アプリ限定 2026/03/26 (木) 19:30 10
26日の地元・別府競輪で約30年間に及ぶ現役生活に幕を下ろした小野俊之。“豊後の虎”が競輪界で成し遂げた足跡を、年表やnetkeirinの過去の記事からたどりたい。(netkeirin編集部)
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 76 | 4月21日誕生 |
| 94 | 世界選手権出場 |
| 96 | 競輪学校(77期)在校8位で卒業 8月別府競輪場でデビュー |
| 99 | 100勝達成 |
| 02 | 特別競走初優勝(西日本王座決定戦) グランプリ初出場 |
| 04 | グランプリ優勝 |
| 11 | 6年以上ぶりの特別競輪優勝 |
| 17 | 約20年ぶりにA級降級 |
| 24 | A級3班に降班 |
| 26 | 3月26日現役引退 |
小野のラストランは3月26日の「ラブリン杯(FI)」最終日2R。A級一般で九州ライン3番手を回り、結果は3着だった。最終ホームで小林史也に、最終3コーナー手前で松尾淳に強烈な牽制を入れて、直線でインから鋭く追い込む姿に全盛期の面影を感じたファンも多いことだろう。初日・2日目と苦しい走りが続いたが、最後の最後で魅せた“豊後の虎”らしさ溢れる走りを競輪ファンは一生忘れない。
数々の伝説を残してきた小野だが、中でも多くの競輪ファンの脳裏に刻まれているレースは2004年のグランプリだろう。
小野は先行する村上義弘ー内林久徳の3番手で最終ホームを迎えたが、斎藤登志信ー岡部芳幸の北日本勢が村上を叩いたタイミングで、すかさずこの後ろにスイッチ。自慢のヨコで神山雄一郎を捌いて3番手を奪取し、そのままの隊列で最後の直線を迎える。最後の直線は岡部とのマッチレースになるが、トラック競技で磨いてきたタテ脚で鋭く追い込み、岡部を抜いて見事にグランプリチャンピオンの称号を手に入れた。
だが、この栄冠には裏話があった。同年の「全日本選抜競輪(GI)」期間中、当時絶不調だった小野は同期の山内卓也を頼った。そこで貰ったセッティングや体の使い方に関するアドバイスを実践した結果成績が向上。そして最終的にはグランプリ優勝まで駆け上がったのだ。
あまり誰かと馴れ合ったりするようなイメージは無い小野だが、それでも同期の存在は特別。まさに同期との絆で掴んだグランプリ優勝だった。
前述の通り、全盛期はトップ選手として輪界を牽引していた小野だったが、度重なる落車と膝のケガに悩まされ、晩年は非常に苦しい走りが続いた。
全盛期にS級でしのぎを削り合った小倉竜二、山内卓也など、いまだS級で戦う同期もいるだけに、今回の決断の裏では歯がゆい思いもあったのではないか。筆者含めファンの中にも同じような想像を掻き立てた方もいるだろう。
しかし小野本人は「まったく後悔はないし、やりきった。遂行して完結。何より大輪の花を咲かせてもらいました。」と晴れやかな表情で心情を語った。
一戦一戦、魂を込めて走っていた小野だからこそ、後悔を残すことなく決断ができたのだろう。しかし、ここで終わりではない。これからは競輪解説者として、小野が持つ熱い魂を次世代の競輪界を担う若手選手に繋いでゆく。
netkeirinで発信された過去の記事から、小野の競輪への情熱や仲間への思いを振り返ろう。偉大なレーサーに影響を受けた選手たちの声も紹介する。なお、netkeirinリリースの2020年以降の記事となるため、全盛期の記事が無いことはご了承いただきたい。
チャレンジ戦初戦で感じた焦り
▶「成績を上げんとこれはやばいでしょ」
絶対的なヨコへの自信
▶「脚は落ちても、ヨコだけはまだまだ負けない」
ファンからの声援に応えて激走!
▶「“これは、やらんといけん”って」
競輪人生に一片の悔いなし
▶「競輪には人としての懐の部分を学ばせてもらいました」
引退ラスト開催、初戦の走りに悔しさを滲ませる
▶「自分も今の100%を出したし今の力でした」
初弟子・甲斐俊祐に与えた金言
▶「今は結果にこだわらなくていい」
ビッグ戦線で共に戦ってきた先輩・爲田学
▶「トシは気持ちを入れて走るタイプ」
ライバル・佐藤慎太郎から見た小野俊之
▶「『俺は俺だ』と最後まで我を曲げないタイプの選手の筆頭格」
全盛期の小野と競った坂口卓士
▶「全然びくともしないで、はいはいって感じ(苦笑)」
同県大分の新星・阿部将大
▶「大分と言えばやっぱりまだ小野さんだと思う」
※選手の年齢は記事掲載当時のものです
netkeirin特派員
netkeirin Tokuhain
netkeirin特派員による本格的読み物コーナー。競輪に関わる人や出来事を取材し、競輪の世界にまつわるドラマをお届けします