「漁港に着いてから1人いない、と」 死亡の生徒は1隻目の救助に向かった2隻目に乗っていた うねり「4メートル超」か 【辺野古沖転覆事故】
「(うねりの高さは)4メートルは超えていた可能性は十分にある。僕の身長が170センチなのでその倍は少なくとも」 その高さは、乗組員の感覚では4メートル、5メートルに達していた可能性がありました。 波に対して舳先(へさき)を垂直にしようとしたものの、操船技術では防ぎきれませんでした。 ■転覆した1隻目を直接救助に行き、転覆 最初に「不屈」が転覆。救助に向かった「平和丸」も2分後、同じ悲劇に見舞われます。 そのわずか2分の間に、「不屈」はうねりでリーフの方へ流されていました。救助に向かった「平和丸」は、流された先の現場で、予想をはるかに超える高波に襲われたのです。 「うねりの力で一気に横倒しになる形。水が船内に入るというよりは、うねりの力で一気に」 転覆と同時に、乗っていた21人は海へ投げ出されました。ライフジャケットは全員が着用していて、次々と押し寄せるうねりに何度も海中へ引き込まれながら、なんとか転覆した船体にしがみついていました。 最初の転覆は午前10時10分ごろ。救助されて漁港に戻ったのが11時ごろだったことから逆算し、少なくとも30分は救助を待っていたと証言しました。 犠牲となったのは、「不屈」の転覆に気づいて救助に向かった「平和丸」に乗り、さらなる転覆で船内に取り残されてしまった女子生徒でした。 ■漁港で海保「1人、いない」 「漁港にみんな着いてから、1人いないってことが分かった時点で捜索に行っているようだった。もっと亡くなった方がいてもおかしくない、そういう事故だったのは間違いない」 もし平和丸が直接救助に向かわず、海上保安庁に救助を要請していたらどうなっていたか。少なくともこの生徒は死なずに済んだかもしれませんでした。 平和丸の乗組員は、強い後悔を語りました。 「早く行って状況を確認して、すぐに船に乗せるという感情で(救助に向かった)」 「引き返すべきだった。すごく後悔しています。今だったら、気持ちをこらえて、すぐに海上保安庁の方に助けを呼びに行く選択をすると思う」 「(亡くなった生徒は)本当に怖かったと思うんですよね。なかなか外に出られずに。本当に申し訳ない」
乗組員は現在の心境を絞り出すように、亡くなった女子生徒、家族への謝罪の気持ちを語り、金井創船長もこの事故を回避できなかった後悔でいっぱいだろうと、やりきれない表情を浮かべていました。 事故の全容解明と、再発防止に向けた徹底的な検証が求められます。
琉球放送