彼女たちはそれを、運命と呼んだ
槍弓が全然絡んでないけれど槍弓です。穏やかながらも運命に翻弄される、カルデアのとある1日。
PM2:00:マリーちゃんのリクエストでクグロフを作るエミヤ。処刑エンドなふたり
PM4:00:冬木のフリクエ周回してるメディアさんとランサー
AM0:00:眠れないぐだ子ちゃんとエミヤの深夜のおやつタイム
AM:1:00:おまけ
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弓に運命を感じるという兄貴の発言を受けて、今更な妄想です。時間的には多分1.5部あたり。
槍弓は運命だったんだね!
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PM2:00
「運命を感じる、とおっしゃっていたわ」
とろけるような優しい声音。
ああきっと、かの国はこの声に魅了されすぎてしまったのだろうと、男は菓子の生地をこねながら漠然と思った。
「おっしゃった、というのは」
「アイルランドの英雄さんよ。槍をお持ちの方の」
アイルランドと聞いたところで、ちらりと脳裏で揺れた青いひとふさ。反射的に想像した青色は、いつだって嫌味なほど美しい。
何ともバツの悪そうな表情を浮かべる目の前の男を見て、可憐な声の主ーーーマリー・アントワネットはふふ、と笑った。
ここはカルデアの食を司る一室。簡単に言うと食堂である。
カウンターで区切られた対面キッチンで、英霊エミヤはせっせと卵色の生地をこねていた。時刻は午後2時前。昼食時の騒音がすっかりと消えたこの場所で、一人淡々と茶菓子を用意するのが彼の日課であった。
さて今日は何を作ろうかと思案していたところに訪れたのが、カウンター越しに紅茶を嗜む彼女だった。いつもは白百合の従者や偉大な音楽家などと茶会をしている彼女が、こうして一人でふらりとやってくるのは珍しい。聞けば食べたい菓子があるとかで、エミヤは彼女のリクエストを承り、その菓子作りに勤しんでいる最中であった。
「彼はあなたに運命を感じると、確かにそう言っていたのよ」
「はあ……」
「なんて素敵な言葉なのかしら!」
アイルランドの英雄は何人か召喚されているが、そんなことを宣う者はエミヤの知る限り一人しかいない。おそらくマスター相手に愚痴っていたのを、この王妃様は耳にしたのだろう。
クー・フーリン。太陽神ルーの子、アルスター物語群の勇者、戦意が高まれば恐ろしい異形にもなったとかいう属性過多のあれだ。改めて考えると何一つ敵う要素がないなと、現代の英霊たるエミヤは苦笑した。
そうだ、彼は神話の中の英雄なのだ。神秘はとうに失せ、魔術は秘匿とされ、神様なんかいないこの時代に、不相応な理想を追い求めてしまった自分とは何もかもが違い過ぎた。そんな彼が自分に運命を感じるなどと、巫山戯たことを言ったらしい。マリーの報告に呆れとも悲しみともつかないモヤモヤとしたものを感じながら、エミヤは少しだけ休ませた生地にドライフルーツを混ぜ混んだ。
「彼とは召喚先で何度か会ったことがあってね。それを茶化して言ったのだろう」
「あら、それはまさに運命ではなくて?」
「そんなに大層なものじゃあないさ。因縁とか、腐れ縁といった方がしっくりくる」
「まあ!腐れ縁だって素敵だわ」
「……とにかく。こんな掃除屋に付きまとわれるなんて、あれは本当に幸運値の低い男だよ」
第五次聖杯戦争。月の聖杯戦争。そしてこの人理継続保障機関カルデア。おそらくは他にもあるのだろう、クー・フーリンとエミヤの交差点。今ここにいる分霊としてのエミヤは、その明瞭な記憶を持たないが、記録ならいくつか漁ることができた。座にいる己の本体など殆ど磨耗しているくせに、これらの記録だけは後生大事にしているのだとしたら、随分と抱腹な有様だとエミヤは思った。
(掃除屋の分際で、我ながら健気なことだ)
「あなたは守護者になったことを、後悔しているの?」
自嘲的な笑みを浮かべたエミヤを見て、マリーは歌うように問いかけた。その青い瞳は真っ直ぐで、ああ彼女もまた青色を纏っているのかと、エミヤは少し視線をそらした。一瞬だけ、息が詰まる。
色とりどりのフルーツの混ざった生地はボウルに収まり、発酵を始めている。
「愚かだったと思うよ。神の加護も、魔術の知識も持ち合わせていないくせに、世界を救いたいなどと。その結果が絞首台行きさ」
生地をこねていた木製の台を布巾で拭きながら、彼は淡々と答えた。嘘偽りのない事実だ。大切だったであろう人たちの手を振り払い、借り物の理想だけを抱いて、結局何も果たせずに溺れてしまった。
こうしてカルデアに身を置いていると、殊更思い知らされる。神の血を引く者、国を統べる者、文化を創る者。民衆に好まれ、時に絵画の題材になるほどの優れた英霊たちが、ここにはごろごろいるのだ。一方エミヤは現代を生きた英雄だった。地位も名誉も力もなく、最終的には故郷からずっと離れた遠い国で、見世物の絞首刑に果てた。世界中のどこにも、彼の名は残っていない。
だけど、それでも、憧れの男と共に人理を守る、今だけは。
「ただ、今は、後悔だけはしていないんだ」
「……そう」
今度はしっかりとマリーを見据えて、エミヤは答えた。
青色はいつだって遠く眩しく美しい。マリーの青い瞳が、ふわりと揺れた。
「でしたら、私と一緒ね」
「……君と?」
ティーカップを静かにソーサーに置きながら、マリーは微笑んだ。機関の備品であるそのカップは白く簡素なもので、彼女には不釣り合いだなとどうでもいいことを思う。この教科書の中の王妃さまと自分のどこが一緒なのか、エミヤには見当もつかなかった。
「とんでもない、貴女は歴史に名を残す貴婦人だ。私などとは生きた世界が違う」
「あら、私も最期は”おんなじ”ようなものよ」
「そんなことは、」
「私も願ったのよ。あの国を守り、癒し、民を救うと。故郷を離れてとてもとても心細かったけれど、それでも私は王妃になった瞬間に、そう心に決めたの」
発酵した生地がふわりと膨らんでいる。そこに織り交ぜられた様々なドライフルーツは、まるで宝石のようだった。
「私だって、神様の去った後の時代の人間よ。ここにいる皆さんに備わるような、神秘的な力なんて元々一つも持っていないの。けれど、大切な理想だけはあった。だから私はいま、ここにいることができるの」
「理想……」
「あなたも、そうだったのでしょう?」
その問いかけにエミヤは動揺した。目の前の彼女は確かに可憐な少女の姿をしているはずなのに、その青い瞳の奥には、国を赦し家族を愛した、優しい母の慈愛が溢れていたのだ。
「あの国が、民が幸せになれたのなら、私は何も恨まない。王妃として望まれて、次の時代の糧になる」
「それが、私の運命だったのよ」
運命。
その言葉の脆い響きに、エミヤはいつも胸が苦しくなるのだ。運命の夜。穿たれた心臓。絞首台。聖杯戦争。何度でも交差する、クー・フーリンと自分の軌跡。
すべてが偶然で、何もかもが必然で。
クー・フーリンを形成するような強く美しいものを、自分は何一つ持っていないのに。そんな薄汚れた掃除屋の分際で、彼に運命なんてものを感じてしまう自分自身が許せなかったのだ。
「貴女は強い人だ」
マリーは肯定していた。自分の人生と役割を。その様が眩しくて、エミヤは小さく溜息をついた。
発酵の進んだ生地はますます膨張し、何もかもが不可逆であることを示しているようだった。
「あの青い英雄さんは、楽しそうだったわ」
楽しそうに、照れ臭そうに、運命を語っていたのだ。その言葉に嘘はなかったと、マリーは確信を持っていた。
自分の為に菓子作りをする正面の男は、確かに立派な弓兵なのだが、どこか脆く幼い印象があった。放っておけば一人でどこかに消えてしまいそうで。けれど彼との運命の鎖を、きっとあの大英雄は握っている。それを手繰り寄せて、彼らは何度でも巡り会うのだろう。儚げに笑う男を見ながら、どうかそうであって欲しいと、マリーは手元の紅茶に祈りを込めた。
「あなたの運命はあなたのものよ」
「……そうかな」
「ええ。そして私とあなたがここで一緒にクグロフを食べるのも、きっと素敵な運命よ!」
「それならより一層、上手く焼かないといけないな。しかしこの量……作りすぎてしまったかな」
「あら、クグロフならいくらでも食べられるわ。私もあなたも、今は丈夫な首があることですし」
「君にそう言われると笑えないな……」
やっと穏やかな笑みを浮かべながら、エミヤは王妃に似合う、可憐で瀟洒なティーカップを投影した。
百合の模様の陶器。いつかの主人の家にあった、高価な逸品だったのかもしれない。ケトルを火にかけながら、エミヤは遠い記録のかけらを愛しく思った。
「いつか私に聞かせてくださいな」
バターを塗った型に、なるべく空気が入らぬよう生地を詰める。これからもう少し発酵させてオーブンで焼けば、マリー・アントワネットの愛した焼き菓子の出来上がりだ。
「あなたの生き抜いた時代のフランスのことと」
それまで少しの間、王妃さまのお茶のお供をしようか。
「あなたとあの方の紡いできた物語を」