杉元佐一ファン倶楽部
・師団内に杉元一等卒のファン倶楽部があったら……というifストーリーです
・原作の時系列的に、杉元は一等卒になってほぼすぐ日露参戦をしているはずなので、この小説は全てがフィクションであることをご理解ください
・この時代にあるはずのない言葉や設定がゴロゴロ出てくるしぬほど頭の悪い小説です。IQを限界まで下げて読むことを推奨します
・タグにモブ杉とありますが、モブ×杉元ではなく、モブ目線から見た杉元一等卒という意味合いでつけています
・ただし、モブがいかがわしい目で見てないとも言いきれない描写もあるため腐向けタグにさせていただきました
・ご想像通りのものとは限りませんのでホントに何でも許せる方向けです
※モブに名前がありますが、便宜上あった方が良かったため付けただけで、それ以外の用途はありません
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“杉元”という名前を一度は聞いたことがある。
一等卒の中でも抜きん出た腕っ節の強さや喧嘩っ早い性格から荒事に関わった時の彼の勇姿など、様々なことでその名を耳にする。だが、それと同じくらい彼の容姿は人の目をひき、それにまつわる噂も多く囁かれていた。
他より恵まれた体格はもちろんのこと、その均整のとれた身体の上には役者にでもいそうな綺麗な顔が据えられているのである。切長の涼し気な目元、琥珀色に輝く瞳、スっと通った鼻筋、厚すぎず薄すぎない唇。彼の顔を形作る全ての要素が洗練されており、贔屓目に見ても整っていると感じていた。
そんな彼は好意的な目で見られることもあれば、やっかみや妬みの対象として見られることもある。もちろん、全くもって関心を示さない人間もいるが、それ以上に彼に何かしらの感情を向ける人間は多く、そういう奴らは無駄に行動力がある。興味がなくともそういった噂話は知らず知らずのうちに耳に挟むことになるのが通例だった。
俺もそのうちの一人で、当初は彼に対し、特にこれといった興味関心は持ち合わせていなかった。何度か廊下ですれ違った時に(あぁ……彼が噂の)と思うことはあったが所詮その程度で、自分からなにか行動を起こすようなことはなく、平々凡々に自分の生活を送っていた。
ある日の訓練終わり、彼に話しかけられる機会があった。
備品の片付けを一人でしていたのだが、如何せん量が多い
流石に一人で持ち運ぶのもな…と困っていると、後ろから「おい」と声がした。
その声に振り向くと、そこに立っていたのは杉元佐一その人だった。少し驚きつつもまともに声を聞くのは初めてだと呑気な感想が頭に浮かぶ
「それ、運ぶんだろ?手伝おうか?」
彼は固まる俺を少し不審そうに見つめながらも穏やかな声色で手を差し伸べてきた。
「あ、あぁ。これとこれ運ぶの頼んでもいいか?」
「ん、いいぜ」
かなり重量のあるそれを軽々持ち上げた彼は俺の隣に並び立って歩く
すごく不思議な感覚だ。今まで全く気にしたことがなかった彼の存在を、俺はこの時ひしひしと感じていた。
ドクドクと鳴る自分の心臓の音に加え、二人の足音だけが静寂に響く。その慣れない空間にらしくもなく緊張していた俺は身体に余計な力が入り、力みすぎていたようで、荷物を持つ手が痺れ始めていた。
これでも一介の軍人、こんなところで弱音を吐くわけにはいかぬと自分を鼓舞する一方で、手伝いを申し出てくれた彼に負担をかけすぎることを躊躇い、自分の荷物の方を重くしてしまったことを少し、ほんの少しだけ、後悔した。
今思い返せば彼の方が力があるし、少しくらい多めに荷物を任せてしまっても良かったとさえ思う。
額に汗が滲み、何か話して気でも紛らわせないと……と思い口を開こうとした時、先に口を開いたのは意外にも彼の方だった。
「なぁ、あんた名前は?」
別に名前を聞くことはおかしいことでもなんでもないが、突然すぎて一瞬言葉に詰まった
「……佐々木だ」
「ささきのさってあの佐?にんべんに左って書くやつ」
「そうだが」
「じゃあ、俺の名前のと同じだな」
その言葉に少し驚いて隣にいる彼に顔を向けた
このとき初めて俺は彼の顔をしっかり見たように思う
彼は笑っていた
口を開けて豪快にって笑い方では無かったけれど、はにかむように笑っていた
普段の彼はその精悍な顔立ちも相まって非常に凛とした鋭い表情をしていることが多い。訓練では笑う者などいないため、そんな顔を見ることは滅多にない。特に彼に注目していたわけでない俺はそんな表情の彼を見る機会など、全くもってなかったわけである。
ぽかんと口を開けた俺をよそに、彼は話を続ける。
「佐ってさ、人を助けるって意味があるんだって。俺それがすげぇ好きなんだ」
そう言ってニコニコ笑う彼は年相応というか、むしろ実年齢より幼い少年のようなあどけなさがあった。
「お、わ、笑った……」
「え?」
思わず心の声が漏れてしまった。流石に失礼だったか?と恐る恐る顔を戻すと
「え!?俺笑わないとか思われてたの?」
と今度はあたふたし始めた。
その様子がおかしくて、思わず笑ってしまう
「あ!な、わ、笑った!ひどくね!?」
「いや、悪い。慌ててるのが面白くて」
「え、え〜……」
「なんて言うか、もっと笑ってた方がいいと思うぞ」
「え、なにそれ。そんなに俺の真顔って怖いの?」
そういうわけじゃないんだけどなとは言わず、そのまま荷運びが終わるまで彼との会話は続いた。
その道中俺は、手の痺れなんて全く気にならなくなっていた。
☆☆☆☆☆
「っていうのが俺のきっかけだな」
そこで一旦話を区切ると、周りに集まっていた仲間たちが三者三様の表情で口を開いた
「なんか、めちゃくちゃ美化されてない?気の所為?」
「お前あの杉元佐一に微笑みかけられるとか!!……クッ、羨ましい……」
「俺もその表情、見たかったなぁ…………」
羨ましい、妬ましい、といった視線が刺さる
それもそのはず、今ここに集っているのは杉元佐一が好きで追っかけてる奴ばかりだからである。
もちろん好きというのは恋愛の情ではないし、杉元の後を本当にずっと引っ付いてまわっているわけではない。
いやまぁ、俺たち以外にも杉元に少なからず情を向けている奴はいるし、その中には色欲をぶつけてる奴や、文字通りずっと杉元を追いかけ回し、貢物をしているような輩もいる。正直俺たちはああはなりたくないと思っている。奴らの気持ちは理解できないでもないが、同じ穴の狢にはなるまいと、奴らとの間に一線を引いているのである。
「でもなんだかんだ言ってさ、最近笑う顔は見かけること多いよな。はにかむ顔は見たことないけど……」
「確かにな……」
「何にせよ俺は杉元さんが笑えるような環境で過ごせているなら何も言うことは無い!」
「それはそうだね」
ケラケラと笑いあってまた杉元佐一の話題に戻る
時間は有限、少ない時間をかき集めて俺たちは杉元について語っているのである。
「そういえばこの前もなんか騒動あったよな」
「あぁ〜俺その時いなかったんだよな〜」
「え?またその騒動も杉元さん関連なのか?」
「俺知ってるよ」
「え?ほんとっすか?」
軍という集団生活に身を投じていれば、それなりに騒ぎやいざこざが起こる。そしてそれは何も珍しいものでは無い。だが、杉元佐一が入隊して以降、小競り合いや騒動は彼を巡って起こることが増えていた。
以前までは彼の預かり知らぬところでそういった騒動は頻発していた。彼の熱心な信奉者たちは基本的に見守っているか、貢物をするか、手紙を渡すかくらいで比較的大人しい(?)のだが、彼に対する悪口や批判を聞こうものなら手の付けられない荒れようを見せる。それで一度、病院送りになった者が出たほどの騒動に発展したこともあった。
だが、彼に直接いちゃもんをつけた馬鹿が他でも無い彼自身に実力で黙らされてからは、彼や彼の信奉者たちの目に届くところでわざわざ悪口を言う奴は減っていた。
そのおかげで最近は彼を巡る騒動も減っていたのだが、今回また起こってしまったらしい
「また喧嘩だったんすか?」
「いや、違うよ」
とここで意外な答え
喧嘩じゃないのか、ならなんだ
「名付けて、杉元一等卒の軍袴騒動だよ」
「え、なんですかそれ」
「めちゃくちゃ気になる……」
「俺知らないので詳しくお願いします!」
「仕方ないね」
☆☆☆☆☆
いつも通り訓練を終え、兵舎に戻るとなにやら廊下が騒がしい。また何かしょうもない小競り合いでも起こったのだろうと無視しようとしたその時、「杉元さん!」という声が聞こえてきて、思わず足を止めてしまった。
え、まさか、あの杉元佐一が関わってる騒動なのか
そう思うと足は勝手にその方向へ向けて歩き出していた
声のする方へ向かうと人が密集しているのが見えてくる
間違いない騒ぎの中心はあそこだ
ちょうど部屋の前で人の密集地に目を向けていた同期に話を聞いてみた
「何が起こってるんだい?」
「あ、あぁ杉元一等卒がな」
やはり騒動の中心人物は彼か……
「軍袴を汚しちまったらしくて、乾かしている間、誰かに借りようと同室のやつらに声を掛けてたらしいんだけど……」
「あぁ……」
そこから先の説明は聞かなくてもなんとなく分かる気がした。きっと信奉者たちは彼が替えの軍袴を探していると聞きつけて「良ければ自分のを!!」と差し出しにきたに違いない。そしてそれが他の信奉者の耳にも届き、芋ずる式に……そしてその結果、この現状が生まれているようだ。確かにザワザワとした騒音の中から「杉元さん俺のを!」「いや、俺のを!」という声が聞こえてくる。
同期がいる手前、呆れたような笑い声を出したが、内心めちゃくちゃその中に混ざりたかった
ドギマギしながら杉元一等卒に軍袴手渡して「ありがとうございます」とか言われたい
「あの、これ昨日借りたやつ……」って石鹸の匂いのする洗いたての軍袴を返されたい
そこまで考えて俺は思考を現実に引き戻した。
「ちょっと見てくるよ」
と騒動を止めに行く良い奴ぶった顔を同期に向ける
同期はあんまり関わらない方がいいぞと言いつつ、止めるつもりはそんなになかったようで、それ以上は何も言ってこなかった
騒動の中心地にたどり着くとそこには既に俺と同じ野次馬という名の見物客も何人かいた
そして彼らの目線の先では土下座をして軍袴を差し出している男たちがズラリと並んだ異様な光景が見て取れた
思わずうわぁ……と声が出そうになる
その土下座御一行の先にはもちろん、杉元一等卒の姿があった。どんな標的にも怯まない、動じないさしもの彼も、この光景には若干口の端を引き攣らせていた。当然の反応である。
がしかし、これでは状況は動くまい
はぁ、と一度ため息をつき、彼らの前に歩み出た
「君たち、彼のことを思っての行動自体を悪いとは言わないが、彼に迷惑を掛けているのであれば本末転倒ではないのかね?」
「か、葛城上等兵殿……」
突然の俺の登場に戸惑う彼ら
そしてやっと顔を上げた彼らは杉元一等卒の表情に気付いたのか、オロオロとし始め、やがてポツポツと謝罪の言葉を投げかける
「謝罪はいい、それより騒ぎを大きくするな。ほら、解散だ解散」
そう言って手を叩くと蜘蛛の子を散らすように彼の熱心な信奉者たちとその一部始終を見ていた野次馬たちは捌けていった
「あ、ありがとうございます」
後ろからよく通る声が届く
杉元一等卒の声だ
それを認識した途端心の中が浮き足立つのを感じたが、表情に出すまいと歯をかみ締めつつ、彼の方を見やった
「大変だったね、あんなことに巻き込まれて」
「いえ、まぁ……」
「軍袴を借りようとしていたそうだね」
「!!知っていたんですか……」
「聞こえたからね」
バツが悪そうな顔をする彼
悪い奴らではないんですけど……と普段は吊り上がった凛々しい眉を下げて苦笑する。それに対し、分かっているともあまりきつくは言わないさと返す。別に彼が悪い訳では無いのだが、なんとも庇護欲を煽る表情をしていたので、ニコニコしつつも目の網膜にしかとその表情を焼き付けた
「良かったら俺のを貸してあげるよ」
「え?いいんですか?」
「あぁ、構わないよ」
「で、ですが、上官のものを……」
「いいんだ、後日また返してくれたらそれでいい」
そう言って彼に少しだけその場で待っててもらい、軍袴を取りに戻る。その時の自分は本当に空でも飛んでしまいそうなほど浮かれていた
彼の元に戻り、半ば強引ではあったものの彼に軍袴を手渡す
「あの、本当にありがとうございました」
そう言って頭を下げる
喧嘩っ早いことで有名な彼を跳ねっ返りのように認識していた為に、その姿を見て少しだけ驚いた。彼は自分が思っていたよりとても真っ直ぐで、素直な男だった
「後日洗って、必ずお返しします」
真面目な顔をして誠実さを見せてくれる彼に微笑ましくなると同時に、ほんの少しちょっかいをかけたくなってしまって…………あとは本心が少し隠しきれなくて
「そのままでもいいんだよ?」
と目を細めて揶揄うように言った
すると彼は
「え!?そ、それは流石に…ちゃんと洗います!」
と借りた軍袴を取り落としそうになりながらワタワタと慌てる。その様子が初々しくてこれはまた癖になりそうだと思った
☆☆☆☆☆
「葛城上等兵ってそういうとこありますよね〜」
「石鹸の匂いまで妄想してるのやばいですね……」
「その騒動俺も見たかった!あわよくば俺の軍袴貸したかったー!!」
「君たち、上官に向かって中々辛辣だよね」
この杉元佐一を愛でる会なるものがひらかれるようになってから、彼らは段々自分に物怖じしなくなってきた。
もちろん訓練時はちゃんと規律を守らせているが、この集まりの時は杉元佐一を語る上では同じ目的を持って集まった同志であるため、自分自身もあまりそういった細かい規律は気にしないようにしている
ちょっと気にしなさすぎる気もするが……
「ちなみにその軍袴って返ってきたんですか?」
「返ってきたよ」
騒動の話に興味津々な彼らに向かって、ほらここに…とその件の軍袴を見せる
3人からごくっと喉の鳴る音が聞こえる
「…………匂いは?」
「おい!」
「石鹸の匂いだったよ」
「ちょっと!」
「え、まじで嗅いだんですか!?」
「…………」
「笑ってないで答えてください!!」
その後、一つの軍袴を取り合うみっともない男たちのいざこざが部屋の隅で勃発した
だが、いざ手に取っても匂いを嗅ぐ勇気を持つ者はおらず、顔に寄せようとしているうちに誰かに奪われ、同じように躊躇う間に……といった事がしばらく続き、ついにはその軍袴を手に取ることにさえ顔を真っ赤にしてしまうようになった
そんな彼らを微笑ましく思いながらも、丁重にその袴を手に取り、自らの後ろに隠した
「上等兵はこうなることが分かっててそれを持ってきたんでしょう?」
「まぁね」
「なんて酷いことを……」
「鬼だ……悪魔だ…………」
「ふふっ、面白いものが見れたよ」
「なんか腹立ってきたんで俺のとっておきの話してやりますよ」
「え、それって……」
☆☆☆☆☆
俺は昔から声がでかく、喋っているだけでもやかましいと理不尽に怒られることがあった。
ただこの軍という環境では声が大きいことはそこまで問題視されず、むしろ返事の声が大きくていいと褒められた。それからは訓練にも身が入り、俺はぐんぐん成績を伸ばしていった。
そこで初めて聞いたのが杉元佐一という名前である。近接戦闘なら負け無し、彼に勝てた奴はいないと様々な噂、もとい武勇伝が飛び交っていた。最初はそれを大袈裟だと鼻で笑っていたのだが、自分の成績が伸びるごとにその噂はより耳に入ってくるようになり、だんだんと居心地の悪さを感じるようになっていた。そして、知らず知らずのうちに彼、杉元佐一を勝手にライバル視するようになっていたのである。
とはいえ彼と対面で勝負したことはないし、わざわざ喧嘩を吹っ掛けて面倒事を起こそうという気もなかった。
だが、もやもやした気持ちを抱えたまま訓練に参加していると、心ここにあらずといった具合でずっと上がりに上がっていた成績も落ち始めた。優しい上官は大丈夫か?と気にかけてくれたが、俺を遠巻きにしていた連中はニヤニヤと俺の事を嘲笑っていた。
同期に聞いた話だと、成績が伸びていた俺を疎ましく思っていた奴らがいたらしい。軍ではよくあることだ「ただの妬みだからそんなに気にすんなよ」と俺の成績が落ちたのは奴らのせいだと思っているらしい同期は見当違いな励みの言葉を投げ掛け、そのまま向こうを向いて寝てしまった。別にあいつらにどうこうされたことはない。ただしいて言うなら杉元佐一が…………
と全くもって彼のせいでは無いと頭では分かっていたが、八つ当たりでもしなければこのどうしようもない気持ちは収まらなかった。
ある日の朝、いつも通り目を覚ますと身体が熱っぽい
これはだめかもしれない
そう思いながらも訓練には行かねばと思い
気怠げな身体を無理やり起こして、訓練場へ足を進めた
案の定その日の訓練は絶不調だった
朝起きた後、水で顔を洗って少しスッキリはしていたものの、やはり身体の怠さが抜けきれず、いつもならしないような怪我も負ってしまった
こりゃだめだと訓練終わりに部屋に戻ろうとしたが、人がいる空間にいることさえしんどいと思い始めていた俺は、それよりも風に当たっていたくて、見つからないようにこっそり外へ出ることにした。壁にもたれかかりながら目を瞑り、顔を撫でる風の冷たさを享受している時間はしぜんと心も安らいでいった。
しばらくするとガサガサと足音がし始めた
複数人
こちらに向かってきている
音が止み、気配が感じられる
薄らと目を開けると自分の上に影が落ちていた
いくつものニヤついた顔が自分を見下ろしている
なぜ人目につかないこの場所を選んだのだろう
そう数分前の自分を呪わずにはいられなかった
身体中から鈍い音が響き渡る
上から浴びせられるのは怒声罵声
時折嘲笑うような笑い声も聞こえる
頭は割れそうな程に痛みを訴えており、鼻からは熱い液体が流れ落ちて地面に赤い池を作っている。喉からはヒューヒューと掠れた息が漏れ出てくるだけで自慢の大声も、もう出せなくなっていた。
普段の俺ならこんな相手に一方的にボコられるなんてことは絶対にない。悔しさが胸をかき乱す中、血の味がする口を必死に引き結び、情けない声が出ないようただひたすらに耐えていた。
「おい、何してんだよ」
不意に響いた第三者の声
凛とした、それでいて地を這うような低音
ついさっきまで耳鳴りが酷かったのに、浴びせられる罵声は何一つ聞き取れていなかったのに、その声だけは鮮明に聞こえた
“彼”だ
声なんて意識して聞いたことはない
なのになぜかその時、俺はその声の主が彼であると確信していた
「なにやってるのか聞いてんだけど」
「す、杉元だ……」
「やべぇ……」
「どうする?」
頭上から小声でひそひそと喋る声がする
こんな小心者のくせに、人のことを殴る蹴るしてたのかコイツら……いや小心者だから複数人で俺の事虐めてきたんだろうけど。そんな小心者にやられるなんてホント情けねぇ……溜息をつきそうになったとき、一際大きな怒声が聞こえた。どうやら親玉らしき奴が杉元に喧嘩を売ったらしい。馬鹿だなぁなんて思いつつ、腫れぼったい瞼をこじ開けて、ソイツが返り討ちに遭うその様を見てやろうとした
次の瞬間、俺は目を見開いた
腫れてる痛みとか、鼻血が出てることとか、身体の節々が痛むこととか、その全てが吹き飛んでいた
それは美しく、実に鮮やかな背負い投げだった
夕日を背負って投げ飛ばす彼の目は空の夕焼けと同じ色をしていて、その瞳が黄金のように輝く様を見て俺はその光景に息を飲んだ
そこからは彼らの声も音も何もかもが聞こえなくなっていた。背中を強く打ち付けた親玉とその子分たちは立ち上がるなり、逃げるように兵舎へと駆け込んで行ったようだったが、俺はその背中を見ることもせず、ただただ目の前の存在に目を奪われていた
ライバル視していたことも、彼のことで悩んでいたことも全部馬鹿らしく思えるほど美しい一撃だった
「おい、大丈夫かあんた」
そう言って俺の身体を労るように持ち上げ、肩を貸してくれる。彼が強いだけでなく優しい男だということにも気付かされ、嫉妬していた自分をひどく恥じた
「……ありがと」
血の溜まった口を動かし、モゴモゴと言った俺に、彼は男前なその顔をこちらへ向けて
「いいってことよ」
と力強い言葉を投げかけてくれた
じんわりと心が温かくなる
人に悪意を向けられたあとに受ける人からの優しさはとんでもなく甘美なものだった
その後、医務室まで連れていってくれた杉元に何度もお礼を言い、もういいからと彼に止められるまで頭を下げ続けた
その日以来、俺は彼の強さと優しさに憧れるようになったのである
☆☆☆☆☆
「……武蔵、ほんとにその話好きだね」
「前も聞きました〜」
「誰もお前のその話は求めてないんだって」
「なんでそんな冷てえの!?」
自分としてはかなりお気に入りの話で、杉元佐一の魅力が詰まっているとも思う。なぜそれが上手く伝わらないのか……
「5回は聞いたぞそれ」
「お前の一目惚れとかどうでもいいから」
「佐々木も話してたじゃねぇか!!」
「コイツはほら、聞くばっかで自分から話したことは無かっただろ?」
「お前のはもう知ってる事だから」
「不公平だ!!」
「声でけぇって」
お前の話とかどうでもいい、杉元さんの話を聞きたいんだと散々文句をつけられる。話してるじゃないか!杉元さんの話!!めちゃくちゃかっこよく俺を助けてくれた話!!
と言っても誰も聞いてくれやしない
「いやかっこいいのは分かる」
「彼の体術が美しいのも、とてもよく分かる」
「でも助けられたのがお前じゃなー……」
失礼にも程がある
「じゃあお前らは羨ましいとか思わないのかよ!」
と鼻息荒く聞いてみると
「ものすごく羨ましい」
「なんで俺じゃなかったんだ……」
「今からでも事実を塗り替えて……こう………」
どうやら単純に羨ましかっただけらしい
めんどくさい野郎共だ……
俺たちは杉元佐一の信奉者たちとは違うと常々言っているし思ってもいるが、こういうところを見てしまうとあまり大差ないような気がして、なんならちょっと、気持ち悪いとも思う
自分のことはすっかり棚に上げ悶々と悩んでいる旋毛を見下ろしていると、端の方でなにやら紙の切れ端に描いているのが見えた
「おい木谷、それなに描いてるんだ?」
「!ふふ、なんでしょう」
得意げにニマニマした木谷だったが、葛城上等兵に「杉元さんでしょ?」と1発で当てられてしまう
「な、なぜそれが……」
この集まりでそれを聞く方が野暮でしょと言ったあと、なぜ描こうと思ったんだい?という問いかけから木谷の話が始まった。
☆☆☆☆☆
軍にも風呂というものがある
身なりを整え清潔に保つことは立派な軍人として求められるものであり、病気などが蔓延しないためにも徹底されている。
いつも通り大浴場へ出向き、手早く風呂を済ませる。
そして、軍服に着替えようとしたその時、彼が現れた
そう杉元佐一である
まさか自分の入浴時間と被ると思っておらず、上半身は裸のままで、軍服を手にただ唖然とそこに突っ立っていた。
そんな俺の様子など目に入っていない彼はテキパキと軍服を脱ぎ始める。
ジロジロ見てはいかがなものかと思ったが、好奇心には勝てず、周りにもちらほら同じように視線を送る気配がしたので上手くその気配に紛れることにした。
そんな視線も気にせず、というかそもそも気付いていないのかもしれないが、彼は躊躇うことなく服を脱いでいく
そこから現れたのは実に美しい肉体であった。
訓練による怪我や多少の打撲はあるものの、健康的でみずみずしい若者らしい肌、厚すぎず薄すぎない均整のとれた筋肉、その一つ一つの凹凸や表層が西洋の彫刻を彷彿とさせた。しなやかさがありつつも、鍛えられている事がはっきりと分かる無駄のない造形、それは一種の芸術であった。普段軍服を着ているとそこまで身体の造形というのは分からない。身長や体格に大きな差があれば別だが、彼の場合も他より優れているのは見て取れるが、言ってしまえばその程度。軍服を取り払った彼の身体は想像よりはるかに逞しく、そして何より美しかった
くしゅんと場違いな音が聞こえてふと我に返る
そういえば着替えの途中であった
さっさと着替えないと湯冷めをしてしまう
それが分かっていても、上着を着ながらチラチラとそちらへ目線を向けることを止められない
すると、ふと彼がしゃがみこんで彼の背中がこちらに向く
思わずごくりと喉がなった
滑らかでこれまた見事な凹凸を見せるその背中は、絹の布を掛け流したような神秘性が秘められていた
その作品とも呼べる彼の肉体美をしばらく凝視していたが、彼が袴に手をかけた瞬間、頬に熱が灯り、バッと顔を逸らした
顔を逸らしたその先で、遠慮の欠片も見せない視線が多数あるのを見てしまった。これはひどい……と彼に同情さえ抱いてしまう。それでも彼はこれだけの視線に晒されながらも顔色を変えることなく、無言でその場を後にした
きっと風呂の中でもああいった視線はあるのだろう
ただ自分としては、見ている側である彼らの気持ちも分からなくないため、何とも言えない気持ちになる
自分も彼の身体を見たことに後悔はしていなかった
それほどまでに彼の肉体は美しいものだった
☆☆☆☆☆
そう話を締めくくり皆の顔を見てみると、ものすごい汚物を見るような目をこちらに向けていた
「え、じゃあお前、その裸体を絵に……」
「え、うそだろ……」
ものすごい誤解を受けている
ちゃんと話の中であくまで芸術的な、美的なものとして見ていたとあれほど語ったのに……慌てて違う!と反論する
「ほらちゃんと見ろ!顔しか描いてないだろ!?」
ずずいっと紙を差し出して証拠を見せる
だが皆の表情は俄然変わらない
「さすがにそれは上官としても見過ごせないかな〜」
と上等兵殿がニヤケ面でからかってくる
人を変態みたいに言わないで欲しい
「顔だけ!顔だけだから!未遂!!」
「……未遂?」
「描こうとしてたんじゃないか!!」
「そんなことないって!」
1枚の紙の切れ端を真ん中に据えてギャーギャーとみっともなく言い合っていると突然後ろの扉が開かれる
「なぁ、西山ってやつがここに来てないか?」
快活でよく通る声が背後から投げかけられた
全員がよく知る声
そこに現れたのは渦中の人物、杉元佐一その人であった
あまりの衝撃に固まる俺たち
するとズカズカ部屋に入ってきた杉元は俺たちの中心に置かれた紙が視線に入ったらしい
「ん?なんだそれ?何描いてるんだ?」
慌てて隠そうとするもヒョイと摘み上げられてそれは叶わず、かといって彼から無理やり取り返そうなどということは天地がひっくり返っても出来ないのが俺たちである
「これ、誰?」
「「……」」
沈黙が痛い……
おいお前言えよ、いやお前が言えよという水面下での無言の争いが起こり始め、次第に絵を描いていた張本人が言うべきだろうという視線が一点に集まり始める。絵を描いていた張本人である木谷は冷や汗をかきながらか細い声で「す、杉元…さん、です…………」と言った
「え?俺?」
自分を人差し指で指さしながらキョトンとした顔を晒す杉元さん。しばしその紙をじーっと見たかと思うと、顔を上げて
「すげぇな、めちゃくちゃ男前に描いてくれてるじゃん」
という褒め言葉の後、ニカッと眩しすぎる笑みを浮かべた。
衝撃に固まる俺たち第二弾
頬をほんのり染めて、目を細めて心底嬉しそうにはにかむそのお姿は微笑ましいを通り越してもはや神々しかった
心の中で手を合わせて拝み倒した
「おい杉元、西山見つかったってよ!」と杉元を呼びに来た同期に彼が催促されて部屋を出ていく際、こちらを見て微笑んだあの顔は多分一生忘れられないだろう
「本物の破壊力……やばすぎる」
部屋に取り残された俺たちはしばらくの間、全員で床に這いつくばり、悶絶した
後日、「動物の絵とかも描けるの??」とアポなしで部屋を訪ねてきた杉元さんにあたふたするのはまた別の話
蛇足(読まなくてもいい)
まず題名にファン倶楽部って書いたのミスったなぁと
ファンって言葉自体、この時代設定的にはないんですよね
調べてみたところ、ファンという言葉が出来たのは大正時代らしいです。ただ、愛好会っていうと個人的にあんまりしっくり来なくて……結局ファン倶楽部に落ち着きました。クラブが漢字なのは時代感を出すための悪足掻きです。鼻で笑ってやってください。
その他にも軍って名札あるのかな?
軍服の貸し借りとかあんの??
風呂ってどうなってんの??
紙やペンは貴重品じゃなかったの??
と色々考えながら、調べながら書いたのですが、所詮素人ですし、書きたいものを書くには事実性よりフィクションを取り入れないとなにぶん、筆が進まなかったので開き直ってゴリゴリに楽しんで書きました
名札は特攻隊とかだと見えるところに名前が刺繍されてたみたいですが、佐々木の名前分からなかった、少なくとも見えないという設定にさせてもらいました。いつかこういうのもちゃんと調べてみたいですね
あと、軍服の貸し借りについては金カムで勇さんが尾に借りた話がQ&Aにあったのでそこから拝借しました。詳しいことは分かりません。
風呂に関してはやはり大浴場というか、大人数で入るタイプのものだったみたいですね。とはいっても浴槽はかなり浅かったようですが……これもちょっと調べた程度なので真偽については不明です。あまりあてになさらないよう……紙やペンについては家族に手紙を書くことなどもあったでしょうから普通に持ってるだろうな〜と思って書きました。杉の絵は手紙の切れ端にでも描いてるイメージでお願いします
長くなってしまいましたが、最後まで読んでいただいて本当にありがとうございました。
私も混ざりたい