『プロジェクト・ヘイル・メアリー』エリディアン設定ドキュメント 勝手全訳
はじめに
本記事はSF小説『プロジェクト・ヘイル・メアリー』作中に登場する架空の地球外知的生命体「エリディアン」の生態について、原作者アンディ・ウィアー氏が考案、2022年1月にreddit上で公開した設定ドキュメントの全訳です。
redditのスレッドおよび設定ドキュメントの原文はこちら。
Eridian Biology (From Project Hail Mary) - canon
https://www.reddit.com/r/SpeculativeEvolution/comments/s5ixcv/eridian_biology_from_project_hail_mary_canon/?tl=ja
https://www.galactanet.com/eridian/eridian.docx
公開にあたってウィアー氏は「本編中で描写の矛盾が起きないよう設定したもので、映画化スタッフにも同じドキュメントを渡してある」と語っており、映画に登場するエリディアン「ロッキー」もこの設定に準拠してデザインされているものと考えられます。
こうした性質上、本記事は作品についての重大なネタバレを含みます。
ここから先は原作既読済みか、最低限映画をご覧になってからお読みいただくことをお奨めします。
かなり意訳が交じっていますのでご了承ください。
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「エリディアン」とは惑星・40エリダニAbに棲む知的生命体の名称である。
命名に関する説明:
40エリダニ太陽系は三連星系、つまり三つの恒星を含む太陽系である。それらはエリダニA、エリダニB、エリダニCと名付けられている。エリダニAは他の二恒星と比べてはるかに大きいため、残る二恒星はエリダニAの軌道上を公転している。その公転距離は母星に影響を与えないほど遠い。それらは天空にあるいかなる恒星より明るいが、我々の夜空での月ほどの明るさはない。
彼らの母星は40エリダニAを周回する第1惑星である。理由はわからないが天文学者は惑星に名称をつける際「b」からはじめる。つまり天文学者が水星(我々の太陽系の第1惑星)を説明するならソルbとなり、地球はソルdとなる。
そういうわけで「40エリダニAb」という煩雑な名前なわけだ。
「エリディアン」という単語は、恒星の名にちなんで本小説の主人公(ライランド・グレース)によって考案され、その母星は地球での名前がまだるっこしいため「エリド」と呼ぶことにした。
母星:
40エリダニAbは以下のような既知の性質を持つ実在する惑星である。
・体積:地球の8.47倍
・公転長半径:0.224au
・離心率:0.04
・公転周期:42.245日
・恒星から受けるエネルギー量:12537W/㎡
以下の性質は私の創作だが、既知の観測結果と矛盾はない。
・構成:濃密な大気を持つ岩石惑星――金属が多くを占め、気体の酸素は少ない
・密度:5710kg/㎥
・半径:12835km
・大気組成:大部分がアンモニア(NH4)その他微量のガス
○ 地表熱伝導率 0.053W/(m*k)
・地表気圧:28atm
・平均地表温度:210℃
以下は私の創作した統計に基づく。
・地表重力:2.09G(体積と密度に基づく)
・強力な地磁気(でないと大気が失われてしまうため)
○ 磁場はおよそ地球の25倍の強度を持つ
・1日の長さ:5.1時間(実際には18397.44秒で、5.1104時間にあたる)(この速度によって地磁気が形成される)
・溶融金属の内核(半径はとても大きい。これが磁場を生み出す)
・プレート運動と火山活動(マグマと内核による)
・地表には液体の水が存在する。高い気圧のため水の沸点は210℃以上となる
生態圏:
この惑星は豊かで多様な生態系を持ち、エリディアンはそのごく一部にすぎない。
生態系のエネルギー獲得は上層大気中に棲息する微生物によって行われる。
この微生物は太陽光を吸収、大気中のガスを消費して繁殖している。
より大きな微生物がこれらを捕食し、その微生物を小型の動物が捕食…とその様態は地球の海に似ている。
生態系にとって極めて重要な「境界生命」層――空を飛行できるが陸上にも下りてきて、陸生生物に捕食されることで陸上の生態系のエネルギー源となる――が存在する。
エリディアンは陸上生態系における捕食者の頂点に位置する。
分厚い大気と、そのさまざまな層に存在する大量の微生物に遮られ太陽光はほぼ全く地表まで届かない。これもまた地球の海に似ている。結果的に陸生生物(エリディアンを含め)は目も視覚も持たない。
外観:
エリディアンはだいたい五角形の胸郭に5本の脚を持つ。全体は関節のある外骨格の外殻で覆われている。この外殻は成長すると細かく剥がれ落ちる。
エリディアンの平均体高は、地上から外殻のてっぺんまででおよそ50cm。だが3本の脚で直立し、残りの2本の脚で上へ伸び上がることができるため、最大で1.3メートルに達する。
肢
エリディアンは胸郭の周囲から等間隔に生える肢を持つ。各々は胸郭とボールジョイント状に繋がっている。その次の関節はヒンジ型で、人間の肘や膝の構造に似ており、腕の真ん中あたりに位置する。腕の先は3本指の鉤爪になっている。鉤爪を閉じると肢の先が尖った形状になる(武器として用いられる)。鉤爪は同一平面をなすところまで開き、足の役割を果たすことができる。
エリディアンの肢は5本とも利き腕であり、利便性に応じて5本の肢すべてをいかなる目的にでも活用する。
5本全てを移動に用いれば不整地であっても非常にしっかりと立つことができるし、3本だけならとても素早く動き回れる。
特に何もしていない場合、エリディアンは大抵3本の肢を脚、残り2本を腕のように用いているが、何かを掴むのに便利だから、または単に疲れたからと、場合に応じて手足を入れ替える。
彼らには何かに対して「正面を向く」という概念がない。
視覚
エリディアンは視覚を持たないばかりか、いかなる電磁波を知覚する能力も持たない。
聴覚
エリディアンの外殻にはそれを覆うようにいくつもの耳介があり、聴覚刺激は圧電効果で直接神経系に伝達される。これによってエリディアンはとてつもなく正確な聴力を持つ。耳介はそれぞれ特定の周波数に調整され、外殻には周波数の感度が異なる耳介が数十万個存在する。ここから得られる情報は全て脳で処理されている。
周囲のいかなる雑音からでもエリディアンは、人間が視覚情報で行うのと同様に、周囲の環境について3次元的な精神イメージを持つことが可能である。また彼らは周囲の物質が持つ吸音性も認識している。環境音がない状況下ではエリディアンは地面を叩いて情報を得ようとする。
附記――母星の地表における音速は555m/sである(アンモニアの断熱指数1.31、モル質量0.017031kg/mol、気温210℃に基づき算出)。
磁気受容
惑星上に棲息する高等生物の大部分は、エリディアンを含め、磁場を知覚する能力を有する。これは惑星が持つ非常に強い地磁気――およそ地球の25倍――による。これは何かを区別するためではなく単に方角を知覚するためである。
母星においてエリディアンは本能的にどちらの方角が北であるかを知っている。
宇宙空間でも彼らの宇宙船内では母星の磁場がシミュレートされている。これは健康上必ずしも必要ではないが、彼らにとってはそれがあることが快適なのだ。
言語とコミュニケーション
エリディアンの驚異的な聴覚を考えれば、彼らが音を介してコミュニケーションを行うこともさほど不思議ではない。発音は体内に備わった気嚢を用いて行われる。
空気は気嚢に開いた高度に制御された絞り状の開口部から、もう一方の気嚢へと押し出される。空気は気嚢から気嚢へと行き来する。エリディアンには――ご想像のとおり――そうした発声システムが5つある。
人間も多くの異なる周波数の音声を発することができるが、コミュニケーションの主な手段は舌と口による。これが単なる音程の変化に留まらない遙かに大きな音の違いを生み出すわけだが、彼らは5つの発声システムによる和音を用いる。これがとても多様な「音節」を可能にしている。
エリディアンの発する音程は完璧である。人間にとって赤と黄色が別の色であるのと同じように、彼らにとってC♯とC♭は別の音である。また彼らは音程の差を比較するための基音を必要としない。
エリディアン語の情報伝達速度は言語ごとに異なる(我々の世界同様に彼らの言語もまた多様なのだ)。しかしながら一般的にエリディアン語は地球人の言語のおよそ6倍の情報密度を持つ。つまり平均して、人間とエリディアンがそれぞれの母語で同じ内容を普通の速度で発話した場合、エリディアンは人間の1/6の時間しかかからないことになる。
身体
エリディアンの身体は大部分が無機物である。全身が生きた細胞で構成される人間と異なり、エリディアンは自らの身体を組み立て維持するための「働き細胞」を持ってはいるものの、質量の大部分は無機物である。彼らの身体は酸化鉱物でできた硬い甲殻に覆われている。内部の骨格は金属製であり、関節はまさにヒンジである。その「筋肉」は水の相変化で稼働している。
進化論的観点から言えば、エリディアンはミツバチが巣ごと動き回れるようになった状態に似ている。そこに彼らの動きを命令する脳が備わっている。身体はさながら一隻の船であり、働き細胞が乗組員だ。エリディアン1体の体重が400kgとして、そのうち身体を構成する有機物の重量は1kgにも満たない。
血液
生命活動に必要な物質を全身に運搬する液体の媒質はそのほとんどが水銀である。これは熱交換システムとしても、また働き細胞の運搬メカニズムとしても機能している。血液にはまたその他多数の金属(亜鉛、カリウム、ナトリウム、アルミニウム、錫、タリウム、銅、インジウム、そして微量の銀と金)が溶け込んでいる。これらの金属「材料」は働き細胞によって収集され、必要とされる部位で用いられる。
循環器系
エリディアンは温度の異なる二つの独立した血流を持つ。ひとつは単純に外気温の血流(通常およそ210℃)である。こちらの血流は、体温を一定に保つため外殻上にあるラジエーター内を走っている。常温循環系(The Ambient Circulatory System,“ACS”以下)(※訳註:以下原作に準拠して「常温系」)は酸化ナトリウムや二酸化ケイ素など多種のケイ酸ナトリウムでできた血管で構成され、これらは働き細胞によって形成される。
柔軟性が必要な部位では、血管は何百(ときに何千)もの毛細血管に細分化している。
直径が細くなることで通常は硬いケイ酸ナトリウムが柔軟性を持つようになる。
その後毛細血管は再び1本の血管として合流する。太い血管は硬質である。
もう一つの血流は高温循環系(Hot Circulatory System,“HCS”)(※訳註:以下原作に準拠して「高温系」)と呼ばれ、その温度は305℃付近に保たれており、容積は常温系に比べてはるかに小さい。常温系と同じく血管内を流れているが、その内部は多結晶性の酸化コバルトが層をなしている。
後者は非常に効率的な断熱材である。この系内を流れる血液には働き細胞は存在しない。その温度に耐えられないからである。血液の温度は、便宜上「脾臓」と呼ぶ臓器に消化器系から収集、貯蔵されたエネルギーにより維持されている。
血管内の弁が血流の方向、収縮、制御を行う。これらの弁は柔軟性を持った物質でできたフラップになっており、「微小筋肉(後述する「筋肉系」を参照)」が圧電効果でコントロールしている。
エリディアンには5つの心臓がそれぞれ肢の付け根のそばにある。この構造が五肢の血液の上下垂直方向への送出を促している。また胸郭内に横方向へ血液を流し続けるに充分以上の圧力をも生み出しているのである。水銀自体が重いのに加えてエリディアンの母星には地球の2倍以上の重力があるため、心臓の仕事はハードである。
筋肉系
エリディアンは異なる2種の筋肉、身体の主立った巨視的な筋肉運動を行う骨格筋と、血管内にのみ存在する微小筋肉を持っている。
骨格筋はスポンジ状で円筒形状の構造を持ち、その周囲は常温系・高温系の毛細血管に覆われている。脳から筋肉を動かす指令がくると、その部位の近くにある常温系の血管が収縮、高温系の血流が増加する。筋肉自体は膨脹可能な小胞で満たされており、その内部には少量の液体の水が入っている。高温系が発する熱によって小胞内の水は気化し、小胞を膨脹させる。各々の筋肉はこうした何万もの小胞でできていて、必要に応じて部分的に活動のオンオフが可能である。筋肉の外側を覆う鞘状の器官はピストンのように振舞っている。
脳から筋肉を弛緩させる指令を受けるとプロセスは逆転する。高温系の血流は止まり、常温系の血流が通常に戻る。これにより小胞は冷却され、内部の水は元の温度にまで下がり液体となる。
エリディアンが半冷血動物であることは特筆に値する。常温系の温度は平均外気温である210℃に保たれている。母星の気圧下における水の沸点は230.2℃。これはつまり、あらゆる筋肉は活動のためにまず小胞を20℃加熱し、それからはじめて熱エネルギーが相変化への作用を及ぼすことになる。しかしこの液相加熱にかかる時間は相変化が生み出すエネルギーと比較すると無視できるほど小さい。常温系が230℃で維持されない理由は、冷たい外気に対してその温度を維持するために消費されるエネルギーのほうが筋肉の動きによって節約できるエネルギーより多い点にある。
血流は常温系と高温系の集約点にある弁によって制御されている。これらの弁は微小筋肉が動かしている。
骨格筋とは異なり、微小筋肉は温度の変化で動くわけではない。微小筋肉は水晶でできており圧電効果によって動作する。常に一定の微小電位が血液と血流外との間に維持されており、かいつまんでいえば体組織の他の部分は「アース」されているのである。そして血管内では導電性の高い水銀が血流内に電荷を伝えているわけだ。
脳からの信号は光ファイバーの神経を伝って送られ、それが血管壁の一点に化学変化を発生、導電性を与える。結果的に生じた電流は血液を通じて微小筋肉に流れ、圧電効果で水晶が変形する。この小さくも強力な変形により、弁は先にいくにしたがってカールした形状になる。閉じた弁は血圧によってその状態を保つ。
このように、働き細胞は微小筋肉のいかなる動きにおいても不要である。働き細胞は高温系では生きられないためこの関係は非常に重要である。
他の化合物に比べて水は相変化に高いエネルギーを要する。ではなぜエリディアンの筋肉はより効率的な物質でなく水を用いるのか、という問いが付きまとうわけだが、それには二つの答えがありそうだ。
ひとつめ、高温系の温度が水の沸点より高いことで、病原菌からの防御と摂取した食物の殺菌の役に立つ。エネルギー豊富な環境下において、これは筋肉の効率よりもはるかに重要である。たまたま常温系と高温系が水の沸点と上下していたため、相変化を筋肉の動きに利用したのだ。
ふたつめ、エリディアンの代謝は熱慣性がキーになっているため。水は高い熱容量を持つ極めて優秀な熱貯蔵庫である。これが全身の体温管理においてバッファとして機能するのである。
休眠
不定期的にエリディアンは休眠状態に入るが、これは人間が睡眠時に意識を失うのとはレベルが違う。エリディアンの休眠状態はあまりにも深く、その間は無防備になる。これがエリディアンの進化過程で社会本能が備わった主な理由である――休眠中の仲間を守るためだ。原則的にエリディアンは交代制で眠る。
休眠を摂るのには幾つもの目的がある。脳は半分活動しているのだが、それは純粋な生命維持のためである。意識はなく夢も見ない。休眠中のエリディアンは一切の時間的感覚を持たない。それは人間で言う全身麻酔を受けた効果に似ている。
高温系は常温系と同じ温度(210℃付近)まで冷やされる。これによって高温系の中へ働き細胞が入り込み、必要であれば体組織の修復やメンテナンスが可能となる。休眠期は高温系が唯一常温となる時間であり、したがって働き細胞がそこで生存できる唯一の時間なのである。筋肉が運動するための温度勾配が存在しないため、エリディアンはまさに麻痺状態となる。
休眠中エリディアンの心臓は拍動を行わず、血流はストップする。働き細胞はコロニーへ戻り(後述する「コロニー」の項を参照)エネルギーを節約する。コロニー内では脳の活動に携わる働き細胞のみが動き続けている。ところがここで、高度に特化された別種の働き細胞が動きはじめる。この高温系働き細胞は、鞭毛を使って静止した高温系血液内を泳ぎ回り、血流を生み出す。
働き細胞の主力はコア内のコロニーにいるため、休眠中のエリディアンの体内では高温系以外が治癒することはない。これが病気の人間であればしっかりと休みを取るべきであるところだが、病気のエリディアンは血流を早めるためにたくさん運動する必要があるということになる。
逆に高温系が損傷したり何らかの問題が発生した場合は休眠するまで対処ができない。高温系が重度に損傷したり出血した場合、突発的な休眠が起きることがある。これは言ってみればエリディアンのショック状態である。
食事と消化
エリディアンの口は腹側に、下向きについている。口を開けて食物を中へ入れると、働き細胞が開口部を密閉する。口を開いている時間はとても短い。いつもは開口部は外殻をつくる鉱物で覆われている。エリディアンは狩猟活動で多くの生き物を殺し、それらをひとまとめに貯蔵している。エリディアンは人間同様に社会的動物で、貯蔵した食糧を維持、防衛するため協同で働いている。
消化活動は体外から始まる。エリディアンは本能的に動物の可食部とそうでない部位を理解している。
エリディアンにとっての「食事」とは死骸を解体し有用な部位、必要な部位を分離することである。エリディアンの空腹感は人間と似てはいるが、彼らの抱く空腹感はより具体的で洗練され、何種類もの感覚がある。エリディアンには自分の身体が何を食べることを欲しているのかがわかるのだ。エリディアンは肢を用いて必要な食材を細かく切り分ける。機能としては彼らの手には歯の役目もある。これは彼らが進化によって獲得したもので、テクノロジーを用いればずっと簡単にできるのだが、大半のエリディアンは自分で行うことを好む。彼らにとってはこの行為が快感を呼ぶからだ。人間でいえばおいしい食べ物を咀嚼するようなものである。
エリディアンは一週間にほんの一度程度しか食物を体内に取り込まない。腹部の被甲が継ぎ目に沿って割り開かれ、前回の摂食サイクルでの排泄物を排出する。その後エリディアンは前もって用意しておいた食事を「食べ」、開口部は直ちに閉じる。割れた部分は数時間ほどで治癒する。エリディアンの食事に対するこうしたアプローチは、彼らの生物圏にいる非常に攻撃的な病原体に対抗するためのものである。
消化の第1段階は殺菌である。胃に相当する場所に収まった食物は高温系の温度まで数日間熱せられる。これによって食物内の全ての有機体は死滅する。高温系の温度が母星の地表付近での水の沸点より高く、彼らの星の生き物もまた水を必要としているからである。とはいえこのステップを生き延びるいくつかの有害な病原体も存在はしている――結局どんな防御的進化も完璧ではないのだ。
ここから消化はそれ専門の働き細胞が担う。消化管のような物は存在しない。働き細胞はシンプルに食物から必要とする化合物や栄養を吸収し、次回の摂食サイクルで排出される不要物を残すだけである。
通常は食後すぐに休眠期がやってくる。食物を殺菌後のクールダウンは休眠期として行うのが最適であり(そのほうが速いから)、これから行われる消化のためのエネルギーを節約できる。簡単に言うと、エリディアンは「食休み昏睡」を摂るのだ。
脳と神経系
エリディアンの脳は結晶構造をとる。光が神経発火であり、後脳部で生み出される。領域ごとの屈折率の違いがニューロンのような働きをし、光の流れに強弱や方向性を与えている。こうした神経系は主に脳内部に存在していて、蔓状の結晶体が光ファイバーのように全身へ神経発火を伝達している。
脳は胸郭内の中心、「コロニー」の内部にある。ここは働き細胞の拠点でもある。他の身体部位と異なり、脳は継続的なケアを要する。働き細胞がときにコロニー内に閉じ込められることがあるため(「休眠」および「排熱」の項を参照)その働き細胞からケアを受けるには脳もコロニー内になければならないのだ。
脳は働き細胞に大きく依存こそしているが、脳は生体物質ではなく細胞から構成されているわけではない点に留意されたい。エリディアンの脳は屈折率の高い物質による複雑な集合体である。働き細胞は常に光の動きへ影響を及ぼす不純物の除去を行っており、神経ネットワークが短期的に起こした屈折率の変化を恒久化している(※訳註:生体脳でいうシナプスの固定のような働きか)。この恒久化は働き細胞が結晶体に特定の元素を加えたり取り除いたりすることで行われる。
脳は血液で満たされており、人間でいう血液脳関門は存在しない。また血管もない。働き細胞は脳のケアのため血中を自由に動き回っている。
知性というものを計ったり、まして規定することは難しい。エリディアンの知性からみれば人間と比べてはるかに多くの側面があるといえるし、逆に人間の知性からみればエリディアンと比べてはるかに多くの側面を持っているともいえる。
人間は空間を記憶する能力がエリディアンとは比べものにならないほど優れている。これは人間がエリディアンのように全方向への知覚能力を持たないからである。そのためもし突然の大きな物音や出来事でエリディアンの聴覚が奪われてしまうと、あらかじめ意識して記憶しておかないかぎり、自分のいる部屋の構造がどうだったか全くわからなくなってしまう。いっぽう人間は自分の背後の部屋の様子を正確にわかっているし、真っ暗闇の中でも進む道を見つけることができる。
エリディアンはマルチタスクの能力が人間よりはるかに秀でている。彼らは同時に複雑で全く無関係な複数の物事をこなすことができる。エリディアンなら二本の腕で船の模型を組み立てながら複雑な計算をすることもできるだろう。これは彼らが持つ正面の概念がない習性による。
人間は集中力に優れている。エリディアンにとっては継続して一つのことを続けるのに非常な集中を要する。シングルタスクはエリディアンにとって不快なのだ――人間が1000問の計算問題を解かされているのと同じくらいに。退屈であり、精神的疲労が襲ってくる。
人間の優位性には手と目の協調運動が挙げられる。エリディアンも手足は器用だが、単純な器用さでいえば人間のほうがずっと上回っている。エリディアンには人間がやるようなジャグリングや、標的に向かって正確に物を投げたりすることは決してできない。
正確な記憶力についてはエリディアンのほうが上である。初等数学の計算問題ならエリディアンは人間よりもはるかに短時間で答えることができる。というのもエリディアンはほとんどの解答をもとから記憶しているからである。人間は102×27の答えが知りたければそれを計算して導き出すわけだが、エリディアンにとってその答えは、人間にとっての2+2の答えと同じような気楽さで記憶されているのだ。
働き細胞とコロニー
エリディアンの生態を支える屋台骨である働き細胞は必要に応じて身体を作り、修復し、成長させる。エリディアンにとって遺伝情報を持つのはこれら働き細胞である。働き細胞の生物学的様態はわれわれ人間に馴染みのあるそれに近い。細胞膜や細胞核を持ち、細胞内には媒質として水を含んでいる。また細胞壁にはタングステン化合物が含まれ、極端に高密度なエリディアンの血液中で中性浮力を保持する役に立っている。
働き細胞は有糸分裂で増殖する。人間の体細胞と異なり、働き細胞にはDNA設計図が存在しない。働き細胞は各々独自に遺伝情報を持ち、それも何千もの種類があって、それらすべてが特定の機能に特化している。金属原子のレイヤーを敷き詰めて骨を形成するもの、シリコンを積み重ねて神経クリスタルを成長させるもの、全身にエネルギー分子を行き渡らせるものなど様々である。
働き細胞のため、エリディアンは体内にある「コロニー」を維持していかねばならない。コロニーは働き細胞にとっての繁殖場かつ安全な空間であるとともに、脳が置かれた場所でもあるからである。大部分の割合の働き細胞が、このコロニーのバランスを維持するためだけに存在している。血流に入り込み身体活動に従事する働き細胞は全体のわずか8%にすぎない。全体のうち20%が脳活動に従事し、残る72%はコロニーの自己平衡型生態圏の一部として存在している。これら「コロニー働き細胞」たちはコロニーの閉鎖生態系を監視しており、そのシステムのエネルギーは、消化器系から得られた高エネルギー分子を介して賄われる。
コロニーは体内で最もデリケートかつ最重要な器官である。脳の場所であるだけでなく、働き細胞が唯一繁殖できる場だからである。コロニー内では血液は血管を通っておらず、コロニー自体が大きな血液槽となっている。ただしこれも循環系に含まれる。
コロニーはホワイトメタルの甲殻で覆われている(「排熱」の項を参照)。その出入り口はバルブ式になっていて、必要に応じて働き細胞によって閉鎖される。これは休眠中、または重篤な高熱を発した場合に行われる。
繁殖
エリディアンは両性具有であるが、彼らの母星の動物の大部分もそうである。エリディアンは共通のエリアに産卵し、それを覆い隠す(進化の途上では土中に埋めていたのだが、テクノロジーの発展と共に胎児期の卵をより安全に保つ手段が確立されていった)。卵の中には生育に必要な栄養素と材料となる物質、それに両親から受け継がれた働き細胞が含まれている。また卵には浸透膜があり、卵同士の融合が始まると、内部の物質は互いの中を自由に流動可能になる。働き細胞は卵内のリソースを消費して増殖を始める。働き細胞が各々に持つ役割(サブタイプ)ごとで両者の競争が起こり、どちらか一方が相手を圧倒することで「勝利」する。サブタイプごとにどちらが勝利するかはほぼランダムで、そこには進化における競争過程の縮図がある。最終的には各サブタイプはそれぞれどちらか一方のみの系統に集約する。生き残ったこれらの働き細胞が、機能的にはエリディアンの「遺伝子」の役割を果たすわけである。
この過程が終わると働き細胞はエリディアンの身体を作りはじめる。両親ともに子に対する親としての本能が備わっている。生まれてくる子は平均して五つ子である。全般的にエリディアンの生物学において、5という数字は至る所で現れるのである。
生物学的要件とその許容範囲
エリディアンにとっての適温は210℃である。230℃から彼らは熱中症を発しはじめる(「排熱」の項を参照)。240℃以上の環境に長時間曝されると死んでしまう。280℃以上の環境下では即座に死に至る。
エリディアンは28気圧の世界で生きるよう進化してきた。19気圧以下の環境は命に関わる。この気圧で外気温210℃の状態では働き細胞の中にある水分が沸騰してしまうからだ。人間がそうであるように、エリディアンも空気がアンモニアである限りは相当な高気圧に耐えることが可能である。逆に人間とは違い、エリディアンには気圧順応の必要がない。彼らの呼吸は単に熱交換だけを目的としていて、呼吸を通じてガス交換を行っておらず、また血中にガスが溶解していないことがその理由である。
しかしエリディアンは食事中には身体が外気に対して文字通り「開いて」いるため、耐圧性は低くなる。このときに生じる気圧差は問題ではないのだが、働き細胞にとっては膨大な量のアンモニア分子は致命的となる。
エリディアンは肉食性で、生物圏に棲息する動物の肉を食べている。食糧として最も価値があるのはエネルギー集約部(原文:energy nodules)であるが、骨その他を構成する金属もエリディアンにとって不可欠の栄養素である。働き細胞はあらゆる食物から自分に必要な元素を取り出すことに長けてはいるが、元素自体は存在していなければならない(※訳註:前述のとおり働き細胞はそれぞれ機能が非常に特化されているため、人間が体内で栄養素を合成するように取り込んだ元素から化学変化で必要な元素を合成することはできないのだろう)。
エリディアンは食生活補助を目的に特定のミネラルも摂取する。こう聞くと不思議に思えるかもしれないが、人間が塩を食べるのと同じようなものである。
電気系
心臓は血流を生み出すだけでなく、磁性体を行き来させて血流と体組織の間に小さな電位差を作り出している。このエネルギーは微小筋肉が利用している。
平均的な体長と体重
エリディアンの外殻はおよそ幅60cm、高さ20cmで、概ね五角形の形状をとる。60cmの五角形(頂点から反対の辺まで)の投影面積は2365.79㎠。体積は47315.88cc、つまり0.047㎥である。
それぞれの肢は(最大伸展時)長さおよそ45cmである。太さは肩部で10cm、鉤爪部は尖っており、平均直径は5cm。体積は3532cc。五肢あわせて17662.5cc。これらを合計したエリディアン1体の体積はおよそ0.063㎥(63リットル)となる。
エリディアンを構成するのは大部分が金属と酸化鉱物である。その中で最も重いのが血液で、大部分が水銀からなる。
恣意的な設定:エリディアンの血中の水銀が持つ血管壁との摩擦力は人間の血液とほぼ同じとする。つまり心臓の鼓動が停止すると血流は約1秒で停止してしまう。
恣意的な設定:エリディアンの血液は体積の10%を占めるものとする。
残る体組織は大部分が金属と酸化物でできているが、多孔質のハニカム構造をなしていて、働き細胞は必要に応じて体内のどこへでもアクセスすることができる。主要な金属は鉄で密度は7870kg/㎥。しかし非常に多孔質であることから多くの空間を持っている。外殻は主にヘマタイトでできており、その密度は5260kg/㎥。次に多い化合物がケイ酸塩(基本的にガラス)で、密度は2700kg/㎥である。
恣意的な設定:エリディアンの身体のうち70%は空洞とする――主に筋肉が膨脹するためのクリアランスと、ハニカム構造による空間。
恣意的な設定:エリディアンの全身から空洞部と血液を差し引いた部分の平均密度は4800kg/㎥とする。
上記情報からエリディアンの質量が求められる。
平均体積0.063㎥の水銀が全身の体積の10%を占めることから水銀量は0.0063㎥であり、重さは85.6kg。
残る90%のうちの70%が空洞であることから固形物は0.063㎥の30%の90%、ゆえに0.01701㎥。平均密度が4800kg/㎥なので81.648kgとなる。
合計したエリディアンの平均質量は167kg。
特記すべき点:彼らの母星の重力下(2.09G)では、これは地球上での実測重量349kgに相当する。結果として見るとエリディアンは人間の基準に照らして考えられないほど頑強である。
エネルギー消費
エリディアンは彼らの惑星での頂点捕食者である。彼らは自分と同じ生物圏に住む動物を捕食している。この生物圏ではエネルギーはまず日光から植物様の生命体によって収集され、食物連鎖を経て最終的にはピラミッドの上へと登っていく。エリディアンは――地球上の生物同様に――ミトコンドリアを持ち、エネルギー貯蔵庫としてATPを用いている。これは偶然ではない。数十億年前にタウ・セチを起源としたパンスペルミア現象によって播種された生命の種が、地球とエリディアンの母星の両方に根づいたのだ。
人間が50kgのウェイトを50cm持ち上げるのに消費するカロリー量に関して一貫性のあるデータを見つけることはできなかった。しかし人間は「中程度のウェイトリフティング」1時間で280カロリーを消費するようだ。そこで50kg(100ポンド)を中程度の重量とする。また中程度のウェイトリフティングを10分ごとに6回、6セットの運動とする。これは1時間あたり6回行うことができる(疲労は考慮しないものとし、健常な筋肉が発生するエネルギー量だけを計算する)。この運動は合計216回のリフトなので、リフト1回で1.29カロリーの消費となる。
エリディアンは同じ動作で1回あたり1.95カロリーを消費する。エリディアンの筋肉は人間よりも効率が低い(人間の1.519倍のエネルギー消費率)。くわえてエリディアンは人間よりもずっと体重が重く、循環器系がずっと多くのエネルギーを消費する。
恣意的な設定:エリディアンの身体機能に消費されるカロリー量は、骨格の動きをのぞいたタイプ別に、1日に摂取したカロリーに対して人間と同じパーセンテージとする。
恣意的な設定:エリディアンが消費する運動エネルギーの合計は、体重比(質量ではない)で人間よりも多いが、エリディアンの骨格筋運動エネルギー消費量は、筋効率比では人間よりも少ない。
(参考ページ:https://www.sciencelearn.org.nz/resources/energy-requirements-of-the-body)
人間の身体はそのエネルギーの60%を安静時代謝、8%を熱作用(食物の消化)に消費している。身体活動に消費されるのは残る32%である。心臓の活動は「安静時代謝」の一部である点に注意。
最後の疑問は、エリディアンの身体を動かすことが人間と比べてどれほど困難なのかという点である。エリディアンの母星の重力は地球より強く、エリディアンは人間よりも重い。どれほどの力がその高重力と戦い、大きな慣性を克服するのに消費されているのだろうか?
恣意的な設定:われわれは重力の克服に筋エネルギーの15%、残りを慣性の克服に消費しているものとする。
平均的な人間の食生活では1日2000カロリーほどが摂取される――つまり640カロリーが肉体活動に用いられ、96カロリーが重力に対抗するため、そして544カロリーが慣性に対抗するため消費されていることになる。
エリディアンは人間と同じ仕事量に対して1.52倍のエネルギーを消費する。人間を100kgとして彼らの質量が167kgで1.67倍。単位仕事に対する重力比で5.31倍が消費される計算となる(効率1.52×質量比1.67×重力比2.09)。
重力が関わらない仕事で人間が1日544カロリーを消費するところ、エリディアンは1382カロリーを消費。重力が関わる仕事で人間が1日96カロリー消費するのに対しエリディアンは510カロリーを消費。つまりエリディアンは1日で1892カロリーを身体活動に消費していることになる。
身体活動の消費エネルギーは総代謝量の32%であるから、エリディアンは(地球の)1日あたり5913カロリーを消費している。当然ながら地球日で計算してもエリディアンの生態圏では意味をなさない。なのでここは、エリディアンは286Wを消費していると言ったほうがよいだろう(参考までに、人間の消費エネルギーは約96Wに相当する)。
食事の頻度
エリディアンはざっくり人間の3倍のカロリーを消費している(エリディアンの消費量286W、人間の消費量96W)。幸いなことにエリディアンの生物圏に棲むすべてのものは非常にエネルギー豊富である。
エリディアンは手を使って食物を切り分け咀嚼する。元々は獲物の死骸を素手で解体していたのだが、今ではより社会的かつ穏便な手段で食事を行っている。とはいえ食事の時間には獲物から食用に有用な部位とそうでない部位とを切り分ける長いプロセスを含んでいる。実際に体内へ取り入れられる食物は、バランスよく高い栄養価と、非常に高いエネルギー量を持っている。エネルギー密度は人間の食事の8倍近くにもなり、必須栄養素のすべてが含まれている。採り入れられる食物の総量は一般的な人間の食事のおよそ4倍にあたる。
つまりエリディアンは1食で人間の32食分の食物を消費していることになる。人間の1食が8時間腹を満たす程度と仮定するなら、エネルギー量は2.764×10⁶ジュールとなる。つまりエリディアンの1食はおよそ8.844×10⁷ジュールで86時間分――地球時間で4日弱、エリディアン時間で17日分(エリディアンの1日は地球時間で5.1時間)にあたる。
排熱
エリディアンの生理についてもっとも重要な側面の一つに排熱がある。彼らの筋システムは温度差によって管理されている。常温系は210℃かその付近で保たれており、いっぽう高温系は305℃で動作している。高温系の温度が問題なのではない――問題なのはそれが水の沸点を超えている点だ。
ざっくり言うと常温系は「冷血」と言ってよい。常温系の温度は外気温と同じだからだ。もしその温度が210℃を下回ると、高温系が直接常温系を加熱し平常の温度に戻す。だが悪天候時を除いて外気(大部分がアンモニア)は210℃であり、エリディアンはその外気に対して286Wものエネルギーを継続して放熱する必要がある。この放熱は外殻上部に備えられた冷却格子を通じて行われている。
冷却格子は硬質な毛細血管が集まったもので、多孔質の素材でできておりスポンジ状に見えるが、実際には完全な剛体である。これは外殻上部の「蓋」状の体節の下にあって、空気は甲殻についた整流板を通してそこへ流れ込む。これは防御のために進化した結果で、排熱を行う毛細血管が損傷すると大出血を引き起こす。
エリディアンの「呼吸」はこの整流板つき通気口から外気を取り込み、別の通気口から排出することで行われている。この空冷システムは厳密には「内臓」ではない。凹型の小室だが体外にあり、外気は決して血液と入り交じることはない。
少し調べてわかったのだが、物質間の熱伝導に関する計算は複雑を極めている。そこへ空気の対流が絡むため尚更である。なのですべてを計算で導き出すかわりにこう言い換える。
恣意的な設定:エリディアンの身体に備わる放熱フィンが持つ冷却効率は現代のCPUヒートシンクの20%に相当するものとする。またエリディアンの常温系血が許容する最高温度は214℃である。エリディアンの「呼吸」はこの毛細血管の集合体の間に外気を約1m/sで通過させて行っている。
特記すべき点:エリディアンの母星の大気(アンモニア)は地球の大気の2倍の熱伝導性を持つ。つまりそれによって放熱効率性はCPUヒートシンクの40%に相当することを意味する。
毛細管束は高さ3cm弱で、蓋状体節(内側)の表面積の60%を占める。その半分が毛細血管で、残る半分はエアフローのための空間である。吸気口と排気口は5つずつ存在する。吸気口は蓋状体節の周囲に、排気口は上部に上向きに開いている。
エリディアンの「呼吸」は毛細管束の下側にある横隔膜の働きによって行われる。吸排気口には圧力差によって開閉するバルブがついている。完全密閉されるわけではないが、その必要もない。密閉効果は98%程度である。横隔膜が下降すると負圧で吸気口から外気が取り込まれ、今度は横隔膜が上昇して熱せられた空気を排気口から排出する。
エリディアンはどれほどの間「息を止める」ことができるのか?
常温系の環境はその温度が上昇するにつれて急速に悪化する。214℃に達するとデリケートな働き細胞から順にコロニー内へ退避を始め、216℃ですべての働き細胞はコロニー内に退避、さらなる温度上昇を遅らせるためコロニーは閉鎖される。ここでコロニー内には溶解熱を利用した熱貯蔵庫が形成され、コロニーの温度は下降するが、リソースには限りがあり、温度が正常に戻ってはじめて回復する。
呼吸を止めるとエリディアンは倦怠感を覚え、全身に痛みを感じはじめる――働き細胞が仕事をしなくなってしまっているためだ。
223℃に達するとコロニー周囲の断熱層が融解しはじめる。これは進化の過程で獲得された特性で、この相変化によって一時的に熱を吸収する最後の手段である。だが断熱層は15分ほどで失われてしまう。そこから5分以内にはコロニーの温度は223℃に達する。この時点で働き細胞は死滅、回復の手立てはない。エリディアンは死に至る。
エリディアンの血流は85kgの水銀を含んでおり、221.7Wのエネルギーが供給される。血流の温度は210℃付近で、223℃に達すると重篤な高体温症を引き起こす。水銀の比熱は0.140J/gK=104J/kgK。高体温症に至らせるには13K上昇させる必要がある。これにかかる時間が697秒=11分。そこからコロニーの断熱壁を破るのに15分、コロニー内の加熱に更に5分かかる。したがって総計31分となる。
つまり彼らは30分ほど「呼吸」ができないと死に至る。では倦怠感を覚えるまでの時間はどうか?これについては血流温度が214℃になりさえすればよいわけで、数分ほどしかかからない。
附記:相変化を起こす素材は地球の科学者の間では「第1種ホワイトメタル」と呼ばれる、錫90.7%、アンチモン4.5%、銅4.5%、鉛0.3%からなる合金である。
https://en.wikipedia.org/wiki/Babbitt_(alloy)#Babbitt_alloys
https://www.makeitfrom.com/material-properties/Grade-1-L13910-Tin-Base-Babbitt-Metal
融解熱は70J/gである。
放射線の問題
人間や地球上の大部分の生命体は低レベルながら放射線耐性を備えている。DNAは転写エラーを修復するメカニズムを進化させることで冗長性を持ち、また細胞は遺伝子に深刻なダメージを受けると死滅するよう、ガン化するリスクがあれば積極的に自殺するよう進化した。テロメアもまたガン細胞の転移を食い止めることに役立っている。そして細胞の大部分が水であることも役立っている。水は格好の放射線シールドだからだ。
エリディアンはそうした進化を全く行ってこなかった。彼らの母星は非常に強い地磁気を持ち、くわえてとても濃密な大気もほとんどの放射線が地表へ降り注ぐことを遮っている。また血液が金属であることも問題を悪化させている。血液はコロニーの直截的な放射線被曝からある程度保護はするのだが、水銀そのものが放射能を帯びてしまうため、血液が解決するよりも多くの問題を引き起こすのだ。またエリディアン体内の水分含有量は極めて少なく、有効な遮蔽効果は得られない。
基本的な文化と文明について
エリディアンの文化と歴史は人類のそれと同程度に複雑で詳細であり、いくつかの情報は特筆に値する。
・エリディアンの数学大系は6進数に基づく。きっと彼らが普段は3本脚で立ち、2本の脚でものを使うことによるものだろう。この姿勢であれば彼らは6本の指を使って物を数えるからだ。
・いくつかの分野においてエリディアンは人類よりも進歩している。特に数学と材料科学である。だが多くのテクノロジーでは人類に後れをとっている。顕著なのがコンピュータ関連で、また彼らは相対性理論を全く発見していない。
・視覚を欠いているため、彼らがものを「書く」には素材の質感や音質の変化を必要とする。
○ 最古の文章は粘土に凹みをつけたものだった(人類と同様)。
○ 現代では手書き文字には「ペン」を用い、筆跡に沿った分厚い層を書きつける。そのため紙は人間のものより若干厚く、インクはずっと濃い。インクの層は紙面から1mmほどにもなる。
○ 印刷された文字はより効率よく鮮明で、表面を盛り上げるのではなく穴で表現される。こうすることで本のスペースも少なく済む。
○ エリディアンのコンピュータの主な出力デバイスはテクスチャモニタである。ピクセルは色の変化ではなく、その高さをデフォルトから上下方向へ変化させることで、エリディアンの聴覚がテクスチャを感じ取れるように作られている。ピクセルの吸音特性を変化させることで音質を向上させることも可能である。これは言ってみればカラーテレビと白黒テレビの違いのようなものである。
・我々がガラス越しにものを見ることができるように、エリディアンは壁越しにものを聴くことができ、壁の向こう側の環境を知ることができる。もちろん壁越しの会話も実によく聞こえる。そのためエリディアンの壁材には高い防音性がある。
・エリディアンは睡眠中無防備なため、彼らは互いに睡眠を見守るよう進化してきた。これはそもそもエリディアンが共同体を持つ相互協力的な種として進化してきた過程で生まれた習性である。自然の驚異は遠い昔のものとなりはしたものの、彼らには未だもって睡眠中に見守られていたいという本能がある。抗いがたい欲求というわけではないが、安心感を覚えるものである。毛布を掛けられているのを想像するとよい。なくても眠れるが、できればあったほうがよいだろう。
エリディアンの宇宙船
エリディアンの宇宙船は≪ヘイル・メアリー≫号よりはるかに大きく、3100万kgものアストロファージを燃料として積んでいる。
エリディアンは相対性物理を発見しておらず、そのためタウ・セチに到達するための必要量よりずっと多くの燃料を積んでいたのだ。また彼らは超高速航行にともなう放射線リスクがいかに高いのかも知らなかった。乗組員は一人を残して全員死んでしまったが、残る一人は機関部でアストロファージに囲まれて生活していた。
宇宙船はエリディアンの持つ先進的な素材によって建造され、28気圧に耐えることができる。
宇宙船には≪ヘイル・メアリー≫号同様に製造設備が搭載されているが、基本的にはフライス加工と鋳型法による。3Dプリンティング可能なコンピュータは搭載されておらず、製造専門のエリディアンが乗船していた(すでに死亡)。
生命維持
エリディアンの宇宙船は彼らの適温である210℃で29気圧のアンモニアの大気を供給する。また機首には一定の磁場が維持されており、ミツバチが持つ自然磁場に類似した機能を果たしている。この磁場がないとエリディアンは方向感覚を失い、混乱をきたしてしまう。
エリディアンは人工重力を必要としない。エリディアンの宇宙飛行士は人間同様に0G下での活動の訓練を受けている。それにくわえ彼らには5本の肢があり、船内の手すりを使っていついかなる方向へも簡単に移動することができる。エリディアンの宇宙船にはそうしたホールドがとにかくたくさんついているのだ。
人間同様に、エリディアンにも長期間無重力状態におかれることによって身体的な問題は起こり得るのだが、エリディアンが抱える問題は人間の身体に起きる問題ほど深刻ではない。というのも彼らの身体は大部分が非生物の器官からなるため、無重力の影響を受けることがない。コロニー自体も基本的には液体に満たされた内部を単細胞生物が泳ぎ回る袋である。エリディアン自身も上下さかさで動き回っても死ぬことがないよう進化してきた。なので運動には支障がない。唯一彼らが直面するのは排泄と食事の問題である。そのどちらも正常な機能には重力を必要とする。特に消化と伴って起きる腹部の開口とその治癒が重要で、これらのプロセスは0G下では正確に機能しない。そこで宇宙船には乗組員が食事と排泄時に着座する専用の遠心機が搭載されている。
仮にこの遠心機が故障した場合、エリディアンは食事に要する3時間ほどの間エンジンを作動させ、推力による慣性重力を得ることになるだろう。
その選択肢も採れない場合エリディアンの腹部の傷は治りが遅く、そのため感染症を起こしやすくなるという、非常に深刻で、ときに命に関わる問題となる。
時間の計測
エリディアンの母星の地表は、濃密な大気とそこにあふれる微生物群のため闇に包まれているが、それでもエリディアンには本能的な昼夜の概念がある。これは単純に気温の上下によるものである。くわえて惑星上の生物全体がそのサイクルを利用するよう進化してきたため、エリディアンの体内リズムもそのように機能している。例えばエリディアンの休眠時間は2~3エリディアン日間である。1日は地球時間で5.1時間にあたる。
エリディアンにとっての「快適な姿勢」は、3本の肢で立ち2本の肢で道具を使う姿勢である。その結果エリディアンは6進数でものを数えている(肢が2本、それぞれ3本ずつの指であることから)。エリディアンの計時は定量的であり、時間をカウントする基準となるシステムを持っている。
わかりやすいよう6進数の数字を太字で表す(※訳註:原文では赤文字で表されているが、noteの仕様のため太字とする)。
エリディアンの1日は地球の18397.44秒にあたり、それをエリディアンは6進数で10000分割している。10進数で7776となり、単位あたりの長さは2.366地球秒である。
エリディアンは夜に休眠をとる傾向にある。これは夜間の低い気温の方が高温系をより速く冷却できるからである。これは進化の過程で発生した反応である。現代では、彼らの寝室はよい睡眠を得られるよう充分に冷やされている。その結果としてエリディアンは一日で最も寒い時間帯を一日の区切りとしている。これについては人間と変わりない。エリディアンの「真夜中」は0000となる。
エリディアンの数字は以下:
ℓ, I, V, λ,+, V,
エリディアンは如何にしてアストロファージを生産したか
エリドには海水温202℃の海を持つという利点がある。この温度の水にさらされたアストロファージが倍に増えるのにかかる時間は32日である。エリディアンは軌道プラットフォーム(宇宙エレベータ上にある)を用いて太陽光を直接集光し、CO2を投入することで100億のアストロファージを生み出した。
その後エリディアンは海上製造施設を建造し、そこでアストロファージを常に海水にさらしながら必要に応じてCO2を投入、赤外線を見せて繁殖させたのである。これによってアストロファージは幾何級数的に増加し、地球時間にしてほんの2.7年で≪ブリップA≫に必要な3×10⁷kgのアストロファージ燃料の生産を可能にした。だがその代償がなかったわけではない。アストロファージによって既に海水温は深刻な問題を抱えていたが、これによってさらに0.18℃低下してしまったのだ。これが海洋生物群に壊滅的影響を与えた。エリドの生物の大半が、地表の極めて安定した環境条件のため、極めて狭い温度範囲内で生存するよう進化していたためである。




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