そして彼は旅立った
twitterで呟いていた「長期の休みが取れた弓が思い切って海外旅行に行こうとしてツアーに申し込んだら自分一人だけで、ツアーガイドの槍と二人きりで五泊六日の旅行をする話」を加筆修正したものになります。
一部書き直していますが中身ほぼ変わっていないですー!
前作へのいいねブクマ等ありがとうございました!
- 553
- 561
- 6,228
最後に休みを取ったのはいつ?と問われ答えに詰まったのがきっかけだった。溜まりに溜まった有給休暇を消化しろと言われて十日間の休みを取った。ここまで長い休みは久しぶりなので遠出をしようと決め、海外旅行のツアーサイトにざっと目を通していく。
スクロールする指が止まったのはある国のページだった。
「…アイルランド?」
何度か耳にしたことはあったが行ったことはなかった。
ツアー紹介のサイトには雄大な景色や美味しそうな食事、美しい街並みの写真が載っており興味を惹かれる。
「ここにするか」
悩んだのは数秒で、カタカタとツアーサイトに必要事項を記入していく。最後の規約まで目を通し、よしとキーボードを叩いた。
それが二日前の出来事だった。
それからすぐさま旅行の準備をして日本を発った。現地集合のプランだったためアイルランドまでロンドンを経由して、空港までおよそ十四時間の大移動。長旅と時差ボケに慣れない身体を動かしてスーツケースを受け取り、ようやくダブリン空港のゲートをくぐったのだった。
到着出口を出たところにツアーガイドがウェルカムボードを持って待っているというのでスーツケースを転がしながらウロウロと辺りを見回す。
ほかの搭乗者たちの出迎えで、ロビーは大勢の人でごった返しておりなかなか目当ての人物が見当たらない。
どうしたものかと悩んでいたら、「おーい」と呼びかけてくる声が聞こえた。
きっと他人を呼んでいるのかもしれないがチラリとそちらを見る。
視線の先では蒼天の色を写した髪の青年がブンブンと音が出そうな勢いで手を振っていた。
随分と目立つ動作に周りの人達は少々引き気味だ。
彼もまた誰かの迎えに来ているのかもしれない。その相手が見つかることを祈りながら自分もツアーガイドを探さねばと意気込む。
しかしあたりにはそれらしい人が見当たらない。
送られてきた日程表には連絡先も載っていたのでこちらに掛けてみるかと邪魔にならない壁際に移動し端末を取り出す。画面に番号を打ち込もうと俯いたら、自身の影とは別の影ができて周囲が暗くなった。目の前に誰かが立ったらしい。
『その番号にかけても目の前の俺に繋がるだけだと思うぞ』
突然聞こえてきた流暢な英語にぽかんとする。
『おーい?』
目の前には先ほどのオーバーリアクションを取っていた空色の青年が居たのだ。
「あ、ああすまない、えっと」
咄嗟に出た日本語に相手の青年も首を傾げる。どうやら日本語は通じていないようだ。
こほんと軽く咳払いをしてたどたどしく普段は口にしない言語を音にする。
『えっと、君は?』
『おお良かった。通じているな。アンタが申し込んだツアーのガイドを務めるランサーだ』
そう言って持っていたウェルカムボードを見せる。デカデカと「welcome」と書かれたボードの隅にたしかにアーチャーが申し込んだ旅行会社のロゴが入っていた。
『アンタに気づいてもらえるようにあんなに手を振ったのにあっさり無視しやがって』
『そ、それはすまない。まさか私だとは思わなくてだな』
恨めしそうな表情の彼に謝りつつ、失礼にならない程度に観察する。どうやらこのランサーという青年が今回のガイドらしい。
『私はアーチャーだ。しばらくの間よろしく頼む』
『おうアーチャーだな!任せな』
私が手を出せばニッカリとした笑顔と共に握手に応じる。
ランサーは見たところ随分と若い。加えて言葉遣いも随分と砕けているが、それがこの国の人柄なのかもしれない。アーチャー自身、敬語で丁寧に話されるよりこちらの方が聞き取りやすく好感が持てた。
『さて挨拶も済ませたことだし移動するか』
ランサーが踵を返したので慌てて捕まえる。
『他のツアー客は?』
まだ私以外、誰も来ていない。
『いねえぞ?』
『はい?』
『今回のツアー参加者アンタだけなんだ。まぁ旅行シーズンからちょいとばかし外れているからな。そんなこともある』
うんうんと頷きながらアーチャーの持っていたスーツケースをさっと持っていく。実に鮮やかな手並みだ。いや違う。そんなことはどうでも良い。
ランサーはなんと言った?今回のツアーに参加しているのは私だけ?
『そ、それってつまり』
『アンタが帰るまで付きっきりで案内してやるってことさね』
そう言ってこれまた完璧なウィンクを決めたランサーに不覚にも同じ男としてかっこいいと思ってしまった。どうやらアイルランド滞在中はランサーと二人きりの旅行になるようだ。
空港の出入り口でそうだ忘れていたとランサーが振り向く。
『ようこそ、自然が息づく妖精の国へ』
短い滞在だろうけど存分に楽しんでいってくれ。
そう言った彼の背後には突き抜けるような蒼天が広がっていた。