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The Runners/Novel by ひもの(仮)

The Runners

3,972 character(s)7 mins

現パロ、男子高校生な槍弓の短編小説です。
少女漫画みたいな純愛を目指しました。

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 走る彼を見るのが好きだった。
 迷いなく、前へ前へと走る姿は、見る度にいつも私の心を舞い上がらせる。
 まるで偉大な英雄のように。



*****



 初めて彼を認識したのは、一年生の秋、生徒会の会計に当選した私が初めて生徒会室へ足を踏み入れた時の事だった。
 教室と比べてやや広く、中央に寄せられた机と壁に並ぶ書類棚の他には取り立てて変わったところのないその部屋は、グラウンドに面した特別教室棟の三階に位置しているために広々とした校庭が一望できる。
 新鮮な眺めにふと窓の外へ目を向けたそこには放課後の部活動に勤しむ大勢の生徒の姿があったが、自分の目はまるで吸い寄せられるように彼の元へと引き寄せられ、離すことができなくなったのだ。
 それは、トラックを走っている一人の陸上競技部員だった。
 青色の指定体操着を着ているから、私と同じ一年生であることが分かる。
 少し離れたこの場所からは顔までは見えないが、その特徴的な青い髪と、野生の獣を思わせる美しいフォームはいつ何度見ても誰かと見紛う事はない。
 一つにまとめた長い髪があたかも意思を持つ動物の尻尾のように揺れ、私がその見事な走りに呼吸を忘れている間に彼はあっという間にゴールラインを超えてしまった。
 良い記録が出せたのだろう、グラウンドの彼はゴール地点で大きくガッツポーズをし、仲間と抱き合って喜んでいる。
 今考えても、どうして彼だったのか、なぜそんなに彼の走りに惹かれたのか、理由はよく分からない。
 でも私には最初から彼だけが特別で、以来、毎週火曜の生徒会会議の日には必ずこの窓から彼の練習を見るのが習慣になった。



 一度だけ、全校集会から教室へ戻る際の混雑の中で、偶然彼を間近で見かけた時の衝撃は、今でも忘れることはできない。
 いつもの体操服とは違い私と同じ制服を着て歩く彼は、整った顔立ちに輝く赤い瞳、空を映したような青の髪に色素の薄い肌、長く伸びる手脚、その全てが見事に調和し、まるで古代の神が現世に降臨したかような出で立ちをしていた。
 初めて聞く彼の声は快活でよく通り、騒がしい人混みの中でも彼の話す言葉だけは浮かび上がるようにハッキリと聞きとれる。
 折は夏休みを目の前にした終業式の直後、彼は友人らと肩を組み、どこかの海へ行く予定について楽しそうに話していた。
 胸の奥が、チリ…と焦げる音がした。
 自分は彼と夏を過ごす事も、クラスメイトとして一緒に机を並べる事も、決して無い。
 幼少期に遭った事故の後遺症のせいで、彼と共にタイムを競えるような事も、無い。
 今この人混みをかき分けてたった数メートルの距離を縮める資格すら、私には無かった。



 初めての恋を自覚したのはこの少し後だった。
 寝ても覚めても想うのは彼の事ばかりで、一時は学業も覚束ない程に不安定になったこともあった。
 あれから時が経った今でも、ふとした瞬間に気付けばグラウンドに彼の姿を探している。
 大きくなり過ぎたこの気持ちとは、どうにか折り合いをつけるために
 そんな自分の停滞する毎日にあっても、この生徒会室から見える彼はコンマ一秒でも速く前へ進もうとする。
 その努力には一点の迷いもなく、常に自分自身の強さを信じる姿勢はただ美しく、正しく、まるで偉大な英雄のするかのように、私にも心強さを分け与えるのだ。
 ああ、今日もまた彼が走る。
 私は彼が、走る彼が、何よりも好きだ。
 
 この時がいつまでも続いていけたなら。



*****



「では会長、僕はこれで失礼します」
「ああ、鍵は私が職員室へ戻しておく。気を付けて帰りたまえ」
 十月最初の週末、私の高校生活最後の文化祭が、無事終了した。
 各クラスや団体による力のこもった店や出し物により、かなりの成功を収めたと言えるだろう。
 あとは振替休日を挟んだ週明けに片付けをし、生徒会や実行委員らは書類をまとめ、今度こそ全てが終わる。
 今日はどの部活動も休みで、見下ろすグラウンドには文化祭の名残の他には帰路につく生徒がまばらに見えるだけだ。
 夕日に染まる生徒会室にいると無駄と分かっていてもついトラックを走る彼の姿を探してしまう自分には、ほとほと呆れ果てる。
 再来週には生徒会選挙が予定されており、投票で選ばれた新生徒会を任命すれば生徒会長としての自分の役割は終わる。
 もうこの部屋に足を踏み入れる事もなくなって、そのまますぐに受験準備が始まり、年明けには登校してくる事すら少なくなるだろう。
 そうして六ヶ月の後には卒業だ。
 この部屋から彼の走る姿を見られる機会はあと何回あるだろうか。
 いつとも知れない最後を前に、気持ちがわずかに沈んでいくのを感じる。
 初恋は実らないと、人は言う。
 私と彼の人生もここで離れ離れになってしまうのだろう。
 少し寂しいと思うが、仕方のない事だ。
 せめて今のうちに、ここからの景色だけでも目に焼き付けておかなければ。

「会長」

 突然背後から声をかけられ、急速に現実に戻る。
 引き戸が開いて人が入ってくる気配すら気付けられないほど、深く物思いに浸っていたらしい。
 感傷的になりすぎていた自分自身に小さく首を振りつつ振り返る。
「どうした、忘れ物でも…」
 思わず言葉を失った。
 てっきり先ほど見送った書記かと思えば、入口に立っていたのはなんと、たった今まで自分が感傷浸っていた原因ーーー彼その人だったのだ。
 内心の激しい動揺を隠しながら、何とか言葉を紡ぐ。
「…失礼。君、生徒は皆下校したよ。それとも生徒会に何か用かね」
「あ〜すんません、文化祭で失くし物しちまって。水筒なんだけど、ここに届いてないかな〜と思って」
「…なるほど。すまないが遺失物の管理は文化祭実行委員が請け負っていてここには無いんだ。落とし物は火曜日に第二家庭科室にまとめて並べると言っていたから、そちらに行くといい」
「ああなるほど。ありがとな」
 あっさり礼を言ってすぐに立ち去るかと思われた彼が、また私に声をかけてくる。
「会長はまだ残るつもりなのか?」
「ああ、いや、今帰ろうと思っていたところだ」
 帰ると言っているのに、何故か彼は手近な椅子を引き寄せて勝手に座って話し始めた。
「オレ、三年二組のクー・フーリン。陸上の短距離で何回か表彰されたの、知ってる?」
「...そうか、君があのクー・フーリンか。大会での活躍はよく聞いている。応援しているぞ」
 もちろん彼の出場した大会も受賞歴も、生徒会の権限で全て把握している。
 後ろめたさからつい彼を知らなかったフリをしたが、不自然すぎやしなかっただろうか。
 彼は意味深にこちらを真っ直ぐ覗き込んでいる。
「応援って、生徒会長として?それともあんた個人として?」
 ドキリとさせる質問だった。
 どうして彼はそのような事を聞くのだろう。
「…生徒会長として特定の生徒を贔屓にはできないが、私個人としても、君の残した成績は素晴らしいものだと思っているよ」
「じゃあオレの高校最後の大会、見に来てくれる?」
「特定の生徒を贔屓にはできないと言っただろう。全ての生徒の大会や発表会を見に行けない以上、君の大会に行くこともできない」
「それって今度の選挙の後、会長を辞めた後なら問題ないってことだろ。なあ、見に来てくれよ。オレ絶対いい記録出すからさ」
 言われてみれば、確かに退任後なら差し支えは無さそうに思える。
 それに彼の走りを近くで応援する事ができ、しかもそれが彼の高校最後の大会となれば、私にとっても彼の走りを見られる最後の機会となるだろう。
 見納めとするにはこれ以上ない最高のシチュエーションだ。
 しばし葛藤はしたが、結局私はその誘惑に負けてしまった。
「…仕方ないな、引き継ぎのあとになら応援に行ってやる」
「よっしゃ!約束したぜ!ぜってーに来いよな!オレめっちゃ頑張るからよ!」
 あくまで渋々といった体で了承をすれば、意外にも彼はそれが大層嬉しかったらしく、まるで遊園地の約束を取り付けた子供のように無邪気な声を上げた。
 その予想外の反応に戸惑っているうちに、気付けば彼が私の目の前に立っていた。
 さすが100mを10秒台で走る男、この小さな部屋を横切るのに時間は要るまい。
「会長、いや、エミヤ」
 夕日が当たって赤みを増した彼の瞳に自分の顔が映っている。
 十分前には想像もしていなかった状況に置かれ、静かに現実逃避をし始めた私の意識をこちらに戻してくるかのように、彼が私の両手を掴んで握り混んでくる。
 無骨で力強い手が、私を溶かすように熱い。
 もしかして彼は…緊張しているのだろうか?
「オレ、走ることしか取り柄がねーからよ、ずっとお前に見て欲しいなって思ってて」
 なんで、と顔に書いてあったのだろう、少し気まずそうな、でも輝かんばかりの笑顔を私に向けて彼はこう言った。
「お前のことずっと気になってたんだ。最初に生徒会の立ち会い演説で見た時には堅苦しくてスカした奴だと思ったけど、お前、役員の仕事とは別に陰で泥臭いこといっぱいやってただろ。グラウンドの小石をまめに拾ったり、予算が足りない部の備品をこっそり直したり。そういうとこ、正義の味方みたいでカッコいいなって思ってたから」
 大会、優勝するから絶対に見に来いよ、と言って、彼は生徒会室から走り去っていった。
 こんな時でもフォームが美しいな、と妙な感動をしているうちに脳が彼の言葉をじわじわと理解しはじめる。
 そのうち火が出そうな程に熱くなった顔を抱え、私はしばらくその場にしゃがみ込んでしまった。

Comments

  • 桃瀬
    September 17, 2025
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