ナゾの甲子園監督、初出場で初優勝…“広島史上最強チーム”から50年、崇徳高を復活させた重要人物とは? 元カープの伝説的OB・山崎隆造の証言
野球部を強化すべき? 現場の反応
ラグビー部は度々「花園」に出場する強豪で、軟式野球部も全国大会常連だ。硬式野球部だけを優遇するのは学内で不公平感を生むという見立ては納得できる。 だがそれ以上に説得力があったのが、1990年代前半に卒業したあるOBの推測だった。 「崇徳は学校の立地を含めて、生徒が集まりやすいですからね。野球部に力を入れなくても生徒が集まる」 公立校とは異なり、私立校が野球部を強化するのは、学校経営においてメリットがあるからに他ならない。たとえば同県の如水館は、「毎年夏になると、他校の出身者が野球の応援で盛り上がっているのがうらやましい」という卒業生の待望論から野球部が生まれたという。学校も専用グラウンドを建設するなど、支援を惜しまなかった。新しい校名を広めたい経営的視点にも合致したのは想像に難くない。 ほかにも広島新庄は、人口の少ない県北部に位置するハンディの打開策として、「甲子園を狙える野球部」という、生徒募集のフックが必要だった。 野球部強化に明確な目的があるそれらの高校と違い、崇徳は学校経営上、野球部を強化する理由が希薄だった。 広島市内の中心部に校舎を構え、広島駅から電車で15分足らずで到着でき、立地に恵まれる。年々進学重視の路線を強め、昨年度は難関の一橋大に2人、地元の広島大に11人が合格するなど、国公立大合格者を95人も生み出した。私大に目を向けても、早慶に複数名、MARCHや関関同立といった名門に続々と合格している。 現チームで主将、正捕手を担う新村瑠聖は、崇徳を選んだ理由を次のように明かしたものだ。 「崇徳は野球だけじゃなく、勉強も頑張れる環境だと思ったので。(推薦の)指定校に魅力的な大学がそろっているのも決め手の一つでした」
應武と理事長の“言い合い”
それでも應武は、OB会長に就任した2012年以降、学校のトップに野球部強化の必要性を訴えつづけた。時を同じくしてOB会副会長となった山崎が記憶をたどる。 「僕も何度か應武と一緒に校長室に行きました。『ヤバいな』と感じるぐらい、應武と理事長、校長との間に火花が散ったことは何度かありましたよ。僕と違って血気盛んなんでね(笑)。同級生ながら、『こいつ本気なんだな』と圧倒されましたね」 野球部を強化するか否か。話し合いが平行線をたどったある日、学校サイドから應武に「甲子園の優勝メンバーが協力して、野球部を強くしてください」と提案があった。應武が監督となり、山崎らの助力を仰ぎながら、再び甲子園に導けという趣旨である。 監督就任の経緯について應武は生前、「OB会長が監督に……っておかしいでしょ!」と私に漏らしていた。しかし、それは本音ではなかったかもしれない。 現監督の藤本の証言だ。 〈つづく〉
(「甲子園の風」井上幸太 = 文)
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