(社説)エプスタイン事件 人道犯罪の全容解明を
これほど多くの要人が、重大な性犯罪で有罪となった人物と親密な関係を結んでいた現実に慄然(りつぜん)とする。
米富豪ジェフリー・エプスタイン氏を巡る事件が世界を揺るがしている。金融コンサルタントとして富裕層と人脈を築いたこの人物は、自ら所有する島などに有力者を招いて交友を重ねる一方、10代の女性に金銭と引き換えに性行為を強いるおぞましい犯罪を首謀していた。経済的に不安定な少女を勧誘し、被害者は1千人を超す可能性がある。
エプスタイン氏は2008年、売春あっせんなどで有罪判決を受けた。19年には未成年の性的人身売買の容疑で再び逮捕され、同年、拘置所で死亡した。自殺とされる。
真相解明を求める世論に押され、米司法省は捜査資料などの関係文書を公表した。政治家、企業経営者、学者、王族に至るまで幅広い人脈が改めて浮かびあがった。
その多くは「性犯罪に関与していない」と主張する。文書には黒塗りも多く、全容はなお不明だ。ただ不可解なのは、エプスタイン氏の有罪後も交友を重ねていた人物が少なくないことである。
閉ざされた場で有力者が交流する構図も社会の常識と断絶している。人権や倫理よりも特権層の人脈や利害が優先されたのではないかとの不信が広がるのも無理はない。
英国で元王子や有力政治家が逮捕されるなど、欧州では関係をめぐる捜査が進む。米国でも企業や大学で辞任が相次ぐ一方、党派対立に利用されている側面もある。
文書にはトランプ氏から性的暴行を受けたと訴える女性の証言も含まれる。共和党主導の議会はクリントン元大統領らの関与を追及している。議会には党派を超え、事件の全容を検証する責任がある。
日本人では、千葉工業大学の伊藤穣一学長が政府会議の役職を退く。エプスタイン氏の有罪判決後に資金提供を受けていたことが米国で問題視されていた。その人物をなぜ起用したのか。政府の説明があってしかるべきだ。
エプスタイン事件は、未成年の性的人身売買という世界の闇の一端にすぎない。国連人権理事会の独立専門家は文書に記された性的搾取を重大な人権侵害と指摘し、「人道に対する罪」に当たる可能性にも言及している。
力ある者が支配する閉じた空間では、性加害は容易に隠蔽(いんぺい)される。声を上げれば将来を奪われ、周囲も組織や人脈を優先して目をつぶる。日本でも同じ構造の性加害が明らかになっている。わがこととして直視すべきだ。