「発達障害」ばやりの弊害
「MY TREEプログラム:虐待に至った親たち回復」の児童相談所での 今年の実践の面接が始まった。
面接した親たちの何人もがマスコミやSNSの影響を受けて、子どもの発達障害を疑い、自分もADHDだから、自閉だからと、診断を受けたり、「発達障害」を語ることに饒舌です。現場のそんな状況は以前からあったことだが、この2〜3年悪化している。
虐待行動と発達障害は本質的に全く異なった事柄だというのに。
この「発達障害」ばやりをなんとかしないと、虐待問題に取り組む私たちの活動は多大な負の影響を受ける。
米国の当事者の間では、「発達障害」の用語は「脳神経多様性」にとって代わられている。
日本でも10年後には死語になると予想している。
ということで、以下3年前に月刊誌に載せた拙文をまた転載することにした。
先週のブログで、短い文を書くと約束したばかりなのに、この文はまたやたら長い。
連載「多様性の今」3 脳神経多様性(Neurodiversity)か自閉症スペクトラムか
(2017年 月刊「部落解放」掲載文 森田ゆり著 )
ヨーガと自閉傾向
4年前から児童養護施設、児童心理治療施設、児童自立支援施設などでヨーガを教えています。これらの施設では、様々な事情から家庭で養育できない子どもたちが暮らしています。近年は6割以上の入所児が親による虐待、ネグレクト、DVの目撃ですが、その他にも親が入院、行方不明、死亡、拘禁、精神疾患などの理由で入所しています。いずれにせよ、PTSD症状のある子、愛着障害、自閉症、ADHDなどによる困難を抱える子どもたちが少なくありません。ヨーガはこうした困り感のある子どもたちのストレスを軽減し、自分の身体に意識を配るマインドフルネス脳訓練で、集中力、注意力、感情調整力、自信を養うことを目的として実施しています。すでに欧米での近年の研究によってヨーガのこうした効果が統計研究からも、脳の画像研究からも実証されてきているからです。
私も研究者の力を借りて数量的効果調査を続けてきて、ヨーガがストレス軽減だけでなく、集中力や感情調整力を高めていることが明らかになっています。加えて、心理士や生活担当の職員が子どもたちの変化を知らせてくれます。物や人に暴力的に当たることがなくなった。不機嫌やイラつきが減った。「いや」と言ってぐずることが激減した、落ち着いて話しあえるようになった、自信を持ち始めている等々。
そういう変化を聞いたり、見たりすると、その度にヨーガを教えさせてもらっていることに感謝の気持ちで一杯になるのです。
実は最初の一年間は、様々な特性やこだわりを持つ子どもたちの反応一つ一つから学ぶチャレンジの連続でした。
マットに座っていることができなくてすぐに部屋の中をうろうろ歩き回る子、
突然大きな声を出す、手を叩くことにこだわる子、
脊椎側湾症ではないのに背骨をまっすぐに維持することが難しい子、
すぐにグニャとマットに体を伏してしまう子、
クラスの予定変更に烈火のごとく怒り出した子等々。
始まりの瞑想の最中に遅刻して入って来たと思ったら、自分の背丈より長い細い木の枝を鞭のように振りまわす子もいました。
いつもその場でポジティブにフィードバックすることを胆に命じて対応して来ました。
以下に、ヨーガの効果が顕著に現れた子達3人を紹介することで、本稿のテーマの神経多様性について考える材料としましょう。
Aくんは知的能力が高い自閉傾向の強い13歳です。2歳の時から施設で暮らしてきました。第一回目のクラスで彼は最初からマットに座ることができず、10人の生徒と一人の職員と私とでほぼ一杯になっている部屋の後ろの方を右へ左へと歩き続け、時々私に向かって急に接近してきてはまたうろうろ歩き続けるという行動を続けました。
皆が瞑想をし、呼吸法を練習し、ポーズを学んでいた60分間、うろうろ、ストップ、私に向かって接近、を無表情に繰り返していました。何しているんだろう、様子を伺っているのかな、とわからないままも、別れ際に「Aくん、来週も来てね」と言う声かけは忘れませんでした。
次の週、彼は私よりも早く来てマットの上に座っていました。
「ヨーガは背骨をまっすぐにして座って、ゆっくりと腹式呼吸を続けること」と繰り返し私が言っていたことを彼は最初のクラスでしっかり聞いていたのでしょう。他の誰よりもその二つのことがよくできていました。
以来、Aくんは100パーセント集中してヨーガを続けました。いつも無表情なのでヨーガが好きなのかどうかもわからないのですが、一度も休むことなく、周りの子とおしゃべりすることもなくヨーガに集中していました。
3ヶ月後、施設の担当の職員が「A くん、ヨガやるようになって変わったなあ。他の子への攻撃行動がすごく減った」と報告してくれました。5ヶ月後には彼をジュニアリーダーに指名して私と一緒に他の施設に教えに行ってもらいました。そこでジュニアリーダーの役を堂々と果たした様子を見た担当職員が驚きを語りました。人前で何かすることは絶対ダメな子だったのにと。
Bさんは14歳女子。一年ほど前からヨーガクラスに来ています。対人関係がうまく作れなくて孤立してしまいがちということは職員から聞いていました。 自分の内側に集中することを要求されるヨーガのクラスでは、ある種の自閉傾向は、逆に良い効果をもたらすのかもしれません。背筋をすっと伸ばしての長い瞑想や、ゆっくりと腹式呼吸をしながらのポーズをとることに60分間しっかりと集中することができる子なのです。夜は虐待のトラウマ症状としての悪夢に悩まされているのですが、ヨーガクラスで習った呼吸法を使って対応していると聞いていました。
先日、ヨーガクラスの後の夕食の席で、Bさんがこんなことを話してくれました。
「ヨガのクラスをやってて本当によかった。前はね、気持ちが全然言えなくて、いっぱいため込んでいたんだ。今は、セラピーの先生にいろんなこと言えるようになったの。これってヨガのおかげだよ。」「成績だって、よくなったんだ。国語のテスト、前は30点代だったのに、今は70点とかとってるの。ゆり先生、ヨガ教えてくれてありがとう。」等々。
たくさん話をしてくれて、聞いているうちに、食堂は私たち二人だけになっていました。
彼女は、前にも私に「ヨガやっているからすごく集中力がついて、この連休中も3冊も本を読んだ。前はマンガだって最後まで読み通せないで途中でやめちゃってたのに。」と言いにきてくれました。こんな風に子ども自身が自分の内面や行動の変化に気づいて、それを言葉にしてくれることはあまりないので、とても嬉しいことでした。
Cさんは10歳の女子。父親からの性的虐待で分離措置になったのですが、入所してしばらくは選択的緘黙で一切誰とも話しをしませんでした。初めてのヨーガのクラスでも言葉は一言も出ませんでしたが、ヨーガはとても素直に受け入れてやっていました。
クラスの中で、私は「ヨーガで一番大切なことは、いつも背筋をすっと伸ばしていることと、ゆっくりとした鼻でする腹式呼吸を続けていること。この二つができている人はジュニアリーダーとして私と一緒に他の施設に教えに行ってもらいます」と言いました。
そのクラスが終了した時、彼女は私が座っているマットの横に来て、「ジュニアリーダーになりたい」とはっきりとした声で言ったのです。場面緘黙だと思っていたので声が聞けて驚きました。彼女も自分にびっくりしたような顔をしていました。その3ヶ月後、彼女はジュニアリーダーとして私と一緒に他の施設に教えに行ってもらいました。
自閉症スペクトラム障害は、2013年に出版されたアメリカ精神医学会の『DSM-5』(『精神疾患の診断・統計マニュアル』第5版)において、これまでアスペルガー症候群、高機能自閉症、早期幼児自閉症、小児自閉症、カナー型自閉症など様々な診断カテゴリーで記述されていたものが「自閉スペクトラム症/自閉症スペクトラム障害」の診断名のもとに統合されました。
支援方法も共通であることが多いため、「連続体」を意味する「スペクトラム」という言葉を用いて障害と障害の間に明確な境界線を設けない考え方が採用されたのです。
一方で当事者の中から、自閉症スペクトラム障害という診断に対しても、自閉症は障害ではない、それは脳神経多様性の一つだという主張が出されてきました。その主張には次のような思いが込められています。
・私たちには”治療”は必要ない。必要なのは脳神経の違いへの理解と共感に基づくケアである。
・欠陥、疾病、異常などの言葉の使用は不適切だ。私たちの特性はしばしば定型発達の人々にない能力やストレンスである。
脳神経多様性運動の推進者たちは、行動療法が自閉症者たちの苦悩を軽減するよりも、定型発達の人々の都合に合わせるように要求されていると言います。
自閉症の子どもは手をひらひらさせることをやめるように訓練させられたり、人の目を見て話すことを指導されたりするが、当人たちにとっては、目を合わせることは不安を引き起こす経験なので、誰かの目を見ないようにしようという自然な傾向を抑え込むことは相手が何を話そうとしているか理解することを妨げることにもなりかねないのです。
脳神経多様性運動は重度の発達障害がある人のニーズを無視しているという批判もアメリカにはあります。
しかし世界的に知られることになった東田直樹くんは、母親の献身と努力とによって独自の言語を獲得したために、世界の人々に影響を与えて活躍していますが、症状としては重度です。
「自閉症の僕が飛び跳ねる理由」
「自閉症の僕が飛び跳ねる理由:会話のできない中学生がつづる内なる心」が2014年に世界的な大ベストセラーとなって以来、作家として執筆活動を続ける東田直樹さんは、自閉症の人の内的世界を次のような美しい詩的な表現で教えてくれました。
「手のひらをひらひらさせるのはなぜですか?
これは、光を気持ちよく目の中に取り込むためです。
僕たちの見ている光は、月の光のようにやわらかく優しいものです。そのままだと直線的に光が目の中に飛び込んでくるので、あまりに光の粒が見え過ぎて目が痛くなるのです。
でも光を見ないわけにはいきません。光は僕たちの涙を消してくれるからです。
光を見ていると、僕たちは幸せなのです。たぶん、降り注ぐ光の分子が大好きなのでしょう。
分子が僕たちを慰めてくれます。それは理屈では説明できません。」
(「自閉症の僕が飛び跳ねる理由」東田直樹著 エスコアール出版部より)
子どもたちに自分の気持ちを言葉にし、それを表現することを知ってほしくて15年前に出版し、今も再版を続けている「気持ちの本」(森田ゆり著童話館出版 2003年)の最後に、
「いちばん悲しいときは 気持ちがわかってもらえないとき いちばんうれしいときは 気持ちが通じあえたとき」
という言葉を書きました。この言葉は当時知り合った自閉症の青年の口からでた言葉で、それを聞いたとき、私はたまにしか言葉を発しないその青年と深いところで繋がれたように思えて、涙が出て仕方がありませんでした。
1990年代、カリフォルニア大学で多様性研修のプログラムを開発していた頃に私が出会ったアメリカの動物学者のテンプル・グランディンから、私は初めて自閉症の人々の独特な視点が定型発達の人にはできない創造をもたらすことを知りました。
彼女は、自分の空間認知能力や細部への徹底した集中力は自閉症ゆえに持っているもので、そのおかげで世界的に活用されるようになった非虐待的屠畜場を設計することができたことで知られていました。子ども時代から人間よりも自然と動物を友達にしてきた経験も影響しているそうです。彼女は、もし自分たちのような脳神経タイプがいなかったら、人類は今もって洞窟生活をしていたかもしれないと言いました。電球を発明したエジソンが発達障害を持っていたことを念頭においてのコメントでしょうか。
他の著名な自閉症のあった人物として、アインシュタイン、やスティーブ・ジョブ、モーツアルトらが名を連ねます。
これらの人々が存在しなかったとしたら、、、と想像するだけで、自閉症的な脳神経が人類の進歩にとって不可欠だったことに納得がいきます。ちなみに彼女の半生をTV映画にした「テンプル・グランディン〜自閉症とともに〜」は2010年エミー賞を受賞。日本語でも視聴可能です。
「フツー病症候群」または「「定型発達症候群」
脳神経多様性推進者たちは、自閉的な特性を異常な症状として精神疾患に入れる社会を皮肉って「普通の人たち」を「フツー病症候群」または「定型発達症候群」としてその症状を以下のようにリストアップしました。
「1、はっきりと本音を言うことが苦手、
2、いつも空気を読んで行動することに懸命、
3、いつも誰かと一緒でないと不安になる、
4、必要なら平気で嘘をつける、
5、フツー病の人たちの和を乱す者を許さない、」
脳神経多様性を主張する人々のこの指摘は耳が痛いです。あらためて、「フツー」は「異常」かもしれないと気が付かせられます。あなたが、あなたの仲間が、あなたの職場が、TVのワイドショーが、国会答弁の場がフツー病に陥っていないかどうかを検証することは、多様性受容力を高めることにつながります。
思えば、発達障害や虐待のトラウマを抱える子どもたちにヨーガを教えるために、自閉症スペクトラム障害の診断基準の知識は私には必要ではありませんでした。必要だったのは、子どもたち一人一人皆、脳神経のあり様が様々だという「違い」の受容と、言葉や顔つきの表現がなくても、嬉しさや悲しさや寂しさの感性は「共通」なんだとの多様性理解でした。
14歳だった東田直樹くんは、アインシュタインやスティーブ・ジョブスやテンプル・グランディンのような高機能自閉症の有名な人々が、テクノロジーや文明の発展に貢献している以上にもっともっと重要なことを指摘してくれました。
自閉症の人は有名人にならなくてもただ自閉症のあるがままで、地球の命の美しさと大切さをフツーの人々に思い出させてくれる人々なのです。それを感じる感性がフツーの人たちにあるならば。
「僕は自閉症とはきっと、文明の支配を受けずに、自然のまま生まれてきた人たちなのだと思うのです。
これは僕の勝手な作り話ですが、人類は多くの命を殺し、地球を自分勝手に破壊してきました。
人類自身がそのことに危機を感じ、自閉症の人たちをつくり出したのではないでしょうか。
僕たちは、人が持っている外見上のものは全て持っているのにも関わらず、みんなとは何もかも違います。
まるで、太古の昔からタイムスリップしてきたような人間なのです。
僕たちが存在するおかげで、世の中の人たちが、この地球にとっての大切な何かを思い出してくれたら、僕たちは何となく嬉しいのです。」
(「自閉症の僕が飛び跳ねる理由」東田直樹著 エスコアール出版部より)