「おや、グリ坊はまだ帰ってこないのかい?」
日も暮れたNRCの敷地内、というかオンボロ寮の厨房にて晩ご飯を作っていた監督生に、そう声をかけたのは同居霊ことオンボロ寮在住のゴーストの1人だった。ちなみに痩せっぽちの方。
痩せっぽちゴーストの言葉にそういえばグリムはまだ帰ってきていなかったな、と監督生は料理の手を止める。
元々魔力のあるグリムと、魔力は無いが闇の鏡に選ばれた監督生の、2人(1人と一匹)で1人の生徒とされた自分達。
入学当初こそグリムを監督するからこその“監督生”と呼ばれていたが、半年も経過すれば日常生活でのグリムの問題行動も大分減り、今では放課後は別々に行動する事も少なくない。監督生は特に惹かれるクラブが無かった事もあり部活動には所属していないが、グリムは己の好きな『食べる事』を存分に楽しむ為の『美食研究会』を立ち上げている事もあり、学業が終われば各々が好きな時間を過ごす事にしているのだ。――ここに、監督生は生活必需品の買い出しや、生活費を稼ぐ為のバイトがあるから、という理由もあるが(ちなみにグリムはバイト生活が3日も経過すれば、まあ色々とアレだった為にクビ宣告を受けていたりする)。
そんな訳で本日も、授業終わりに監督生はグリムと別れてバイト先に向かい、バイトが終わって寮に戻り、こうして晩ご飯を作っている――つまり、そろそろグリムも帰ってくるはずの時間であるのだが。
今日はどうしたのだろう、部活に精を出して時間を見ていないのか、という懸念が無くもないが――何せ相手は食べることが大好きなグリムである――そろそろ晩ご飯の時間だ、前述の通り食べる事が好きなグリムはいつも夕食の時間ギリギリに帰ってくる事は無い。何せオンボロ寮での夕食のテーブルセッティングはグリムが担当している訳だし。
珍しい事もあるな、と思いながらも監督生は調理の手を再開する。痩せっぽちゴーストもただ疑問に思っただけだったのだろう、その後は特に言及することもなく、またフラッと厨房から離れていった。のだが。
その後、夕食の時間になってもグリムは帰ってこず、珍しい事もあるな、グリムが帰ってこないと――ひとり飯は寂しいものだとグリムに
一体何に夢中になっているんだか、と苦笑しながらさらに待つことしばし。時計の針が更に1周周り、さすがにこれ以上は看過できないなと監督生はすっかり冷めた今日の夕食を冷蔵庫に入れる。
「ちょっとグリムを探してくるな」
ゴースト達にそう告げれば、彼らも帰りの遅いグリムが心配だったのだろう、監督生の言葉に否やは無かった。
とはいえ監督生は、他の生徒と違って人探しはあまり得意ではない。魔力を辿っていく、など魔法の使えない監督生には土台無理な話なので。とりあえず食堂のゴースト達に一度話を聞いてみよう――今の時間ならまだ明日の仕込みをしている筈だ――と校舎に足を向けた。
――ら、探し人はすぐに見つかった。…それも、最悪の光景と共に。
「ハッ、魔獣風情が偉そうな口をきくからこうなるんだ」
「闇の鏡に選ばれなかったのにでけー顔しやがって」
「寮長達に媚び売って目障りなんだよ!」
そう言って地面に
その光景を目にした瞬間、監督生は目の前が真っ赤に染まるのを感じた。頭ではダメだ、冷静になれ、と思うのに、己の寮生に手を出されたんだ、きっちり落とし前をつけるべきだという思いもある。
そうしてゆうらりと監督生は彼らの元へと近付いてゆく。
「おい、テメェら、何をやっている……?」
常よりも低い、ドスの効いたその声にポムフィオーレ生達の肩がビクリと跳ねる。聞き慣れた、しかしいつもの数倍は低いその声音に、伏したグリムが「子分…?」と顔を上げる。
振り返ったポムフィオーレ生達からは沈みゆく陽の加減からか監督生の顔は伺えない。ただ、一歩、また一歩と近付いてくる監督生から漂う怒気に、返す煽りが浮かばない。
次第に己達の元へと迫る監督生に誰かが「ヒィッ、」と悲鳴を上げた。別の誰かが一歩後退り、もう1人の誰かを盾とする。
「もう一度聞く。――何を、やっている……?」
監督生の問いに彼らは答えられない。場の雰囲気は完全に監督生のモノだった。
「か、監督せっ…!」
「ちっ…来やがったか」
「おおおお前、ようやく現れたな!!!」
ようやく口を開けたポムフィオーレ生達であったが、監督生の雰囲気に
「無駄口はいらねぇ。何度も言わせるな。――何をやっている?」
無抵抗な奴に寄って
普段よりも崩れた口調で監督生は告げ、心底呆れた様子で彼らを見やれば、監督生の冷めた目が
「お前も気に入らねぇんだよ! 寮長達に媚び売って…! 魔力無しのくせにいい気になるな!」
「そっ、そうだそうだ! 魔力無しはとっととNRCから出ていけ!」
「ここは魔法士養成学校だぜぇ? 魔法も使えない能無しが居て良い場所じゃないんだぜ!」
誰かが一言蔑みの言葉を発すれば、そうだそうだと残りの2人も便乗する。
別に監督生としては、この程度の蔑み等痛くも痒くも無いが…ここには、監督生への暴言に文句を言える存在がいた。
「こっ、子分は能無しなんかじゃないんだゾ! そんな事言うオメー達は何が出来るんだ? 口ばっかり文句言って実際はなーんにもしてねーじゃねーか!」
子分は
そう言ってボロボロの身体を起こそうとするグリム。が、身体の痛みが酷いのか動きはは酷く緩慢だ。
そんなグリムの様子に今の彼が相手なら簡単に打ちのめせると思ったのだろう、1人が手に取ったのは――
「このっ、魔獣風情が生意気なんだよ!!」
そう叫んでマジカルペンを振るえば、ペン先から生じるのは手のひら大の火球で。
「っ! グリム、危ないっ!」
満身創痍で身動きが取れないその様子に、監督生は咄嗟に生徒が放った火球からグリムを庇う。「子分っ!」と上がる悲鳴を無視してその背に火球を受ければ、制服という名のただの布など紙切れに等しい。
火球が監督生の背を焼き、そのまま制服の背面を燃やし――そして、その背に隠れた“ソレ”が現れる。
監督生の背中一面を彩る桜吹雪。儚く散りゆく桜の花びらを掻き分けるようにその背を泳ぐ龍は彼らの知る竜とは違い、細く、長く、まるで監督生の背を縦横無尽に駆け飛ぶ東洋の龍だ。
背に刻まれた“ソレ”に、ポムフィオーレ生達がハッと息を呑む。
ここで少し、監督生について語ろう。――とはいえ、監督生が背負う“ソレ”で、何を語るのかはわかると思うが。……そう、この監督生、ご想像の通り故郷ではヤのつく稼業に従事していた。ちなみにきっちりかっきり成人済である。生来の童顔と、欧米人には幼く見えるアジア人というダブルコンボで、残念ながらツイステッドワンダーランドでは成人していると言っても誰も信じてくれないが。
とはいえ世知辛い昨今、その背に龍桜を刻みはしても、稼業自体はすでに解散しており、故郷では解散後は稼業で元々経営していた不動産業に従事していたのだが。ちなみにそれなりの地位にいた。蛇足だ。
そんなヤのつく自由業をしていた監督生だ、己のシマの、己の身内をこれ以上に傷つけようとする
「テメェら、うちのシマの――俺の身内に手ぇ出したんだ、覚悟は出来てるんだろうなぁ…?」
抱きしめていたグリムを地面に降ろし、監督生は再びゆうらりとポムフィオーレ生達に向き直る。
抗争の時に使用した武器などここにはない。だがしかし、ここには両の拳がある。魔法が何だ、そんなものがなくたって、ここで引いては背負う龍桜が廃る!と気合を込めて拳を握れば――
「ちょっ! 監督生! 背中見せろ背中ぁ!」
「なんだアレ超カッケェ!!」
「やっべぇ…相手監督生なのにいつまでも見てられる…!」
「……………………は?」
3人組の予想外のセリフに気合が一気に削られた。
先ほどまで監督生を怯えと嫌悪で見ていた様が、今では全く見当たらない。どころか瞳をキラキラと輝かせて監督生の背負う龍桜をもう一度見たいと訴える彼らに、監督生は「えぇぇー…」としか返せない
「美しい…! 我が寮生を止めねばとは思っていたが、ムシュー・毛むくじゃらへの暴挙に怒るトリックスターの心根は酷く美しいものだ! それにその背にある絵は噂に聞く極東の竜かい? 噂通り我々の知る竜とは異なる姿をしているが、独特の力強さを感じるね! ソレに共に描かれている花は何という植物なんだい? 花びらが散っている様が酷く儚く感じられるのに、その儚さがまた、その花の美しさを引き立てているね! ボーテ、100点!!!」
突然響いた賛辞にこの場に居る全員の視線が向けられる。現れたのは3人組の副寮長ことルークだ。そのセリフ、一体いつから見ていたんだ?との思いと、まあルークだし、との諦めが交錯し、結局監督生はその事に関して言及する事は無かった。またの名を諦めたとも言う。
「ああ、トリックスター! 我がポムフィオーレの生徒達の暴挙は私と
ズズィッと監督生に顔を寄せるルークに便乗し、3人組も「そうだそうだ!」「副寮長、さすがの審美眼です!」「副寮長が認めた絵だぞ、もっとよく見せてくれ!」と口々に監督生に訴えるが、
「えっ、…嫌、ッスけど…」
「そんなぁぁぁ!!!」
「俺達が!俺達が悪かったからあああ!!!」
「美しきものを独り占めなんて我らが美の女王が許さないんだからな!!!」
監督生に一刀両断され、訴えが一瞬で嘆きの涙に変わる。だがしかし、監督生が背負う龍桜は芸術として誰かに見せるものではない、敵対者へ威嚇するためのものだ。
なので彼らが何と言おうとこの背はこの場で見せびらかすものではない。ので、何と言われようと監督生が首を縦に振ることは無かった。
…というか彼らの訴えを聞き入れる必要なんて監督生にはどこにもない。そもそも最初にグリムに手を出したのは彼ら3人な訳だし。
「Oh lala…! それが君の課す彼らへの制裁かい? ならば
「いやそんな理由じゃないんだが…
そう、監督生が断った最大の理由は
ヨイヨイと泣きわめくグリムを虐めた3人組を冷めた目で見つめ、「…グリム、帰るか」とボロボロのグリムを抱き上げる監督生。「じゃ、ルーク先輩、あとはよろしく」と後始末を丸投げし、追い縋る彼らを完全無視して監督生は一路オンボロ寮へ。
「な、なあ子分…」
「何があったのかはもういい。…帰ったら手当て、しないとな?」
痛みはどうだ?辛くないか?と尋ねる監督生は先ほどの怒気など無かったかのように振る舞う。が、グリムが聞きたいのはそこじゃない。
「子分、それ…」
「あ、背中の
「ふなぁ! 俺様、退学なんて嫌なんだゾ!!」
分かった、俺様二度と聞かない!と力強く頷くグリムに監督生はニッコリ微笑み、日の暮れた学園内を彼らの寮へと進むのだった。
みたら、なんか予想外の話になった
監督生「どうしてこうなった?」
作者「どうしてこうなった!?!!?」
そんな訳で相変わらずお久しぶりな監督生の話です。
今回の監督生はちょっと人を選ぶ設定かもですが、あんまりその要素が出てないからとりあえずは注意喚起等はしません。
様子見て注意入れるか考えます。
【注意】この話の監督生は一人称「自分」じゃないです。裏設定では普段は「自分」を使っていますが、話の展開的に「自分」から意図的に変えてます。
---------- 以下読後推奨 ----------
元まるヤな監督生
大人なのだと言っても誰一人信じてくれなくてマジぴえん。泣かないけどさ。
昔は結構ブイブイ言わせてた口なので、実は怒りの沸点は低かったりする。が、そこは成人した大人、ガキの癇癪なんざ流してナンボである。
グリム(ボロボロの姿)
変にイチャモンをつけられてボロボロになったけど、子分が助けてくれたのでもういいんだゾ。
実はろくに鑑賞が出来なかったルーク
不穏な空気を感じて駆けつけてみれば、寮生がムシュー・毛むくじゃらをアレコレしてて隠れてスンとなった。止めに入ろうとしたら監督生に先を越され、そしてあの展開へ……
なお、この話のオチがああなった大戦犯でもある。彼があの背を見たら絶対ボーテって叫ぶだろ。いやマジで。