ハーンが54歳で「あまりにあっけなく」死んだ時、妻セツは36歳で長男は10歳、第4子の娘はわずか1歳だった
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自分のコメント(マイページ)コメント43件
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「死を嘆くな、カルタをして遊べ」という八雲の遺言。薄情に聞こえるが、これこそ究極の愛だ。遺された者が悲しみに縛られぬよう、彼は自らを日常の風景へと昇華させた。死は断絶ではなく、桜や虫の音に溶け込むこと。その美学を理解し、三十六歳で前を向いたセツの強さに、真の夫婦の絆を見る。
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最終回のラストに、死後にお化け(霊)になったトキとヘブンが登場し、視聴者がこれまで見たドラマはトキがヘブンに語った人生だと謎解きがされました。 最後に二人で散歩に行く会話が胸に沁みました。 また、『思ひ出の記』の英語のタイトルと主題歌と共に思い出のシーンが流れるのも良かったです。 良いラストシーンでした。
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胸の痛みを何度も訴えていたようです。狭心症から心筋梗塞へと移行したのかもしれません。そうだとしたら、今なら助かった命のです。八雲の怪談はよく読みました。英文でも和文でも。平易で親しみやすかった。「耳なし芳一」「ゆうれい滝」[むじな]「雪女」その他、心に残りました。八雲の人生を教えてくれた「ばけばけ」、ためになりました。
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朝ドラって大抵は主人公もしくはその配偶者の死で終わるけども、ばけばけは解釈によっては最初から死んでいる主人公の回想シーンを放送していただけとも取れる いわば幽霊が主人公なわけで、まさにばけばけということか トキと八雲の物語にふさわしい大仕掛けなのかもしれないね
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掴みどころのない朝ドラだと思っていたけど、個人的に全てのストーリーはおトキさんの回顧録で夢うつつの想い出話だったと理解した。ヘブン先生は自身の身の上は何者でもなく、回り道したけど、本人は日本人として過ごし、日本人として最期を迎えられることが自身が何者であるのかという課題に対して自分は日本人なのだと自らに納得させて静かにこの世を去ったのだと思う。当時の日本においては西洋人等の外国人からしたら何とも異質な文化のある不思議な国と見られていたのだと思う。その中で日本に渡って来て日本文化に馴染み、自身の安堵の生活を得られたことは唯一自身が人として納得の得られた生涯だと感じての静かな往生だったと思う。
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トキが綴った思い出の本を息子が開き、そこに突然毎回番組冒頭の2人の写真を見て胸が震えた そういう回収かと、そして2人の思い出のスナップが流れ熱くなった 途中はやや本題から離れてギャグ的で関心が削がれたが、あれも何気ない 愛おしい日々の思い出として最後に繋がったということか、怪談もベストセラーと紹介されよかったです 2人が宍道湖で結ばれる回と最終回が印象に残りました
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長く丁寧な物語の中で取り散らかったエピソードもあった。その後の人生をのぞいて見たい人達、あの店とシェフの主人なども少し気になっていた。 でも今日の最後の演出で謎解きができた気分。お馴染みの写真も懐かしいし主題歌の入り方も絶妙。更にもう一度見たかったシーンも新しいショットとして挿入され我慢していた涙が崩壊。残り少ない時間が気になり、時計を見ながら最後の物語の濃さを堪能した。 懐かしい怪談語り、散歩するふたり。連れ立って闇に消えながら最後にトキが和蝋燭の炎を消す。その闇の中でまだ続く笑い。ふたりの物語と冒険は闇の中で永遠に続く。 今でも静かなお寺の闇の中には時々その話し声と笑い声の余韻が残っているのかもしれない。
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私の父も1人病室で夜中亡くなった きっとせっかちでうるさいのが嫌いで母がその時どうなるかを わかっていたから周りでギャン泣き家族母が卒倒するのが辛くて 個室で亡くなった。 家に帰ってくるはずだったのに 急変した 延命を求めてなかったし90過ぎではあったが まだまだ全然で ちょっと最近体調が悪いから入院してたのに もっともっと生きて欲しかった 悲しくて1年近く私は鬱になった 何も私はいつまでも全くいい子供では無かった だから親不孝しないでほしいが 親孝行もしなくていいと子供に言っている
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ハーンの朋友イライザ(エリザベス)さんが何度も来日するのは 有り得ないと思ってました でも、彼女はかつて世界一周の速さを競った、二人のアメリカ人女性の一人だったと知って納得しました 知識・能力・胆力・行動力があって、本当に何度も来日出来る人物でした
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八雲は来日して14年で逝去。短くても濃密な人生であり、漂泊の果てに辿り着いたのが日本ということになる。後年の関東大震災でも八雲の蔵書は無事だったが、万が一のことを考えて蔵書の保管先は富山大学になった。かつての教え子が学長だった縁である。
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