AI「愛国美女兵士」に100万人が騙された話
F-22ラプターの前で敬礼し、トランプ大統領と肩を並べて歩く金髪の女性兵士。彼女のInstagramに熱狂した100万人は、存在しない人間に恋をしていた。
100万人のフォロワー、ゼロの実在
ジェシカ・フォスターと名乗るその女性は、戦闘機の前でポーズを取り、ホルムズ海峡の軍艦にハイヒールで乗り込み、トランプ大統領やプーチン大統領とセルフィーを撮っていた。Instagramアカウント「@jessicaa.foster」は2025年12月14日(現地時間)に開設され、わずか3か月で100万人超のフォロワーを獲得した。
だが、この女性は存在しない。Washington Postが3月20日(日本時間)に報じた調査によれば、フォスターはAI画像生成ツールで作られた架空の人物だ。米陸軍の広報担当者も、該当する兵士の記録は一切ないと明言している。
投稿には不自然な痕跡が散見されていた。軍服のネームタグには姓の「Foster」ではなく名の「Jessica」と記載されていた。米軍の規定では姓のみが表記される。トランプ大統領の「Board of Peace」会議で演説する画像では、プラカードが「Border of Peace」と誤記されていた。AIが「聞いた音」を「それっぽく」再現した結果だろう。
それでも、投稿1件あたり 3万以上 の「いいね」が付き、コメント欄は「美しい」「国のために戦ってくれてありがとう」という称賛で埋まった。フォロワーの大半はプロフィール写真から判断して男性だった。
愛国心の皮を被った集金装置
フォスターの正体は、愛国的な外見で注目を集め、有料プラットフォームに誘導するための「集金装置」だった。
Instagramアカウントは当初OnlyFansにリンクしていた。OnlyFans側は、クリエイターの 本人確認が取れなかった としてアカウントを削除した。その後、フォスターの運営者はAIモデルを許容する競合サービスFanvueに移行し、「jessicanextdoor」というアカウント名で活動を続けた。所在地はフォートブラッグ——米陸軍特殊作戦軍の本拠地だ。プロフィールには「昼は公僕、夜はトラブルメーカー」と書かれ、「ロボットじゃないから返信は少し待ってね」という皮肉にしか聞こえない一文が添えられていた。
ディープフェイク研究団体Witnessのサム・グレゴリーはWashington Postに対し、フォスターを「MAGA層が夢想するすべてを一つのアカウントに凝縮した存在」と評した。
Fast Companyの取材では、投稿1件あたり100ドル以上のチップが寄せられていたことも明らかになっている。愛国心が、匿名の運営者の財布に直結していた。
戦時下のAIが描く「もう一つの現実」
フォスターの事件は孤立した現象ではない。トランプ支持の女性兵士、トラック運転手、警察官を装ったAI生成アカウントが、Instagram、TikTok、Xで急増している。愛国心とセクシュアルなイメージを混ぜ合わせ、注目を集めて収益化する——このテンプレートが量産されている。
同時に、イラン紛争をめぐるAI偽造コンテンツも爆発的に拡散している。CNNやBBC Verifyの調査によれば、実在しないミサイル攻撃や架空の戦闘映像がSNS上で 数億回再生 され、中にはイラン政府系メディアが偽の衛星画像を拡散した事例もあった。さらに、イラン側でもAIで生成された「女性兵士」や「女性パイロット」が軍を応援する動画が大量に出回っている。だがイランは女性の戦闘参加を禁止している——つまり、これも全部フェイクだ。
ボストン大学のジョーン・ドノヴァン助教授はこう警告した。「私たちは"非現実の社会"に向かって進んでいる。政治的メッセージを届ける手段として効果的で、それが危険なのだ」
ドノヴァンが指摘する本当の脅威は、こうした手口が金儲けから 情報戦争 へと変質しうることだ。匿名で運営されるAIアカウント群は、プロパガンダや偽情報を大量に配信する「ボット軍団」として転用できる。フォスターは氷山の一角であり、見えている部分が最も無害な部分だった可能性がある。
見破れなかった人々、見破れなかったプラットフォーム
元イリノイ州選出の共和党議員アダム・キンジンガーは、フォスターのアカウントが100万フォロワーを獲得していたことを「正気じゃない」と批判した。コメント欄を見れば、高齢の男性層が本物だと信じ込んでいた実態が浮かぶ、と。
だが、責められるべきは騙された個人だけだろうか。Instagramは4か月間、AIラベルのない架空人物のアカウントが100万フォロワーまで成長するのを放置した。Metaの方針ではAIを使った有料政治広告には開示義務があるが、オーガニック投稿の監視は外部のファクトチェッカー任せだ。Washington Postが取材を申し入れた後も、Metaはコメントを返さなかった。
Euronewsのリポーターであるカット・テンバーグはこう指摘する。「彼女はInstagramではトランプ政権の軍事アドバイザーとして振る舞い、裏では有料プラットフォームでコンテンツを売っている」
現在、フォスターのInstagramアカウントは削除されている。しかし、同じAI生成画像を転載する コピーアカウント がすでに複数出現している。一つ潰しても、次が生えてくる。AIアカウントの運営コストはほぼゼロで、生成にかかる時間は数分だ。
「非現実」がデフォルトになる日
Europolの報告書は、2026年までにオンラインコンテンツの約90%がAI生成になると予測していた。その予測が大げさだと笑える人は、フォスターのフォロワーではなかったというだけの話かもしれない。
実際の戦場では実在の兵士が命を懸けている。その横で、AIが作り出した「完璧な兵士」が注目と金を集めていた。問題は、フォスターのようなアカウントが存在することではない。100万人がそれを「本物」だと信じたこと——そして、 プラットフォームがそれを止められなかった ことだ。
次にSNSで「完璧すぎる人物」を見かけたら、一度立ち止まって考えてほしい。その人は、本当にいるのだろうか。
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