あの嫌いなヤツへの最強の仕返しは自分が目いっぱいニコやかに生きること
今日もありがとうございます。
拓海です。
noteには、うつ病だったり適応障害だったりでの、辛い体験談をたくさん目にします。
オジサン世代の私は、アイフォンなんてのはつい最近のモノなので、発信するという文化がなく、あまりオジサン仲間を見かけないですが。
私も、憎らしいほどに憎らしい。
焼いて煮るくらいでは生ぬるい。
何度、階段から突き落としてやろうかと思った、嫌いな上司がいます。
いや、今もチャンスをうかがってます。
あ、、、すいません。今の愚痴なーーーし。
この大切で愛しい私にむかって、意地悪をした者ども。
そりゃー。殺意のこもった言葉のひとつやふたつはでますわ。
でも、そいういうを思うことを辞める努力を最近はしてます。
自分の念じたことや、発した言葉は、自分に返ってきますから。
言葉や思いってのは、相手に向けて発した言葉なのだけども、僕らの脳は少しだけ都合が悪くできてて、誰に向けて発したものかを判別できません。
つまり、暴言を発っするってのは、自分に向けて発しています。
「このクソ野〇!テメーなんて ××オラオラ!タヒれやオラー!」
と叫び散らしたい気持ちは、とーーーってもわかりますが、
それは同時に自分で自分を傷つけているのです。
鬱にはとってもよくないですよね。
お釈迦様のレベルにもなると、目の前の嫌いな人は、自分自身の姿でもあり、必然的に現れたとも言われます。
どんなに嫌いな目の前の相手でも、愛を持って感謝をしなさいと・・・。
・・・。いや無理やし(笑)
さすがにそこまではできないのだけども、こういうのも聞きませんか?
「執着を捨てなさい」
もう、そういう相手には関心を持たないことです。
ざっくりいうと「無視」です。
あなたに何かを言ってきたひとは、悪気があったと思います。
あ、いや、無かったかもしれません。
いずれにしても、あなたにマウント取ったかもしれないし、見下したかもしれないし、ほんとは大して強くもないクセにイキってたんかもしれません。
なんで?そんなことするの?
って、そうやって、他人と自分を比べて優位にすることで、自尊心を満たしているんですね。
「おれは、おまえより、出来がいいんだよ!」
って、言うてるんです。
それに対して、
「そんなことは無い!オレのは上だ!!!」
って返しは、相手と同じレベルなんですね。
ほんとにできるやつってのは、
さっと去る。
無言で立ち去るのです。
それでも、しつこいやつには
「あー。さすがですねー(棒)ふーん。じゃっ」
で、さっと去る。
ちょっぴり冷めた目で言うと少し気が晴れますが、私は上級者なので、満面の笑みでバ●にして言います。
まあ、何が言いたいかっていうと、あなたが嫌だなって思う人は、他の人も同じように思っているんですね。
だから同じように、満面の笑みで、さっと去ってるひとだらけです。
今は、あなたが嫌な思いをしてしまったけれど、この先、何年もしたときに、その人の周りに人は残っていますか?
昼休みは毎日、食堂でぼっちになっていませんか?
いや、なってます。若者は知らないかもだけども、オジさんの俺は、もう何人も孤独な管理職を見ています。
そんなとき、あなたは、和気藹々と自分の気の合う人と、お昼を楽しんでいればいいんです。
それを毎日、横目に見なくてはいけない、あなたに嫌事を言っていた上司は、地獄の昼休みですわ。
この未来が見えている人は、マウントの取り合いは犯してはならないことを知っているんですね。
私も躁がひどくなると、ものすごい憎しみで、完全犯罪でアイツをなんとか××してやろうなんてことを考えてました。
しかし、それは自分を痛めつけることと同じなようです。
それよりも、最強の仕返しってのが何かってのの行きついた先は、
その人の、目の前で、目いっぱい楽しそうに過ごしていることを見せつけることなのです。
それは、鬱や適応障害で苦しんでいる僕らにとっては、少しハードルが高いかもしれません。
だから、私たちは、まず、愚痴をやめるようにして、自分の小さな楽しみを見つけ、それを楽しみ。
周りの気の合う仲間に感謝しながら、ニコやかになれる道へと戻えるように、日々を大切に過ごさねばなりませぬ。
今日もありがとうございました。
質問とコメントは大歓迎です!


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