1.16x1TJ
大人士郎とアーチャー主従旅。腐向け表現がありますのでご注意ください。
クリスマスマーケットをデートする二人をね、書きたかったんです。
そのはずだったんですがどうしてこうなった??(いつものこと)
ちくわぶさんへの誕生日プレゼントリクで書かせていただきました。
リクものなのに、書きたいものを書きたいように書くいつものスタンスでお送りしました。(すみません……!)
残念ながらエロくも甘くもありません。また、若干の流血表現がありますのでご注意ください。
タイトルは、半径10cmのTNTが爆轟してエネルギーが発生する速度とのことです。TJはテラジュール(wikiより)
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ぎしりと踏まれた肩の骨が嫌な軋み方をして、漏れそうな苦鳴を噛み殺した。
「このまま肩を踏み潰してやろうか?……そうだな、ついでに両膝も砕くか。馬鹿なガキがふらふらしなくなれば私の気苦労も減るというものだ」
苛立たしげな響きで挙げられる物騒な提案に、士郎は自分を踏みつけている男を振り仰いだ。
本気でやろうと思えば、この男は本当にそれを実行できるという事実に顔を強張らせる。
だが、ぽたりと顔の横に滴り落ちてきた赤い飛沫に、はっとする。
「お前……!?ぅあっ!」
咄嗟に起きあがろうとしたのを察したらしい黒い靴底が、押さえつける力を強めてきて、その容赦の無さに堪えきれず声が漏れた。
「見苦しい。動くなと言っている」
かろうじて目線だけ動かして窺えば、男はうつ伏せに転がした士郎の体を跨ぐように立ち、彼の肩を地面に縫い付けるように右足で踏みつけていた。
そのまま上へ視線を辿らせた士郎は、手首から先が消失し、ズタズタになった右腕から血が流れるまま、こちらを見下ろしてるアーチャーの姿に息を飲んだ。
だが、怪我を意に介する事もなく、殺意さえ込めてこちらを見下ろしている男の憤りの理由は言われずとも分かっていて、士郎はただ唇を噛むしかなかった。
30分ほど前の事だった。
クリスマス前の街中はどこも祭りのようで、イルミネーションやリーフなどがそこここを飾り立てるように吊るされていた。
どうにか宿を見つけてチェックインを済ませると、夕食用の食材を調達しようと街に出た二人は、喧騒に誘われるように屋台の立ち並ぶこの通りへとたどり着いていた。
色とりどりの電飾に照らされた屋台には、様々な種類のオーナメントやスノードーム、ワインやソーセージ、チキンやシュトーレンといったクリスマスにちなんだ売り物が並んでいて、それらを楽しむ市民や観光客で通りはごった返していた。
人々の楽しげな笑い声や歓声、肉の焼ける匂いや煮込まれているホットワインから立ち昇る白い湯気までが辺りに漂っていて、その暖かな情景はどこか夢の中のような非現実なものに感じられた。
無言のまま並んで立ち、二人でしばしそれを眺める。
やがて、ちらちらと雪が舞い落ち始めた頃、白い息を吐きながら士郎が口を開く。
「――これが本場のクリスマスマーケットってやつなんだな?」
「ああ。だが、長居は無用だ。さっさと買い物を済ませて宿に」
目を輝かせている連れに嫌な予感を覚えて、釘を差そうとしたアーチャーは傍らにその相手がいないことに気づいて、大きく舌打ちした。
「馬鹿が……!」
素早く辺りに目を走らせる。
探していた赤毛を割とすぐ近くに発見できて、アーチャーは密かに小さく息をついた。
だが、その探し人はそこにしゃがみ込み、誰かと話しているようだ。
足音高く大股で近寄るアーチャーは、その赤毛頭の向こう側に小さな顔を確認して、目に見えて歩幅を緩めた。
「大丈夫だよ。俺たちが一緒に探すから。あ、ちょっと待ってね」
近づく気配に気づいて士郎が振り返る。
「家族とはぐれたんだってさ」
見れば今にも泣きそうな様子の少女がそこに立っていた。
唇をきゅっと噛んで必死に不安と戦っている様子の少女は、艶やかな黒い髪と翠の瞳という容姿と相まって、かつてのマスターを連想させ、アーチャーはわずかに目を細めた。
「なんとなく似てるよな?」
主語のない問いかけは、現マスターであるこの未熟者も同じ事を思ったのだとアーチャーに伝え、それが面白くなくて否定も肯定もせずに士郎から視線を外した。
無視するなよ、というぼやきも聞こえない事にしてアーチャーはあたりに視線を走らせた。
この少女と同じような外見的特徴で、なおかつ何かを探している様子の人物は。
――いた!
アーチャーの目は、数十メートル離れた人混みの中に若い夫婦らしい男女の姿を捉えた。男の髪は黒く、女性の目は少女のものとよく似た翠色をしていた。少女の母親なのだろう女性はその腕に赤ん坊を抱えている。
二人は焦った様子であたりをきょろきょろと見渡していて、名前を呼んでいるのかその唇が同じ動きを繰り返している。
「おい、」
「なんだあれ?誰かの忘れ物かな」
それを伝えようとアーチャーが声をあげたのと、何かに気づいたらしい士郎が立ち上がったのはほぼ同時だった。
「ちょっと待ってて」
少女に言い置き、アーチャーへも短く、頼む、と伝えると士郎は道端へと向かう。
「おい!勝手にふらふらするな」
口うるさい相棒へ、だってほっとけないだろ、と振り向きもせず返してすたすたと歩いていく。
眉間の皺を深めながら、それを目で追っていたアーチャーは、ふと足元からじっと自分を見上げている翠の目に気づいてギクリと固まった。
不安げな少女の様子にぎこちなく笑みを返すと、そっと目をそらし士郎の行方を追った。
ちらりと横目で窺えば少女も士郎の方へ目を向けていた。
縋るような顔で士郎を目で追っている自分と少女の図を想像して、アーチャーの眉間の皺が深まる。
早く戻れ、と伝えようと士郎の方を向き、同じタイミングでこちらを向いた男とばちりと目が合う。
だが、その顔が強張り青ざめているのにアーチャーはすぐに気づいた。
そして、士郎が目線で示すものが足下のキャリーバッグだということも。
――どうした?
ただならぬ様子にパスを通じた念話をアーチャーが送ると、すぐに切羽詰まった士郎の思念が伝わってくる。
――アーチャー、これ、この中身……爆弾、みたいだ。どうすれば?
――!? 確かなのか?
――持ち主の事が何か分からないかと思って中を解析してみたんだ。そしたら……
士郎によれば、中身はいくつかのスイッチや配線でできた機構で金属製の容器に爆薬と鉄くずのようなものが詰まっているらしい。その上、同時に読み取れた持ち主の思考があまりにも悪々しく、爆弾の類だと推測されたのだという。
もし、本当に爆弾だとすれば、こんな人の密集した所で爆発すれば大惨事となるのは明らかだ。
何とか無力化させるか、安全な場所に移動させて……。
アーチャーが考えを巡らせながら士郎の様子を再び窺った時だった。
同じように何事かを考えている様子の士郎は、一人で納得したように大きく頷くと、アーチャーへとにこりと笑いかけた。
そして、件のバッグをひょいと抱え上げると早足で歩き出した。
「な!?」
――ば、馬鹿か貴様!!何をしている!?
爆弾に関する専門知識のないアーチャーでも、振動を与えるだけで起爆するものが存在する事は知っていた。
これがそうではなかったのは、士郎が自身の行動でもって証明したが、危険な賭けだったことに変わりはない。
振動感知式では無かったとしても、動かすことで起爆してしまうかもしれないのだ。もし、時限式なのだとしても、残り時間がまだあるのかどうかも分からないのだ。
――ふざけるな!今すぐそれを置いて離れろ!
――ダメだ。このあたりは人が沢山いる。誰もいない所に持ってかないと!ここの通りを抜けると川があっただろ?あそこに投げ込む。
――その前に爆発したらどうする?!すぐに向かうから後はオレに任せろ!いいからお前は
――ダメだ、アーチャー。
ひときわ強い、だが静かな否定の思念がアーチャーのそれを遮った。
続けて一言。
――その子を、頼む
言葉の裏の“万一の時はその子を守ってくれ”という意思まで読み取ってしまい、それに思わずアーチャーは歯噛みする。
そして、反論の機を逃したアーチャーに構うことなく、一方的に念話は打ち切られた。
それきり士郎との念話は繋がらなくなった。
「この馬鹿が!!」
思わず溢れた罵声の大きさに、ビクリと跳ねる小さな肩が目の端に映り、ハッと口を噤む。
小さくなっていく士郎の背中を見送ると苛立たしげに舌打ちする。
天を仰いで目を閉じた。
そのまま1呼吸、2呼吸、3呼吸。
そして、ゆっくりと目を開くと傍らの少女に顔を向けた。
わずかな怯えを覗かせてアーチャーを見上げている少女は、だが、気丈にもここから離れようとする様子を見せずにとどまっていた。
澄んだ翠の目に正面から目線を合わせれば、ますますかつてのあるじの強い眼差しが思い出された。
一瞬だけ郷愁に似た想いが呼び起こされる。
そういえば、彼女の祖先はこのあたりの出身ではなかったか?
いや、今はそれどころではないと、アーチャーはすぐに場違いな感傷を振り払う。
身を灼く焦燥に支配されそうになるのを意識して抑えながら、表情を和らげて問いかける。
「家族に会いたいかね?」
こくりと頷く少女と目線を合わせるようにしゃがみ込むと、アーチャーはゆっくりと語りかける。
「今から君を家族の元に連れていく。ただ、少々ぶしつけな事をするが許して欲しい」
言われている内容がピンとこないのだろう。
キョトンと見返す翠の目に小さく微笑みかけると、
「失礼する、お嬢さん」
と、その背に手を回して抱き上げ立ち上がった。
自分の乱暴とも言える振る舞いに、きゃっという小さな悲鳴が上がったのをアーチャーの耳は捉えた。すまない、と心で詫びながら少女をそのまま高く抱え上げた。
ほとんど自分の肩に乗せるように固定すると、抱えた少女ごと体の向きを変えた。
「見えるかい?――あの大きなツリーの近く、そう、あそこだ」
アーチャーの指し示す先を見た少女が、パッと顔を輝かす。
「君のお父さんとお母さんかい?」
少女はこくりと頷くと弾んだ声で付け加える。
「あと、アディも」
「君の妹?」
再び頷く少女にアーチャーは、そうか、とにこりと笑いかけた。
先ほどまでの厳しい表情とはガラリと違う柔らかい笑顔に、少女は思わず頬を染めた。
アーチャーはそれに気づいた様子もなく、顔を正面に戻すと、
「では行くぞ。しっかり捕まっていたまえ。すまないが急いでいるんだ」
と少女を両腕でしっかりと抱え直すと早足で歩き出した。
同じ頃――
衛宮士郎は川に抜ける路地のすぐ手前で足止めをされていた。
行く手に若い男が立ちはだかっている。
男の髪は乱れ、目は充血し、真冬だというのにびっしょりと汗をかいていた。
道は細く、男が避けなければ通れそうにない。
「なぁ、そこ通してくれないか?今ならまだ何もなかったことにできるぞ」
「な、何を言っているのか分からないな。僕はただ自分の荷物を取り返したいだけだ。それを早く返せ」
「――これの中身が何なのか俺は知ってる。その上で言ってるんだが?」
士郎の言葉に、あからさまに男の顔色が変わった。
「!」
「落ち着けよ。黙ってそこを通してくれれば誰にも言わないよ。どうかな?」
できるだけ男を刺激しないようにゆっくりと士郎は語りかける。
怪訝そうに士郎を見ている男は、
「――ここを通したらどうするんだ?」
とおどおどと尋ねてきた。
なんとか対話ができそうな様子に士郎は少しだけ安堵を覚える。
「君の後ろに川があるだろう?そこにこれを投げ入れ」
「ふ、ふざけるな!それは僕のだぞ!勝手な事をするな!」
いきなり激昂して豹変した男の様子に士郎は自身の失敗を悟った。
「何がクリスマスだ!どいつもこいつも馬鹿みたいに浮かれやがって!だから僕が思い知らせてやるんだ」
「――この、爆弾でか?」
興奮し、唾を飛ばしながら喚く男に問いかける士郎の声は反して静かで低い。
この爆弾の詳細な構造は運びながら解析していた。
圧力鍋を利用した比較的単純な構造のこれは、爆薬の量だけ見ればそんなに破壊力が大きいものではないだろうというのは、専門家ではない士郎にも推測できた。
ただ、爆薬と共に詰め込まれたベアリングや金属片は、爆風と共に飛び散れば周囲へ与える被害は想像に難くない。
翠の目の少女の姿が浮かぶ。楽しげにマーケットを歩いていた多くの人々も。
――こんなものを、あんなに人が密集した場所で使おうとしていたのか!?
ざわり、と怒りで髪が立ち上がるような錯覚を覚える。
この爆弾を見つけてから、心の奥底で燻りつづけていた怒りに火が点き、瞬く間に燃え上がっていくのを感じる。
もともと気が短い自覚はあった。
だが、自分同様かそれ以上に短気な相棒との旅を続けていたせいか、自身のその性質を士郎は完全に失念していた。
理不尽に人が虐げられる事への無条件の怒りに突き動かされて士郎は足を一歩踏み出した。
「そんな事許さない……」
「ち、近づくな!」
男は焦った様子で手にした黒い小箱を士郎に突きつけた。
小さなスイッチのついたそれは解析するまでもなく、爆弾のリモコンだと分かった。
「!」
思わずぎくりと足が止まる。
爆弾の仕込まれたバッグはいま自分の手に握られている。
ほとんどゼロ距離のいま爆発すれば、確実に死ぬだろう。
だが、と士郎は気づく。ここの路地は狭い。
万一、爆発しても被害を受けるのは自分と犯人だけだ。
爆弾の構造をトレースした際に、これを作ったこの男の思念も読み取ってしまった。妬みと逆恨みと呪詛に満ちたそれは正直言って胸糞の悪くなるようなものだった。
このままこの男をここで見逃してしまえばまた同じ事をしかねないと士郎は危惧する。それならば、ここで――
「良いぜ。押せよ」
だから、男がスイッチを掲げた時、ほとんど迷いはなかった。
一歩、男へ足を踏み出す。
ひ、という鋭く息を吸う音ともに男の肩が跳ね、慌てるように一歩後ずさった。
一歩また一歩と、士郎が足を進めるのに合わせて男は後退していく。
怒り狂う心と対称的に、士郎の表情からは感情らしいものが排除され、昏く強い光を発するその目と相まって、男に強い威圧感を与えていた。
殺気にも等しい剣呑な気配に、男は無意識に萎縮し、結果として金縛りのような状態に追い込まれていた。
青年のまっすぐな視線から目を逸らせない。
起爆スイッチにかけた指は、まるで他人のもののように強張っている。
「――!」
気がつけば、すぐ目の前にまで青年が迫ってきていた。
こちらの腕を掴もうと伸ばしてくる手に気づいて、男はようやく我に返った。
咄嗟に手を引いて掴まれるのを避ける。
目を見開く青年をせせら笑い、見せつけるようにスイッチを掲げるとそれを押そうと指に力を込める。
「!!」
男の腕の動き、その表情、指先に力が込められその爪の先が白くなる所まで士郎には、まるでスローモーションのようにはっきりと見えた。
ふいに、脳裏に不機嫌そうなアーチャーの顔が浮かぶ。
――そうだった。俺はあいつと……ごめん、アーチャー……
士郎はそのまま目を閉じようとして、
「追い詰めすぎだ、たわけ!」
耳慣れた低い声にハッとして顔をあげた。
声とともに背後から伸びた腕が男の手をスイッチごと握り込んだ。
「……アーチャー」
「ぅあ、がっ、あ――!」
もがく男に構わず、アーチャーはその手の中の黒い箱を、掴んでいる手のひらごと握り潰す。
めきめきという音の出どころが機械からなのか、男の手からなのか士郎は深く考えないことにした。
「ふん」
アーチャーは悶絶した男を足元に放ると、もぎ取ったリモコンをさらに粉々にしていく。それはもう念入りに。
「あの、アーチャー?」
「なんだ?」
粉々になった手の中のものを地面にこぼしながら、顔も向けずにアーチャーが応える。
「えと、ありがとう。助かった。――ところで、あんた何か怒ってないか?」
ああ?と呆れたような声が上がり、じろりと睨みつけられる。
「貴様がそれを聞くか?一人で先走りおって」
「いや、だってあれは……」
もごもごと言い訳じみた呟きを始める士郎へ、さらに文句をと顔を向けたアーチャーはその手元を見て開きかけた口を閉じる。
「寄越せ」
と手を突きつけた。
「?」
きょとんとする士郎に舌打ちをすると、
「そのバッグだ。さっさとしろ!」
「あ、ああ」
士郎が手に持っていたキャリーバッグをアーチャーに手渡す。
すぐにかすかな魔力を感知して、アーチャーが中身を解析しているのだと分かった。
その表情が険しくなり、眉間の皺がより深くなっていく。
「どうかしたのか?もしかしてこれ爆弾じゃなかった、とか?」
「いや、これはまごうことなく爆弾だ。なぁ、衛宮士郎、お前は火薬の燃焼速度を知っているか?」
「え、燃焼?い、いや、知らないと思う」
「音速だ。いや、そこまでのものは爆薬と呼ぶんだったか。なんにせよ火薬が音速またはそれに準じた速度で急速に燃焼し衝撃波や熱を発生する。これが爆発だ。つまり――」
「つまり?」
「一度燃焼を始めてしまえば、人間にはほとんど何もできない、ということだ」
「えと、それって……?」
「何か策があったのか、はたまた無策無謀だったのかは敢えて聞かんが、私が間に合わなければお前はさっきここで爆死していたということだ」
「……」
「振動を検知して起爆しないのも幸運だったな。でなければ、あの通りでお前が抱え上げた時点でドカンだったかもしれん」
「――それは、一応ちゃんと確認したから」
「確認?」
「ああ、近くにいた露天商の人に聞いたんだ。このバッグの持ち主知りませんか?って。そしたら、そいつの人相を教えてくれて。しかも、普通にごろごろ引いてきたって言うから。そんなにデリケートな機構はないなって、あと、ざっと解析したけどそれっぽいセンサーの類は無さそうだったし……、って、だからなんであんたさっきからそんなに怖い顔してるんだよ?」
「振動で爆発しないと分かった時点でなぜ私を呼ばん?少なくともこんなところで犯人と鉢合わせしてあわや爆発、なんてリスクは避けられたはずだ」
「そ、れは」
「10」
「何よりさっきの挑発はまるで、――なんだ?」
「え?何が?」
延々と続きそうだった小言をふいにアーチャーが中断した。
「9」
今度は士郎も気づいた。
足元からだ。
笑い混じりでカウントを取っているのは地面に蹲っている犯人の男だ。
「8」
「おい、貴様何を数えて――」
問いかけるアーチャーの声は途中で途絶えた。
『7!』
マーケットのある通りの方から大勢の人間がカウントを唱和する声が届いたのだ。
「これから花火が上がるんだ。そのカウントダウンに合わせてドカンとなるはずだったのに。邪魔しやがって……。ははっ、せめてお前らが味わえ!」
男はせせら笑うと、立ち上がり一目散に走り出した。
「リモコンは予備で、本命は時限式か!?くそっ、タイマーを見落とした!」
「アーチャー!この路地の先に川が」
「ダメだ。川縁には花火見学の客がいた」
「そんな」
「――やむを得ん」
唸って悪態をついたのは一瞬で、その後のアーチャーの行動は早かった。
片手でバッグを掴んだまま駆け出した。
「アーチャー!?うわっ」
自分を半ば突き飛ばすようにその横を通り抜けていく男の口が小さく動いてるのを士郎は見た。
そのまま、路地を抜けるとサーヴァントの身体能力を解放し、高く跳躍する。
そして、逃げようとしていた犯人の男の目前に着地した。
「ひ!」
『3!』
男の悲鳴とカウントの唱和が重なる。
「せっかくの花火だ、最後まで見ていけよ?いま特等席に招待してやる」
『2!』
「そら、“Unlimited Blade Works”!」
カウントとアーチャーの詠唱の完了もほぼ同時だった。
次の瞬間、アーチャーの周囲に見覚えのある剣の荒野が顕現する。
彼を中心に錆びた世界は範囲を広げていき、士郎の靴先でその拡張を止めた。
「?」
自身の足元が石畳のままなのを確認した士郎は顔をあげた。
結界の外にいるせいか、アーチャーが随分遠くに立っているように感じられる。
その足元には犯人の男が取り乱した様子できょろきょろと辺りを見回している。
『1!』
カウントダウンは進む。
そして、士郎は見た。
結界の向こう側、歯車の回る青い空に向けてアーチャーがバッグを投擲しているのを。
「アーチャー!」
『0!』
唐突に結界が閉じる。
辺りは元の街並みと石畳の情景に戻っていた。
直後、風切り音が響き渡り、すぐにドーンッ!という爆裂音に変わった。
見上げた空に大輪の花が次々と開いていく、空気を震わす花火の音に混じって楽しげな歓声が届く。
そこに悲鳴やサイレンの類が混ざってないことを確認して士郎はほっとする。
「良かった。爆弾はあれ一つだけだったみたいだな」
だが、その一つを結界に退避させた相棒の安否はまだ不明のままだ。
手の甲の令呪がまだ顕在な事から、アーチャーが未だ現界しているのは分かる。
それでも、下手すればそれさえ危うくなるほどの大魔術を発動させる羽目になったのは自分の未熟、力不足に依るところが大きい。しかも爆弾による負傷の可能性もある。
アーチャーの消滅なんていう最悪の結末を想像してしまって士郎は落ち着かない。
見るともなしに花火を見上げ、きつく唇を噛み締める。
先ほどのアーチャーの怒りの理由が今なら分かった気がした。
「――そうか。お前もこんな想いを……。誓いを破る所だったんだな俺は」
ふと、花火の音に混じって、何か小さなものがバラバラと落ちる物音がすることに気づいた。
「?」
音の出所を探ろうと辺りを見回す士郎の頭にコツンと何かが当たった。
次の瞬間、それは豪雨かと見紛う密度でバラバラバラと降ってきた。
「わ!わわ!いててっ」
肩や顔に当たるそれを掴み取って見てみれば、金属の破片やネジの類だと知れた。
と、顔のすぐ脇を掠めるように手のひら大の金属片が落下した。
「これ……」
甲高い音を立てて地面を転がっていくそれは、爆弾の容器代わりの圧力鍋の残骸だろうか。
――固有結界が解けてきてるのか?
ハッとして顔を上げた士郎の背後でガシャンガシャンと断続的に金属が落下する音が響いた。
振り向いた士郎は、虚空から次々に現れ石畳へ落ちていく、折れた剣や金属の欠片を見た。
そして、その剣の雨の中心にアーチャーが片膝をついて蹲っているのも。
火薬と焼けた金属の匂いがふわりと鼻をかすめた。
「アーチャー!」
駆け寄る士郎の声に反応してアーチャーがゆっくりと顔をあげた。
その鋼の目と目があったと思った瞬間、士郎の視界がぐるりと反転した。
「え!?」
気付けば、士郎は地面にうつ伏せになっていた。
どうやらアーチャーに足を払われて地面に倒されたらしい。
現状を認識した途端、倒された拍子に打ち付けたらしい顎と両膝がずきずきと痛み始めた。
「――痛ぅ」
起き上がろうとした身じろぎした瞬間、
「動くな!」
鋭い静止の声とともに背中を強く地面に押し付けられる。
容赦のないその力に骨が軋んだ。痛みに思わず呻く。
「ぐっ……!あ、アーチャー?」
そう、士郎を上から踏みつけているのはアーチャーだった。
「このまま肩を踏み潰してやろうか?……そうだな、ついでに両膝も砕くか。馬鹿なガキがふらふらしなくなれば私のこの気苦労も減るというものだ」
士郎は押さえつけられたまま、横目でアーチャーの様子を確認していく。
よく見れば腕だけでなく、肩や脇腹、足にも抉られたような傷があり、彼の足元には小さくはない赤い血溜まりができていた。
「お前……」
ぼたぼたと流れるままの血はそのまま彼の魔力の流出を意味し、それに士郎は焦りを覚えた。
固有結界に大怪我に大量の出血。
アーチャーにはもうほとんど魔力が残ってないだろう。
すぐにでも止血し、然るべき手段で早急に魔力の供給が必要なはずで、本来ならサーヴァントである本人がそれを一番分かっているはずなのだ。
なのに、それに頓着できないほどこの男が激昂しているのは、おそらく自分のせいなんだろうと士郎はどこか他人事のように思う。
こいつは、いや自分も、自身のことではきっとこんなに怒れないだろうから。
かつて『自分を勘定に入れてない』と指摘されたことを思い出した。
こいつは“自分”ではないし自分も“こいつ”ではないけれど、それでもどこか互いの中に己自身を見ていることは否めない。
だから、こうやって相手に怒りを感じるって事が巡り巡って『自分を勘定に入れる』って事になるんじゃないだろうか。
それだけでも、こうやって自分たちが旅を続ける理由の一つに数えて良いと勝手に士郎は結論づけた。
アーチャーに言えば、屁理屈をと呆れられるだけかもしれないが。
「……お前が、本当にそうしたいんなら、良いぜ、アーチャー」
それでお前の気が済むんならな、と続ける士郎を、
「黙れ……!」
遮る声は、らしくないほど力無く語尾が震えている。
動揺からなのか怪我のせいなのか、顔が見えないこの体勢ではさすがに判断できないが。
そうだ。お前が本当に望むなら、腕でも足でもくれてやったって良い。
「でも、今はお前の治療のが先だ。このままだとお前、本当に消えちまうぞ。そんなの絶対に許さないからな」
だって、まだ俺はこんなのが旅の終わりだなんて認められない。
「――貴様の、許しなど、知ったことか」
「知ったことだよ。この旅は俺たち二人の旅だって言っただろ?どちらが欠けてもそこで終わっちまう。でも、俺はまだお前と旅を続けたいんだ」
ひゅ、と息を吸う鋭い音が聞こえた。
ふいに背中にかかっていた重圧が消える。
どさりと音を立てて士郎の近くにアーチャーが座り込んだ。
「アーチャー!?」
士郎は慌てて体を起こすと、四つん這いのままにじり寄った。
アーチャーは横から覗き込む士郎から、ふいっと目を逸らすとぽつりと言った。
「貴様、先ほどは誓いの事は完全に念頭になかっただろう?」
アーチャーの断定に、う、と息を詰まらせると士郎はそっと目を逸らした。
「そ、れは、」
少し前、二人はある誓いを交わしていた。
自分の命に頓着しないエミヤシロウは、必要だと断ずれば自分のそれをあっさりと差し出してしまう。
もちろん、それはそうするに値する理由があり、または、他に手段が無いためにやむを得ず選択した結果だと本人達は認識し納得しているのだが。
それは、こうして旅をしている今も同様で、もう何度もこれで終わりだと思う状況に直面し、それでも何とかこうして二人の旅は続いていた。
二人の間では暗に、この旅の終わりは士郎が旅の終わりを決めた時か、二人のどちらかが失われた時だと決まっていた。
だが、片方が知らぬ間にどちらかが死んで、あるいは消滅して、いつの間にか旅が終わりを迎えてしまう可能性は決して低くないと、ある時二人は気づいてしまったのだ。
そこで、互いに誓いを立てた。
『お前の死を見届けるのは俺(オレ)だ。だから俺(オレ)がいない所で絶対に勝手に死ぬな』と。
だから、士郎がさっきのように自分のいない所で命を投げ出すような行動を取ったことにアーチャーは憤っているのだ。
「うん、そうだな。あれは俺が短慮すぎた。すまない」
素直な謝罪にアーチャーが士郎へちらりと目を向けた。
だが、
「だからもう、そんなに拗ねるなよ」
と続いた言葉に目を剥くと士郎に詰め寄った。
「だ、誰が!拗ねっ、くっ……」
勢い良く腰を浮かせたものの、すぐにその体がぐらりと揺れた。
「だ、大丈夫か……!?」
倒れかけたアーチャーを士郎は慌てて支えると、その顔を覗き込んだ。
「――――?」
うつむいて眩暈をやり過ごしていたアーチャーは、ふわりと漂う魔力の気配にゆっくりと顔をあげた。
――ああ、魔力、が……
「そ、そういえばあいつは?」
「……あいつ?」
「爆弾野郎だよ」
士郎の指摘に、ああと思い出したようにアーチャーは頷くと顎をしゃくった。
「その辺に転がっているはずだが」
言われて顔を巡らせると、二人から数メートル離れた位置に件の男が倒れているのが目に入った。
血塗れのその姿に士郎はぎょっとするが、苦しげに唸り身じろぎする男の様子に小さく安堵の息をついた。
「そいつがそんな有様なのは暴れて逃げようとして爆風で飛散した金属片にやられたからだ。見殺しにしても良かったが」
「い、いや!良くないだろ!」
「――と言うだろうと思ったので最低限の急所だけは守ってやった。手足は見ての通りズタズタだが治療が早ければ死ぬことはないだろう。幸いこの国の福祉は厚い。もし完治しなくてもそれなりに生きていけるはずだ。自分の悪意のツケを生涯抱えて行くのがこの男には相応だろうよ」
「そうか……。あ、お前の腕、もしかしてそれで……?」
「――殺すな、というマスターの意向を汲んだまでだ」
と鼻を鳴らすアーチャーに、そうかと士郎はわずかに頬を緩ませた。
ふと、何か言いたげに自分を見るアーチャーの視線に気付く。
「ん?」
「治療を、するのではなかったのか?」
「――あ、ああ、そうだったよな、ごめん!と、とりあえず止血だけでもすぐに」
「いや、それよりも――」
わたわたと慌てる士郎を制すように、アーチャーの手が士郎の頬に伸びる。
え、と目を見開きフリーズする士郎に構わず、目を伏せたアーチャーの顔が寄せられる。
「ちょっと待っ、んむっ……」
制止しようと開いた口を口で塞がれる。
半端に開いた口から入り込んだ舌が、躊躇いなく士郎のそれを絡め取る。
敏感な表面をぬるりと撫でられ、ぞくりとした寒気にも似た感覚が背筋を走り抜けた。
「んん」
鼻から抜ける自分の声には明らかに快が混ざっていて、こんな時に、という罪悪感と相まって余計に背徳的な興奮を煽られる。
じゅる、という水音とともに唾液を啜られ、その生々しい音に頬が熱くなっていく。
これは唾液による魔力供給だと頭では分かっているが、直接的な接触による快楽には抗えない。下腹部が重くなっていくのが分かる。
対するアーチャーも魔力摂取と直接接触により快楽を得ているのだろう、くちづけの合間に漏れる息は熱く湿っている。
時折鳴る喉が性交時のそれを連想させて、否応なく士郎を昂ぶらせた。
やがて、はぁという湿った息とともに双方の口が離れる。
荒い呼吸を継いで酸欠を補おうとしていた士郎は、アーチャーの
「……足りん」
という言葉にハッとして顔をあげた。
目元を赤くし、強い渇望を覗かせた顔になぜか士郎はぎくりとする。
本能的に逃げを打とうとして、いつの間にか首の後ろに伸びていた手が頭をホールドしていて果たせない。
「ちょ、ちょっと待て、アー」
呼ぼうとした名前は再び合わせられた口の中に消えた。
捉えられた舌が引き出され、ぬるぬると粘膜同士を擦り合わせる快楽に再び士郎は流されそうになる。
だが、甘やかな感覚は、絡めたまま舌を引き出されてアーチャーの口内に引き込まれるとすぐに砕かれた。
口内に呼び込んだ舌をガリッという音がするほどの強さで噛みつかれたのだ。
「ん――っっ!」
神経が集中する敏感な箇所を千切られるくらいの強さで噛まれては、たまったものではない。
鋭い痛みに痙攣するかのように跳ねる体を腕一本で押さえつけ、アーチャーは口づけをより深めていく。
「む、ん、ぐぅ――」
口内に溢れる鉄の匂いと、唾液ごとそれを啜られる度に走る鋭い痛みに、呼吸さえできない。
構わず貪られ続けて、痛みと酸欠により吐き気さえ覚え出したころ、ようやく口が解放された。
はぁはぁ、と息を継ぐ士郎は口の端を舐められてびくりと肩を竦めた。
上目で覗えば、気まずげな顔をしたアーチャーと目が合う。
「おまえ、つっ……!」
一言文句を言おうとして、ぴりっと走った舌の痛みに士郎は顔を顰めた。
これはしばらく食事に苦労するぞ、と苦々しく思っているところに、頬に両手を添えたアーチャーがみたび顔を寄せてきた。
「――悪かった」
よほど自分はびくついていたらしい。珍しい謝罪の言葉を耳が拾って思わず士郎は抵抗を忘れてしまった。
けれど、差し込まれた舌は先ほど違い、ゆるゆるとまるで慰撫するように士郎の舌に触れ、その心地良さに体の強張りが解けていく。
やがて、細い糸を引きながら二人の口が離れた。
「お前な……、あれ?」
声を発して、すぐに舌の傷が痛まなくなっていることに気づいた。
最後のあれは治癒を施していたのか、と納得しかけ、いやそれにしてもだな、と抗議を継続することにする。
と、口を開こうとした士郎を制するようにアーチャーが右手をあげた。
「待て。先ずはここから立ち去ることを提案する。まもなく花火も終わるだろう。そうすればここにも人が来るだろう」
確かにこの男や散乱している爆弾の残骸について、もし誰かに見られたら間違いなく説明に窮するだろう。
「そうだな。とりあえず宿に戻るか」
「了解した」
頷き、身軽に立ち上がるアーチャーに先ほどのようなふらつく様子がなくて、士郎は安堵する。
そして、今更ながらアーチャーの右手が復元されていることに気がついた。
傷だらけだった右半身も。
「アーチャー、その手、治ったんだな?」
呼ばれて振り向いたアーチャーが右手を一瞥する。
「ああ、だがこれは表面だけで、依然として魔力は枯渇したままだ。だから――」
「そうだな。早く戻ってちゃんと供給しよう」
さっきのリベンジしてやる、と呟いたのをしっかりと拾われていたようで、
「は!こちらこそ存分に搾り取ってやるから覚悟しておけ」
不敵に笑い返される。
「言ってろ!足腰立たなくなるまで抱き潰してやる!」
「やれるものならやってみろ!先に根を上げるのはどちらだろうな!」
「んだと!?」
「調子にのるなよ、このガキが!」
その時、ひときわ大きな音とともに大輪の花火が空に開いた。
「!?」
文字通り飛び上がって二人はそちらへ目を向け、花火だと分かると、そのまま最後の火花が完全に消えるまで並んで夜空を眺めた。
「でっかかったな……」
「ああ、あのサイズなら三尺玉だろう」
「そうなのか」
「おそらくだがな。――しかし、花火をきちんと見るなど、いつぶりだろう」
夜空を見上げたまま、珍しく穏やかな顔でアーチャーが独りごちる。
「とても、綺麗だった」
「――ああ、綺麗だったな」
そして、どちらからともなく顔を見合わせると、小さく笑い合った。
End