳ねたアーチャーに、キャスターが笑った気配がした。
「何悩んでんだ?」
「大したことではないさ。何か甘いものを作ろうと思っているのだが、何がいいかと」
「シフォンケーキ」
 キャスターの口から出てきた言葉が意外で、アーチャーは目を瞬かせた。それがわかったのだろう、キャスターが苦笑する。
「ここに来るまでにお嬢さん方が話していたのが耳に入ってきてな。いろんな甘いモンの名前があがってたが、オレが覚えてるのがそれだっただけだ」
「なるほど。では今日はそれにしよう」
 そういうわけでさっさと離れてくれないかという顔をしてキャスターを見たけれど、キャスターはアーチャーと目が合ってもにこりと微笑むだけでアーチャーの身体にくっついたまま離れてくれそうにない。
「キャスター、離れてくれ」
 ぱちりと手を叩くと、キャスターに顔を覗き込まれてアーチャーはドキリとした。
「お前さんの瞳にオレだけが映ってるのはいいねぇ」
 食い入るように見つめられたアーチャーは反射的に身体を離そうとするが、逃がすまいとキャスターの腕に力がこもる。
「凛として強い意志を感じる、綺麗な瞳だ」
 一体何のことだとすぐにわからなかったが、目の前にいるのは自分だ。キャスターの言っているのはアーチャーのことなのだと理解するとドキリとしたが、何とか気持ちを落ち着かせる。
「……褒めていただけて光栄だが、君に言われるのはどうにもな」
 とてつもなく動揺していたが、それをひた隠し、アーチャーはキャスターの腕を外そうと試みるがまだ離してくれそうにはない。
 そろそろ離してくれないと平静を装うのが難しくなってくる。
 キャスターはいつだって簡単にアーチャーの気持ちを乱す。
「ん? 何がダメだ」
「君は自分の瞳をちゃんと見たことがないのかね。ああ、だったらランサーを見るといい」
「バカ言ってんじゃねぇぞ、何でオレが槍のオレの顔を見なきゃなんねぇんだ」
 それは君に自分の美しさをちゃんと認識してもらいたいからだが、と言う前にキャスターにぎゅうぎゅうと抱き締められてしまった。
「オレといるのにランサーの話をするな」
「キャスター?」
 ちょっとむっとしたような気に入らないというのを前面に出してきたキャスターにアーチャーが不思議がると、軽く首筋を噛まれてびっくりした。パチリと目を瞬かせるアーチャーにキャスターがじっと見つめてきて、アーチャーは言葉を飲み込む。
「オレはお前の瞳が綺麗だって言ってんだからそれでいいだろうが」
「いや、だが」
「お前、オレの顔が好きだよな」
「君は美しいからな」
「好きなのは顔だけか?」
 それには答えず、アーチャーは目を逸らした。
「そろそろ作り始めたいのでね、離れてくれないか」
「お前は人気モンだからなぁ。なかなか二人きりになれねぇんだぜ? せっかく二人きりなんだからもうちょっとこうしてたいんだが」
「ふふ、君はおかしなことを言う」
 アーチャーはただ便利なだけで、絶対に必要なものではない。
 だから人気者というのとは違う。
「本気だって」
 微笑みながらキャスターがアーチャーから腕を外して隣に並ぶ。
 ときめきは押し殺し、アーチャーは努めて平坦な物言いをして、感情を隠そうと努力した。
「私と二人きりでいたいと思ってくれているなら、手伝ってくれるかね」
「おう、任せとけ」
 本当に手伝ってくれるとは思わなくて驚くアーチャーに、キャスターが楽しげに笑った。
 ドキリと心臓が跳ねた。こちらはがんばって感情を抑えようとしているのに、簡単にときめかせてくるので困る。
「さぁ、何からすりゃいいんだ?」
「冗談だ。私が一人でするから君は気にしなくていい」
「ばぁか、何言ってやがる」
 こつんと軽く額を小突かれたアーチャーは、痛くはないがその柔らかな衝撃に額を軽く右手で押さえた。
「お前と一緒にいてぇんだよ、オレは。どうせお前のことだ。大量に作るんだろうから、手伝いはあって困るもんでもねぇだろ? オレは割りと器用だぜ」
 キャスターが器用なことは言われずとも知っている。
 クー・フーリンは、やろうと思えば何でもできる男だ。
「それじゃ、手伝ってもらうぞ」
「おう!」
 せっかく作るのだから、大量に作るつもりではいたから手伝ってくれるのなら正直ありがたい。ティータイムまでに完成させるには少し急がなくてはならない。
 手伝うと言っても素直に受け入れないアーチャーのためにキャスターが言ってくれたのだと思うと、アーチャーの胸は締め付けられた。


***


「よお、アーチャー。こっちだこっち」
 左肩に大きな布袋を抱え上げて左手で支えたランサーが、軽く右手を上げる。
「お前が野菜野菜ってうるせぇからよ。回収してきてやったぜ」
「助かる」
 レイシフトに行く前に、ランサーがアーチャーに何がほしいか聞いてくるのはある時からずっと続いていた。基本的にランサーとアーチャーが一緒にレイシフトに行くことはない。それはクラス相性があるからだ。
 ある日、アーチャーの『食材が足りない』という呟きを聞き取ったランサーが、『だったらオレが取ってきてやるよ』と言い出したのがきっかけだった。果たして、ランサーはたっぷりの食材を持ち帰ってくれた。それに感謝して、ランサーだけにリクエストの食事を出したり、酒の肴を用意したりしたのだが、それを気に入ってくれたのか、アーチャーが欲しがっている食材を自ら進んで聞いてきてとってきてくれるようになった。おかげさまで、カルデアキッチンは大助かりだ。
 キッチンのところまで持ってきたランサーは、大量の野菜が入った袋をどさりとキッチンの作業スペースの上に置いた。袋の口が開いてごろごろと様々な野菜が零れ落ちる。
「おう! 今夜の酒の肴頼むわ」
「了解した。キッチンでいいか?」
 キッチンだと誰かが来る可能性はあるのだが、いろいろ用意することができるので都合がいい。
「んー……そうだな、オレの部屋でどうだ?」
「君がいいなら構わないが」
 はじめはキッチンで会っていたのだが、ここ最近は割りとランサーの部屋に誘われることが多かった。自室の方がゆっくりできるのだろう。
「いいから誘ってんだよ」
 柔らかく笑むランサーに、アーチャーは自然に視線を逸らした。
 ランサーにこうやって親しげに微笑まれるのは、今回の現界では初めてではないが、なかなか慣れない。
 ドキドキと心臓が早鐘を打っている。
「では、作り終えたら君のところに持って行こう」
「待ってるぜ」
 するりと自然にランサーの手がアーチャーの腰に回ってきたので、アーチャーはその手をやんわりと退けようとしたのだが、動かない。こういうことはよくあって、最初の方は本当に驚いたのだが『今は仲間なんだからこんなことでがたがた言うな』と呆れたように言われたので、なるほど、仲間というのはそういうものなのかとアーチャーは理解した。
 何しろランサーと仲間になったは今回が初めてだ。いや、今後その可能性はないだろう。今回の現界が特別なのだ。
 ランサーだけではなくセイバーとも仲間で、その上ランサークラスではないクー・フーリンのキャスターも存在し、彼とも仲間というような此度のような状況はこの先ありえない。
 だが、意識するなと言われても、意識してしまうのは仕方がないことだ。
 他の相手ならまだしも、相手はあの、クー・フーリンだ。
 アーチャーが憧れた大英雄。届かない太陽であり星でもある、輝く存在。
 召喚された時、ランサーがいるだけでも驚いたのに、キャスターもいたのだから本当に驚いたし混乱した。
 今では何とか表面上は普通に接しているように見えているだろうが、最初は必要以上に警戒していた。
 マスターにキャスターとランサーとの仲を心配されたくらいで、申し訳ないことをしてしまった。しかしそれは少し前の話で、今では自分でも夢の世界にでもいるのかと思うくらいに二人と一緒にいるだけではなく、親しげに話したり二人きりで何でもない時間を過ごしたりしている。
 今やキャスターやランサーと一緒にいることを不自然に思われることはなく、一緒にいて当たり前のようなこの状況に慣れてきたように見せてはいるが、それは表面上の話であって、実際のところアーチャーの動揺はなくなっていない。一緒にいれば、ドキドキするに決まっている。
 大体、こちらは二人より後から召喚されて、心の準備が整っていなかったのだ。それなのにクー・フーリン達ときたら準備万端で、今までのあれこれは忘れたのかと言いたいくらいのさっぱりとした態度で接してくるからたまったものではなかった。
 ランサーは最初からすぐにアーチャーに割と好意的に絡んできたので、本当にどう対応すればいいのか悩まされたものだった。
 キャスターとは少しギクシャクした。それは完全にアーチャーが意識しすぎてしまったからだ。
 キャスターはランサーではないのにランサーと同じ存在で、そしてランサーよりも少し大人で落ち着いていて、自分の知るクー・フーリンとは違いどうやって接すればいいのかわからず戸惑っていたのだが、それをものともせずキャスターに迫られて、なんだかんだと一緒にいる時間が増え、気がつけば一緒にいるのが当たり前になってしまった。
 キャスターは距離感が絶妙で、一緒にいるのに居心地がいいのだ。
 ランサーは気さくにまるでアーチャーを仲間のように──いや、今回は仲間なわけだが──接してくるので、うれしいやら恥ずかしいやらで大分狼狽してしまった。
 表には出していないつもりだが、キャスターもランサーもそんなアーチャーの内面をわかっていたような気がする。
 口にはしないが、おそらく、たぶん、わかっていただろう。
 アーチャーが召喚された時にはすでにいたフェルグスと、そして後からやってきたスカサハに、おそろしいことに二人はアーチャーを紹介した。その紹介の仕方も『オレの運命の相手』とか『永遠の好敵手』というようなもので、アーチャーは本当に眩暈がした。
 本当にいい加減、自分がどれほどすばらしい存在なのか理解してもらわなくては困るのだが!
 あまりにもすばらしく高貴な存在だというのに、クー・フーリン達はそういうものを全くわかっていない。さっぱりとして親しみやすいところはクー・フーリンのいいところでもあるが、困ったところでもある。
 自分の輝きはわからないものだから仕方ないのかもしれないが、アーチャーにすると一等星のように一際輝くものなのだ。ランサーはさばさばとして明るくて一見昼日中が似合いそうな男ではあるし、実際太陽神の血を引くわけであるからそれはもう眩しいのだが、夜も似合う。星のようにきらめき、また、その輝きを夜の闇に溶け込ませることもできるすばらしく魅力的な男だ。
「そろそろ離れてほしいのだが」
「いいだろ、別に」
「よくない」
 距離が近すぎる、とアーチャーが睨みつけてもランサーは動じず笑っている。
「やっぱ部屋で待つのはやめて、お前が作ってるの見とくわ」
「は?」
「たまには手伝って、一緒に料理ってのも悪くねぇしな」
 にかっと笑うランサーに、アーチャーは苦笑した。
「君達、やっぱり同じなんだな」
「あ? 君達?」
 ピクリとランサーの眉が動く。しまった、とアーチャーは思ったがもう遅い。ランサーはしっかり聞き取ってしまった。
「君達ってのは、キャスターが何かしたのか?」
「いや、何、ということはないのだが」
「今の流れからいって、一緒に料理したってことか」
 先ほどまでの明るさから一転し、ランサーの冷たい視線がアーチャーに突き刺さる。
 普段気をつけていたのに、油断してしまった。
 ランサーの機嫌はすっかり悪くなっている。

 ランサーとキャスターは基本的には仲が良いし気が合うのだろうとアーチャーは思っているのだが、アーチャー絡みのことだと少し様子が違う。
 相手がアーチャーと一緒にいるのが気に入らないようだった。一緒にいるといっても大したことはしていない。他愛ない話をして一緒にいたり、どこかに出掛けたりするくらいだ。
 先日はたぶんキャスターが珍しくも酔ったからだと思うのだが──しかし顔には出ていなかったし、酔っているようには見えなかったが、あんなことをするくらいだから酔っていたのだろう──、アーチャーにもたれかかってきたなと思ってキャスターを見ると、間近にあったキャスターの美しい顔に驚いている間に唇が触れ合ってしまった。
 それはもう本当に気が動転した。驚きすぎて声にならなくて、もう一回な、と麗しい顔を近づけてきたキャスターに何回も啄ばむように口づけられてしまった。おまけに印をつけたいと言い出して、何のことかわからないアーチャーがパニックに陥っている間に手をとられ、手首の内側に吸い付かれた。アーチャーが赤くなっているのがわかりにくい肌の色をしているとはいえ、それでも見ればわかる。赤くなって震えるアーチャーに、キャスターはうっとりとした表情で言った。
『オレのだって印だ。消すなよ』
 酔っ払いのたわごとだと片付けるにはその言葉には強い意志を感じ、その眼差しには熱があった。とてもではないが、否定することはアーチャーにはできず、首を縦に動かした。
 翌日、キャスターはアーチャーの手首の内側についたままの跡を確認して満足そうにしていたが、それに気づいたランサーに、反対の手首の内側に同じように跡をつけられてしまったのには心臓が止まるかと思った。
 一体何が起きているんだ?
『テメエはほんっとに油断も隙もねぇな』
 ランサーがキャスターにぶつけた言葉には苛立ちと怒りが見えたが、キャスターは涼しい顔をしていた。逆に、キャスターが笑顔で怒って、ランサーが飄々としていることもある。それらは全てアーチャー絡みだ。

 アーチャーが黙っていると、ランサーの手がアーチャーの手の甲から包み込み、指の間に自分の指を入れてくる。
「言えよ、いつだ」
「三日前、シフォンケーキを一緒に」
 隠すのは一番よくないことだ。変な誤解を招いてややこしいことになる。以前、そういうことがあって大層困ったことがある。
「へえ、そうかい。あれか」
 シフォンケーキはランサーにも出している。
「キャスターが手伝ってくれると言ったんだ」
「なるほど」
「それだけで、何も」
「何かあったらオレが笑ってられねぇなぁ?」
 ランサーの目が全く笑ってなくて、アーチャーはぞくりとした。
 時々、ランサーもキャスターもよくわからないところで、今のように怒りを露にする。アーチャーにはいつも理由がわからないので対処できない。そう、今もなぜランサーが怒っているのか理解できていなかった。
「まぁいい。今夜はドルイドは部屋に閉じこもってこねぇだろうからな」
「そういえば、今日は見ないな」
「ああ、なんかやることがあるらしくてな。だから、今夜は二人きりだ」
 ランサーに指が絡まったままぎゅうっと手を握り締められて、アーチャーは自分の心臓が握り締められたように感じ、息苦しくなった。


***


 キャスターもランサーも無意識にアーチャーに攻撃しすぎだ。表に出さないように努力はしているが、二人の攻撃力が高すぎる。
 ちょっと話をするくらいや触れ合うくらいであれば大丈夫なのだが、あんなにスキンシップが激しいと落ち着けるはずがない。焦っているのが自分だけで二人が余裕なのは悔しかった。それは惚れた弱味で仕方ないと言えば仕方ないのだが。
 アーチャーは紛れもなくクー・フーリンに好意を抱いていた。昔から、今も変わらずずっとだ。
 だって、仕方がないだろう。あんな大英雄を無視できるか?
 少なくともアーチャーには無理だ。あの輝きに心が揺れないはずがない。
 無視するなんて不可能だ。
 とりあえず何とか普通に接しようとしているつもりだが、とにかくあの二人はアーチャーに触りすぎだ。仲間だからそういうものかもしれないが、こちらは慣れていない。しかしそれを口にすると意識しすぎているのがバレてしまってどうにも恥ずかしいので何も言わないでいるし、がんばって普通にしているつもりだが、それがどこまでうまくできているか不安なくらいだ。

「聞きたいことがある」
「我は忙しい。くだらんことを聞かせるな」
 嫌そうな顔をしているのはキャスターのギルガメッシュ、賢王だ。ちょうど廊下を一人で歩いているところを掴まえたのである。
 賢王はアーチャーが召喚された時には既にいて、アーチャーもはじめはいろいろと世話になった。
 アーチャーが召喚された時は、ちょうどサーヴァントが増え始めており、部屋数が足りなかったので、部屋を増築するまでアーチャーは誰かと同部屋になることになったのだが、その相手としてキャスターとランサーが名乗りを上げたのだ。なぜか揉め始めた二人の間に仕方なく入ってきたのが賢王だった。
 召喚されて間もないアーチャーは賢王と同部屋にさせられたことに戸惑っていたのだが、賢王は物静かで頼りがいがあり、そして働きすぎの賢王はアーチャーにとって奉仕のしがいがあった。同部屋になっていたのは数日間だったが、学ぶところはあり、落ち着ける空間を与えてもらうことができた。一緒にいて、悪くない相手の一人である。
「まず、率直な意見を聞かせてもらいたのだが」
「我は話をすることを許したか?」
 許されてはいないがそんなことを気にしていたら話が進まないし、それに賢王が話を聞いてくれることはわかっている。アーチャーは気にせず話をすることにした。
 賢王と出会った時は我が目を疑った。クー・フーリンだけではなく、ギルガメッシュまでキャスターとして存在したのだから。賢王はアーチャーのギルガメッシュとは根本的には同じなのだろうが、思慮深く意外にも静かで、当初アーチャーは戸惑った。こちらが心配になるくらい働きすぎるくらい働き、それについて不満を口にすることは一切ない。自信に満ち、どんな困難な道だろうがまっすぐに進むその姿勢は、マスターが、そしてアーチャーも信頼するには十分なものだった。
 賢王はアーチャーの言葉を聞いていないようで聞いていて、的確にアドバイスを与え、時にアーチャーの目を覚まさせ、立ち止まらせてくれる。
 嫌がりつつも付き合ってくれて、良く話をきいてくれる賢王のことをアーチャーは頼りに思っていた。
「ランサーとキャスターのことなんだが、彼らは本当にスキンシップが激しすぎて少し困っているのだが」
「我は困っていないな」
「それは彼らのスキンシップに慣れているということだろうか」
「冗談を言うな。ぞっとしたわ!」
 賢王は想像したのか、不快感を示した。
「あの狗共があんな風に執着を見せるのは貴様だけにだろうが」
「執着? 何を言っている」
 アーチャーが引っ掛かりを感じていると、賢王は右手で額を押さえ、眉間に皺を寄せる。
 頭でも痛いのだろうか。賢王は働きすぎのきらいがあるので、少し休んだ方がいいだろう。
 マスターから全幅の信頼を寄せられている賢王はレイシフトに出る機会が多い。また、賢王自らも望んでいることもあって、他の者達よりも圧倒的にレイシフトの機会が多かった。
「ランサーとキャスターのことだが、貴様も知っている通り、彼らは本当に気が利くしかっこいいし美しいし強いし、博識で頼りになる、本当にすばらしい男なんだ」
「いや、知らんな。誰だそれは」
「クー・フーリンのことだが」
 何も間違っていない、という顔をしたアーチャーに、賢王が表情をこわばらせる。
 少しの間のがあったが、アーチャーは気にせず続けた。
 賢王とアーチャーで、少しくらいクー・フーリンに対する認識が違ったとしても、それは仕方のないことだ。
「あんなにすばらしい二人がどうして私なんかに構うんだ? 困る、私は非常に困っている」
 賢王はスッと目を細め、クー・フーリンと同じく紅く美しい瞳をアーチャーへと向けた。その瞳の美しさにハッとするが、クー・フーリンに見つめられた時のような心臓を鷲掴まれたような心を奪われるような感覚はない。
 アーチャーが心を掴まれるのはクー・フーリンにだけだ。
「貴様の憧れであるあの狗どもと一緒にいられるのだ。よかったではないか」
「そういう話ではない」
「どういう話かは知らんが、我を巻き込むな」
 立ち去ろうと動き出した賢王の肩を咄嗟にアーチャーが掴むと、賢王は面倒だと表情にありありと出して振り返る。
「私はちゃんと普通にできているだろうか?」
「どういうことだ」
「できるだけ動揺しないように努力しているのだが、それがうまくできているかわからない。がんばってはいるのだが」
「……なるほど」
 アーチャーの手を叩き落とした賢王が口の端をゆるりと上げる。
「あそこまであの狗共にべたべたされて、よくもまあ軽く流せているものだと思っていたが、そういうことか」
「どういうことだ。私は何かおかしかっただろうか」
 キャスターとランサーにおかしく思われないように、動揺をひたすら隠し通してきたつもりだったが、隠していたつもりで隠せていなかったのだろうか。
「いや、貴様はうまくやっているさ」
 そうは言うがどこか含みのある賢王の様子に、アーチャーは落ち着かなかった。

「ああ、いたいた。オタクらに話があるんですが。ちょいと来てくれませんかね」
 珍しくも、ロビンフッドから声を掛けられたアーチャーは少し驚く。嫌われてはいないようだが『オタクと一緒にいるところを見られると面倒なことになるんでね』と、普段、ロビンフッドはアーチャーに近づいてこない。
 こうやって声を掛けてくるということは、何かあったのだろう。
「どうしたのだね」
「いや、まあ、ちょっとめんどくさいことになりまして」
 それは関りたくないなと思ったのはアーチャーだけではなく、賢王もだったようだ。賢王はここから離れようとしていたが、アーチャーは賢王の腕をしっかりと掴んでそれを阻止する。
 ロビンフッドはオタクら、と言ったのだから二人に話があるのだ。
 賢王にぎろりと睨まれてしまったが、そんなことで怯むアーチャーではなかった。
 旅は道連れ、世は情け。
 ロビンフッドが言うのであれば、正しく面倒なことなのだろうが、それを一人で聞くつもりはない。
 そして賢王が面倒見がいいことは、もうわかっていることだった。


***


 話を聞くと、召喚された英雄王ギルガメッシュのためにレべリングをすることになったので、アーチャー勢が一緒にチームに組まれることになったということだった。
 賢王は同一人物ということでただ一人キャスターでアーチャー勢に混じることになり、ここのところレイシフトに参加していなかったアーチャーもしばらくは出ることになった。
 普段は一緒にならないアーチャーのサーヴァント達と一緒に戦うのはとてもいい刺激になり、アーチャーはギルガメッシュのレベリングは気にせず自分が楽しんだ。放っておいてもギルガメッシュは勝手に強くなる。もともと強いサーヴァントだ。やりたいようにやるし、放っておいて問題ない。
 レイシフトによく参加するようになってキャスターとランサーとの時間が減ってしまったが、その代わり二人と過ごすときは以前よりいっそうべたべたとされるようになってしまった。


「お前が毎回呼ばれるのは、頼りにされているんだろうとはわかっているが、なかなかおもしろくねぇもんだな」
 本日のレイシフトの参加はないので今日はゆっくりしようと思っていた矢先に、アーチャーはキャスターに部屋に連れ込まれて抱き締められた。アーチャーが離れるようにキャスターの背中をトンと軽く叩いても、キャスターは笑いながら少しだけ距離をとるが、離れてはくれない。
「頼りにされているかどうかはわからんがね。まあ、アーチャーばかりのチームというのはなかなか新鮮でおもしろいよ」
「キャスターのギルガメッシュはいるんだろうが」
「彼は特別枠だ」
 一応同じチームにいるが、戦闘要員というよりも英雄王の教育係だ。
「楽しんでるみたいだな」
「いろんなアーチャーがいるからな」
「オレのアーチャーはお前だけだが」
 またそういうことを軽々しく口にする。
 キャスターは今みたいにアーチャーのことを自分の特別のように口にするようなことがある。
 特別扱いされたようでうれしくて、顔が緩みそうになるのを頬の内側を噛んで表情に出さないようにアーチャーは耐えた。
 本当にこういう不意打ちをするのはやめてもらいたい。
 ドキドキと心臓を高鳴らせるアーチャーの右手を自然な動きで持ち上げたキャスターは、するりと薬指に指輪をはめ込んだ。目を瞬かせるアーチャーにうっとりとキャスターが微笑む。
「一緒にいられない間に悪い虫がつくとも限らねぇ。レイシフト先に何があるかわからないからな?」
 悪い虫が何をさすかはわからないが、アーチャーはすぐに指輪を取ろうとした。が、抜けない。
「そりゃ簡単に抜けねぇぜ」
 入れる時は簡単に入った指輪が、全く抜けそうにない。
「縛るつもりはねぇさ。だが、お前がギルガメッシュのレベリングに付き合わされている間はつけておいてもらうぜ。なかなか会ってもらえねぇからなぁ?」
 少し意味深に感じたが、アーチャーはそ知らぬ顔をした。
 ちょっと忙しいとか、レイシフトで疲れているとか適当なことを言って会わなかったのは意図的だが、それを口にする必要はない。
 キャスターにはばれているような気がするが、それを言うつもりはなかった。
「何、忙しいのは一時だけの話だ」
「その短い間もオレは我慢できねぇって話なんだがな」
 よくないな。
 じわりと追い詰められているような気がして、アーチャーは思考を働かす。
 この部屋にこのままいるのはあまりよくない流れだ。
 時折、キャスターはあからさまにアーチャーを困らせる言動をする。
 今がそうだ。何を返していいか、どうやって逃げ出せばいいか苦慮する。
 このままここにいるのはよくない。
 自分がうまく保てなくなる。
「アーチャー、つれなくすんなよ。寂しいだろう?」
 キャスターはアーチャーから視線を外さない。その瞳から目を逸らしたいのに、逸らしたら最後のような気がして、アーチャーは目を逸らすことができなかった。
「アーチャー」
 キャスターの手がやさしくアーチャーの頭を撫でて、そのままその手が背中に回って抱き締められる。アーチャーは固まって動けない。
 獰猛な獣の機嫌を損ねないよう気をつけるかのように、アーチャーはキャスターに対してひどく緊張している。
 キャスターは仲間だ。わかっているのに、それでも警戒が解けない。
「今日は時間があるんだよな」
「ああ」
 アーチャーに今日はレイシフトがないことも、食事当番でないことも、そしてせっかくの休みなので誰かの雑用を手伝うことを禁止されていることをキャスターは知っている。知っていて聞いてきているのだから、嘘をつくのは更なる窮地に陥れられる結果となるだろう。
「じゃあ今夜はオレと一緒に過ごしてくれるな?」
「私でよければ付き合おう」
 微笑むキャスターの美しさにアーチャーは訳もわからずに恐怖を抱いた。
 キャスターは美しくも底が知れなくて、時々怖い。
 キャスターはいつだってアーチャーにはやさしいというのに、何をおそれているのか。
 アーチャーの鈍い心を簡単に動かすこの男は、アーチャーにとって特別だ。
 夜、キャスターはよくアーチャーを誘ってくれる。声を掛けてくれて、酒の肴を作ってくれと口にはするけれど、実際はアーチャーを寝かしつけようとしているのだということを知っている。
 別に疲れていないというのに、そうじゃないといって傍にいてくれる。
 今夜もそうなのだろうか。
 きっとそうなのだろう。
 そんなやさしい人に恐怖を覚えるのは、ひとえにアーチャーがキャスターに対してただならぬ感情を抱いているからだ。
 好きだからこそ意識して、嫌われるのが怖いと思うのだ。
 もっと私のことをぞんざいに扱ってくれてもいいのに。
 そう思いつつ、そうなったらそうなったで辛いとわかっている。
 自分がどうしようもなく愚かな人間だということは百も承知だ。

 その日もキャスターは、アーチャーに甘くやさしい時間を与えてくれた。


***


「ドルイドの奴ばっかりずるいんじゃねぇか?」
 やっとキャスターから解放してもらったアーチャーが、部屋に戻って気持ちを落ち着かせていた時のことだ。ランサーがずかずかとアーチャーの部屋に入ってきて、アーチャーを壁に追い込んだ。
 師匠であるスカサハ達、ケルトの面々とレイシフトに出ているとキャスターから聞いていたのだが戻ってきたようだ。しかし、入れ違いにアーチャーは今からレイシフトだ。
「ずるいとは何の話だね」
 退けとアーチャーはランサーの肩を押すが、手首を取られて壁に押し付けられた。
「キャスターはうまいこと師匠から逃げやがった上に、お前にこんなもん渡すとわな」
 指を絡み合わされてぎゅっと強く手を掴まれる。こんなもの、というのはアーチャーの右手の薬指にはめられた指輪のことだろう。
「チッ、とれそうにねぇな」
 忌々しげに口にするランサーに、アーチャーの胸はツキンと痛む。
 いい気はしないとわかっているが、そんなに嫌がられるのは、さすがにショックだ。
「すまない」
「何を謝る」
 ぎろりと睨まれたことにアーチャーはびっくりした。
 わかりやすくはっきりと不快感を見せるランサーに、アーチャーは面食らう。
「キャスターが、私を特別のように扱うのが不快なのだろう?」
「どういう意味かちゃんと理解してるんだろうな」
 何が言いたいのだろうか。
 ランサーは鋭い視線をぶつけてきた。
「君達が同じであって違う存在だとはわかっている。だから、君が私を特別に思っているとは考えていない」
 ガンッと顔のすぐ横にが音がしてアーチャーは息を呑んだ。ランサーが思いっきり壁を殴ったからだ。目の前のランサーの表情は冷たく、感情が見えない。しかし、その紅い瞳は怒りに燃え、アーチャーに突き刺さる。
「気に入らねぇな」
 ランサーの手が伸びてきて首筋に触れたかと思うと、刺さるような痛みが広がる。咄嗟に首筋を押さえると、ランサーの瞳が弧を描いた。
「何をした!」
「今からレイシフトだったな。行ってこいよ」
「ランサー!」
「ドルイドだけずるいだろ? だから、お前がオレのモンだって印をつけただけさ」
「印?」
 こんな見えるところにと焦るアーチャーに、ランサーはひどく冷静でアーチャーの唇に指を置いた。ランサーの指先がアーチャーの唇に触れて、ふにふにと押したり軽く摘んだりしてくるが、アーチャーはその手を退けることもできず、ただただランサーを見ていた。
 ランサーは笑っているが、怒りが伝わってくる。
 何をしてそんなに怒らせてしまったのか、アーチャーには皆目見当がつかない。
「アイツと違ってオレは指輪なんざ用意してねぇからな。ま、だから印をつけたんだが、安心しろよ。マスターには見えないさ」
「ランサー! さっさと消せ!」
 冗談じゃない。マスターには見えないと言ったが、サーヴァント達には見えるということだ。それは困るとランサーに怒鳴ると、ランサーの表情が消える。それにアーチャーはぞっとした。
「キャスターの指輪はよくて、オレの印はダメだってのかよ。まさかな? お前がオレとキャスターに差をつけるなんてそんなこと、するわけがねぇよな?」
 アーチャーは息を詰めた。
 今のランサーにいつものやりとりをしようものなら大変なことになる。
 なぜこんなにもランサーが怒っているのかはわからないが、ランサーが怒っていることは理解した。
 十二分に理解した。
 だからアーチャーはキャスターの指輪をし、ランサーにルーンで印を付けられたまま、仲間達とレイシフトしなければならない。
 アーチャーが小さく首を縦に動かすと、ランサーは「いい子だ」と表情を緩める。
 普段ならふざけるなとか、からかうなとかそういったことを言い返してランサーと言い合いになりそうなものだったが、それはできなかった。
 到底そういう雰囲気ではない。
 その甘くもやさしい声色に、アーチャーは背筋に冷たいものが走った。


***


 おそらくマスター以外は気づいているのだろうが、誰も何も言わずにいてくれたことは幸いだった。
 前々からそうかもしれないと感じていたのだが、今回のことでアーチャーはそうではないかという思いを強めた。
 もしかしてもしかしなくても、クー・フーリン達はアーチャーを少しだけ特別に思ってくれているようだ。
 いや、特別と思うのはおこがましい。訂正だ、訂正。
 他より少しだけ気に掛けてくれている、というのが正しいだろう。
 そういうのはよくない。いや、うれしいのはうれしいが、それは正しいことではない。
 光の御子にアーチャーのような掃除屋風情が傍にいるなどと、不釣合いだ。
 それはわかっているのだが、やはりアーチャーにとってクー・フーリンは輝く星であり太陽であり、あらゆる光り輝く存在だ。その彼らを無視することはできない。
 今回の現界は特別だからと自分に言い訳をして一緒にいたが、さすがに指輪をもらったり、印をつけられるのはどうだろうか。
 以前賢王が言っていた、執着というものを感じてしまう。
 いやいや、そんなことあるはずがないだろう。
 クー・フーリンは頼りになる付き合いやすい男ではあるが、おそろしく冷たいところがあり、笑ったり怒ったりと感情の起伏を見せるのは演技だったのかと思うほどの冷酷さを持っている。
 そういうところに神性の面を感じて、自分とは程遠くも尊い存在に感じるのだ。
 そんな遠い存在であるクー・フーリン達と一緒にいすぎではないかと、アーチャーもわかってはいたのだ。
 それを知りながらも一緒にいるのは甘えがあったのだろう。
 キャスターに一緒にいすぎじゃないかと聞いたところで、キャスターのことだ。ときめきでしんどくなるような返事をしてくるだろうし、ランサーにはそんなことないだろうとあっさり言われて、今以上にくっついてきそうなので、二人に聞くことはしなかったし、距離をとることはしなかった。


「最近のオタクは今まで以上に光の御子さんたちと一緒にいるんだな」
 そうロビンフッドに言われたアーチャーは、やはり第三者から見て一緒にいすぎると思われているのだなと理解し、そして決意した。
「君がそう思うのなら、やはり離れた方がいいということだな」
 アーチャーとしてはクー・フーリンから離れたいわけではないが、致し方ない。
「ちょっと待て! ほんっとに待ってくれ! 何でそうなるんだ?」
 アーチャーがどうやって自然にクー・フーリン達から距離をとるべきか考えようとすると、ロビンフッドに腕を掴まれた。
「ありがとう。君のおかげでふんぎりがついたよ」
 誰かに言われなければ、分不相応とわかっていながらも一緒にい続けるところだった。
「前々から思ってたんだけど、実はオタク、オレが嫌いで殺したいんだよな?」
 ロビンフッドに真剣な顔をして言われたアーチャーは、首を傾げる。
「何の話だね、ロビンフッド。私は君を頼りにしているさ」
 本当に心からそう思っているというのに、ロビンフッドに勘弁してくれという顔をされた。どうしてだかロビンフッドと話をしているとこういう顔をよくされる。

「よお、今からか?」
「キャスター。ああ、そうなんだ」
 キャスターの声に振り返った時には、ロビンフッドはすぐそこにいたはずなのにアーチャーから離れていた。
「そうかい、いい子で行ってきな」
 キャスターによしよしと頭を撫でられたアーチャーは、子ども扱いされているようでちょっと恥ずかしいような、だがキャスターに触れられていることにうれしいような複雑な気持ちだ。
 そこでそういえばそこにロビンフッドがいたのだと思い出したアーチャーがキャスターの手を叩くと、キャスターが目を細めてロビンフッドをちらりと見た。すぐさまロビンフッドがぶんぶんと顔を横に振る。
 どうしたのだろう。ロビンフッドの顔色がよくない。
 今からレイシフトに出るというのに大丈夫だろうかと声を掛けようとしたが、キャスターに両頬を包まれて振り返らされた。
「キャスター? どうしたのだね」
「オレがいるのにそっち向くってのはいただけねぇなぁ」
「は?」
 訳がわかっていないアーチャーが驚いていると、唐突に羽交い絞めにされて、キャスターから引き離される。
「今からか?」
「ランサー!」
 顔が近すぎると離れようとしたが、ランサーの両腕がしっかりとアーチャーの身体に絡んでいて離れてくれそうにない。
 にかっと笑うランサーの笑みの眩しさにアーチャーは目を逸らした。
 距離が近すぎる。容赦してもらいたい。
「目ぇ逸らしてんじゃねぇよ」
 気に入らないという顔をして少し拗ねたように頬を膨らませるランサーに、きゅんと胸がときめいた。
 だから、この男はずるいんだ……!
 かっこいいのにかわいさも持ち合わせているなんて、ずるすぎる。こんなにぐらぐらと気持ちを揺さぶられたら大変だ。
 動揺を表に出さないように努力はしているが、それがいつまで続くかわからない。
 ランサーだけではなくキャスターもいるのだ。二人掛かりで攻撃されてはかなわない。そもそもアーチャーはクー・フーリンに弱いのだ。ちらりとランサーを見ると、目が合ってうれしそうに笑みを浮かべられてしまった。
 心臓が、痛い……!
 この至近距離でそんな笑顔を見せるなんて、私の心臓を壊すつもりか。
「ま、楽しんでこいや」
 ランサーが離れてくれたことにホッとしつつも少しだけ寂しさを感じ、アーチャーは自分が嫌になる。
 ランサーとの距離の近さに慣れるなどと、身の程知らずというものだ。

「全く、先ほどからつまらぬものを見せおって」
「あ?」
「何だ、テメエには関係ねぇだろうが」
 キャスターとランサーが同時に声の方向、英雄王を見た。英雄王はずかずかとやってきて、アーチャーをじろりと見ると「遅いぞ」と告げてからふん、と鼻を鳴らした。
「自分のものだと印をつけるだけではまだ足りんとは、随分と執着したものだ。おそろしいことだな」
「テメエがさっさとレベル上げねぇからこっちは迷惑してんだ。さっさと終わらせろ」
 ランサーが冷たい視線を向けると、英雄王がピクリと眉を動かす。
「何だ貴様。随分強気ではないか。貴様なんぞ、クラス補正があったところで我の敵ではないぞ。勘違いするなよ、狗」
「そっちこそ勘違いするなよ。クラス補正があろうとなかろうと関係ねぇ」
「はっ、戯言を」
「オレはテメエがきたせいで随分と迷惑を被ってイライラしてんだ」
「ふはははは! それは貴様らが贋作者を我が物とできていないからだろう? 随分と悠長なことよな」
「ほお、よく言った」
 ランサーと英雄王の剣呑な雰囲気にどうしたものかとアーチャーが思っているところに、キャスターが近寄ってきてアーチャーの右手に触れてきた。ビクッと反応したアーチャーに笑みを向けながら、アーチャーの右手の薬指にはまった指輪を、キャスターの指先が何度も確認してくる。
「本当はオレもお前と一緒に行きたいんだがなぁ」
「キャスター、あの」
「さっさと終わりにしてもらいてぇもんだ。なあ、おい」
「安心するがいい。今日で終わりだ。雑種とも話をつけている」
 誰に言っているのかと思いきや、キャスターに声を掛けられたのはもう一人のギルガメッシュ、賢王だ。キャスターは「そうかい」と賢王を一瞥する。
「それじゃ最後だ。我慢も終わりだな」
 微笑むキャスターに、アーチャーは戸惑った。
 我慢とはどういうことだろうか。
「すまない、キャスター。私は何か君に我慢させていただろうか」
「おい、アーチャー。キャスターだけじゃねぇからな。オレも我慢してるってことを忘れるなよ」
 やってきたランサーがキャスターを退かせて、真正面からアーチャーに抱きついてきた。
「ランサー?」
「あー、やっと終わりか。ぐずぐずしてる誰かさんのおかげで迷惑したもんだな」
「おい、貴様、自分の身の程を理解していないらしいな。さっきからこの我に対して言葉が過ぎるぞ」
「はっ、オレはよおく理解しているぜ? だからこその言葉なんだが」
 ランサーと英雄王の間にまた嫌な雰囲気が流れたが、
「相手にするな。行くぞ」
 賢王が英雄王を引っ張っていき、
「今日で終わりなんだからやめとけやめとけ」
 キャスターがランサーを宥める。
 賢王と英雄王の姿はすぐに見えなくなり、キャスターとランサーはアーチャーの肩を軽く叩き「またあとでな」「明日は一日予定いれるなよ」と告げて、その場を後にした。

 短い時間ではあったが、どうにも濃い時間だった。
 そろそろ行かなくてはとアーチャーが溜息を落とすと、壁と一体化して静かにしていたロビンフッドと目が合った。やはり顔色がよくない。
「ロビンフッド、顔色がよくないな。今日は休んだ方がいいのでは」
「オタクの鈍さがすごすぎて驚いてんですわ」
「は?」
「いやあ、怖い怖い。嫉妬は怖いね」
「嫉妬? 何が」
「気づいてないならいいから」
「ロビンフッド」
「ほら、行かないと遅刻だ」
 ロビンフッドの言っている意味がわからないのでちゃんと聞きたいところではあるが、確かにそろそろ行かなくては遅れてしまうと、アーチャーはマスターが待っているだろう管制室へと急いだ。


***


「おつかれだったな」
 アーラシュに肩を叩かれて、アーチャーは笑みを向けた。今回の英雄王のレベリングにはアーラシュは参加していない。他に頼まれ事があり、そちらを優先していたからだ。
「あんたも、おつかれ」
 アーラシュが静かに通り過ぎようとしたロビンフッドにも声を掛けると、ロビンフッドは微妙な表情で「ああ、そうですねぇ」と返事をする。ロビンフッドは面倒事を嫌がる素振りだが、結局のところ付き合いがいいタイプなので、今のように何も言わずに立ち去ろうとするのは割と珍しい。気配を消してその場からいなくなろうとしていたので、声を掛けられたくなかったのだろう。
「何かあったのか?」
 アーチャーが確認すると、ロビンフッドは顔を引き攣らせた。
「何もないようにしたいからここから立ち去りたいんで、今日はいいですかね」
「まあ、それは構わないが。今夜の宴会には出るのだろう?」
 英雄王のレベリングが終わったので、お疲れ会と称して宴会をすることになった。それはただの口実で、実際はマスターと触れ合いが足りないと不満を抱いていたサーヴァント達を落ち着かせるためだ。
「オレは出ますけどね、アンタは無理でしょ」
「ああ、そうかもしれないな」
 今から時間はまだあるとはいえ、食事の準備は大変だろう。ブーディカとタマモキャットにアーチャーはレイシフトに出ていたのだから今回は料理担当から外れるように言われたけれど、これは遠慮ではなく久しぶりに料理を作りたいというアーチャーの希望だと伝えると、アーチャーが疲れていなければ、という条件で料理を作ることになった。
 今日もそうだが、レイシフトに付き合っているとはいえここ数日はほとんど英雄王が一人でエネミーを一掃しているので、アーチャーは一緒にレイシフトしているだけでほとんど疲れていない。
「あー、さすがのアンタもわかってんだな」
「何がだ?」
「何がって、今日の宴会には参加できないってことだよ」
「ああ、そうだな。私は料理を作る側だから」
「は?」
 信じられないという顔をされてアーチャーは首をひねる。
 どうしてそんな顔をしているのだろうか。
「何かおかしかったか?」
「いやいやいやいや、オタク本気かい?」
「本気とは」
「料理を作れるとでも?」
 どういう意味なのだろうかとアーチャーは疑問を抱いた。
「しばらく料理を作らなかったからといって、料理ができなくるというものではないが」
「オタクの料理の腕前を疑ってんじゃなくて!」
「まあまあ、赤い兄さんが作ってくれるって言うならいいじゃないか。楽しみだろ?」
 ロビンフッドが言い募ろうとすると、アーラシュが割って入ってきた。
「アンタも無理なのわかってんでしょ!」
「はは、そうだな」
 笑うアーラシュに、はぁとロビンフッドが溜息を落とす。
 一体何なんだ。
 アーチャーが料理を作ることに何の問題があるというのか。
「だが、この兄さんはわかってないからな」
 そう言いながらアーラシュがアーチャーを見るので、アーチャーは当惑した。
 アーラシュとロビンフッドの会話はおそらく成立しているのだろうが、アーチャーには意味が理解できない。
 それは、アーチャーが知らないことがあるということだ。
「なあ、兄さんはレベリングが終わったからいつもどおり、そうだろう?」
「そのつもりだ」
 アーラシュの質問にアーチャーは注意して答えた。
 何だ、何を聞かれている。
 今のはそのままの意味でとっていいのだろうか。
 おそらく違うのだろうが、アーチャーには答えが出ない。ロビンフッドが関りたくないとばかりに立ち去ろうとしたので、アーチャーはしっかりとロビンフッドの腕を掴んだ。
「ちょっと放してくれませんかね」
「話がわからないのでね。ここにいてもらいたい」
「オレは関りたくないって、わかるよな?」
「わかるからここにいてくれ」
 アーチャーがどこにも行かさないと手に力を入れると、うわっという声がロビンフッドから漏れた。
「オタク、なんでいつもオレを巻き込むかね」
「君を信頼しているんだ」
「そんなさらっと返されるの困るんですけどね!」
「ひどいな。傷つくよ」
「そういう本当っぽい顔すんのやめてくれって! 誤解されたら迷惑だから、いや、ほんっとに」
「兄さん達仲が良いなぁ」
 アーラシュの言葉にすぐさまロビンフッドが反応した。
「よくない! 普通だろ!」
「ロビンフッド、何を焦っているのかしらないが、落ち着きたまえ」
「オタクは黙っててくれ!」
 割と本気で睨まれて、アーチャーは目をぱちくりさせた。
「おい、アンタわかってんだろ。オレを巻き込むのやめてくれ」
 ロビンフッドが凄んでも、アーラシュは笑ったままだ。
「まあまあ、わかってはいるが」

「よお! エミヤ」
 そこにアキレウスもやってきて、ロビンフッドはアーチャーに掴まれていない反対側の手で頭を押さえた。
「アタランテの姐さんに聞いたぜ。明後日は一緒に菓子作りだって?」
「ああ、そうなんだ。明後日、子供の姿をしたサーヴァント達のためにお菓子を作るという話になってね」
 アタランテとは普段あまり話をすることがなかったが、今回は度重なるレイシフトで同じチームだったのでいろんな話をすることになり、結果、お菓子作りを一緒にすることになった。子供好きのアタランテは子供達と関わりたいと思っているようだが、そのきっかけがないと残念がっていたからだ。
 アタランテはアーチャーよりも後に来たサーヴァントで、まだ既知のメンバー以外とは関わっていなかった。
「へえ、そうかい。姐さんが幸せそうでよかったぜ」
「そうだな。私も、誰かが幸せそうにしているのはうれしいよ」
 自分以外の誰かの幸せは、アーチャーにとっての幸せだ。
「で、だ。その菓子作りに俺も邪魔していいか?」
「アタランテと君がよければもちろん」
「姐さんには話してくるから問題ないさ。よし、じゃあ決まりだな!」
 うれしそうなアキレウスに、アーチャーもうれしくなる。
 誰かが楽しくしているのは、うれしいことだ。
「ところで今日は久しぶりにあんたの料理を食べることができるのかい?」
「今日の宴会のことか。そうだな、そのつもりだが」
「おう、楽しみだ! なあ」
 アキレウスが同意を求めると、「食べることができたらいいな」とアーラシュが笑い、ロビンフッドが「無理だろ」と零した。
「ん? 何か用事でもあるのか?」
「いや、私は作るつもりでいるのだが」
「あんたの料理は旨いからな」
 にかっと笑うアキレウスは、本当にそう思ってくれているようだ。
 これは素直にうれしい。
「君に褒められるなんて光栄だよ。ありがとう」
 うれしさに、アーチャーの顔が自然と笑みを作ると、後ろから強い力に引っ張られた。次の瞬間、痛いくらいにきつく抱え込まれる。
「何かわいい顔見せてんだ」
 アーチャーはランサーの名を呼ぼうとして、口を噤んだ。ランサーの表情は冷ややかで、感情の色がない。
 これは、相当に機嫌が悪い時のランサーだ。
 しかもこの手の表情をしている時のランサーは危険だということを、アーチャーは身を持って知っている。
「ダメだぜ、アーチャー。誰彼構わず落とそうとすんのは」
 アーチャーの目の前に立ったキャスターがじっとアーチャーの顔を覗き込んでくる。紅玉の瞳に射すくめられてアーチャーは息をするのも苦しくなった。
 何の話をしているかわからないし、どう返していいのかわからないが、とにかくわかっていることは二人の機嫌が悪いということだけである。
「今日の宴会、アーチャーは不参加だ」
 何を勝手なことを、と普段なら言っているが、とてもではないが今は言えない。
 ランサーの両腕に力が入り、アーチャーの骨が軋む。痛みはするが、それを痛いと口にできそうにないくらいにランサーが怒っているのが伝わってきていた。
「もちろん、わかってるぜ」
 にこにこ笑顔のアーラシュと、「邪魔はしねぇさ」と言うアキレウスに、ランサーが視線を鋭くする。
「テメエら、わかっているな?」
 キャスターの冷たい声に、アキレウスもアーラシュも焦ることはなく通常通りだ。
 ただ一人、ロビンフッドだけが青褪めている。
「兄さん達の赤い兄さんに近寄るなって圧力がすごいからな」
 クー・フーリン達の醸し出す重々しいオーラに気づいてないかのように、アーラシュは明るい。
「そりゃあ、わかるってもんだろ」
 にこやかなアキレウスもまるで気にしていない様子だ。
「アンタらの独占欲に気づかないなんて、そこの赤いのくらいでしょ」
 ロビンフッドは相変わらず顔色が悪い。
 ……いや、ちょっと待て。今、引っ掛かる言葉があった。
 独占欲とは何のことだ。
 疑念を抱きながらロビンフッドを見ていると、目が合う。
「いや、ほんっとオタクすごいわ」
 ロビンフッドがしみじみと呟いた。
 話についていけていないのは、この場でアーチャーだけだ。
 ぐいっとランサーがアーチャーを抱き寄せる。
「これ以上、コイツとの時間を奪われるのは我慢ならねぇ」
「アーチャーに触るな」
「近寄るな」
「わかったな」
 ランサーとキャスターが交互に言うのはアーチャーの耳には入ってきているが、言葉の意味が頭に入ってこない。
 彼らは何を言っているんだ?
「アーチャーは明日は休みだ」
「部屋から出すつもりはねぇ」
 アーチャーは何だかよくわからないことが起きているなと他人事のようになりゆきを見守っていたが、やがて二人に左右から腕を掴まれてその場から連れ出された。


***


 
 何が何だかわからないままに、今、アーチャーはキャスターの部屋に連れ込まれてベッドに押し倒され、ランサーとキャスターに怒りを向けられている。
「我慢の限界だ」
 そう言ったのはどっちだろうか。どっちもなのか。
 訳がわからないまま、アーチャーは二人に肩と首を同時に噛み付かれた。
「痛っ!」
 甘噛みされても痛いというのに、今のは遠慮なしだ。
 皮膚が裂けた感覚がした。
「お前はほんっとうにわかってねぇなぁ」
「っ」
 痛みが広がり、アーチャーは歯を食い縛る。
「平気でオレ達以外に笑顔を見せやがって」
「そんなに簡単に見せるな」
 アーチャーは状況について行けずに首を左右に振った。
 そういうつもりではない。笑おうと思って笑ったわけじゃなくて、自然に出ただけだ。
 アーチャーは口にしていないのに二人には伝わったようで、冷たい二対の紅い瞳がアーチャーを同時に見つめる。射るような視線にアーチャーは動けない。
「何でわかんねぇんだ?」
「困った奴だな、アーチャー」
「何をしてもどうしてもわかりゃしねぇ」
「指輪や印じゃわからなかったか」
「それじゃ足りねぇか」
「じゃあどうすりゃわかるんだ?」
「さて、困ったもんだなぁ。オレ達の愛はわかりやすいと思うんだが」
 情報量が多すぎてついていけない。
 キャスターとランサーのどちらが話しているのかわからない。
 それよりも、今、愛と言ったか。
 愛、愛だって。
 何だそれは。
「わからなかったらしいぜ」
「そりゃすごい。さすがだなぁ、アーチャー」
 混乱するアーチャーに、二人は目を細める。
 ぞっとするほどに美しい笑みに、アーチャーは戦慄した。
 これは、危険だ。
「他の奴らにはちゃんと言っておいたんだが」
「そういやコイツには直接言ってねぇんじゃねぇか」
「ああ、そういえば、そうだった」
 理解できないから言わなくていいと、アーチャーは頭を振った。
 きっと、二人の言葉は理解できない。
 だから、聞きたくない。
「アーチャー」
 聞きたくないと耳を塞ぎたいができないので、アーチャーは逃げようと起き上がろうとしたが、両肩をぐっとランサーに押さえつけられた。ランサーの顔が近づいてきて、耳元で声が響く。
「愛してるぜ」
「ランサー……っ!」
 反応したアーチャーに、ランサーの口角が上がる。
「なぜ震えている」
 キャスターの手がアーチャーの髪を撫で、そのまま指先がアーチャーの頬をなぞり、唇へと移動する。ぐ、と緩い力がアーチャーの唇を押してきて、アーチャーは狼狽した。
「オレ達の愛が怖いか?」
「キャスター」
「そうだよなぁ。お前さんにしてみりゃ、何でこうなったかわかんねぇんだもんな」
 柔らかく微笑むキャスターは常とかわらず美しい。穏やかなのに、けれどその笑みに冷たいものを感じて身震いする。
「だがなぁ。わからないのも罪なもんだぜ? オレ達はやきもきして大変だ」
「自分相手でも許せんものを、どうして他の誰かに許せる」
 じっと二人に見つめられたアーチャーは、混乱しながらも口を開く。
「要するに、私が悪かった、ということだろうか」
「ああ、そうさね」
「そういうこった」
 キャスターとランサーがにっこりと笑顔で答えた。確かに笑顔のはずなのに、全く笑っているように見えなくて、それどころか静かな怒りを感じ、アーチャーは底冷えするような恐怖と混乱に胸が騒ぐ。
「まあいい。お前さんにはわかってもらうまでここを出すつもりはない」
「安心しろよ。マスターには伝えてあるからな。誰もお前を迎えに来ない」
「お前はオレ達が預かる」
「了解はとった」
「私の了解はとっていないだろう!」
 アーチャーが声を張り上げると、キャスターとランサーは顔を見合わせて笑い出した。
「はっ、ははっ! そうだな、お前の了解はとってなかったなぁ」
「なぁに、そんなのお前は了解するしかないさ」
「君達、どうしたんだ! おかしいぞ!」
 そうだ、おかしい。
 キャスターとランサーは冷静で、感情だけで行動することはほとんどない。
 それなのに、今から何をしようというのか。
 ああ、考えたくない。
 まさか、いや、違う、そんなはずはない。そうだろう?
「おかしかねぇなぁ」
「それだけお前に伝わってなかったってことか、いやぁ、お前はほんっと手強いわ」
「だが、今回のはいただけねぇな」
「周りはわかってるってのに、肝心のお前にオレ達の愛が伝わってねぇんじゃなぁ」
 賢王は何て言っていた?
 ロビンフッドはどうしてあんなにも慌てていたんだろうか。
 アーラシュもアキレウスもクー・フーリン達の言動を理解していた。
 わかっていないのは、私だけ。
 何をわかっていないのか。
 いやいやまさか。
 そんな身に余ることを、思ってはいけない。
「落ち着いて、冷静になってくれ」
「オレ達は冷静さ」
「そして正しい行動をしていると理解している」
 身体を動かそうとして、全く動かせないことに愕然とする。
 ゆっくりとランサーがアーチャーの上から退くが、アーチャーは逃げることはもちろん、起き上がることもできない。
 何か見えないものに手首を拘束されている。
「ダメだぜ、アーチャー。逃げらんねぇよ」
 にこやかに告げるキャスターに、ルーンで身体を縛られたことを認識した。
 ドクリと心臓が鳴る。
「さて、アーチャー」
「覚悟しろよ」
「お前さんは痛みには強いからなぁ」
「オレ達は痛くはしないさ。やさしいからな」
「何の話だ……! いやいい! 聞きたくない!」
 必死になるアーチャーに、キャスターとランサーは楽しそうに笑っているように見えるが、どろりとした重たい熱と冷え冷えとした怒りを感じて、アーチャーは知らず震えた。
「アーチャー、愛してるぜ」
「それをわからせてやる」
「すぐにわからなくても大丈夫だ、安心しな」
「わかるまで何度でも愛すからな」
 目を見開くアーチャーに、キャスターとランサーは嫣然と微笑んだ。


***


「わかったか? アーチャー」
「ん、ん、わかった、から」
 わかったとしか言えない。
 そう言わないと終わらない。
 身体は熱くて訳がわからないくらい気持ちいい。
 いろんなところに噛み付かれて血も滲んで痛いのに、それ以上に苦しいくらいに気持ちがいい。
 いっそ痛いだけの方が耐えられた。
 こんなに気持ちがよくては、死んでしまう。
「わかってねぇよなぁ? もっとだろ」
「ひぁ! あっ、あっ」
 そんなところダメだ、いやだ。
 頭が茹だってまともに思考できない。
 もっとされたら死んでしまう。
 本当に無理だ。ダメだ、本当に。
 気持ちいいのは、ダメなんだ。
「アーチャー」
 何て甘い声を出すんだ。
 それは私に向けていいものじゃない。
「愛してる」
 君達の愛は私に向けられていいものじゃない。
 そうだろう。そういうのはいいから。
「何だ、まだわかってねぇのか」
 ひやりと全身が一気に冷える。感情の見えない声に、アーチャーは総毛だつ。
「いや、わかっているのか」
「わかっているから、お前は認めたくねぇんだな」
「残念だったなぁ、お前はもうオレ達の獲物なんだから」
「絶対に逃がさん」
「そして掴まえた後も大事に大事にするから安心しろ」
「オレ達は一途だからなぁ」
 もう、どっちが話しているかわからない。
 理解する前に次々と与えられる言葉に、アーチャーは恐慌をきたした。
「離さねぇよ」
「運命感じてるからなぁ」
「お前もだろ?」
「まぁ、何にせよ逃がすことはしない」
「安心してオレ達に愛されろ」
 安心、安心といったか?
 こんなすばらしい大英雄に愛されて、安心なんてできるか?
 できるはずがない。
 あまりにも不相応だ。

 頼むから、もう少しゆっくり。
 そんなに一気に与えられては受け止めきれない。
 それはもったいない。
 君達からの愛情は、全部、余すことなく受け取りたいから、だからゆっくり。
 自分が、分を弁えていないと理解している。
 そして、こんなにも苦しく不安だというのに、それ以上に二人に愛されるのがうれしいだなんて、自分のことながら手に負えない。

Comments

  • わんわんお
    September 6, 2024
  • わんわんお
    March 2, 2024
  • July 5, 2022
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