いくつも議論のすり替えがありますので指摘します。
【慣習について】 貴殿が慣習法には「歴史的に多数の言及があるはず」と言うので、私は、当たり前過ぎることは書かれないこともあり、言及がないから慣習法にならないことはないと反論しています。もし貴殿がこれに再反論するなら「重要な慣習法は必ず多くの歴史的言及がある」ということを、具体例や資料を持って示す必要がありました。
にもかかわらず貴殿は「記録されないから価値(がある)というのは無理がある」と反論してしまった。論理的に再反論になっていません。そもそも、私は、価値あることが記録されないこともあると述べたのであって、「記録されないから価値がある」など主張していません。私が述べていないことに反論しています。
「歴史的言及のない慣習法は成立し得るか」と言うのがこの論点でした。私は「言及なくとも慣習法は成立し得る」との見解ですから、貴殿は「言及なくして慣習法は成立し得ない」と根拠を示して主張しなければならなかったのです。
【光格天皇の即位】 この点は、私からの伝聞でなく、一次資料をご覧になることをお勧めします。資料を読まずに、貴殿がどう「理解」したのか理解に苦しみます。確たる資料に当たらずに「理解」することはできないからです。
また、皇統に関して、確たる情報に当たらず、憶測で「理解」したことを、語ることが、なぜ陛下を守ることに繋がるのか理解不能です。皇室を重んじるのであれば、確証がないことを断定的に述べることは慎むべきです。
【古事記の祭祀継承】 古事記を通してお読みになればお分かりになるはずです。「うけひ」ではありません。天孫降臨や、三輪山と出雲でも継承原理が語られています。
【男系記録とその価値】 これは評価の問題です。貴殿が好きなように理解なさればよろしいかと。私は、伝統とは 、歴史のなかで取捨選択を繰り返してもなお人々によって守られてきたものであり 、長い間風雪に耐えながら蓄積されてきた叡智の結晶といえ、人間の不完全さを直視すればこそ 、伝統を重んじることになると考えます。
【議論の記録】 「男系を守ろうとした議論の記録」については、ご自分でお調べになって下さい。すでに光格天皇の即位の際の記録については示した通りです。皇位継承の危機に際しては、毎回、先例調べをして、そのような議論が行われています。
【男系維持の正統性の根拠】 そもそも、この議論は、継嗣令の貴殿の立論に対して、私がそれを批判する投稿をしたところから始まります。それ以外に話を広げるつもりはありません。私が男系継承に対してどのように立論するか、もしくは立論すべきかを議論すると、議論百出になります。私の既刊本や番組、もしくは一冊でまとまっているものをお示しするとすれば、前掲の谷田川氏の本が、もっとも分かりやすく網羅的です。
【明治典範の評価】 新たな指摘をする必要を感じません。女性天皇は典範には盛り込まれなかったというのが全てを物語っています。五箇条の御誓文を体現した結果です。
しかも、それは女性天皇の議論ですから、男系が女系かの話題で、この点を主張してしまったのは、女系天皇と女性天皇を混同しているからでしょう。この点について貴殿から反論がありません。
【上皇陛下のお言葉】 お言葉については、存じ上げています。何ら異論を挟む余地はなく、言及の必要性を感じませんでした。
また、私は「陛下は意見を言うべきではない」とは発言していません。それに「自説のみが正しい」とも発言していません。私が述べていないことを批判するのはやめて頂きたいです。
【論点整理と結論】 さて、私は「女帝子」の学説を2つ提示しましたが、貴殿からは諸説あることを「承知している」というのみで、具体的な言及や再反論をしていません。
この学説2点のいずれかが成立した場合、貴殿の支持する説とは相互排他性があるため、継嗣令を根拠にした「『女帝の子にも皇位継承権』を認めている。これが明治までの唯一の成文ルール」という貴殿の主張は、論理的に成立しません。貴殿がこの点への再反論を落としたことは致命的でした。
私は貴殿が継嗣令を根拠に、女帝の子に皇位継承権を認めていると投稿したことに対して、「認めていない」という趣旨の反論をしているのですから、このやり取りの本質は、1条の解釈にあります。1条が女帝の子の皇位継承権を認めるものでなければ、慣習法の議論を待つまでもなく、この議論はもう終わりです。
貴殿は落としてはいけない論点を落としてしまった。したがって、もうこれ以上議論を続ける意味はないと思います。
このやり取りをご覧になった方々が、皇統を理解する一助になれば、私の目的は達成したことになります。ありがとうございました。