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【Fate】月光浴【士弓】/Novel by 戚

【Fate】月光浴【士弓】

3,397 character(s)6 mins

これもサイト再録。ステイナイトの士郎さんとアーチャーさんです。ネタバレ絡むので注意。でもべつにキャッキャウフフとかはそんなにない。むしろほとんどない。我が家にそんなものなどない!(くわっ!)

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 ほんとうに、水面に映った月のようだった。


「アーチャー」
 声をかければ、もう赤くは無い背中がゆっくりと振り返る。
 灼かれた肌、削がれた瞳。色の抜けた髪。それは全てかつて俺だったもの。
 俺という部品の数々を置き去りにしてそこに在る姿に、手を伸ばす。
「何の、用だ」
 冷ややかな言葉には躊躇いと困惑が混じりこんでマーブルを作っている。
 伸ばされた手を跳ね除けようとしなくなっただけ、以前よりは仲良くなったと苦笑する俺を、不審そうに見下ろす視線。
「寒いからさ。もう部屋に戻れよ」
「人間と一緒にするな。そんな脆弱な造りはしていない」
 嫌な言葉で笑うくせに、作った笑みは安心させるように柔らかだ。
 卑怯な奴だな、と思う。
 いつかの自分だと分かっていて、それでもやっぱりそう思う。
 そんな風に笑われたらもう言葉なんて続かない。
 改めてしげしげと自分をこの目で見て思う。俺は酷い奴だと。
「どうした、衛宮士郎。何を呆けている」
 また不審そうな目が上から俺を見下ろしてくる。
 頭頂部の辺りに感じる視線はそのまま俺とこいつの身長差を示すもので。
 腹が立ったので、掴んでいた手に力を込めてぐいっと引っ張ってみた。
「…………」
 おや、と内心首を傾げる。
 いつもなら、こんな意味不明な行動をとった後には必ずスコールのような皮肉と嘲りを浴びせられるはずなのに。
 何故か、今日に限って俺たちの距離は近く、そして静かだった。
「アーチャー?」
 仕方無いから、こっちから怒られる事を覚悟して声をかけなきゃいけない。何でさ。
「私は」
 低く、掠れた声が落ちてくる。
 確かに自分の声だけど、それは頭蓋に響くものよりも深く、今の自分の声よりもっと低い。
 褐色の大きな掌が俺の頬を包む。
 かさついた肌は荒れていて、とてもではないが女の子の手のような柔らかさなど微塵も無い。
 だが。それでも俺には酷く暖かく感じられて。
 思わず見上げたまま自分の手を挙げて、頬を撫でる甲を押さえる。
 どうしたのだろうか。今日のアーチャーはらしくない。
「私は、こんなにも小さかったか」
「小さい言うな」
 前言撤回。いつも通りだこの野郎。
「俺がお前なら、ちゃんと同じくらいまで背が伸びる見込みはあるだろうが」
「そうだな、そう……お前は、私になってしまうのだな」
 可能性として、と低く喉を鳴らしながら、顔色は優れない。
「なんて、酷い話だろうとは思うが」
 する、と頬から手を離し、アーチャーは一歩下がる。
「俺は、お前がお前のままでいてくれればいいのにと。願ってしまっている」
 軽く眉を顰め、唇の片方を皮肉そうに吊り上げて。
 そんな風に歪んだ表情が月光を浴びて、まるで泣いているように見えた。
「アーチャー?」
 やっぱり何か変だ。いつの間にか剥がされていた手をもう一度伸ばし、その手を取ろうとした。
 だが、それも軽く首を横に振られて止まってしまう。
「士郎」
 いつかの切嗣みたいな声で。
「お前は幸せか?」
 最期みたいに、囁くな。
「アーチャー……」
 凍りついた俺を目の前に、アーチャーは少しだけ肩から力を抜いて空を見上げた。
 天上には月が昇り、生きながら死に続けている男を照らし出している。
「この世界に生きて。皆と暮らして。精一杯、生きて」
 ぽつりぽつりと絶望の味に慣れた舌が零す音が、俺の鼓膜を締め上げて逃がさない。
「なあ、衛宮士郎。お前は、幸せか?」
 畜生やっぱりこいつ卑怯だ。だってそんな声で聞かれたら――――
「……ああ」
 ――――Yesと答える以外にないじゃないか。
 俺の答えを聞いた奴は満足そうに笑って。そうか、と囁いた。
「安心、した」
 だからその声は止めろ。誰かのような俺のような声で、消えていく誰かのような声で。
 その言葉を、言わないでくれ。
「アーチャー」
「士郎」
 何かを言いかけた俺の口を遮るように、軽く頬に落とされた接吻。
 それが初めてアーチャーから贈られたものだと気付いて、思考が真っ白になって。
「お前に逢えて、良かった」
 掠めただけの触れ合いに目を細め、アーチャーは真摯に呟いた。
 そしてそのまま、月光に漂白されるように体が透けていく。
「アーチャー……!?」
 相手が消えていくという非常事態に再起動した俺を押し留める為にまた笑って、アーチャーは声無く囁く。
 さよならだ。
「アーチャー!!」
 否定したくて。認めたくなくて。そんな現実は捻じ曲げてしまいたくて。
 手を伸ばしてアーチャーの二の腕を掴み、俺たちを繋ぐパス越しにありったけの魔力を叩き込む。
 だが叩き込みかけて、愕然とした。パスが切れていた。
 パスが無いことに気付いたのを悟ったのだろう、アーチャーはほんの少しだけすまなさそうな顔で肩を竦め。

 ――――そしてそのまま、一人きりの世界に旅立っていった。

「……アー、チャー……?」
 確かに今の今まで感じていた腕の感触を確かめるように掌を見下ろし、もう何も無い空間を睨みつける。
 何も無い。
 今の今まで掴んでいた腕も、見下ろしてくる眼も、少しだけ掠れた声も、その影ですら。
 もう、この世界のどこにも無い。
「アーチャー……」
 何故消えてしまったのだろう。何故パスが途切れていたのだろう。
 何故、パスが無い事を俺に言わなかったんだろう、アーチャーは。
 庭の土の上にほんの少しだけ残っている靴跡。
 それだけが、今ここにあの男がいた事を証明する全てで。
 手を伸ばした事がいけなかったのだろうか。
 欲しいと思ったことが悪かったのだろうか。
 共にと願った事が、駄目だったのだろうか。
「……」
 ざり、と土の上に膝をついて、たった一つだけ残った靴跡に指を触れる。
 嘘みたいだ、と喉の奥でうめいた。
 空を走る雲が月光を遮って、俺の視界を暗くする。
 見えないままでは靴跡も消してしまうと思った俺は、そのままの姿勢で指を動かす事を止めた。
 真っ暗ではない薄闇の中で、じっと見えなくなった目を見開いて地面を見続ける。
 いつか靴跡をはっきり見出せるように。
「見失わない」
 絶対に。
 俺の周りの幸せも、誰かの為の幸せも。そして救うという願いも。
 ざあ、と風が吹いて雲が取り払われた月が、その穏やかな光を少年へと投げかける。
 ゆっくりと立ち上がって、アイツと同じように月を見上げた。
「アーチャー」
 答えなど得られない。知っていて、投げかける声にどれだけの価値があるだろう。
「お前は、幸せだったか?」
 ここに呼び出されてから。
 俺と生きて。皆と暮らして。精一杯、耐えながら顔を上げて生きて。
「なあ」
 お前は幸せを感じてくれただろうか。
 少しだけでも、安らぎを思い出してくれただろうか。
 たとえ、ここがお前にとって針のむしろだったとしても。
 月はたださざめく様に光を落とし、無差別に無感動に俺を照らす。
 ざり、と一歩を踏み出した。アイツが立っていた場所に。
「アーチャー。俺の願いを増やした責任は取ってくれよ」
 手を伸ばして、欲しいと。共に在りたいと。
 俺が幸せになるのなら、英霊エミヤが幸せにならなきゃおかしいだろうと。
 思うくらいには、俺はアーチャーが大事になっていたらしい。
「お前は」
 俺の傍にいて、笑ってなきゃ嘘だ。
「諦めてたまるか」

 踵を返した少年の立っていた場所に、もう一人分の靴跡が残っている。
 が、それもすぐに横殴りのような風が吹いて掻き乱して消していく。
 水面が揺らぐのにも似た砂の動きが、奇妙に巻き上がって小さく捻じれた音を残した。
 擽るような囁きに近い音は、そのままひゅうと流れて空に巻き上がり、月へとくるり反転する。
 ――――たわけ。
 風に撹拌された月光が、さらさらと舞い降りた。どこまでも彼らの行く先を照らし出すかのように。


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