第1回正義のかけらもないロシアの「人間狩り」 私が見た戦争犯罪の実態
5年目に突入したロシアによるウクライナ侵攻に終わりが見えない。私はロシアが南部クリミア半島を併合し、ウクライナへの軍事介入を始めた2014年から現地取材を重ねてきた。
この間、イスラエルによるパレスチナ自治区ガザ攻撃を機に国際秩序は一気に混迷。大国主義に軸足を移した米トランプ政権はロシアとのディールを重視し、侵略される側のウクライナに譲歩を迫る。正義とは何か――。もう一度、ウクライナを歩き、考えた。
激化するドローン攻撃 間に合わない空襲警報
ウクライナ南部の野原の道を車で走った。ドニプロ川河口の街ヘルソンを目指す。途中から、左右と上空を緑色の網が覆い始める。ドローン(無人機)を使ったロシア軍の「人間狩り」から車や通行人を守るネットの「トンネル」だ。
ダッシュボードの上でドローン探知機のアンテナが揺れる。ヘルソン在住の運転手オレクサンドル・ネドストゥプさん(54)が私にシートベルトを外すように言った。「ドローンに狙われたらすぐに逃げられない」
わずか幅350~800メートルのドニプロ川を挟んで、ロシア軍の占領地と向かい合う。それが前線の街ヘルソンだ。2022年2月にロシアの全面侵攻が始まると、その直後に占領された。8カ月後の11月にウクライナ軍が奪還したが、対岸から南は占領下に残り、市街地に砲弾の嵐が注ぎ始めた。
昨年春からさらに状況が悪化した。小型ドローンで住民や車を狙う攻撃が激化。犠牲になる住民が相次いでいる。
国境から離れたキーウなど大都市を狙う自爆型ドローンは全長2~3メートル。これに対し、ヘルソンで使われるのは片手で持ち運べるほど小型のドローンだ。目の前の占領地から飛び立ち、人や車を搭載カメラで探す。見つけた瞬間、爆弾を落とす。空襲警報は間に合わない。
民間人を獲物のように追い回し、命を奪う攻撃は何を物語るのか。
住民を標的にする攻撃は明らかに戦争犯罪だ。この攻撃はメディアで「ヒューマン・サファリ」(人間狩り)と呼ばれるようになった。アフリカで行われる狩猟探検にたとえられるその呼び名は、非人道性の象徴だ。兵士と兵士が殺し合う戦場の戦法が、市民の生活の場に持ち込まれた。
ヘルソンの人口は侵攻前の28万から大幅に減ったが、それでも約6万人が暮らす。市内に入ると、信号は消されていた。赤信号で人や車が立ち止まればドローンの標的になるからだ。
今年1月だけをみても、ロシア軍の攻撃による死傷者はヘルソン市域外を含む州全体で152人にのぼる。
街の南端を流れるドニプロ川に近づくほど危険が増す。中心部は人通りがきわめて少ない。
川岸から1.1キロのドニプロウスキー市場を訪ねた。通行人を守るドローン対策のネットの下で、一部の店が開き、食品を売る露店も並ぶ。
缶詰やペットフードを売っていたナターリア・オサドチャさん(67)は言った。「なぜ店を開いているかって? この市場を必要とする人たちがいるからよ」
総菜を屋台で売るスビトラーナ・ポリシチュクさん(58)が突然、私の背後の空を指さした。
「あ、ドローン」
次の瞬間、「ビーン」という高い機械音が響く。思わず体がこわばる。
解放に胸を躍らせた住民はいま
州政府庁舎前の広場に移動した。荘厳な庁舎が中央から大きく崩れ落ちていた。昨年6月、誘導弾の攻撃を受けたという。
私がここを訪れるのは3年3カ月ぶりだった。
ロシア軍がヘルソンから撤退して3日目の22年11月14日朝。庁舎前で国旗が掲揚され、ウクライナ軍の楽団が国歌を演奏した。広場に集まった大勢の住民が大歓声をあげた。そこにゼレンスキー大統領もいた。
ロシア軍が撤退前に仕掛けていった地雷を処理する爆破音が耳をつんざくように響き続けた。それでも、涙を流しながら若い女性は言った。「今はこの音さえ幸せに響く」。その言葉がいまも私の記憶に残る。
しかし、久々に入ったヘルソンは破壊された建物であふれていた。ほとんどが解放後のロシア軍の攻撃によるものだ。解放に胸を躍らせた住民がいま、正義のかけらも感じられない「人間狩り」の脅威にさらされている。その落差の大きさに言葉を失った。
ヘルソンでは、住民の生活の一部は地下へ移されている。
地下に移転した病院や州政府
ドニプロ川から1.3キロに位置するヘルソン州立小児病院を訪ねた。18歳までが対象の地域の拠点病院だ。4棟の建物は何度も砲撃され、45%が使えなくなったという。地下には、廊下沿いに手術室や集中治療室(ICU)、子供の病室が並んでいた。
インナ・ホロドニャク院長(59)の部屋のガラスケースには、敷地内に落下したドローンや砲弾の残骸、子供の体内から取り出された爆発物の破片が並んでいた。
ホロドニャク院長は「占領は私の人生で最悪の経験でした。今の状況に複雑な思いはありますが、私たちには(子供を救う)使命があります。前に進みます」と力を込めた。
州政府も地下で活動していた。アントン・サモイレンコ副知事(46)は「ヘルソンの不屈さは今のウクライナにきわめて重要です」と訴えた。
住民の約6割が55歳以上。残りは、働き手とその子供の世代だ。高齢の親がいる。新たな住宅や仕事が見つかるか不安。ヘルソンに住み続ける理由はさまざまだ。
市西部の集合住宅を訪れた。地下に広い空間が広がっていた。子供の遊戯場だ。階段を下りていくと、L字形につながった部屋の一つで子どもたちがお絵かきを習っていた。
保育士や先生役は親たちが務める。砲撃が激しさを増した23年春から周辺住民が始め、徐々に拡充してきたという。
代表のオレーナ・マカセーワさん(58)は「子供たちには、こうやって集まって自分が一人ではないことを理解することが必要です」と話した。
「ヘルソンから離れない」
川岸から3.5キロ離れたショッピングモールの入り口には人の行き来があった。乳母車に1歳半の娘を乗せたエリミラ・ポウネイムヤさん(31)は「娘が1歳になったころから外の爆発音を怖がるようになりました。私たち大人が慌てるからだと思います」と不安げだった。
それでも、移住はしない。夫(30)が水道の仕事をしているからだ。
23年6月にドニプロ川上流約60キロでカホウカ・ダムが爆破され、ヘルソン周辺は大きな水害に襲われた。水道の維持は住民生活の死活を握る。
「ここの人たちには夫が必要なんです。私は家族を離ればなれにしたくない。だからヘルソンを離れません」
取材の終わりに私の胸によみがえったのは、「領土は土地の問題ではなく、人の問題だ」という言葉だった。「人間狩り」が日常となった街で、ウクライナで繰り返し聞いたこの言葉の意味を改めてかみしめた。
次回はウクライナ侵攻初期に首都制圧を狙ったロシアが電撃戦を仕掛けたキーウ郊外の空港をめぐる戦闘と、その後のキーウに迫ります。24日午前に配信予定です。
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