「300kmぐらい自分で運転しなきゃ」元F1ドライバー中嶋悟73歳、クルマと走り続ける人生 #つなぐ伝統
日本人にとってF1は遠い存在だった。日本でのF1開催はわずか2年で一旦終了。日本の自動車メーカーの参戦もなく、全く別世界のレースだったのかもしれない。 「(当時の)モータースポーツは半端もんだったから、メジャースポーツじゃなかったからね、日本では。僕もそう思ってた。好きなことをやれればいいっていう意識でやってました」 中嶋さんがF1を現実的な目標として意識したのは1978年、イギリスF3にスポット参戦したときだ。F1イギリスGPも併催されていたレースで、モータースポーツ先進国のイギリスで中嶋さんは心を大きく動かされた。 「初めて思った。ああ、ここへ来たいなって。ここへ来ないと、ドライバーとしてはだめだなって。レッドアローズ(イギリス空軍のアクロバット飛行チーム)が飛んでくるわ、パドックにはロールス・ロイスがいっぱい並んで、きれいなおばちゃんたちがいて、テレビは朝から晩までF1やってるし。イギリスではメジャースポーツだから、それを感じさせる景色があったのよ」 海外には中嶋さんの純粋な気持ちを包み込んでくれる環境があった。 「世の中がちゃんと認めたスポーツだっていうことですよ。日本では半端もんに見られてたからね、自動車レースをしていること自体がね。なんでこんなにうまい運転するのに、こんなに変な見られ方するのかなみたいなのはあったよね」
空前のF1ブームで「街を歩けなくなった」
人生を変えたイギリスでの体験から9年。1987年、日本人初のフルタイムF1ドライバーが誕生する。 5回の全日本F2選手権チャンピオンに輝き、鈴鹿で向かうところ敵なし、ホンダのF1テストドライバーも務めていた中嶋さんのF1参戦はある意味当然だった。しかし、デビュー時の年齢は34歳。チームメイトのアイルトン・セナは27歳の血気盛んな若者だった。 「みんな速いし、燃費いいし。だから初めて走ったときに、『えらいところ来ちゃったな』と思った。僕にとっては(レースは)腕試しなんですよ。車を運転するのが好きで始まって、正しいか、正しくないかを試す場所がF1だったわけですよ」 F1マシンは中嶋さんがそれまで乗っていたF2マシンとは全く違う領域のモンスターマシンだった。当時のマシンの印象を「重っ苦しい車でね、ハンドルは重いし、エンジンの力だけはあるし。運転するのが大変な代物だな」と中嶋さんは振り返る。