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星守る犬【槍弓】/Novel by なぁぎ

星守る犬【槍弓】

11,765 character(s)23 mins

現代パラレル。F1レーサーランサーとメカニックアーチャー。色々用語が入ってますが何となくで読めるはずです。あと、神話上でランサーさんの幼馴染みであるレーグさんが出てきていますので、若干のオリキャラ臭がしています。 
HondaがF1に復帰か、というニュースを見て私の中であっという間に槍弓F1パロが誕生して盛り上がってしまいました。アーチャーのチーム制服は昔のBARホンダをイメージしながら書いてました。インカム装備アーチャーは正義。鈴鹿に行きたい(真顔)  
多分、このアーチャー達の前の世代にレーサー言峰とメカニック切嗣が居たに違いない。  
■3/22追記 ブクマ・評価・タグいじりありがとうございます! 題材がややニッチなので分かり難いかな~と思っていたのですが、皆様に楽しんで頂けたようでほっとしていますw そしてF1好きさんいたー!( ´∀`)人(´∀` )ナカーマ 続きはぼちぼち考えておりますので、暫しお待ち下さいませ~。

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鈍い鉛色に光るコンクリートの地面から、陽炎が立ち上る。
今期最終戦。
今期のGPは混戦の中の混戦で、未だドライバーズ、コンストラクターズ共に勝者は決まらず、今日のレースの結果が全てを決める。
優勝候補者は4人。
誰しもが最速の称号を狙い、牙を剥く。

チーフメカニックであるアーチャーは、コクピットに納まり計器の確認をしているランサーの元へと歩み寄った。スタッフユニフォームに革手袋をした鋼色の瞳を、ドライバーという名の獣へと向ける。
「計器に問題は」
「見える分にはねえな」
獣は計器から目を離さない。それを知っているのでアーチャーも気にしない。
「君の希望通り仕上げた。君の要求は完璧に再現したが、それ以外は最悪だ。むしろハンデだと思え」
ピーキーなステアリング、立ち上がりのコンマ数秒のずれ。
獣の要望に応えるために犠牲にしたそれら全てをアーチャーは挙げて、その上で苦情は聞かん、と言い切った。
「別にかまわねえよ。オレの要望通りになってりゃ、それでいい」
そのアーチャーの台詞に、獣はようやくアーチャーの顔を見上げた。紅玉のような真っ赤な瞳が真っ直ぐにアーチャーを捕らえる。
「一晩での調整だ、バランスなんぞ期待してねえ」
要望通りになっているかどうかだけが大事なのだと獣は言い切った。
獣のその態度に、アーチャーは鼻で笑う。その目の下には、褐色の肌ゆえに分かり難いが、はっきりとした隈が浮かんでいた。
昨日の午前中のフリー走行の後、獣は午後のフリー走行を投げ捨ててマシンの再調整を要求した。
それは本来のマシンの調整方向をかなり逸脱しており、他のメカニック達が無茶だと騒然とする中で、しかしチーフであるアーチャーだけが良かろうと頷き、夜を徹して急ピッチで調整が行われたのである。
そして、予選直前、最後のフリー走行。
昨日とはまるで別のマシンになっている車体は、このテストラン終了後に微調整を行った後、サーキットに解き放たれる。
昨日までのチューニングに戻している時間は、最早無い。獣がこのマシンを乗りこなせなければ全てが終わる。
「そうか。ならば精々、じゃじゃ馬馴らしをしてきてくれ」
ランサー。
アーチャーはそれだけ告げると、獣に背を向ける。
赤い瞳の獣の青い髪が、僅かに風に流れた。

ランサーと呼ばれる、その獣の名をクー・フーリンという。
今シーズンGPの台風の目。
このレースの結果次第でドライバーズチャンピオンを獲得できる、4人の内の一人。
サーキットは熱を孕んで、獣たちが目を覚ますのを待っている。


開けて翌朝。
天候は晴れ。雨の心配も全くない。
これならばセッティングに悩むことはないなとアーチャーは頷いた。
まだ早朝とも言える時間帯、各チームのパドックは何処も静まりかえっている。その静まりかえったサーキットの中を歩いて見るのが、アーチャーの変わらない習慣だ。
後数時間もすれば、ここは満員の観衆の熱気と歓声、V8エンジンの排気音と熱に包まれる。
昨日の予選、ランサーの順位は5位。
ポールポジションは奪えなかったものの、上位を狙える位置だ。
最も、彼が狙うのはただの表彰台ではなく、その最も高い位置なのだが。
明日の本戦でランサーが優勝争いをしている他3人より上の順位に入ればそれだけで彼のチャンピオンが決まるのだが、その他の3名が表彰台を狙いに来ないはずがない。ならば面倒なポイント計算などしなくとも、己が一番高い場所に立てば良いことだとランサーは言っていた。
「全く、あれらしいといえば、まあそこまでなのだろうがな」
昨日の予選終了後、パドックに戻ってきたマシンから降りたランサーが、珍しくアーチャーの事を面と向かって褒めた。
『一晩でここまで仕上がってると思わなかったぜ。大したもんだ』
明日も頼むわ、とまで言われて、つい“明日は槍でも降るのかね?”と口走りそうになった自分は決して悪くないはずだ。それほどまでにアーチャーとランサーは仲が悪かったのだから。
そう、悪かったのだ。前半戦終了までは本当に、ろくな会話もないくらいに。
今はさて、どうだろう。
会話が出来る程度に、マシンに信頼を寄せてくれる程度には、改善したのだろうと思いたい。
なぜなら、今だって何もないサーキットに彼が駆ける姿を幻視できる程度に、彼の走りが好きだから。

「チーフ!」
掛けられた声に、眼前に展開されていた幻視が消える。呼ばれた方を振り返れば副チーフのレーグがそこにはいた。
「おはよう、レーグ。もうそんな時間か」
「いや、まだ早いんだが、お前の姿が無かったから」
レーグと呼ばれた青年が頭を掻きながら答える。彼はランサーの幼馴染みであり、いわばランサー専属のメカニックのような立場でこのチームに加入した、いわばコネのような形ではあるが、そのメカニックとしての腕は確かで、アーチャーは彼のことを信頼している。
「おかしなことをいうな。私がこの時間いないのは、いつものことだろう」
眩しい物を見つめるようにサーキットを見るアーチャーに、レーグはそれはそうだけど、と歯切れ悪く返してくる。そのいつもの質実剛健な彼の様子とは異なる姿に、アーチャーはああ、と頷いた。
「緊張しているのか。ランサーのチャンピオンがかかったレースに」
「…なのかねえ」
図星を指された、とまでは行かないが、若干ばつの悪そうな顔をするレーグに、アーチャーはさもありなんと肩をすくめる。
ランサーはF1デビューして3年。未だ頂点に至ったことはない。初のチャンピオンがかかった一戦、当事者のドライバーのみならず周囲が緊張したとしても、それは充分にあり得る話だろう。ましてやレーグはランサーの幼馴染みで親友だ。
「今から緊張していたのでは身が持たないぞ」
「分かってるが、なあ。…チーフは平気そうだな」
「私かね?」
問い返されてきょとんとしたあと、アーチャーはふむ、と少しだけ首を傾げて考えた。
そう、朝からサーキットを駆ける獣を見てしまう程度には。
「そうだな、一応私も平静ではないようだ」
ただ、緊張などというものではなく、それはもっと、度し難い愚かさで。
「高揚しているようだな、今日の私は」


レーシングスーツを着てインタビューに答える男の姿を、アーチャーは視界の端に納めながらスタッフからの報告を聞く。
マシンの調整は昨日既に終えているので、特にこれといってやることはない。トラブルがないか最終確認をする程度だ。報告を聞き終えて、不備がないことを確認しつつも、それでも最後は自分の五感で確認をするべく、アーチャーはマシンの側にしゃがみ込む。
手袋を外し素手で車体に触れ、同じく耳をエンジン近くへと付ける。目を閉じ、触覚と聴覚に神経を集中させると、オイルの循環の鼓動、エンジンの熱と冷却、ギアの噛み具合やスプリングの軋む音が聞こえる。
「異常はなさそうだな。良い子だ、“ゲイボルグ”」
まるで子供や大型の犬猫に言い聞かせるようにアーチャーは呟き、その姿を他のスタッフ達はどこか神聖な物でも見るような目で見つめている。
アーチャーのこれは只の儀式のように見えて、実はれっきとした最終チェックの一部だ。生まれつき五感が異常に発達しているアーチャーは、マシンの内部を耳や指先で触れることで“視る”事が出来る。部品の内部の腐食や接続不具合まで関知するその能力は、アーチャーがこの若さでチーフにまでなった要因の一つだ。
くん、と鼻を鳴らして臭いを嗅いでも特に違和感を感じない。オールグリーンだと判断して目を開き、立ち上がる。
「さあ、泣いても笑って最後の舞台だ。思う存分振り回してやれ」
それはマシンに向けられた物だったのか、それとも、記者達から解放されてこちらに向かってくる獣に向けられた物だったのか。
自身でも分からないまま、パドックの出口、光の向こうに立つ青い男が只ただ美しいと、その光景だけがアーチャーの脳裏に焼き付いた。


レース終盤。ランサーは当初の五位から3位にまで順位を上げていた。
タイヤ交換も給油も終わり、後はただ、己の腕のみが勝敗を左右する。
アクセルを踏み込めば即座に回転数を増すエンジン。ハンドルは確かにピーキーだが、ランサーはそれを勘と経験でねじ伏せて己の意に従わせる。決して素直とは言えないマシンの挙動は、それでもどこかランサーの癖に合わせてあるらしく、思った以上にストレスを感じさせない。
(あの短時間で、よくもまあここまでオレ好みのマシンに仕上げたもんだぜ…!)
自身が要求したことではあるが、それでもここまで見事に仕上げられると舌を巻くしかない。
初めて会った頃はなんでこんなやつがチーフをやっているのかと思うようなチューニングを連発してしたのに、時間が経つにつれていつの間にか、しっくりと何ら違和感のないマシンに仕上げるようになっていった。
ランサーの癖、それこそ自身が気付いていない無意識の癖まで把握して調整されたマシンは、ランサーの順位を目に見えて上げていったのだ。
そして、今日のこのマシン。
それまで、ランサーから積極的に注文を付けたことはなかった。マシンの性能を充分に引き出す調整をして居ることが分かっていたからだ。
しかし、この最終戦ではそれでは駄目だった。マシンの性能をまんべんなく引き出すのではなく、ランサー自身の特性に合わせて、機体を限界まで引き上げなければならない。逆に言えば、そこまでしても勝ちたい。
だからランサーは無茶を承知でメカニック達に再調整を要請した。それに対して、ランサーの事をよく知るレーグですら難色を示したが、その中で唯一、アーチャーだけが黙って頷いた。それが必要なら、叶えようと。
それが、この機体。
手懐けられることを拒む野生の動物のように荒々しく、しかしランサーの意志とシンクロするように動いてみせる。
ストレートに抜群に強く、そのライン取りの特徴からランサーの異名を取るクー・フーリンにシンクロするような、否、彼そのものように動く機体。
(全く、ここに来てこんなマシンに出会えるとはな。アイツはどこまで手札を隠していやがる…!!)
シーズン当初からは考えられない程のマシンの動きに、それを調整し続けてきた男の顔が思い浮かばれる。
暴いてやらねばなるまい、このくそったれで最高な機体を用意した男の底を。

「聞こえるか」
「どうしたランサー、トラブルでも?」
無線を飛ばしてチームを呼び出す。
「アーチャーはいるか。ちょっと呼んでくれ」
メカニックである彼らは、レース中は大体パドックに引っ込んでモニターでレースを見守っている。それを知っていてランサーはアーチャーを呼んだ。暫しの間を置いて、聞き慣れた声がイヤホンから流れる。
「アーチャーだ。どうした、ランサー」
「アーチャー」
レース中に長話は出来ない。集中が途切れるからだ。故に、ランサーは直球で用件を告げた。
「このレースが終わったら、一晩オレに付き合え」
数拍の間を置いて、言われた内容を理解したアーチャーが絶句する気配がした。
ああそうだ、車の運転には女の抱き方が出るという。ならば、これほどまでにランサーの好みに合う車を用意した男もまた、ランサーの好みに合うのではないか。
そんな言いがかりのような思考回路を、しかし無線の向こうの男は正確に理解しているのだろう。
「馬鹿なのかね君は」
短くはない沈黙の後、再び耳に入ってきたのは、溜息のように零された言葉。
それにランサーが抗議する間を与えずに、アーチャーは続けて言った。
「…他人に見下されるような男に用はない」
吐き捨てて、立ち去る男。
見えていなくとも手に取るようにその情景が浮かんで、ランサーはニヤリと口元をゆがめた。
他人に見下されるような男に興味はない。
つまり、誰もを見下ろす場所に立てと、あの男は言ったのだ。表彰台の真ん中、一番高い場所に。
「上等だ、舐めるなよアーチャー…!!」
獣が、ヘルメットの下で牙を剥く。


「アーチャー、ランサーはなんだって?」
「…いや、大したことじゃない。レースに直接関係ないことだ」
心配そうに寄ってきたレーグにそう答え、彼の後ろにいるスタッフ達にも、マシントラブルの類ではないから心配するなと伝えれば、微妙に張りつめていた空気がふっと緩んだ。
誰とも無く再びモニターに視線を戻すと、ランサーが2位のマシンを追い抜いたところで、素直にスタッフ達の口から歓声が上がる。
これで、彼の前を走るのはあと一体。そして、残り周回はあと10周。
「いけるか?」
インカムを掛けたままのレーグの呟きに、アーチャーは反射的に答える。
「行くだろうさ」
誰よりも確かな自信を持ったその言葉に、レーグは頷く。獲物を全て腹に収めるまで、あの青い獣が止まるはずがない。
けれども、周回はあっという間に減っていく。じわじわと見守るスタッフ達の中に焦りが見えだした頃、ようやくランサーは一位の車体を捕らえた。
「やった、追いついた!」
「スリップストリームに入った!」
「おい、ここに来てラップタイム更新してるぞ!」
次々と興奮した声を挙げるスタッフ達を尻目に、レーグはさて何処で追い抜かすつもりかと考える。このコースはオーバーテイクポイントが限られており、何処でも自由に追い抜ける訳ではなかった。
「チーフは」
何処で仕掛けると思います?そう問おうとして振り向いたその先に男が居なくて、レーグは周囲を見回した。いつの間に、と思って更に見回して、見つけたその男は光の中に立っている。
レーグはその場所にああなるほど、とだけ思った。

パドックの外。
最終コーナーを抜けたマシン達がメインストレートをエンジン全開で駆けていく。熱狂の渦を加速させるエキゾーストノート。
遮る物のない、只真っ直ぐに駆け抜けるためのゾーン。
その真っ直ぐな走りのスタイルからランサーと異名を取る獣の、最も得意とする狩り場。
ああそうだ、あの男が、この大一番でコーナーやシケインで抜くなどという事をするはずがなかった。己のスタイルを、誇りを貫いた上で勝ちに来る。そのことを一瞬でも忘れていた己に、俺もまだまだだとレーグは自身を戒めた。こんなことではいけない。
最終コーナーの方を向いて微動だにしない男の背中を見つめて、レーグは拳を握った。
「チーフ」
「…来るぞ」
メインストレートの入り口は、レーグの目からはほとんど見えない。しかしアーチャーの鷹の目にはその様子が確かに見えているのだろう。
常人とは違う五感の持ち主は、普段ほとんどその力を解放しない。過ぎる五感は日常生活の害にしかならないし、そもそも身体への負担が大きいのだと聞いている。故に、普段のレースでその力を使うことは滅多にないのだ。
しかし、彼は今回の再調整において、その力をずっと解放していた。おかげでなかなか元に戻らないとぼやいていたその身体は、おそらくは既に限界に近いのだろう。
しかしそれでも彼の姿は揺るぎなく、鋼の瞳はただサーキットを見つめている。

最終コーナーを抜けるトップの車。
そのすぐ後ろに着いている、赤のライン塗装が目立つ車体…ランサーの操る“ゲイボルグ”。
コーナー侵入の際煽られたのか、トップの車がラインを外れてインに寄る。
その隙をついて、大きくアウト側に鼻先を突き出すゲイボルグ。
抜かせまいとする妨害を有無を言わさず押し返し、テール・トゥ・ノーズからホイール・トゥ・ホイールへ。
下手に接触すれば大クラッシュが待っているその状況を、誰もが固唾を呑んで見つめる。
サイド・バイ・サイド。
完全に横並びになったその状況から、ゲイボルグのエンジンが更に雄叫びを上げるのが、アーチャーの耳にはっきりと聞こえた。。
誰よりも真っ直ぐに駆け抜ける赤い閃光と、その操者たる青い獣。

「往け、クー・フーリン…!!」

熱に魘されたように零れたその言葉に、目の前を通り過ぎていった獣が笑った、気がした。

Comments

  • そー
    January 13, 2018
  • なぁぎAuthor

    あいじー様> あけましておめでとうございます。 おお、一体誰が出ていたのでしょうか…。そんな思い返して頂ける作品であったことに、喜びを感じております。今年もよろしくお付き合いくださいませ。

    January 4, 2014
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