【Mo Laoch】
五次槍弓で憶えてみたいアイルランド語(部分的にアルスター地方限定)←表示環境によっては巧く言語文字が表示されないかも知れません(凄絶に賭けです)。あと格好良い弓兵はログアウトなう。色々とすいません。
※知識はにわかです。Hollow辺り想定の捏造妄想・ネタバレ配慮無※
いや、アルスター地方の方言としての言語がまだ残ってると聴いて、あと弓兵さんがあの姿で(´・ω・`)ゴメンなさい…って拙くいったら、壁ダァンッしたくなるくらいにはすっげ可愛いんじゃないかと思って。頭が沸いてるウチにカタチにしてみたかった←。
正直、後悔はしてる!……色々間違っていたら優しくご指摘下さい……。
何時も素敵な表紙はryoubou.org[illust/30550944]さまにお借り致しました。感謝!
■追記: ルーキー14位&17位ありがとう御座いましたっ!!あと今更ながらにブクマコメの見方を知りました←今か!ナニコレ嬉しい♪( *´艸`)£ove☆←しかし返し方が解らないorz……こ、こんなに優しくしてもらって大丈夫か!?Σ(゚Д゚;)ハッ……いやしかし、ルーキー?何がルーキー?と思って気がつきました、もしかしたたら『ルーキー(R指定以外)←』わぁ!今更知った事実(R以外かいてなかったのかー)でも次にもしかしてR指定が入っていたら、ひっそり微笑んで下さい。■追記の追記:タグいじりありがとう御座います!!&素敵な念願タグも入れていただき感激です!ありがとう御座います!
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さらさら、はらはらと空から白い雪花が降ってくる。暗く沈んだ低い雲、その薄暗さからは想像も出来ないほど綺麗な白銀の結晶。
雲間から零れ差す光に時折瞬くように光りながら、次第に数を増やしてゆく白、白、白。
それは何時かの光景に似た、今ではない何処かの景色。
その中で雪の結晶よりも白い少女が、視界の中くるりと雪色の髪と衣を翻して微笑んだ。
「……さて、と。そろそろ行かなきゃ!」
一瞬だけその光に奪われていた睛を眇めると、にっこりと振り返った少女が微笑う。星状紅玉のような光りに透ける綺麗な睛を猫のように細めて、満足そうに。
「嗚呼、気をつけて帰るんだぞ?イリヤスフィール」
先程まで彼の膝上で暖をとるように、まるきり少女の厭う猫のように身を丸めてじゃれていたというのに、幼い姿をしていても女性というものは解らない。彼女らに『シロウ』と捨てた筈の名を呼ばれることにもいい加減慣れてしまったアーチャーは、釈然としないままに自然とそう返した。すると総てを知る少女のような姉は、ますますその笑みを深めるのだ。
「次会ったときに風邪なんて引いてたら赦さないんだから。じゃぁね、シロウ!またお姉ちゃんが遊んであげる!」
そう去り際にのたまって、ひらりと細い繊指を振って立ち去ってしまう。小さな公園のベンチに残された弓兵は、何時かあるかも知れない、起こりえないかも知れない、小さなちいさな約束を胸に白い息を吐く。
まるで擬態した人の身と同じように白い息を吐いていたとしても、ヒトではない自分たちが『風邪を引く』なんて現象に見舞われようはずもないのに。そんなことは百も承知で、変わらぬ姿で何時も自然と近付いてきては、気付けば涼風のように離れてゆく。
そんなことに何かを感じる心も摩耗し果てて久しいというのに、誰かの夢の紡ぐ歪で優しいこの箱庭は、彼に時折言いようのない感慨を思い起こさせる。
乾いた砂地に、水を染み渡らせるような徒労を、時間をかけてゆっくりと。
「さて、どうしたものかな……?」
ひとり語ちてみて、時間を持て余すという慣れない感覚に戸惑う。更に戸惑った自分に戦いて、先程までそんな感情すら覚えなかった自分に気がついた。
これは重症だ、と胸裡に呟きながら軽くかぶりを振る。
聖杯戦争中は、まだ良かった。自分には課された使命が有り、そのためだけに存在する剣で良かった。
だが今はどうだろう。誰も彼もが上辺だけ取り繕われたシアワセに微睡む中、其処に身の置き場も意義も見出せない彼自身は。
何せ、余分な時間があるから不可ない。時間があれば、普段は考えないことすら考えてしまう。余計なことを考えさえしなければ、足を止めようなどと考えないのに。
何故、彼が何気なく立ち寄った商店街の片隅にひっそりと忘れ去られた公園で、空を見上げる少女に出逢ったのか。まるでそれが当然の帰結であるかのように。
それを待っていたかのように、白の少女は嬉しげに微笑んだ。擦り切れた記憶の片隅にある、面影と同じ笑顔で。
またひとつ、ふるりと頭を振る。
自分に与えられた箱庭での役目は終えた。後は何時消えても構わないだろう身の上。ただ其処に『在る』ことだけを赦されたパズルピース。
紅い少女は言った、私はこの箱庭を終える刻まで享受する、アンタも偶には自由になる時間に自分の為だけの幸せを追いかけてみたら。喩え籠の鳥だって、羽ばたくものよ。
籠の鳥の自由。
人類の抑止という、世界の隷奴。その身に本来の自由などない。泡沫の夢でも、シアワセのカタチなど想い出せない。想い出してはいけない。
手に入らないものを永劫に求め餓え続けるくらいなら、もう何もかも終わりにしたいと一度ならず願ったのもまた自分だと彼は自嘲する。夢も理想も擦り切れ果てて残ったのは、ただのガラクタじみた形骸だけだった。だから其れがかつての姿を模造していても、中身などは最早あってなきも同然。はじめから、そんなものはなかったのだ。仮初めの理想のように。だから、そんなあやふやなもののカタチはもうわからない。
歪で優しい箱庭の住人達はかつての在り方そのままに輝いていて、彼の睛には眩しすぎた。その領域を侵すことも、触れることも、近付くことも躊躇われるほどに。
まるでかなわない夢の続きを、自分も同じように視ている気がする。
そんなことは、あってはならないと何度も言い聞かせるのに。まるでその心を自分で裏切るように、降り積もり繰り返す刻の中で考え続けている。
だから、その考える時間が不可ないのに。
余計なことなど考えるから、意味もなく猫など助けたり、己とは無縁でいなければならないはずの箱庭の住人達と馴れ合ったりしてしまうのだ。ならば離れれば良いものを突き放せない、それでも人の傍らにありたい、それもまた自分自身の弱さのだろうけれど。
そっと人知れず溜め息を重ねて、懐から小さな携帯端末を取り出す。鈍色の瑕一つない真新しさを残した無機物は、かつての主である少女の持ち物だ。正確には、持ち物だったと言うべきか。
何故、携帯ひとつ未だに使いこなせぬ彼女が多機能型電子辞書など購入してしまったのか。ただ余所に行くのにたくさん本をもたずに行けるなら便利そうだったから、と言ってはいたが、使いこなせなければ余剰の物でしかなく。畢竟、今彼の手に在る。
くすりと笑いが込み上げて、薄いカバーを開いた。
生前、色んな国を渡り歩いた。時には身分を偽ってまでも。
おかげで紅の少女のロンドン留学の時に否応なしに身についた英語以外の言語も、多少ならば不自由ない程度に扱える。そしてサーヴァントとなった今では聖杯知識で補填がきくために、はっきり言って言語辞書など彼には不要だ。
だが新しい玩具があれば些少の退屈は凌げるだろうという、たったそれだけの不器用な気遣いが嬉しかっただけだ。慥かに、彼はこういった目新しい玩具が好きだ。何度も解析して分解して組み立てて遊んだ、擦り切れた記憶の奥底に眠っていた稚気が甦る。
シンプルなタッチパネルをスライドして、先ず概略を掴む。ソフトの追加インストールでもなければ、至ってシンプルなただの言語辞書。思ったとおりにソレは、初期設定のままに放置されていた。
それでも幾つかは入っている見知った文学小説のタイトルを流し視ながら、ふとある項目に気がついた。気を引かれた、というべきなのか。
――Gaeltacht.
Gaeilgeとはアイルランドの言葉ではなかったろうか。
スライドを戻して、項目から目次を表示させる。簡単な翻訳ソフトとしても機能するらしい。ふむ、とひとつ意識もせず頷いて、アーチャーはそれを起動させた。
特に目的はない、なかった筈だ。けれど何がそんなにも気になるのか解らずに、小さな表示画面に夢中になる。
主要言語を選択する画面が出る。はてと首を傾げながら項目を熟読する。アイルランド語には北部アルスター、南部コノハト、西部マンスターの土着言語が未だに息づいているらしい。東部レインスターについては表記がないところを視ると、現存していないのか。
その中で一際睛を引く、アルスターの文字。
睛の前を刹那、蒼天よりもなお蒼い残像が過ぎった気がした。気のせいだろうが。
けれどアーチャーの指先は本人の意図をすり抜けるように動いて、自然とアルスターを選択していた。
表示順に選択しただけだ、と誰に言い訳をするわけでもなく内心で呟く。そしてとんとんと淀みなく、簡単な日常会話を表示させていく。
――地獄に堕ちても、きっと忘れない。
そう心から誓った、蒼と、黄金と、銀、そして魂の根幹に染みついた紅。
思えばきっと、運命に導かれた夜から囚われていた月下の蒼。
彼が望んで願って、追いつきたくて足掻き続けたその背。
ひとりの少女と、彼の心臓を穿った英雄。
もう届かない、叶わない、夢の残滓と、思っても捨てることなど出来なかった記憶。かつて愛した人々の姿さえ朧になっても、声すら忘れ果てても、その鮮烈な色彩ばかりが消え残った。最早残骸とすら云える己の中にも、まだこんな感情があることに驚いた。
だから、だろうか。
紅の少女と行くならば橋には気をつけろ、冬のテムズは冷たいぞと、己らしくもないことを告げてみたり。かつて傍らで互いの剣とありて夜をかけた少女とのままごとじみた遊戯を影から助けたり、生前は手にしたこともない釣り竿を握ってはしゃいでみたり。
どれもこれもが滑稽で馬鹿馬鹿しいと思うのに、何時か消えてしまうものだと思えば哀しいほど愛おしくこの身を抉る。
だからきっとこれは、最後の感傷。
伝えられることのない言葉を、探している。
「Caidé mar atá tú?(元気だろうか?) 」
彼の英雄が伝説として残るアルスターの言葉で、たわいのない音を紡ぐ。耳慣れぬ音の繋がりは合っているものや否や、それすらも彼自身では解らないというのに。意識せずとも呟いただけで、聖杯からの知識補正が行われる。端末ではなく、彼自身にダウンロードされる該当言語。おそらくそれすらもが、彼の生きた時代の古代ゲール語ではなく、現在のアイルランドに伝わる言葉であろうと正しく認識しているというのに。
何やら滑稽でおかしくて、それが何やら楽しくて、もう一度。補正された正しい発音で呟いてみる。誰が聴いているわけでもない、ただの言葉遊び。
だというのに。
ふ、と無意識で微笑った瞬間。頭上に淡い影が落ちた。
「Tá mé go maith.(嗚呼、元気だぜ)」
「……ッな?!」
そして同時に振ってきた言葉が、憶えのある声――どころか、先程まで想いを馳せていた声の主であることにぎょっとして音のする方向を振り仰ぐ。
すると其処には当然のように、佇む蒼。
それは睛の醒めるような蒼だった。どんな悪夢の底からでも引き摺り起こしてくれそうな鮮烈な色彩は、彼の中にない、求め続けた色。ただ静かに其処に在れば、その造作の美しさゆえに幻ではないかと思われるほどの。
「Dia duit! Tá sé fuar.(よぉ、今日は冷えるな)」
けれどその神聖存在は、何でもないことのように呟いて片頬で笑うように肩を竦めた。さらりと蒼い蒼い髪が風に揺れて、紅い月のような双眸が笑みに撓る。
「Dia 's Máire duit.(嗚呼、)……ではなくてだな!ランサー」
衒いない笑みに毒気を抜かれて、茫然としたまま返した己の声に我に返った時には遅かった。最早笑みを隠そうともしない相手に一足飛びに距離を詰められ、身動きも出来ないままに顔を覗き込まれる。
「Caidé mar atá tú?(調子はどう?) 」
「……Tá mé go dona.(さいあくだ)」
取られた腕を振り払うように押しのけて、背けた顔を手のひらで覆う。けれども隠しきれぬ耳朶までもが熱く熱を持っていることをアーチャーは自覚していた。
含羞に褐色の肌を仄かに紅く色づかせて、合わせられない視線をふせる。それでも律儀にかけられた言葉に返してしまえば、眼前の男は喉奥で低く笑った。
「ずいぶん懐かしい響きが混じってるようだが……俺は別に聖杯知識とやらで日本語不自由してねぇぜ?急にどうしたよ?」
自分に気付いていて、その声をかけたのではなかったか、と暗に含めて尋ねてくる。だが生憎と、同じサーヴァントが眼前に顕れようが背後に立とうが気付いていなかった己の不覚に言い返せる言葉をアーチャーは持たない。
ただ古代ゲール語でもないのに、何故解ったのだろう。それも聖杯知識補正というやつか、と現実逃避に似た思考をぼんやりと巡らせただけだ。
腑抜けている、といえば云えるだろう。それはアーチャーの腕を認めてくれている目前の男にも、彼の少女にも、申し訳のない醜態で。同時にそうまでして没頭していた内容が、特段の意味も目的も持たずに彼の内の深い領域にあるだろう言葉を戯れ混じりに口にした己という点にも、今更になって後悔が押し寄せる。
自らは自然と母国の言葉を口にしていたから気付かなかった。この言葉は彼の故郷の一部、そして彼の伝承の根幹。きっと興味本位などで、暴いて良いものではなかったのだと。
「……Tá brón orm. (ごめんなさい)」
だから自然と零れた声が沈み、同時にパタリと銀色の端末の蓋を閉じた。己らしくもない弱い声になった、とアーチャーは他人事のように思う。けれど俯く頭を、色素の抜けた髪に負けず劣らず真白い指先がくしゃりと撫でた。
「別に怒っちゃいないさ、ただ急にどういう心境の変化かっていうのは気になってな」
「べ、別段たいそうな意味などない。……ない、が」
「が?」
頑是無い子どもをあやすような優しい声音と、柔らかく髪を梳く手のひらに宥められて、アーチャーはぽつりぽつりと促されるまま口を開く。
嗚呼、らしくない。
らしくないことなど、この上ない。けれどそんな彼に視たこともない穏やかな笑みで先を促す男の、視線からも腕からも逃れられないことだけは心の何処かで解ってしまった。
「君の故郷の言語は失われて久しいが、アルスター地方特有のゲール語も残存していると知って……出来るのなら、それに近しい言葉で伝えたい言葉があっただけだ」
そして拗ねるように吐き捨てた言葉で、己の中に放り投げていた感情の意味をアーチャーは自ら自覚した。言葉にして、はじめてそんなに伝えたい何かがあったことを知ったように。自分で自分が解らずに混乱のまま瞠目すれば、つと間近に息を詰める音がした。
「ふぅん?どんなの?」
ふ、と意識を引かれて顔を上げると、務めてぶっきらぼうに先を求める声が届く。だが声を裏切る視線の熱だけは、絡め取るようにアーチャーを呑み込んで体温を引き上げる。
「そ、そんな期待に満ちた睛で見るな!だから、大したことなど……ない、と」
最後まで否定の言葉を紡ぎ終わらぬうちに、暖かな掌がアーチャーの頬に触れた。そして両手のひらで大事なものを護るように包み込まれる。
「お前の声で聴きたい、エミヤ」
座った膝の上に置かれていた端末が、かたりと音を立てて木製のベンチの上に落ちる。けれどもそんなことすら意識に留めおけないほど、近付いた白皙の容貌の中に燃える深紅が耀いていた。座る彼に視線を合わせるように、屈み込んだランサーの長い髪が一房、風に揺られてアーチャーの肌に触れた。吐息が直接触れ合うほどの距離に、睛が眩む。
「……Mo laoch(私の英雄)Cú Chulainn」
誘われるように、掠れる吐息で求められた言葉を紡ぐ。紅い瞳に射抜かれたまま睛を閉じることも忘れて、さいごの音はやわらかな唇に吸い取られた。
何処かで、羨んでいなかったと言ったら嘘になる。
衒いなくその言葉を口にし、彼と背を預け合い、共に戦い、共に夜を駆け、そして何より深く彼と繋がることが出来ていた、彼の英雄を召喚できるほど気高い魂をもった、その存在を。かつての、彼のマスターを。
その存在がなければ、すべての彼にとってのはじまり、運命の夜に出逢うことすらなかったというのに。
矛盾している。矛盾だらけだ。
それでもたったひとこと、伝えたかった言葉はそれだけだった。
その背中を追いかけていた。生き足掻いた生にも後悔はなかった。ただそうして辿り着いた果てに、焦がれた存在に認められ同等に打ち合えるまでになった己を誇りきれない。光り輝かしい存在の傍らにあって、穢れきって醜い己にアーチャーは何度も絶望する。
「……こんな私が口にして良い言葉でないことは解っている、」
だから赦しは請わない、と閉じられぬ双眸に語りかける。
嗚呼、けれどでもその腕を放さずにいてくれる今だけは。この箱庭の泡沫の夢に、微睡んでも赦されるのだろうか。否、この優しい腕に甘えてはいけない、穢してはならない。
矛盾だらけの言葉と想いと、相反する心と渇望。縋ることも引き離すことも出来ずに、ただ何も言わない槍兵を揺れる瞳に視つめる。
伝えられたらそれで良いと思っていた。
けれど触れられている腕は温かくて、総てを赦すように彼を誘っていて、それでも何処かで戸惑いを捨てきれずにアーチャーは、おずおずとランサーの服の裾を掴んだ。
抱きしめ返すには、聊かどころではなく葛藤が邪魔をするので。出来はしない己の精一杯をそれだけで伝えると、何故だか間近にあるランサーの顔が歪んだ。
あ、拙かっただろうかと慌てて服の裾を掴んだ手を離そうとして、失敗した。
「……ッ……な、んだそれ?!可愛すぎるだろう!チクショウ!!」
「ランサー?!」
ワケの解らない絶叫と共に、渾身の力で抱き寄せられて呼吸が一瞬止まる。それくらいで毀れる柔な体ではないが、もう少し加減があると嬉しいような気がする。などと考えている時点でアーチャーの頭は現状の理解に追いついていなかった。
端から視れば、というより誰がどう視てもきつくアーチャーを抱きしめたまま、ランサーが呻くように呟く。
「Más é do thoil é……」
消え入りそうな異国の響きを拾うのに精一杯で、変換が追いつかない。
「ま、待て。今何と?」
慌てて背にまわした腕で髪を手繰ると、ゆるりとアーチャーの肩口から顔を上げたランサーが滑らかな褐色の頬にひとつくちづけをおとした。
「……Le do thoil. Cad is ainm duit? (頼む、お前の『真実の名』を教えてくれ)」
そうして改めて請うように囁かれた言葉の意味を、数拍遅れて理解したアーチャーの眦に朱が昇る。
「――……たわけ、」
無論かろうじて絞り出された声は震えていて、迫力など欠片もない。それどころか常はよく磨かれた鋼色の双眸は淡く潤んでいて、ランサーの笑みを誘うだけだ。
「俺、すげぇ真剣なんだけど」
羞恥でか、それ以外にか、微かに震えているその背を宥めるように撫でながら、ランサーは根気よく繰り返す。けれどアーチャーはむずがるようにふるりとかぶりをふった。
「君も術師ならば、名を縛ることの――意味を知らんとは言わせん」
否、どうやら怒っていたらしい。
あやすように宥めるようにぽんぽんとその背を軽く叩きながら、ランサーは見た目よりずいぶんと柔らかい雪白の髪が零れる首筋に額をすり寄せた。無防備に喉をさらけ出しているというのに、突き放すどころか小さく肩を震わせるばかりの無自覚な男。
口を開けば嫌味と皮肉ばかりでちっとも可愛くない。ランサーと対を張れるほどの腕をもつというのに、酷く自虐的に己を貶める面白くない男。腕前は最高なのに、初見の相性は最悪。こんな気に喰わない男もそうそう居ないと想っていたというのに、何時からだろうとランサーは仮初めの、それでも慥かに鼓動を打つ暖かな体を抱きしめながら思う。
何か眩しいものを見るように細められた、その鋼色の双眸の先。夢見るように、憧憬を結ぶように、己には立ち入れない聖域を見守るだけの、無防備にさらけ出されたその姿。
視線の先は何て事は無い、その男が大事にしている少女達が毎度騒がしくはしゃぐ坊主の屋敷で。何を見入ってんだよ中入ってけば良いだろうに、と気軽に考えて、打ち消した。
そしてその時に何故か不意に気付いてしまった。内に秘められた、愛惜と諦観と絶望。
今まで気軽に『お前も今を楽しめば良いだろう』なんて声をかけていた自分を一瞬だけ殴りたくなった気がした。けれど気がしただけで、それから何度合っても敢えて同じ言葉を投げかけるようになった、勿論のことわざと。そうするたび次第に垣間見えてゆく感情の発露が、嬉しかった。何かに取り残されて哀しいとも寂しいとも口にできない、まるで雨の中に震えている捨て猫のようなその姿が、どんなカタチでも生き生きと躍動し出すのが、楽しかった。単に放っておけなかったお節介とも言う。ただそれで、おまけのように気付いてしまった。そんな姿を遠くから視て、同じように安堵していた姿が幾つもあったこと。ありがとうと遠回しに礼を言われて、無性に腹が立ったのを憶えている。
嗚呼もう面倒臭い、色んな事に気付かなければ良かったのに。
そう想ったときには、引き返せないくらいには、矛盾だらけの存在にはまっていた。
頑なに纏われた概念武装の中身、鋼のように、己が傷付くことを厭わずに戦う姿。それが何かを護るためで、いったんその懐の中に入ってしまえば、羽毛よりも優しく途方もなく甘く包み込まれること。何て不器用、何て限度を知らない莫迦。子どもでももっと己の守り方を知っているというのに、なんて毀れた生き方。
それでも泣き方すら知らない子どもの姿が、原型の少年よりも如実に頑なな面の裏に浮き彫りにされている。
今も、そうと知って真名を尋ねた相手に自己保身で怒るのならばまだ解る。けれどきっと本当に意味が解っているのかと訪ねた理由も怒っている理由も別なのだろう。
「俺は、お前が俺のこと少しでも知りたいと思ってくれたように……セイバーが呼ぶのともお嬢ちゃん達が呼ぶ過去のお前とも違う、クラス名でもない、お前だけの本当の『名』が知りたい……ダメか?」
それはちゃんと『意味』を知って問うているという、答え。ついでにだめ出しのように重ねて問いかければ、けして細くはないはずの双肩が心許なく震えた。
「なぁ?返事、くれねぇの?」
強くて脆い男に問う。この問いかけは卑怯だと知っていて、ランサーは問いかける。
真白い髪を梳いて鋼色の双眸を覗き込み、促すように抱きしめる腕に力を込める。
拒むなら拒めば良い、ただ全力でないならば逃さないと言外に込めて。この期に及んで離せと口にするどころか、抵抗ひとつしない僅かの苛立ちを込めて。
すると惑う気配は、諦観の溜め息と共に瞼をふせた。
ランサーは一欠片の音も聞き漏らすまいと、息を殺して耳を澄ませる。
「Is …… Is mise …… (私は、私の『名』は……)」
そうして耳元に囁かれた小さな言の葉に、高い神性を顕わす深紅の明眸が満足気な笑みに撓った。同じように満ち足りた笑みを浮かべた綺麗な唇がゆるりと近付いて、重なる。
本来はただエーテルの集合体だというのに、造りものの体に宿る温度が、触れた場所から流れ込む。触れた場所から、呼吸をするようにゆっくりと魔力が循環する。
愛おしげに頬骨から耳朶へと顔の輪郭を辿る節高い武人の指に導かれるように、アーチャーは深く瞼をふせた。曇天と相反するような蒼が一房はらりと舞い降りて、あれ程焦がれ望んだ蒼天が既に傍らにあったことに遅れて彼は気がついた。
それは彼が触れても毀れも穢れもせず、純然と美しく彼の前に存在し続ける普遍存在。たとえ何時か仮初めの器を解かれて消えてしまっても、信仰や想いが連綿と途切れず続いてゆくように、彼はずっと変わらずに在り続けるのだろう。
そうだ、それは何ものにも侵せないからこそ、美しく貴い。
畏れていた瞼を開けば、同じようにふせられていた瞳が開かれる。睛の醒めるような深紅に何度でも心囚われながら、急に明るく開けた視界いっぱいに綺麗に微笑う白皙の貌。
「Tá grá agam dhuit……」
次いで告げられた音を紡いだ唇が、刻惜しむように再度深く重ね合わせられる。
その言葉は慥かに、聖杯の翻訳もなく何故だかその時だけきちんと『愛している』とエミヤの耳に届いた気がした。