長年住み慣れた東京から長野県の軽井沢町へ、子育て移住を決めた家族がいました。仕事もライフスタイルも一変する環境変化をなぜ決断したのか。くしくもコロナ禍で地方移住に注目が集まる中、決め手になった要因とは何か。
「子育て本」を担当した編集者が、自らの子どもの教育を真剣に考えて移住した地で気づいたこととは? 編集者の坂口惣一氏がリアルな胸中を明かします。
「受験戦争」が嫌なら幼稚園受験、という無限ループ
子どもが15歳のときに、どんな子になってほしいか。
子どもには、のびのびと自由に、好きなように育ってほしい。そう願う親は少なくないだろう。私たち夫婦も、子どもの未来を考え、教育方針を話し合う中で、冒頭の問いに出合った。そして、この「問い」には、私たちの人生を180度変えてしまうインパクトが潜んでいたーー。
私たちは、2020年春、3歳の子どもと共に、東京都世田谷区から長野県の軽井沢町へ移住をした。東京は、私にとって17年間住み慣れた土地でもあり、勤務地でもある。共働きの妻は、勤務形態を変えることにもなった。それでも、移住を決めた、大きなきっかけの一つは、ここだった。
軽井沢風越学園の開校。
2020年の4月に開校した、幼・小・中がまざってまなぶ、新しいスタイルの学校。
冒頭の問いは、開校説明会のときにスタッフから投げかけられたものだった。その後、運よく入学の機会を得た娘とともに、軽井沢に住むことになった。まさに、子育て移住。しかし、ここにたどり着くまでには、紆余曲折があった。
子どもが2歳になる頃。
夫婦で何度か、将来の教育方針について話し合った。早い、と思われるかもしれない。けれど、どの学校に通うかは、どこに住むかと直結する。しかも「中学受験」のためには小学校4年生から塾通いを始めないといけない、らしい。
こんなことを書くとさぞかし教育熱心な親なのだな、と思われるかもしれない。しかし、むしろまったく逆。子どもに、塾通いや勉強漬けの日々を送らせたくない。小学校なんて遊んで過ごせばいい。地方出身で、公立育ちの私は、自分の小学時代を思い返しながら、子どもにそう願っていた。でも、現実の選択肢は真逆だった。
では、中学受験を回避するにはどうするか?
小学受験があるらしい。そこからエスカレーターで昇るのが、「詰め込み」にならない一つの手らしい。さらに「お受験」を避けるためには、幼稚園受験がいいらしい……。あれ?
受験で疲弊しないために、受験を前倒しする。この嘘みたいな発想は、いまや、東京圏では、王道な考えとして一定の支持者がいるそうだ。
それでは、と、幼稚園を探してみる。WEBサイトには美辞麗句が並べられている。「品行方正」「清楚な女性として」……そこに、なってほしい、未来の子どもの姿は見当たらない。まるで昭和の価値観に押し込められる気がしたからだ。うーむ。
子どもが15歳のときに、どんな子になってほしいか。
まだ3歳にもならない娘を前に、将来を思い描く。なにもたしかなことがいえないけれど、できることはしてあげたい。そんなときに、アンテナにひっかかかったのが、軽井沢での学校開校の情報。そして、出合ったのが、冒頭の「問い」だった。
現行の教育の真逆をいくようなビジョン。そこに、惹かれる自分がいた。これだと思った。
当事者として生きる、ということ
今の学校制度への疑問。そして、「あそびからまなびに自然につながる」という理念に共感した背景として大きかったのが、元・麹町中学の工藤勇一校長の本を編集した経験だ。
私は、出版社の編集担当として、2019年秋、「宿題廃止」など公立中学の学校改革で注目を集めていた、工藤校長(現・横浜創英校長)の本をつくる経験を得た(『麹町中学の型破り校長が教える 非常識な教え』)。
本の中では、既存の教育の問題点が指摘される。宿題、定期テスト、校則、惰性のルールやイベント…。すべては大人の都合で、手段が目的にすり替わる。そのうえで、多くの大人が忘れかけている最上位概念として「子どものためにとは何か?」を痛切に考えさせてくれる。本書に通底しているのは、「当事者意識をもて」というメッセージだったように思う。
「教室の同調圧力に生きづらさを感じていた自分」「周りと比べる癖のついた自分」「音楽や体育に苦手意識を刷り込まれた自分」……。打合せや取材を通して、30年前に受けた教育のモヤモヤが晴れていった。
この本を読めば(あるいは校長のお話をうかがう機会があれば)、おそらく多くの人が、思うことだろう。
「日本の教育ヤバい」「いまの学校はだめだ」「先生、もっとしっかりしろ」と……。
でも、ここで立ち止まったほうがいいのだ。なぜなら、そんな叱咤激励を漏らしてしまう発想こそ、「他人事」意識に芯から染められ、当事者意識をすっかりなくしてしまった証拠だからだ。
どういうことか。
本書では、学校教育の悪い側面として、過剰なサービスを施すことで、受け身で、人のせいにする子どもを育ててしまう、と指摘している。すぐに、国のせい、学校のせい、かつて受けた教育のせい……と人のせいにする、こうした発想こそ、数十年かけて、埋め込まれてきた「受け身」のスタイルだ。すっかり内面化されて、本人さえも気づけない。でも、周りを見渡すとたくさんいるような気がする。正論。批判。で、悦に浸る雰囲気。
まさに自分自身が、そうなっていたと、気づかされたのだった。
ここで最初の問いに戻る。
「子どもにどんな15歳になってほしいか」
少なくとも、「他人の人生を生きる」だけはよくない気がする。当事者意識をもって、自分の人生を生きてほしい。それこそ、自分の人生のコントローラーをしっかり握って。そのためには、もしかすると、英語もプログラミングも、必須ではないかもしれない。むしろ、「自分が何をやりたいのか」、内発的な動機をしっかり自分でつかみ取れること。その心の持ちようを、鍛えること。
学園では、1日をどう過ごすか、自分で決めるそうだ。ホームと呼ばれる場で、興味関心からプログラムを作り上げていくという。教室に座ってさえいれば、自分の関心によらず、先生が勝手に授業をし、教え方の出来・不出来に文句をいう。そんな姿はそこでは生まれないのではないだろうか。
もちろん、興味関心による履修の凸凹はあるのかもしれない。でも、大人の知識だって、凸凹だ。なにかに突出していることこそ、価値につながるはず。「まんべんなく」を大人が先回りする必要はどこまであるだろう。
問われているのは、保護者のOSを換えること
実験台にされてしまう娘よ。すまない。
でも、きっとたのしいよ。そう言いきかせて、入園と軽井沢への移住を決めた。
もうひとつ、チャレンジしたいことがあった。子どもの環境ではない。それは保護者として、親としてのチャレンジだ。他人のせい、ではなくて、当事者意識をもつ、と書いた。でもこれ、実は、保護者の立場からでも変えられるのだ。
学校説明会の場で、創業者の方からハッとさせられる言葉を投げかけられた。
「ここに預けたら大丈夫、とは思わないでください。そう考える人は合わない。たくさん失敗もすると思います」
自分もどこかで、我が子にだけは良い環境を用意したい、と思っていなかっただろうか。正解主義のように、預ければそれで万事OK、と思っていなかっただろうか。教育関係者ではないので、偉そうなことはいえないけれど、一介の保護者として考えるならば、子育ては正解に当てはめていくのではなく、もっと自由で多様なものなはず。
だから、今の学校の在り方とか、受験制度を批判する前に、足元でできることはたくさんあるのだと思う。まちがってもいいし、むしろ失敗をたのしむというスタンスで。それが、こどもに伝染すればなお、すばらしい。
子どもは変わったか?
そんな想いを持った移住と入園を経て、早くも10ヶ月が経った。
8:30には登園し、15:00のお迎えまで基本、外で遊ぶ。
園児は雨の日も、雪の日も「そとあそび」。夏には友だちと「泥温泉」に入ってくるので、ピンクの靴が真っ黒になる。冬ももちろんスキーウェアが毎日、泥だらけ。洗濯と乾燥が、親の日課になった。
お弁当は、場所も時間も決められてはいないそう。3歳であっても自分で決める。屋外のアトリエでは、クレヨンやハサミ、ガムテープといろいろな素材に出合い、自分の手でなにかをつくり出す経験をしている。以前は、危ないからと触らせないでいたハサミも、気づけば自由に使いこなせるようになっている。
他にも「からまつばやし」と呼ばれる林で「おんがくかい」のごっこ遊びに興じたり、近くの川を探検したり、畑で野沢菜を収穫したり。そこには親が知りえない、初めてに出合う瞬間がたくさんあるのだと想像する。
妻も、移住を機に、正社員から業務委託に雇用形態を変えた。以前と比べて、仕事のペースも落としている。2年前、働きすぎで体を壊したこともあったが、今は時間の移ろいに気をくばれるようになった。あたりのコンビニは、深夜ですべて閉まるし、陽が落ちると一気にシンと暗くなる。「夜ってこんなに暗かったんだ」。そんな妻の言葉は、いかに東京暮らしが、24時間体制・常時オンだったかを物語っている。
では、そんな日々を通して、子どもは変わったか。自然のなかで、のびのびと自分を表現しているのか……。実は、話はそんなに単純ではなかった。
登園初日、娘はホームでの「つどいの輪」に入りたがらず、泣いて、親から離れなかった。その後しばらくも、すんなり登園してくれる日は稀で、学校のスタッフにマンツーマン、付きっきりで数時間も散歩をしていたこともあったそう。今では、馬の合う友だちができて、登園で泣くことは自然となくなっていったが、当初の心配は相当なものだった。
でも、今思えば、親として、「積極的に、のびのび自分を表現してほしい」と願う気持ちが強すぎたかもしれない。結局、親の勝手な先回りだ。そう気づく出来事があった。
登園から少し経ったある日、スタッフの方から、学校での様子を共有するオンライン上の「記録」に、こんな文章が送られてきた。
朝は表情が固く緊張している様子。集いの輪には入らず、すぐ側の石が円上に置いてある上を歩く。が、スタッフの声に耳を傾け聞いている様子。これがKちゃんの今、みんなとの間に取りたい距離感であることを感じ、声は掛けずに見守りました。
「みんなとの間に取りたい距離感」という言葉にハッとした。親は最短距離で、成長してほしい、とついつい願ってしまう。自然に囲まれた暮らしなのだから「積極的」「のびのびチャレンジ!」と。
しかし、子どもは彼女なりのスタンスで、「しない・できない」という新たな自分とじっくり出合っている。貴重なプロセスの中にいるのだ。
そういえば、東京にいるときは、公園の砂場で人のものを勝手に取らないか、滑り台で順番待ちをしっかりできるか、そこにばかり心を砕いていた。こちらにきて、いかに自分がリスクを排除して、最短で計画通りに、世間で良いとされている大人に向かわせようとしているか気づいた。誤解を恐れずにいえば、大人は、子どもの将来のために現在を犠牲にしすぎているかもしれない。
せっかく軽井沢に移住したのだから、もっと子どもの「将来」ではなく、プロセスをみてあげたい。みんなの前で「話さない、話せない」を表出できたことを喜びながら、ショートカットなしでじっくり見守る。
結局、環境を変えて、変わったのは、子どもではなく、親の目線だ。いつも子どもから学ばされることばかりである。