さようならモラトリアム
元々は、Sergeさんの企画に参加させて頂いた時の文章でした。ですが思う所があり、終わり方を変えさせていただきました。元の文書はツイッターの方に貼らせて頂きたいと思います。
この風景が見たいと思い、先週旅行に行きました。そこで分かったことは、思い描いていた美しい砂浜は実際に行ったら、空も海も美しいのにとてもとても寂しく、だからこそ家に帰ろうと思える素晴らしい場所だったと言うことです。
砂浜に着くまでは思い描いていた通りで、だからこそあるのは美しい楽園だったはずなのに、目の前にあったのは泣きたくなるほど広い現実でした。此処に来れてなければ、私はこの作品をずっと楽園として描き切っていたと思います。
*表紙お借りしました
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「さようならモラトリアム」(DK槍弓)
随分と遠い所までやってきた。
何処か遠くに行きたいと言い出したのは、どちらだっただろうか。
学生最後の夏休み。終わりの決まったモラトリアムの最終章。エンドロールから目を逸らすことが許される残り一つの休符記号。
兎に角、何もかもから逃げたかったんだと思う。だからこそ、何度も乗り慣れた電車に飛び乗り行き先を決めるでもなく、終点から乗り換え終点から乗り換えを繰り返し、その結果見たこともない港町へと私達はやってきた。
そこに行けば何か見つかる気がしていた。海に行けばこの心に燻る感情に名前がつくと信じていた。若気の至りと思うことなかれ。今思えば若いからこそ出来たのだ。
身につけていたものは、己の身と貯めたお年玉10万円。あとは二日分くらいの軽い着替え。年始めから持ち歩いていた参考書も単語帳も全て家に置いて来た。
明け方の太陽を背に乗り込んだ列車は、数回の乗り換えを経て、車窓はビル街から郊外へ、郊外から野山へ、野山から海へと姿を変え、終着点に着く頃には家を出たときには背を向けていた明け方の太陽は、水面の遥か彼方で傾きかけている。
そうしてながれる景色を背景に、電車の揺れで時折頭がこちらに傾いてくる幼馴染の顔をそっとと盗み見ていたら、気づけば随分と遠いところまでやってきてしまった。
そうやって隣から感じる心地よい体温に心を預けていると、しばらくして車内アナウンスが次が終点だと告げる。
「アーチャー、降りようぜ」
そうしていつのまにか起きていたランサーが、まるでワルツでも踊るかのように私の手を取って立ち上がるよう促した。
幼い頃からいつだって彼は強引で身勝手で、迷い悩む私の手を取って遠くまで連れてきてしまう。それが嫌いで嫌で、でもそれ以上に愛おしい。
終点を告げる列車から降り無人改札を抜けると、目の前に大きな海が広がっていた。見たかった物来たかった場所、そうだ私はこの景色を見る為にこんな所までやってきたのだ。
せっかくだから浜辺まで降りてみようと提案するランサーの言葉に導かれ、海沿いの細いアスファルトを歩く。その間わたし達は無言だった。
きっと話すべき事や話さなければならない事は溢れるほどあった筈だが、それでもそれらを心に乗せ無言のままわたし達は歩みを進める。
そうして駅から10分ほど歩き、漸く浜辺へと下る坂道が現れた。
ここを進めば後少しで、望んでいた景色へと辿り着ける。今にも走り出しそうな足を軽く抑え、そうして一歩一歩確実に前へと進んでいった。
「着いた」
木々が生い茂る坂道を下ると、そこは小さな入江になっていて、少し進むと黒く硬い岩壁が入江を囲むように聳え立っていた。
岩壁に囲まれた砂浜はきらきらと煌めいていて、そこから繋がる海は広く何処までも遠くまるで宇宙の果てまで覆っているかのように広がっている。
「早く来いよ」
そう言って笑う男は、寄せては返す波を蹴っては遊んでいた。今夜の宿も明日の予定も先の進路も将来の夢も何も決まっていない。だが隣にこの男さえいたら、私は何処へでもいける気がした。気がしたはずだった。
楽園だと思っていた。私達が辿り着く場所は、逃げ出した先の終着点は幸せに満ちていると信じていた。
だが違う。美しいはずの空は何処まで広がり、朱と紺がコントラストを奏で、海はそれらを写し揺らぎ境界をあやふやにしていた。
美しい、永遠に此処にいたいと思う場所。其れこそが私達が辿り着くべき場所だと思っていた。
しかし違った。美しいはずなのに、それよりもここはとても寂しい。楽園だったはずなのに、美しいはずなのに、望んだはずの場所は何故だか涙が出るほど寂しく悲しい景色だった。
その覚悟はあったはずだった。逃げ出したいと言ってさえくれれば、この手を取ってさえしてくれれば、私は何処へでも付いていく。そう決めているはずだったのに、今はとても帰りたくて仕方がない。
「帰ろうアーチャー」
どうして涙が溢れるのだろう。望んだのは私だ。彼はただそれを言葉にしただけ。なのに、涙が溢れて止まらない。
結局わたしには覚悟も何も足らなかった。それだけの事なのに、何故こんなにも悔しいのだろう。逃げ出したくて、帰りたくて、愛したくて、苦しくて、そんなわがままが許される最後の夏。そうして逃避のは手に辿り着いた先には、永遠も楽園も存在せず、ただ現実だけが横たわっていた。
ねぇ、ワルツを踊ってくださる?夢にならぬよう、夢から醒めぬよう、もう逃げ出さぬよう、やっと愛せるよう。