六郷町史も大曲市史も編纂の段階では、「龍角散は、佐竹の国替え時に六郷東根、または大曲に来た」を裏付ける根拠はないのですね。
六郷町史の龍角散部分の原稿は、昭和〜平成初期の小西さんであり、それはこの方の責任なのです。
それを知らない美郷町が好き勝手なことをやりだしたのが原因です。
佐竹の国替え時には全ての部隊が出羽入りしておらず、そのため国替え時に大曲、または六郷東根に住んだという説そのものが間違いであり、これは古くはさきがけ新聞か朝日新聞によるものだとされ、明確な根拠なし。
六郷町史の龍角散部分は、当時の龍角散側へ無許可のため、正しい情報ではないのです。