又吉直樹の新作小説『生きとるわ』を語る会/第5回「何が真実で真実でないか、いったりきたりするジェットコースターみたいな感覚が、すごく不思議」(戸塚祥太×黒川隆介×又吉直樹 鼎談)
公開日:2026/3/28
誰がバケモノか、わからなくなってきますよね(黒川)
戸塚:岡田が有希に、横井にお金を貸している額が30万円じゃなく500万円であることを告白するシーン(197頁~)で、岡田が何を言っても有希がひたすら「めっちゃ阿呆やん」とだけ答えるんですよ。連載で読んでいたときは笑えていたのですが、小説になって読んだときにすごく怖くなって。
又吉:岡田自身はめっちゃ怖かったでしょうし、有希はかなり傷ついていたんでしょうね。「めっちゃ阿呆やん」って言うたびに、有希自身に刃がどんどん刺さっていくみたいなところでもあるし、だけど当事者じゃない側から見たらめっちゃ阿呆やし。俯瞰で見たら笑えるんですけど、当事者は必死ですよね。
黒川:岡田は、女性の意見に反論しないというスタンスが結構見えますよね。岡田の言い分だって本来あるはずなんですが、それを言わない。影に落とされてる感情を、まず自分から発表しないし弁解もしない。だからこそ、他の人たちの影に落とされた感情に自分が光を当ててしまう。
又吉:後半に登場する、岡田に対しての有希の「弱さに責任を押し付けるよな」「ほんまに弱さなん? 図太さじゃなくて?」というセリフ、すごく重要ですよね(391頁)。ダメな人間がいっぱい出てきて自分の愚かさというものを強引に他者に認めさせようとする物語でもあるし、弱さとどう付き合っていくかっていう岡田自身の話でもあるんです。でも有希の言葉によって、その全てが揺らぐんです。あのセリフが出てきたとき、僕自身なんか傷つきました(笑)。僕、今後これを言われたら黙るしかない。
戸塚:でも、このフレーズすら横井には効かない気がするんですよね。
又吉:確かに横井は乗りこなしそうですよね。「そうやな、ごめんな」みたいに。
戸塚:横井って本当にクズだと思うんですよ。でも、ちょっと横井を好きな部分もあって。借金を抱えたまま逃げていた横井をつかまえて問い質す広瀬に、「借金している奴は誕生日も祝ってはいけないのか!」って逆襲するシーンなんですけど(26頁)。横井の言っていることは無茶苦茶なんだけど、「どういう状況であれ楽しむ権利みたいなのは誰だって持っているはずだよなぁ」って妙に考えさせられました。
又吉:それをお前が言うなって話なんやけどな(笑)。これを第三者が言って、「なるほどね。じゃあ横井の話を聞いたやろうや」だったらわかるんですけど、なんでそれを横井本人があの状況で言えてしまうのか……でも、それが横井のかわいげでもありますよね。
黒川:誰がバケモノか、わからなくなってきますよね。後半にかけて岡田自身のセリフで象徴的だったのが、「自分は彼等そのものであり、彼等は自分でもあった」(373頁)なんです。自分がバケモノとして生きているのか生きていないのか、その自覚が曖昧になってくる。横井のお父さんも、一番狂ってる人にも見えてくるんです。岡田が何十年ぶりに家にお邪魔したときに、弾き語りを披露したり……(51頁)。
戸塚:しかも選曲(シェリーに口づけ)が最高ですよね。
又吉:はい。歌うと難しい曲を選んでますからね。
戸塚:フレンチポップなんだ!? っていう。フランス語、多分めっちゃ難しいですよね(笑)。
又吉:バケモノみたいなキャラクターが登場したときに、単体で見てたら、もう本当にバケモノのままなんですけど、その家族が出てくるとちょっと変わってくる。家族がそいつのことをどう思ってるかとか、信用できる部分があるとか。だから、岡田が騙される理由はそこにあったんじゃないかなと思います。横井は何かしらの魅力を持ってるのかなとは思いますね。完全なるバケモノみたいにはしたくなかったっていうのはありましたね。
戸塚:岡田も後輩から借金して寿司屋に行くシーン(370頁)とか、最高だなって思いましたね。極限まで追い詰められたときに、多分ああなってしまう自分を見ているような。
黒川:岡田も十分にバケモノで、「醜悪なものに触れにいくはずなのに、心穏やかになっていくことを奇妙に思った」(212頁)というシーン。ここがもう、体がまさにヤバいものに触れに行くっていうことが安心感に繋がり始めてる。
又吉:だから岡田は、横井にもあれだけ依存するんですかね。
黒川:岡田のセリフで、「世間知らずの自分が阿呆であることが恥ずかしいのではない。青臭い言葉を使うと、友達に裏切られたことが強烈に恥ずかしかった」(427頁)が横井との関係を表す表現として印象的でした。いろんな表現の機微を使い、すごく革新的な部分ですべてのまとめが「恥ずかしかった」で落とせるところが。
又吉:「恥ずかしい」っていう感覚が、情けなさというか、すごく僕の中で大事なんですよね。それこそ、『月と散文』というエッセイ集にも書いたんですけど、小学校一年生で初めて文集を作るときに、僕だけ2つ採用されたんです。巻頭に置いてもらったものが、「●●しました。恥ずかしかったです。●●しました。恥ずかしかったです」。全部の文章の最後に「恥ずかしかったです」を付けているんですよね。それは何も意図してないんですけど、ネタ的に捉えられて、先生もみんなもウケていて。当時はなんでウケているのかわからなかったんですけど、大人になってもずっと一緒なんですよ。この「恥ずかしい」は、きっと何かに置き換えられるとは思うんですけど。
黒川:お金を着服していた横井を大倉と広瀬と捕まえて、問い質そうとする場面では、当然債権者の3人VS横井という構図になるわけですが、岡田はそれを避けるんですよね。きっといじめみたいな構図になることを、岡田は恥ずかしいと思っているんでしょうね。
又吉:いろんなことが少しずつズレていれば、岡田はこんなことにならなかったはずなんですよね。岡田は自分の悪いところを見ようとしてしまって、それが過剰になっていく悪循環があるんじゃないかなと思います。いま、僕も仕事をしながら生活できているけれど、いつ何時、道を踏み外してしまったり、仕事ができなくなる状況に陥ってしまうか……。でも、そういうリスクってみんなにあるんじゃないかなと思ったんですよね。