令和7年11月1日、宮城県石巻市で開催された「全国鯨フォーラム2025」に参加した筆者は、牡鹿半島の先端、鮎川にある「おしかホエールランド」を訪れました。
ホール中央には全長16・9メートルのマッコウクジラの全身骨格が目線の高さほどでつるされ、存在感を放ちます。シアターでは、クジラの世界に没入する感覚で生態を学ぶことができ、漁具や写真からは日本の近代捕鯨を発展させた鮎川の人とクジラの関わりを知ることができます。
このクジラと捕鯨文化を体感できるおしかホエールランドの成り立ちと変遷に目を向けると、石巻のクジラへの思いと生きざまが見えてきます。
昭和62年、日本は国際捕鯨委員会(IWC)による商業捕鯨モラトリアムを受託しました。すなわち商業捕鯨の中止です。捕鯨基地を構え、捕鯨船を送り出し、80年以上クジラと関わり生きてきた鮎川の人々にとって、やりきれない思いがあったことでしょう。
鯨文化そのものが失われるのではないかとも憂い、平成2年にオープンしたのがおしかホエールランドでした。石巻市が所有する当時の映像には「海やクジラという話題を通して、さまざまな情報や感動を提供する知的空間」と施設を紹介し、「時代は巡り、今ここからクジラとの新しい関係の第一歩が始まった」とも記録されています。
しかし、平成23年に東日本大震災の巨大津波が襲い、展示物が海水に漬かり、濁流にのまれて流され、壊滅的被害を受けました。その光景を目の当たりにした現在の鮎川まちづくり協会代表理事の齋藤富嗣氏は「終わりだ。もう無理だ」と、当時落胆した記憶を振り返りました。その後、齋藤氏は地域の拠点づくりに携わり、少しずつ復興が進む様子に「光明が差し、新たなる期待をもった」と言います。
投げ出したくなることもあったそうですが、紆余曲折(うよきょくせつ)を経て令和2年、おしかホエールランドはリニューアルを果たしました。商業捕鯨が31年ぶりに再開されたこととも重なり、「長い道のりだった。本当に感無量」と募る思いを語りました。
震災に見舞われても残ったものがあります。ホールのマッコウクジラがその一つです。建物に連結されていたことから津波に耐え、流失を免れたのです。波を被り黒く変色したものの、休館中、専門の技術者のもとに預けられ、クリーニングによって再び白い骨格になって戻ってきました。
鯨類の形態学や骨学を修めた学芸員の山本龍治氏は「近代捕鯨で栄えた鮎川の象徴ともいえる標本。国内最大級で、さまざまな方向から観察してほしい」と、その魅力を語りました。そして、「震災を乗り越えた今、再び資料を収集する時期にある。これからもクジラや捕鯨に関わる資料の収集を続け、鮎川の捕鯨文化を受け継いでいきたい」と力強く続けました。
(太地町立くじらの博物館館長 稲森大樹)