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攻略対象a/Novel by ねづ

攻略対象a

76,708 character(s)2 hrs 33 mins

再録/
HA槍弓。
コンセプト:BLゲー主人公vsエロゲー主人公。
*生前槍エピねつ造。
*なんでも許せる方向け。

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【発端】

「ランサー。ケーキにしますか、麻婆豆腐にしますか、それともサンドウィッチ?」

 花壇に水やりをしていたランサーの口から煙草が石畳へと転がりおちた。慌ててつま先で火を消してから、携帯灰皿へと捨てる。一度通りすがりのレッドなお兄さんに口頭注意を受けてから火の後始末には気をつけている気のイイ兄貴は、三本の指を立てている自らのマスターを凝視した。
「ワ、ワナか……!?」
「心外ですね、ねぎらいですよ」
「ね、ねぎらい……?」
「はい。教会に戻ってきてからの一週間、貴方の働きは見事でした。ですから、わたしなりにお礼を考えたのです」
「や、ワナだとしか思えないんだが」
 戦々恐々としているランサーに、カレンはにっこりと笑った。
「ランサー、選ばないのならばケーキにしますよ」と言われ、ランサーは思い切り挙手した。
「サンドウィッチ一択でお願いします!」
「そうですか。なら、お昼は貴方の分だけサンドウィッチを用意させていただきます」
 修道服をまとったカレンはにこりともせず、しかし声色だけは残念そうに告げると、よどみない足取りで教会の裏側へと戻っていった。
 誰の趣味か定かではないピンク色の象ジョウロを脇にさげ、ランサーは呆然とカレンの後姿を見送った。

 英雄王と修道女によって教会へと連行されてきたランサーは、業者をいれにくい暗部の修理や屋根裏側の骨組みの調整といった重労働を課せられていた。閉じられた四日間が過ぎれば日付はあっという間に十一月へと足早に向かっていく。ひと月もたたずに冬を迎えることもあり、無償の働き手を求めていたカレンの要求にあれやこれやと従っているとすぐに一週間も拘束されている。
 労働はともかく(悲しいかな、四日間のおかげで大変慣らされた)として、朝昼夜を問わずの激辛激甘攻撃に音をあげる寸前だったランサーには先程の提案は晴天の霹靂だった。なにかの罠だとは思うのだが、それでもまともな食事というのは魅力的だ。お節介焼きの衛宮士郎に誘われるか、バイト先の賄いでの食事の味を知ってしまうと、どうしても激辛か激甘しか食べるものがないのはつらかった。
「それにしても、なァ?」
 ジョウロの最後の一滴を花びらにそそぎ、ランサーは誰にともなく同意を欲した。灰色の混ざる青空から風が一瞬強く吹きつける。
「怪しすぎるだろ……」
 万感の意がこもったひと言は、この場に衛宮士郎がいたならば無言で強くうなずいたにちがいない。それだけカレンの日頃の行いは彼女を知りうる者からすれば正に災いのようなものだった。
 ランサーは落としてしまった煙草の代わりに新しい一本を箱から銜えた。現界してから覚えた嗜好は、荒れそうな気分を落ち着けるのにちょうど良かった。しばらく煙の苦さを味わっていたランサーは、頭をひと掻きしてから花壇を離れた。カレン相手には、ランサーの抗議は犬のムダ吠えで済まされ、まともに取りあわれやしないのだ。ためらったところでなにも良転しないのは、ランサー自身がよく理解していた。


 指先を染める生乾きのペンキを屋外の水道で洗い流し、ランサーは食卓がもうけられている部屋へとゆっくり向かった。鼻先をくすぐる匂いのもとは、恐怖をばらまく麻婆豆腐だ。サンドウィッチの気配は微塵もないが、麻婆豆腐にかきけされているだけだと信じたい。
 のろのろと椅子を引いて、深く深く息を吸いこんでいるところに入り口から偉そうな声が聞こえてくる。いつものライダースーツ姿のギルガメッシュが定位置に座った。カレンをはさんで向かい合う形になったランサーは、暴食から逃げ回ってばかりのギルガメッシュが嬉々として食卓を陣取るのに、うろんげな目で見据えた。
「なんでテメェがいるんだよ」
「業腹だが我のマスターはそこの女でな、たまに顔を見せろと煩わしいのだ。それに今日の我は気分が良い。我の寛大さに感謝しておくのだな」
 セリフ通り、ランサーの質問にも苛立ちを見せずにギルガメッシュはナプキンをいそいそと装着した。
「気分が良いたってなあ、テメェの分の昼食は麻婆豆腐だってのによく笑ってられるもんだ」
「フン、口直しがあればこの程度の粗食たえぬいてみせるわ」
 尊大に顎を引いたギルガメッシュの前には麻婆豆腐がつがれた深めのスープ皿が置かれている。ランサーにはサンドウィッチが盛られた平皿がカレンから回された。カレンは生クリームで築かれた城塞にフォークを刺し、形を整えている。
 カレンが食前の祈りをささげるのを横目に、ランサーとギルガメッシュは食事に手をつけた。いくらマスターが教会に属する人間であろうと、英霊には関係ない。
 ギルガメッシュが麻婆豆腐をレンゲで掬うのに戦々恐々としているのに半笑いし、ランサーは怪しい具材がはさまれていないかサンドウィッチを確認した。どちらかといえば食欲を刺激する匂いだ。魔術の気配もないことからランサーはサンドウィッチを安全だと判断し、ひとつ齧ってみる。さしむかいからの視線がうっとうしいが、味に不審なところはないのでランサーは山盛りのサンドウィッチに手をつけはじめた。
 気持ち良いほどあっという間に消えていくサンドウィッチに、カレンが「おいしいですか」と問う。ランサーが「麻婆じゃねえってことを差し引いても、うまいわ」と最後のひとつをつまんだ。
「そうですか。見たところ変化が見受けられませんが」
「変わるもなにも、食ったら腹が膨れるだけで……え?」
 ランサーが油の切れた動きで、ぎぎぎとカレンを振り向いた。
「変化って、なにが」
「影響なし、ということですか。ギルガメッシュ、やはりランサーの対魔力をきちんと計算にいれるべきでしたね」
 見かけだけは儚い美少女が物憂げにためいきをつくのに、ギルガメッシュは何杯目かの水をひりつく口内へと流しこみながら高慢な柳眉をつりあげた。
「我に劣るとはいえ、駄狗も神の血を引く者ということだ。まったく大した役者よ」
「おい金ピカ、サンドウィッチになにをしこみやがった!? 怪しいとは思っていたが、そういう腹積もりだったのかよ……!」
 吐き戻すにも魔力に消化してしまったサンドウィッチは、完全にランサーの体に同化してしまった。二人の反応からなにかが混入されていたようだが、効果は発揮されなかったらしい。胸をなでおろして自身の稀な幸運をよろこぶ前に、ランサーはギルガメッシュに詰め寄った。
「なにをと言われても、贋作者のマスターより仕入れた薬を混ぜただけのこと。そう騒ぎ立てるな、つまらぬ男だ」
 麻婆攻略をあきらめたギルガメッシュは、ライダースーツのポケットから装飾のほどこされた小瓶を取りだすとランサーに見せつけた。
「どうせ貴様には効かなかったのだ。上等な餌をくれてやった代わりに、セイバーのマスターへと渡しておけ。不良品を押し付けるな、とな」
「は、テメェ、坊主からそいつを盗んできやがったのか?」
「盗む? この世の財はすべて我のものであるというのになにをいう。それに、この薬を持ってきたのは我ではないぞ」
「テメェじゃなけりゃ誰だよ」
「小さいギルガメッシュです」
 カレンが答えた。食後の祈りをさらっと済ませていた彼女は、ギルガメッシュが指先でつかんだままの小瓶をテーブルの上へ移動させた。
「彼はちゃんと衛宮士郎に尋ね、その小瓶を貰い受けたといっていました。ただ本当にもらって良かったのか心配になり、マスターである私の元へ報告しにきてくれたのです。とてもできたサーヴァントで、駄犬とはくらべものにはなりませんね」
「犬いうな。で、親切なちびが持ってきたそいつを使って、オレで遊ぼうと考えたわけか」
「遊ぶなんて、そんなもったいな……いえ、ひどいことに使おうなどと思っていません。貴方は頑丈ですので、薬の効果をためすのにはぴったりかと思いまして」
 あそぶはあそぶでも、もてあそぶの方だった。
 言峰のおかげで大分そういった言動に耐性がついてきていると自負しているが、それでもやはりこうした扱いはいただけないし、馬鹿馬鹿しい。戦いのために召喚されたサーヴァントはモルモットではない。
 怒りが額に充満するが、爆発させるほどランサーは若くない。眉頭をひとさしゆびで掻きながら「マスターよォ」と口火を切った。
「オレは実験動物かなにかか? あのな、サーヴァント使うんならもっと巧く使えよ。得体のしれない薬なんてもんで自分の手駒を減らすなんざ三流のやり口だぞ」
 カレンは悪意のない微笑みでランサーをなだめた。
「戦いに使えなくなったサーヴァントの使い道なんて、ほかにあるのでしょうか? 私なりに貴方をうまく使っているのですが、不満があるようね。だって貴方が戦いに赴くなんて、勝者である衛宮士郎の中身がまるきり入れ替わるくらいにありえないわ。もちろん私からの依頼は別になりますけれど」
「オレは実験動物でしかないと言いたいのか?」
「そこまで乱暴な扱いをしているつもりはありませんよ」
「へえ。そうかい」
 剣呑にランサーが目を細めた。カレンは、ふふふと含み笑いで返す。二人の会話の内容に一切の興味がないギルガメッシュが「口直しにならなかったな」と落胆を隠そうともせず、どこからか取りだしたワイングラスを唇へと傾けている。
 しかし一触即発の空気は、教会からの誰何の声で霧散した。
「あら、誰か来ましたね」
 にらみあいはカレンにとっては暇つぶしでしかないのか、あっさり立ち上がり、教会の入り口へと歩いていった。ランサーはその背中を睨むでもなく、あきれたように一瞥してから背もたれへと腕をかけた。
「ったく、人をおちょくるのも大概にしてほしいもんだ。それで、サンドウィッチに仕込んだ薬の正体ってなんだよ? ロクなもんじゃねえってのはわかってんだからな」
 ギルガメッシュの白皙に映える紅い目に居座る瞳孔が、きゅっと不機嫌そうに細まった。いたずらの仕込みが発動しなかったのが不服であると露骨に示している表情を無視して、ランサーはこたえを催促した。我サマの顔色ばかりうかがっていては話が進まないのを重々承知しているからだ。ギルガメッシュは心底つまらなそうに「気分がのらんときの美酒はまずいものだ」と頬杖をついた。
「おい、言えよ」
「吠えるな。我に口をきく許可を与えたおぼえはないぞ」
「オレはテメェが上に立つ者だと認めたおぼえがないんだがな」
 ギルガメッシュはグラスをテーブルへのせ、面白そうに唇を半月へとかたちづくった。
「あまり躾がされていないようだな、駄狗」
「生憎と、敬愛していない相手にかしずく趣味はないんでね」
 ランサーが空中に手を伸ばした。マスターであるカレンからは教会内での戦闘行為は禁じられているが、たまには槍で一発ギルガメッシュを不遜な態度ともども小突くくらいはゆるしてほしい。あの小さいギルガメッシュのほうが余程王サマらしいのはいかがなものか。
 宝具を顕現させようと魔力を練りかけたランサーの手に、槍ではない重みが乗った。

「やめんか、たわけ」

 乗せられた包みは甘く香ばしい香りを漂わせている。焼き菓子の類だろうそれをランサーに押しつけた張本人は、背後のカレンに聖骸布を引っ込めるよう指示した。
 アーチャーに止められたカレンは数度瞬いてから従った。ランサーから包みを取り上げながら、細い声を出す。
「また喧嘩ですか、ランサー」
「喧嘩なんてもんじゃねえよ。面倒で我がままな王サマの、空っぽの頭をつっついてやろうとしてただけだ」
 横柄に顔をそむけたランサーに、アーチャーが顔をしかめた。
「どうせギルガメッシュの挑発を受けたのだろう。うっぷん晴らしはかまわんが、相手と場所を考えてからにしておけ」
「へぇへぇ、ご忠告どーも」
 今度は頭頂へと二つ目の包みを盛ったアーチャーの脛を蹴ってから、ランサーは一週間前に港で見かけて以来の釣り仇を振り返り――

「ぐっ……!?」

 頭蓋内で火花があざやかに散り、収束していく。ぱちりぱちりと小さな粉火が端におどり、ランサーはくらりとテーブルへと倒れこむ。一瞬で視界が黒色に支配されたランサーの前で、ギルガメッシュが「時間差か」と、うきうき声で身を乗りだした。
「お、おいランサー! 大丈夫か!?」
 眼前でいきなり苦しみはじめたランサーが椅子から床へと転げないようにアーチャーが細身の体を支えるのをよそに、カレンが危なげなくランサーの頭から落ちてきた包みをキャッチした。
「……君な」
 特別ランサーに好意を抱いているわけではないが反射的についランサーを助けてしまったアーチャーは、カレンの反応に苦虫をかみつぶした。土産を大切にしてもらえるのはうれしいが、焼き菓子は今朝未熟な衛宮士郎がつくったものなので更に顔がしぶくなる。
「いただいた恵みをおろそかにしてはいけないと、修道院で教わりましたので」とカレンは包みを安全な場所へと動かしてから、ギルガメッシュに頷いた。
「ギルガメッシュ、設定はいきていますか?」
「無論だ。この程度の些事でうかつに消えてしまうものなど、我の財ではない」
「君たち、いったい何の話をしているんだ?」
 唸るランサーの背を無意識にさすってやりながら、アーチャーが眉間の皺を深めた。セカンドオーナーである凛が不在のため、代行としてアーチャーはカレンの元へ定期報告の義務を負っている。教会に良い印象を持っていないので、報告書と口頭での伝言を終わらせたら帰ろうと思っていた矢先に、厄介二人により引き起こされた事態に声がきつくなる。
「カレン・オルテンシア。私がこうして教会へと足を運んでいるのは、なにものも脱落せずに終結した聖杯戦争による異常が現れていないかを報告するためだったと記憶しているが? なぜ自ら災いを招くような真似をするんだね」
 カレンは、まあ災いだなんておそろしいと嘯いてから、胸の前で手を組んだ。
「貴方の定期報告にはいつも助かっていますよ、アーチャー。それにこれは災いなんてものではありません。ギルガメッシュによるちょっとした悪戯ですよ」
「サーヴァント一騎を数秒でも昏倒させかける代物が悪戯とは、私と君とでは悪戯の解釈がだいぶ異なるようだな」
「いいえ、同じです。ほらランサーを見てください、もうすっかり落ち着いているでしょう」
「む」
 テーブルに顔を伏せていたランサーが両手で目元をこすっている。ふらついている様子はなく、確かにカレンが指摘したとおりだった。
 アーチャーは大人しいギルガメッシュとカレンに警戒しながらも、ランサーの顔を覗き込んだ。
「ランサー、大丈夫か? 気分はどうだ」
「くっそ、気分は最悪だぜ。アイツら得体のしれない薬を食事にいれやがった」
 かぶりを振り、虫食いだらけの視界がまともに像を結ぶのにランサーは安堵した。テーブルの陰影をしっかり視認できる。たったさっきまで双眼は機能していないも同然だったのだ。
 背中に当てられた手のひらに身じろいで不要だとアピールする。アーチャーは「薬……?」と不審げにつぶやいたが、ランサーが顔をあげようとするのに気付いて行為をとどめる。
「待て、急に上体を起こしてはまた倒れるかもしれん。ゆっくり顔をあげろ」
「言われなくともそうするっての、いちいち指示すんなよ。心配しすぎだろ」
「ギルガメッシュが関わるものすべてが厄介なのだから、いくら警戒しても足りないくらいだ」
「それには同意しとくがな、限度ってのがあるだろ」
 口うるさいアーチャーにわずかな苛立ちを感じながらも、ランサーは緩やかな速度で額をテーブルから離した。
 思ったよりも近い位置にアーチャーの顔があるのにのけぞったが、そこに普段の皮肉屋ではなく病人を心配するまっとうな常識人の仮面がはりつけられているのに瞠目した。
「ふむ、顔色は大丈夫なようだな。立てるか?」
「あ、や、立てると思うが」
「補助なしでもいけるかね?」
「ふらついたときは肩を借りるけどな、それ以外は必要ねえよ……おい。ギルガメッシュ、カレン。テメェら何見てるんだよ」
 包みを腕に抱えたまま、カレンが綺羅とした瞳で一部始終を鑑賞していた。ギルガメッシュはにやにやと、下卑た笑顔で眺めている。黒づくめの男がアロハシャツの男を介抱している絵面のどこに二者二様の反応をされる個所があったのだろうか。
「あの小瓶は……」
 アーチャーがそばで独言をこぼすのに、なんだとランサーが弓兵を直視した。
 すると。

▶ ふらついたフリをして抱きつく
▶ なにもしない

 選択肢が視界左下で点滅した。
「……おい金ピカ! 説明しろや!!」
 尋常ではない現象に、額に青筋を立てたランサーが叫んだ。
「おお、遅かったが予想通りの反応だ」
「どうやら好意的なフラグを立てた相手ではないと発動しないようですね」
「解説はいらねーから!! これどうにかしろよ!」
 全力で後者を選んだランサーは仕掛け人に詰め寄った。点滅していた選択肢はアーチャーを通り越した時点で消えていた。
 仕こまれた薬の中身はトンデモない。ギルガメッシュは高笑いをはじめ、カレンは「慣れないことをした甲斐がありました」と頬を手で押えてうっとりしている。
「フラグだと……。もしやこの現象は」
 テーブルに放置されていた小瓶をまじまじと見詰めていたアーチャーが思い切り歯を噛みしめ、深呼吸を数度繰り返してからズボンのポケットから携帯電話を取りだした。短縮の3番をコールしている。
 厄介相手にランサーは「さっさと吐け」と眼光を飛ばす。
 ギルガメッシュは仕掛けた罠が上等であるのに喜悦をもよおしているようで笑いが止まらない。カレンを睥睨すれば、察しの良いマスターは淡く微笑した。
「先日、小さいギルガメッシュが衛宮士郎からもらった小瓶には実に興味深い薬が入っておりました。どうやらロンドンへとふたたび旅立ってしまった先輩が修行用にと作成した薬だったのです」
「やけに事情に詳しいじゃねえか」
「ええ。そう話しているところを大きいギルガメッシュが通りがかりに聞いていたので」
「は?」
 ランサーが目を丸くするうしろで、焦燥したアーチャーが口早にしゃべるのがいやでも聞こえてきた。
「もしもし、ああセイバーか。今家にあの未熟者はいるか? ……この呼び方をするなと言われてもだな、あの馬鹿はそうでも言わなければ反省すまい。説教はあとで耳を傾けはするから、すまないが衛宮士郎を呼んでくれ。……いや愚痴ではない、少々尋ねたいことがあるだけだ。なに、皿洗い中? 中断させろ、こちらの用件が優先だ。む、そういわれてもだな、とにかく頼んだ。なるべく早く電話に出させてくれ」
 弓兵の仏頂面に、カレンはうっとりと目じりを波打たせながら色よい息を吐いた。笑いすぎてむせているギルガメッシュはここに愉悦は極まったとでも言わんばかりに椅子の背もたれと仲良しになっている。

 やっと電話口に衛宮士郎が出てきたらしく、アーチャーの中断されていた怒鳴り声がせきをきった。
「たわけ! お前の管理はどうなっている! なに? 心当たりがないだと。とぼけている……わけではないか。はぁ、おまえの馬鹿さ加減にどうして凛は愛想をつかさないかまったくもって意味不明だ。一週間前、凛からの言づけと共に渡した小瓶があるだろう。いや、まだ凛からのアドバイスは来ていない。論点はそこではなく、小瓶はちゃんと保管されているかどうかの確認だ馬鹿。本棚にしまった? たわけが、端から言っているだろう。しまったかどうかではなく、今でも本棚にあるかどうかをわざわざ親切にも訊いてやっているのだ。さっさと見てこんか!」
 相変わらず衛宮士郎に対してとびきり厳しいアーチャーががなり立てる。カレンがこらえきれない様子で「彼はすぐに真相にいきついてしまうのが短所ですね」と何度目かの吐息をもらす。
「ランサー、その薬の効果をお伝えしますね」
 保留中の携帯で耳をふさいだままアーチャーが、やめろと懸命に首を振る。ギルガメッシュが涙をぬぐい、嬉々としてカレンの言葉を継いだ。
「その薬はな、視覚に選択肢を出現させることで貴様に『ある行動』を完遂させるよう仕向けるのだ。我とカレンで女好きの貴様にふさわしいものを選んでやったぞ、泣いて感謝するがよい!」
 フアーハッハハッハと哄笑するギルガメッシュの横で、カレンは「とても感動的な結末を迎えられるよう、がんばりました」と指を組んだ。
 たわけ!と電話の相手に向けて一際つよく叱咤したアーチャーがポケットに携帯電話を戻したのをきっかけに、彼も教会組の会話に加わった。
「――すまないランサー。衛宮士郎の管理不足で、その薬を悪用されてしまった。出来うる限り、とは言ってやれんが最低限は私が助力していく」
 二対一で守勢をはっていたランサーの隣に改めて立ち、アーチャーが申し訳ないと頭を下げた。やや角度が足りない気もしたが、ひとりで対処しなくて済む安心感もあってランサーは手を振った。
「協力してくれるってんだ、文句はねえよ。だがあの坊主のしでかした不始末なら、坊主に後始末させるってのが筋なんじゃねェのか?」
「……私の予想が正しければ、おそらく衛宮士郎の周囲の人間の手によってお前は座に還ることになるだろう」
「もしかして、あの武家屋敷にいる女ども全員が敵側に回るってのか」
「ああ。一切の容赦はないと思え」
「人外魔境の連中からの一斉攻撃とか笑えねえな……」
 サーヴァント二騎だけでも圧倒されるというのに、たぐいまれな才能の持ち主である少女二人からも敵として狙われるとは。ランサーの信条で女は殺さないと決めているが、多勢に無勢という状況は願ってもないことだ。生前から好むのは、自身の不利をくつがえしてもぎ取った勝利だった。
 好戦的な気質を知っているアーチャーが、つかのま爛と輝いたランサーの瞳に大きく息を吐き出した。
「マスターから戦闘を禁止されていたんじゃなかったのか、貴様は」
「無茶な戦いに燃えるのはしみついた性分ってやつでな。そういうお前だって、敵わない相手との戦いに興奮するタイプだろ?」
「貴様と同類にするな。生前も死後いずれにおいても、敵はつねに私よりも格上だったのだ。興奮する余裕もなかったさ」
「だけど、平行世界とのオレとの戦いは気持ちヨかっただろ?」
「さあな」
 アーチャーが答えを適当に切り上げたのを見計らって、カレンが口をはさんだ。
「アーチャー、貴方がランサーの攻略対象になってもらえれば、きっとクリアは早いですね」
「……攻略対象、とは」
 ギルガメッシュが鼻を鳴らした。
「決まっているだろうが。そこな狗の『ある行動』を終わらせるための鍵だ。贋作者、貴様は知っているだろう?」
 なにをだ、とアーチャーがつっこむひまはなかった。
「いわゆる『BLゲー』をだ」
「………………………まあ、単語だけなら」
 単語だけなら、と言い訳するアーチャーに、ギルガメッシュが感心したように目を丸くした。
「ほう、それなりに知識はあるのだな」
「……知っていると踏んで訊いたのは貴様だろう」
「たわむれに問うてみただけのこと。我は寛大であるから知った経緯をたずねずにおいてやるが、そうか、BLゲーを知っている。ほうほう」
「まったくもって理解ができん単語だが、その『BLゲー』と飲まされた薬と、どう関係がしてンだよ?」
 そっちかー、とアーチャーの珍しい間延びした声に、ランサーが首を傾げた。
「アーチャー、心当たりがあるのか」
「いや、ない。そこの英雄王におとなしく完遂せねばならん行為についてきいていろ」
 やけにきっぱりとした返事がランサーの不安をあおってしかたがない。言峰伝授の笑みをたたえるギルガメッシュに、しぶしぶ向き直る。
「凡愚である貴様に俺が教えてやろう! クリア条件はただひとつ、『クリスマス当日に意中の男とキス』だ!!」
 ランサーは黙った。
 カレンは天使のような清らかな微笑でギルガメッシュの言葉を肯定し、アーチャーはアーチャーで玉突き事故をくらった被害者のように、どんよりと暗雲を背負っている。予想よりはマシだったな。情けない声音のぼやきがランサーの鼓膜を打った。
 無言でギルガメッシュをねめつけてから、ランサーは覚悟を決めた。
 まずアーチャーを指さし、
「意中の男と」
 そして自らをしめして。
「キス?」
 にごった瞳で最終確認をする。
「うむ」
 ギルガメッシュは鷹揚とした仕草でうべなった。
「言っておくが、一定以上の好感度がなければクリスマスイベントは発生せんぞ。ちなみに贋作者ルートが固定されるまでは、フラグが立っているであろう雑種相手に選択肢が出現する。児戯と侮るなよ、この薬にはちゃァんとペナルティを設けてあるのだからな!」
「ペナルティは?」
「泰山の期間限定わんこ麻婆、百杯だ」
「ふざけんな! 殺す気か!?」
「ランサー、冥福を祈ろう……」
「早々に見捨てるなよ!」
「なに、冗談だよ」
 贋作者ルートとギルガメッシュが口にした瞬間、アーチャーが全身で不本意を表明したのをランサーは察知していた。が、助力を申し出たのだがら、アーチャーひとりだけに楽をさせてやる気はない。
「ったく。ギルガメッシュ、つまり一応好意があるヤロウとキスをすれば、この妙な薬の効果は消えるんだな? で、BLゲーってのはオレが今置かれてる状況か」
「然り。男相手に乳繰り合うゲームだが、現実に起こればより愉快であろう? 我の愉悦を貴様にもほどこしてやったのだ、存分に感謝しておくのだな」
「いや恨むわ、こんなんされたら」
 コイツ英霊をなんだと思ってるんだ。ランサーは天井を仰いだ。隣の男がついた溜息に便乗したいと考え、いや覚悟を決めたなら最後まで突き進むべきだろうと緊張した体から力を抜いた。
 一度だけ強く目をつぶってから眦を決したランサーは、ギルガメッシュとカレンを交互に見遣った。
「わかった。クリスマス当日のイベントをクリアすればいいんだろ。やってやろうじゃねえか、無理難題はもとよりオレの好みだしな。状況がちとムカつくがゲッシュを破らされるわけじゃあねえし、今回はテメェらの酔狂に付き合ってやるよ」
「今日はずいぶんと聞き分けがいいんですね」
「今回はな。オレひとりだけじゃねえし、協力者がいるし。なァ、アーチャー? 二人でクリア目指そうなっ」
 眉間の皺を増量しているアーチャーが人懐こい態度をよそおうランサーに微妙にたじろぎながらも、しぶしぶ頷いてみせた。
「こちらの不始末なのでね、最低限は付き合わせてもらおう」
「そうこなくっちゃな!」
 ランサーが犬歯をのぞかせて笑うのに顔を背けて、アーチャーがテーブルの上の小瓶をつかみとった。
「カレン・オルテンシア、この小瓶は回収させてもらう。また悪用されてはかなわんからな、ランサーの相手がもしも一般人になっていたら騒ぎどころの話ではなかったのだからな」
 とっくに用無しとなった小瓶をあけわたすのに異議はないらしく、カレンは礼を述べてから十字を切った。
「たまたま貴方をこの場に居合わせてくださったことを、神に感謝いたします」
「私にも感謝してほしいものだが」
 カレンとの応酬に辟易しながらもアーチャーは、ギルガメッシュへと視線を飛ばした。
「一旦、凛と相談した上でランサーを預からせてもらうが、かまわんな?」
「無論よ。いつでも持っていくがいい」
 オレは物じゃねえぞとランサーが小さく反論したが、金と赤の弓兵に無視されてしまう。
 ギルガメッシュと何やら交渉を始めたアーチャーが、二三の苦言も足しながら英雄王を諭している。腕を組みながら、それならば文句のつけようはないとギルガメッシュが大仰に賛意をあらわした。アーチャーはやや眼窩を窪ませて、「交渉成立だな」と言った。
「では今から連れていかせてもらおう」
「ヘッ?」
「なんだその顔は」
「今から嬢ちゃん家に行くのか? 家主不在の家にサーヴァントを連れ帰っていいのかよ」
「これから行くのは小僧の家だ。凛に連絡が取れれば私が貴様の引受人になるがな」
「……もし坊主に選択肢が出ちゃって、ルート確定したらどうすんだ」
「そのときは潔くセイバーの手によって座に還ればいい。どうせ聖杯戦争は終わってしまっているのだから、良い機会だろう?」
「なに名案考えついちゃったみたいな顔してんだよテメェは」
「座に還れば少なくとも、私とキス、なんて苦しみからはとりあえず解放されると思うが」
「この世からも解放されちゃうだろ!? 第二の生なんざ未練はねェが、それでもこんな下らねえことを死因にしたかねえぞ。命散らすンなら戦場でだ」
「まったく、心の贅肉が過ぎる男だな」
「心の贅肉?」
 耳慣れない言い回しを拾ったランサーに、アーチャーがこほりと咳払いをした。
「凛の口癖だ。雑談はやめて、さっさと小僧の家に行くぞランサー」
「贋作者、そこの狗に報告書を書かせるのを忘れるでないぞ」
「了解している、ギルガメッシュ」
 頭痛をこらえ、アーチャーはとにかく教会を立ち去ろうとランサーの手を引いた。

▶ 手を握り返す
▶ 気持ち悪いと吐き捨てる

「……お、おう」
 瞬時にうかびでた選択肢に、ランサーはどうすりゃいいんだと悩んだ。頭に血が上っているアーチャーが自分がランサーの腕ではなく手のひらごと包み込んで引っ張っているのに気が付いていない。指摘してやるべきだとは思うのだが、クリスマス当日に諸々の選択肢をこなさないとイベントは発生しないような二人の口ぶりだったので、気のせいともとれるくらいの強さで、アーチャーの指先を握ってみた。選択肢は無事に消えてほっとしていたところに、
「さっそく仲良くなりましたね」
「――ってなんでお前のほうが気づくわけェ!?」
 ちゃっかりアーチャーからの報告書を受け取っていたカレンの言葉に、ランサーは焦って手を振り払った。抜け目ないマスターが「外してしまうんですか、滑稽でしたのに」とのたまううのに、ランサーは憤激にうちふるえた。
 カメラが必要ですねと続けるカレンから踵を返し、なにごとか把握していないアーチャーの背中を小突いた。
「なんだね」
 大股に中庭を横切っていくランサーの背中を追いかける形で、アーチャーが問いを投げる。
「虫がいた」
「この時期にか?」
「ああ、珍しいよな。夏から生き延びてきたんだろう、わりとデカかったし」
「……そうか」
 納得がいっていない気配が漂ってくるが、ランサーは教会の門をくぐるまで無言を保った。


「そうか……。ああ、あの馬鹿にはこちらから注意しておこう。だが君も君だ。小瓶の中身の危険性を伝えておかねばならなかったのに、慌てて出発するから凡ミスをおかすんだぞ。……わかってるならばいい、今度は気を付けるように。どうも君は小僧が関わると、どうもらしくない行動ばかりしているからな。……ふむ。そちらの冬は厳しいから、体調管理には気を付けて」
「アーチャー、遠坂なんて言ってたんだ?」
 夕方を待って凛に連絡をとったアーチャーは、様子を見に廊下へ出てきた衛宮士郎の顔面に裏拳をたたきこんだ。
「あっぶな! お前いま本気で俺を殺そうとしただろ!?」
「貴様が死んだほうが凛には幸いだろう」
 だんだんアーチャーが攻撃してくるタイミングをはかれるようになってきた衛宮士郎が斜めに体をずらして避けると、侮蔑にあおざめた顔が長息する。
「貴様のせいで凛の仕事が余分に増えたではないか、馬鹿者」
「たっ、たしかに俺のせいだけど、修行用に必要だからって渡されて、詳しい効果を知らなかったんだ。まさか変なゲームみたいな選択肢が出たりとかするなんて思わなかった」
「それについては凛のミスだが、貴様の管理不足が最大の要因だというのを忘れるなよ」
「わかってるよ!」
 憤然と言い返す衛宮士郎に何度目かの嘆息をもらし、アーチャーは障子の隙間から見える居間を横目でうかがった。
 TVの正面を占拠しているセイバーが茶菓子を頬張るのを時折からかいながら、ランサーもせんべいをかじっている。死にたくなければ余計なマネをするなと命じたからか、怠惰にごろごろしている。
「それでさ、ランサーに泊まってもらうのって一日だけでいいのか? あいつもセイバーやライダーみたいに居候してもらって大丈夫だぞ」
「貴様に心配される謂れはない」
 アーチャーは衛宮士郎の心遣いをばっさり切り捨てて、二十センチ下にあるつむじを見下ろした。
「この屋敷を戦場にしたくなければ、私からの忠告を素直に受け取っておけ」
「……ほんとどうしたんだよ、お前」
 訝しむを通り越して不審げに眉をゆがめる衛宮士郎の額にむかって、アーチャーは手刀を落とした。真剣白刃どりで迎えうった貧弱な手のひらをすりぬけて広い額に手刀を命中させる。
 いたい、と不満そうな衛宮士郎に呆れた表情をつくったアーチャーは、自称忠告を言葉にした。
「ランサーになにを言われようとも、返答をすべて『ノー』に統一しろ」
 きょとりと稚さの残る丸い瞳が驚きに見張られている。
「なんでさ」
「詳しく知りたいのか?」
「……や、いい。やめとく、なんか聞いたらまずい気がする」
「貴様にしては賢い判断だな」
 まだまだ機微に疎い衛宮士郎に女性の悋気について言い聞かせても、騒乱を生じさせないような対処は期待できない。とくに衛宮邸に出入りする女性陣はひと並以上の癖のがある。衛宮士郎の隣に立つ親しげな相手が男であっても嫉妬に燃えるのが通常運転だ。。
 改めて客観的にみると、衛宮士郎は不思議なくらい女性に囲まれているのに彼女たちからの好意の矢には無頓着だ。過去の己ながら、あの大量のフラグを知らず知らず立てたりへし折ったりするのはすさまじいものがあるなと、アーチャーは遠い日のことを思い出してしみじみ自分を殴りたくなった。
「アーチャー、話はまとまったのか?」
 せんべいの欠片をほおにくっつけたランサーが障子に手をかけ、廊下に顔をのぞかせた。
「ランサー、こちらに近寄るなと言ったとはずだが」
「なら早く済ませるように努力しろ。それと、忠告ってのが聞こえてきたが坊主にコナかけるような真似はしないぜオレは。テメェを攻略したほうが話がはやいし、ガキをたぶらかすのは趣味じゃないんでね」
 よう坊主、と気楽に挨拶するランサーに、衛宮士郎が戸惑ったようにこめかみをひっかいた。
「えーと、ランサー。俺のせいでつらい目にあわせてごめん、アーチャーほどじゃないけど俺もできる限り手伝うからさ」
「つらい目たってなァ。男を口説き落とせばどうにかなるんだ、スカサハにしごかれるのよりつらいってのはそうそうないわ」
「だけど、相手ってアーチャーなんだろ? あいつ小言ばかりでムカつくだろ、あ、悪いヤツじゃないんだけどな。我慢できなくなったら俺のところに来てくれれば宿は提供するよ」
「坊主がいつもしてくれてることじゃねえかよ」とランサーが笑った。衛宮士郎も普段となんら変わらない援助だと察すると、本当だと困ったように眉尻を下げた。
「だけど困ったら、いつだって来てくれて構わないんだ。聖杯戦争は終わったんだ、もう敵じゃないんだからな」
「坊主……」
 ランサーが眉をひそめ、なにかを言いかけた。

▶ ありがとうと跪いて手にキスする
▶ アーチャーの肩を抱き寄せてから、ことわる

「おっと」
 選択肢が出てきてしまった。目敏いアーチャーが「その反応、例のモノが出てきたのか」と眉頭をおさえた。
「だからこちらに来ないように言ったんだ、考えなしか貴様は」
「オレとしても来たくなかったが、セイバーの腹の音が気にかかってな。あれはまずいんじゃねえのか?」
 衛宮士郎がランサーの発言を受けて、居間の時計をみて慌てふためいた。
「あっ、まずい! もう六時近くじゃないか。ランサー、悪いんだけどセイバーの相手してくれ、夕飯すぐに用意するから!」
 ばたばたと足音を立てて居間を抜けていく衛宮士郎に、ランサーがちらりとアーチャーを見た。
「お前、さっきスーパー寄ってたよな」
「なんのことやら」
 しかも衛宮士郎がバイトで留守にしている間に食材の下ごしらえまでこなしていたのをランサーは一部始終しっかりとみていた。しらばっくれるにも目をそらす下手なやり口だ。ランサーは、坊主相手だとガキっぽくなるよなお前、と肩をすくめた。
「嘘つくときは相手の顔を見ながらのほうがいいぞ」
「光の御子殿にご指導いただけるとは、光栄だな。ところで先程の選択肢、ちゃんとあの馬鹿のルートにいかないようにしたか?」
「坊主がセイバーの夕飯つくりにいったときに消えたわ。なんなんだよこの不条理ゲームは。ちゃんと成立するには逃げない相手ってのがいるじゃねーかよ」
「さすが英雄王、慢心に長けた男だ。欠陥をつくるのも忘れないとは」
「感心すんな。ったく、オレはこういう面倒なのは嫌いなんだがな」
「まあ今回は私という相手が早い段階で見つかったのだから幸運といえよう」
「それこそ互いの不運だろ」
 ランサーが言いにくそうに唇を曲げた。「なりゆきとはいえ、テメェはいいのかよ?」
「なにがだ」
「オレとキスしてかまわないのか、ってことだ。テメェみたいな頑固者が男とキスするってのに抵抗なしの二つ返事だ。オレは男も女もそう変わらんが、近現代出身のヤツラってのは偏見があるらしいし」
 アーチャーが目を丸くする。
「……君、けっこうお節介だと言われないか?」
「面倒見はいいって自覚はあるぜ、騎士団連中は後輩の世話を見なくちゃならんかったしな。それで、返事は?」
 ランサーの気遣いに、皮肉な笑みで返答とする。
「たかがキスだろう、それでこの厄介を終わらせられるのならば安いものだ。減るものは自尊心などではなく、精々が魔力だ。なに自尊心を欠けようとも、狗に噛まれたと思えば損なったものもすぐに取り戻せる」
「狗、ね」
 ランサーが唇をなめた。
「なら、何も減らないか試してみるかい。弓兵さんよォ?」
 鋼のような体躯を指一本で壁へと押し付け、吐息を吹きかける。アーチャー特有の瞳が暗闇を反射している。居間でのセイバーと衛宮士郎との会話が、障子をへだてて廊下まで伝わってきた。和やかなそれは、遠い世界のできごとのようだった。
 静かに呼吸するアーチャーの瞳に映るランサーの姿は、やはり苛立ちをにじませている。元々ランサーはアーチャーが気に食わないのだ。好感度を持ち出せる土俵にいないのに、薬がアーチャーを相手に作動を始めたのは予想外だった。衛宮士郎ならば道理だろう、閉じられた四日間で一宿一飯の恩を重ねてきた上、好いた女への度量の大きさは見どころがあると認めていたのだから。
 薄く引き結ばれた弾力のある唇を親指でこすり、顔を寄せる。二人ともに目は開かれたままだ。
 じっと体を硬直させてランサーの動向をつぶさに観察していたアーチャーは、唇を掠める呼気を感じてそっとランサーを向こうへと押しやった。軽い力であったが本気ではないランサーを止めるには覿面だった。
「怖じ気づいたか、アーチャー」
 話せば吐息が互いの鼻先をくすぐる。「まさか」目を眇めたアーチャーが壁につま先をたてて姿勢を直した。
 体を離せば、アーチャーが深呼吸をひとつ。胸元を圧迫したので息苦しかったのか、首筋が赤らんでいた。
「下らんことに時間を使うな、たわけ」
 唾が絡んで上擦った声がランサーを罵倒する。
「もしや選択肢どおりに動いているのかと思ったが、どうやら本当にただ試しているだけとは」
「だから言ったろ、試してみるかって。いちいち選択肢にしたがってられるか、好いた惚れたってのに選択肢を選んでる余裕なんざねえだろ」
「恥ずかしい男だな、君は」
「惚れたか?」
「たわけ」
 鼻を鳴らしたアーチャーが、ランサーを押しのけて玄関へと歩いていく。ランサーもなにとなく伴だって進んだ。居間の喧騒が遠雷のように遠ざかっていく。
 上り框へ寄せられた革靴を中背で履きながら、アーチャーがいう。
「明日の昼頃に迎えに行く。それまでこの屋敷から一歩も出るな」
「わかってる」
 段差のせいでアーチャーがランサーを見上げている。新鮮な心持ちで別れも告げず背を向けて玄関を閉めた男を眺め、ランサーは「面倒な男だな」と隙間風が吹き込む上り框にしゃがみこんだ。
「オレはどうやったら、あの弓兵を好きになれるンだ?」
 キスはともかく、アーチャーを好きにならなければ『意中の男』とは言えない。アーチャーの武芸については一目置いているが、アーチャー本人には然程信を抱いていないのだ。最終的にランサーに望まれるのは恋情に近い好意だ。
 かつてない無理難題に、裸足に冷えがしみるまでランサーはその場で懊悩していた。

Comments

  • わんわんお
    July 21, 2025
  • わんわんお
    August 29, 2024
  • 最高解釈ですありがとうございます…!!

    August 22, 2022
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