鼻につんとくる刺激臭が辺りにただよう。
それに耐えられなくなった俺は、ソファから立ち上がってベランダのドアを勢いよく開けた。
ふう。こんな排気ガスだらけのよどんだ空気が美味しく感じるなんて前代未聞だ。
「母さん、くさい」
「ちょっとあんた、その言い方は失礼よ。言葉は選びなさい」
真っ赤なマニキュアをきれいな形の爪に塗りつけながら、母さんがしかめっ面をした。
「それより母さん、俺に話ってなに?」
「あ、そうだったわ。あのね幸(こう)、あたしと一緒にイタリアで生活してみない?」
「……はい?」
笑顔全開の母さんの突拍子もない発言に、俺の思考回路はショート寸前――なわけもなく、妙に冷静な頭はくるくる回る。
この機嫌良さげな母さん、プラスイタリア、プラス俺、とくれば……。
「……もしかして母さん、彼氏できたとか?」
「ああらよくわかったわね。さすがあたしの息子じゃん!! 母さんねえ、プロポーズされたの」
「イタリアンに?」
「ふふ、いいでしょー。だから幸……どう? 行ってみない?」
ふざけてる風に装ってるけど、キレイな瞳にはうっすらと真剣な色が浮かんでいる。
「うーん……」
母さんの頼みなら聞いてあげたいのも山々だけど、正直めんどくさい。それにやっぱり、新婚夫婦のお邪魔虫はしたくないしな。
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