kiss 【士弓】
某メタルバンドの曲をモチーフに士弓習作。タイトルのような甘さは皆無。
というか、春にはもっと増えてくれて良いのよ…という願いを込めて。
UBWネタバレ有りなのでご注意を。
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Why can't this kiss be true?
俺とあいつはひとたび顔を合わせれば憎まれ口を叩き合うような間柄だが、稀に二人きりになると互いの唇を寄せ合うことがあった。
キスというには情感に欠け、魔力供給というには必要性と効率に欠ける。
そもそもそんな事をするようになったキッカケすら思い出せない。
この、常に居候やら来客がひしめく我が家において(しかも圧倒的に女性が多い!)止むを得ない用事がなければ滅多にこの家に近付こうとしないあの弓兵と、二人きりで口付ける機会があったこと自体が奇跡的だとしか思えない。
けれど俺達は、鍛練場である土蔵で、いつかは奴の部屋でもあったのだろう何もない自室で、文句を言い合いながら二人で作業をしていた台所で、手合わせを頼んだ道場で、何とはなしに唇を合わせた。
手練手管でいったら自分があいつに及ぶべくもないのだけれど、不思議と奴はそういったことで俺に対抗心を燃やす気は無いらしく、こちらがぎこちなくあいつの舌を吸ったり上顎の裏を舐めたりするのに付き合うくらいで、積極的に求められたことは無い。毎度俺の方からキスを仕掛けているって訳でも無いのに、何故だか主導権は俺にあった。
それは性感を煽るでも無い、何かを確認し合うような、作業とも言えるものだった。互いの粘膜を擦り合わせて、初めて相手との境界を知り、別の人間であることを知覚するかのような。
……あいつが何の目的があって俺とこんなことをしてるのかなんて、皆目検討もつかない。
俺に関して言えば、あいつの魔力の味と、最中の奴の顔を盗み見るのが好きだった。
俺達は互いを意識し過ぎてすぐに大人気ない喧嘩を始めてしまうけれど、奴の口を塞いでいる間だけは嫌味も殺気も浴びせられない。
喫煙者でもないクセに苦く錆びた味の唾液、たまにふるりと震える白い睫毛、唇を離した後のどこかいとけない表情に、堪らなく心惹かれた。
俺は、あいつのことがどうしようもなく腹立たしくて、どうしようもなく好きだった。
そう。
いつも“作業”の後はお互い無言で相手の顔を睨みつけて、そいつが目の前に居て、好きだと思えることに感謝していた。
ーー向かい合った俺達は、おそらく鏡合わせのように同じ顔をしていたのだと思う。
キスより先に進むことは無い。
あの行為は秘め事ではあっても、性的な接触でも魔術的な儀式でもなかったからだ。理由がなければ先に進む道理も無い。しかしながら、まずもってあいつが俺とこんな不毛なことをしているのか、その理由がさっぱりわからないままだった。
何故、と本人に問おうものなら、途端にこの秘めた接触は解消されてしまうと直感していたし、あいつに直接尋ねるという行為そのものが、自分のちっぽけな自尊心を刺激した。
せめて、と足りない知識であいつの行動や思惑を考える。
悔しいけれど、以前にあいつが俺に忠告したとおり、何も無い俺に出来ることは想像することくらいだから。
俺があいつを好きだと思うように、あいつもある程度俺のことを好いてくれているのか、などと考えてみたこともある。妄想にしてもそれはあり得ないと、バッサリ切り捨ててしまったが。
好意に好意で返してくれるならそんなに嬉しいことは無いけれど、生憎俺はそこまでポジティブな性格じゃなかった。
あいつは俺を憎んでいるし、衛宮士郎を憎んでいるし、何より自分自身を憎んでいる。
あいつにとって、憎めるものがそれだけしか無いからだ。
自分達が別の存在だと認識してからは直接的な殺人衝動には繋がっていないようだが、俺の行動や言動が奴を苛立たせることには変わりないのか、時折無意識に殺意を滲ませる。
あれでも周りの人間には気付かせないよう、努力しているつもりなのかもしれないが。
正直な話、俺も若い男である以上キス以上のものを欲する気持ちが無い訳じゃない。
唇を離した後のあいつの表情や仕草に、じくりと下半身が兆してしまったりもする。ただ、そういう欲を感じているのは俺だけで、あいつから俺に対してこれっぽっちも情欲が無いからそれ以上先に進んだことが無いだけだ。
双方……いやあいつの側にやむを得ない事情があれば、俺はあいつを抱くんだろうな、と思う。
今さらあの男を抱けるのか?とは思わない。
抱く理由が無いから、機会に恵まれなかったから、今までやってこなかっただけだ。組み敷く理由があって、あいつが俺を拒まなければ問題なく出来るだろう。
未来の自分を押し倒すなんて、ものすごい倒錯的でエクストリームな近親相姦だなと、我がことながら驚かないでもないけれど、あいつとのキスを繰り返している時点で、もうとうの昔に一線を越えてしまっている気がする。
それに、恋ではなかった。
恋だとは思わなかった。
あいつのことを想って胸が詰まるのは、痛ましさと無力感からだ。愛しいと言い換えても良い。
かと言って俺が悲壮なあいつの為に出来ることなど限られていたから、ただただあいつの気まぐれな口付けを甘受して、唾液と粘膜から感じる甘くて苦い魔力に酔いしれた。
何の力も無い俺が、あいつに何もしてやれないなどと思い上がったことを思うのは、惚れた弱みというヤツなのかもしれない。
こういうのはきっと、先に好きになった方が負けるようになっている。
そうだ。
“好き”だという感情の前にはどうしようもないなどと、俺は愚かにも考えることを放棄していた。己の感情の在りかも行為の理由も、考えてもどうにもならないものだとただ闇雲に浪費したのだ。
俺が、あいつのことを好きだと思うたびに己の心の底から湧き出る安堵感の意味など、ついぞ考えなかった。